大森林にて その十
猫の大精霊様はリーゼロッテに、烈火のごとく怒った。
制御ができない魔法を展開させるのはよくない。
しかし、それ以外にも怒る理由があった。
『私はその昔、魔力を制御できないことにより、周囲に多大な迷惑をかけた』
触れる物すべてを凍らせてしまい、恐怖の対象となってしまったらしい。
『凍らせてしまう対象は、物だけではなかった。人も……氷漬けにしてしまったんだ』
話を聞くリーゼロッテの表情が翳る。
私達は今まで、隊長やベルリー副隊長の指示でリーゼロッテの魔法を回避していた。
特に魔法に巻き込まれることはなかったけれど、一歩間違えたら丸焦げになっていたかもしれない。
だから、隊長はほとんどリーゼロッテに魔法は使わせなかったのだ。
「あ、あの、凍らせてしまった人は、どうなったの?」
『母は、今頃──』
猫の大精霊様は、遠い目をしている。
リーゼロッテの瞳から、ポロポロと涙が零れてきた。
「ど、どうすれば、魔法を、制御できるの?」
『集中だ。とにかく集中するのだ』
「それは、お父様からも習ったわ。でも、できなかったのよ」
リーゼロッテの魔法の師匠は、侯爵様だったようだ。
「騎士をすることを、お父様が反対したのは、わたくしの魔法のことがあったからなの」
そういえば、親子は一時期喧嘩していたような。
侯爵様はリーゼロッテがすぐに音を上げると思っていたらしい。しかし、リーゼロッテは今日まで騎士として頑張っている。
きっと、最近は騎士としてのリーゼロッテを応援してくれているだろう。
『お前は、幸せ者だったのだな。見守ってくれる大人がいて、事情を理解している上司がいて』
「ええ……魔法のせいで、疎まれてもおかしくなかったと思うわ」
もしかしたら、猫の大精霊様も孤独な時があったのかもしれない。
だからこそ、怒ったのだろう。
このままではいけない。
リーゼロッテは、魔法の制御を覚えるべきなのだ。
『魔法を使う時は、自身の中にある魔力を想像する必要がある』
炎の球を作り出す時は、大きさと威力を脳内で作りだし放出するのだと。
『その前に、まずは魔力の制御から覚えたほうがいい』
なるほど。自身にある魔力を把握していかなければ、魔法は思うように使えないと。
猫の大精霊様は火を熾し、手を翳して大きくしたり小さくしたりと手本を見せていた。
「あれ、大精霊様は氷属性なのに、炎魔法も使えるのですね」
『妻が炎属性だから、その恩恵があるだけだ』
「なるほど~」
そんなことを話している間にも、猫の大精霊様は火を大小変化させている。
これができるようになれば、リーゼロッテはきっと炎魔法を使いこなせるようになるだろう。
『今度は、君がやってみるんだ』
「え、ええ……」
真剣な眼差しで、リーゼロッテは挑むようだ。
手を翳した瞬間、火柱が立ち上った。
「きゃあ!」
『ふむ。やはりそうなるか』
残念ながら、魔力の制御はまったくできていない。
『私は、静かな妖精の森を思い浮かべながら魔法を使う』
「静かな森……」
脳内で自分が落ち着くものを想像し、なるべく魔力を荒立たせないよう努めることが重要らしい。
「静かな森……静かな森……」
リーゼロッテはぶつぶつと呟きつつ、火に手を翳したが──火は炎となり、天に向かって巻きあがる。
「ダ、ダメだわ……!」
リーゼロッテはがっくりと項垂れていた。猫の大精霊様は『諦めるな』と言い、背中を肉球でぺんぺんと叩いている。
『君の落ち着くものが、静かな森とも限らないだろう? どういう時、ホッとする?』
「わたくしが、ホッとする時……」
それは、幻獣について調べ物をしている時。また、幻獣について話をしている時だったり、幻獣について考えている時だったり。
「なんといっても、幻獣に触れている時が、わたくしは一番ホッとするわ」
『だったら、たくさんの幻獣に囲まれた自分を想像してみるのだ』
「たくさんの幻獣に囲まれてって、幸せ過ぎる……絶対に、失敗できないわ」
幻獣絡みとは、リーゼロッテらしい。
今度こそ、成功するといいけれど。
『クエ~!』
『クウ!』
リーゼロッテの両脇を、アメリアとステラが囲む。
「二人共、ありがとう!」
もう一度、挑戦するようだ。
目を閉じ、深呼吸をして、意識を集中させる。
そして──火に手を翳した。
火はゆらりと揺れたあと、だんだんと小さくなっていく。
そして、小さな火を維持することに成功した。
『ふむ。合格だ』
「!!」
成功するとは思っていなかったのか、リーゼロッテは驚いているようだった。
