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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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大森林にて その十

 猫の大精霊様はリーゼロッテに、烈火のごとく怒った。

 制御ができない魔法を展開させるのはよくない。

 しかし、それ以外にも怒る理由があった。


『私はその昔、魔力を制御できないことにより、周囲に多大な迷惑をかけた』


 触れる物すべてを凍らせてしまい、恐怖の対象となってしまったらしい。


『凍らせてしまう対象は、物だけではなかった。人も……氷漬けにしてしまったんだ』


 話を聞くリーゼロッテの表情が翳る。

 私達は今まで、隊長やベルリー副隊長の指示でリーゼロッテの魔法を回避していた。

 特に魔法に巻き込まれることはなかったけれど、一歩間違えたら丸焦げになっていたかもしれない。

 だから、隊長はほとんどリーゼロッテに魔法は使わせなかったのだ。


「あ、あの、凍らせてしまった人は、どうなったの?」

『母は、今頃──』


 猫の大精霊様は、遠い目をしている。

 リーゼロッテの瞳から、ポロポロと涙が零れてきた。


「ど、どうすれば、魔法を、制御できるの?」

『集中だ。とにかく集中するのだ』

「それは、お父様からも習ったわ。でも、できなかったのよ」


 リーゼロッテの魔法の師匠は、侯爵様だったようだ。


「騎士をすることを、お父様が反対したのは、わたくしの魔法のことがあったからなの」


 そういえば、親子は一時期喧嘩していたような。

 侯爵様はリーゼロッテがすぐに音を上げると思っていたらしい。しかし、リーゼロッテは今日まで騎士として頑張っている。

 きっと、最近は騎士としてのリーゼロッテを応援してくれているだろう。


『お前は、幸せ者だったのだな。見守ってくれる大人がいて、事情を理解している上司がいて』

「ええ……魔法のせいで、疎まれてもおかしくなかったと思うわ」


 もしかしたら、猫の大精霊様も孤独な時があったのかもしれない。

 だからこそ、怒ったのだろう。

 このままではいけない。

 リーゼロッテは、魔法の制御を覚えるべきなのだ。


『魔法を使う時は、自身の中にある魔力を想像する必要がある』


 炎の球を作り出す時は、大きさと威力を脳内で作りだし放出するのだと。


『その前に、まずは魔力の制御から覚えたほうがいい』


 なるほど。自身にある魔力を把握していかなければ、魔法は思うように使えないと。

 猫の大精霊様は火を熾し、手を翳して大きくしたり小さくしたりと手本を見せていた。


「あれ、大精霊様は氷属性なのに、炎魔法も使えるのですね」

『妻が炎属性だから、その恩恵があるだけだ』

「なるほど~」


 そんなことを話している間にも、猫の大精霊様は火を大小変化させている。

 これができるようになれば、リーゼロッテはきっと炎魔法を使いこなせるようになるだろう。


『今度は、君がやってみるんだ』

「え、ええ……」


 真剣な眼差しで、リーゼロッテは挑むようだ。

 手を翳した瞬間、火柱が立ち上った。


「きゃあ!」

『ふむ。やはりそうなるか』


 残念ながら、魔力の制御はまったくできていない。


『私は、静かな妖精の森を思い浮かべながら魔法を使う』

「静かな森……」


 脳内で自分が落ち着くものを想像し、なるべく魔力を荒立たせないよう努めることが重要らしい。


「静かな森……静かな森……」


 リーゼロッテはぶつぶつと呟きつつ、火に手を翳したが──火は炎となり、天に向かって巻きあがる。


「ダ、ダメだわ……!」


 リーゼロッテはがっくりと項垂れていた。猫の大精霊様は『諦めるな』と言い、背中を肉球でぺんぺんと叩いている。


『君の落ち着くものが、静かな森とも限らないだろう? どういう時、ホッとする?』

「わたくしが、ホッとする時……」


 それは、幻獣について調べ物をしている時。また、幻獣について話をしている時だったり、幻獣について考えている時だったり。


「なんといっても、幻獣に触れている時が、わたくしは一番ホッとするわ」

『だったら、たくさんの幻獣に囲まれた自分を想像してみるのだ』

「たくさんの幻獣に囲まれてって、幸せ過ぎる……絶対に、失敗できないわ」


 幻獣絡みとは、リーゼロッテらしい。

 今度こそ、成功するといいけれど。


『クエ~!』

『クウ!』


 リーゼロッテの両脇を、アメリアとステラが囲む。


「二人共、ありがとう!」


 もう一度、挑戦するようだ。

 目を閉じ、深呼吸をして、意識を集中させる。

 そして──火に手を翳した。


 火はゆらりと揺れたあと、だんだんと小さくなっていく。

 そして、小さな火を維持することに成功した。


『ふむ。合格だ』

「!!」


 成功するとは思っていなかったのか、リーゼロッテは驚いているようだった。

 そして、喜んで火を暴走させないよう、ゆっくりと手を離す。

 一歩、二歩と火から離れたあと、跳び上がって喜んだ。


「やったわ!!」

「リーゼロッテ、おめでとうございます!」

「ありがとう!」

『クエクエ~』

『クウ!』

「アメリアとステラも、応援ありがとう!」


 皆で、魔法の制御ができたリーゼロッテを祝福する。

 そこから、魔法も上手くできるようになったようだ。


「幻獣が近くにいると想像しながら使うと、上手くできるようになったの」

「よかったです」


 これで、リーゼロッテはもう大丈夫だろう。二度と、同じ失敗はしない。


「そうだわ。私、メルにパンを焼くように言われていたんだった!」

「お願いできますか?」

「ええ!」


 玉ねぎのスープには、カリカリに焼かれたパンが重要になるのだ。

 リーゼロッテは真剣な面持ちで、パンを切っている。

 傍でアメリアとステラがクエクエ、クウクウ鳴いて応援していた。


 私は完成していたスープを温める。


 リーゼロッテのいる場所から、アメリアとステラの盛り上がる鳴き声が聞こえた。

 どうやら、パン焼きは成功したようだ。


「メル、見て! どう?」

「ええ、素晴らしい焼き加減です」


 スープを器に注ぎ、パンを浮かべる。


「え、パンをスープに直接入れるの?」

「ええ、そうなんですよ」


 仕上げに、チーズを振りかける。


「最後に、チーズを魔法で溶かしてもらえますか?」

「え、ええ。頑張るわ」


 リーゼロッテは杖を握り、ぶつぶつと呪文を唱える。

 