そして、喜んで火を暴走させないよう、ゆっくりと手を離す。
一歩、二歩と火から離れたあと、跳び上がって喜んだ。
「やったわ!!」
「リーゼロッテ、おめでとうございます!」
「ありがとう!」
『クエクエ~』
『クウ!』
「アメリアとステラも、応援ありがとう!」
皆で、魔法の制御ができたリーゼロッテを祝福する。
そこから、魔法も上手くできるようになったようだ。
「幻獣が近くにいると想像しながら使うと、上手くできるようになったの」
「よかったです」
これで、リーゼロッテはもう大丈夫だろう。二度と、同じ失敗はしない。
「そうだわ。私、メルにパンを焼くように言われていたんだった!」
「お願いできますか?」
「ええ!」
玉ねぎのスープには、カリカリに焼かれたパンが重要になるのだ。
リーゼロッテは真剣な面持ちで、パンを切っている。
傍でアメリアとステラがクエクエ、クウクウ鳴いて応援していた。
私は完成していたスープを温める。
リーゼロッテのいる場所から、アメリアとステラの盛り上がる鳴き声が聞こえた。
どうやら、パン焼きは成功したようだ。
「メル、見て! どう?」
「ええ、素晴らしい焼き加減です」
スープを器に注ぎ、パンを浮かべる。
「え、パンをスープに直接入れるの?」
「ええ、そうなんですよ」
仕上げに、チーズを振りかける。
「最後に、チーズを魔法で溶かしてもらえますか?」
「え、ええ。頑張るわ」
リーゼロッテは杖を握り、ぶつぶつと呪文を唱える。
魔法陣が浮かび上がり、杖の先端から小さな火が生まれた。
それで、振りかけたチーズを溶かしてもらう。
「メル、これでいいかしら?」
「ええ、完璧です!」
題して、『リーゼロッテの火魔法グラタンスープ』の完成だ。
みんなを呼んで、食べることにした。
「大精霊様、申し訳ありません。またしても、アツアツの料理で」
『気にするな。氷魔法で、冷やすことは可能だ』
「な、なるほど!」
『今まで冷やしておいてくれたのだろう。感謝する』
「い、いえ」
なんだろう。猫の大精霊様、すごく紳士だ。
ありがたいので、おがんでおこう。
『何をしているんだ……』
「い、いえ、なんでもないです」
みんなが揃ったので、食べることにした。
「リスリス、なんだ、これは?」
「玉ねぎをたっぷり入れた、グラタン風のスープです」
パンをスープにふやかして食べるのもよし。
カリカリの間に食べてしまうのもよし。
体がポカポカと温まる一杯だ。
「リーゼロッテが魔法でパンを焼いて、チーズも溶かしてくれたのですよ」
「へえ、いい火加減じゃないか」
隊長から珍しく褒められたので、リーゼロッテは照れくさそうにしている。
「冷えないうちに、食べましょう」
「そうですね」
手と手を合わせて、いただきます。
私はパンをふやかす派なので、匙で押してたっぷりスープを含ませる。
飴色玉ねぎは、とろとろだ。スープにはホロホロ鳥の旨みがぎゅぎゅっと濃縮されている。
一口、二口と食べ進める間に、体が温かくなってきた。
「メル、おいしいわ!」
「よかったです」
リーゼロッテも珍しく、にっこにこだ。
猫の大精霊様に怒られた時はどうなるかと思っていたけれど、魔法も制御できるようになったし、ひとまず安心だ。
「隊長、スープはどう?」
リーゼロッテは自分が関わった料理なので、隊長の反応が気になるようだ。
質問に対し、隊長は明後日の方向を見ながら答える。
「ん? あ、まあ……」
隊長はまだ飲んでいないのだろう。何を隠そう、猫舌だから。
「あら、チーズが溶けてない部分があるわ。溶かしてあげる」
「あ、いや、いい。スープの熱で溶けるだろう」
「遠慮しなくてもいいわよ」
そう言ってリーゼロッテは隊長から器を取ると、火魔法でチーズを溶かしてくれる。
スープが冷めたと思ったのか、火力は若干強め。
器の中のスープが、ぐらぐらと沸騰していた。
「はい、どうぞ」
「ドウモ、アリガトウ……」
リーゼロッテはキラキラとした眼差しで、隊長がスープを飲むのを見つめていた。
これは、無視できないだろう。
隊長は匙を掴み、震える手でスープを掬っていた。
どうやら、男を見せるようだ。
無理はするな。念を送ったが──届かなかった。
隊長はスープを飲む。
「あ、ああ、あ……クソ!!」
「え?」
リーゼロッテの表情が翳る。それに気づいた隊長は、咄嗟に言いなおした。
「いや、違う。ク、クソ、うまい……!」
「まあ、よかったわ!」
口は悪いが、隊長も紳士なのだ。
心の中で、私は隊長に拍手喝采した。




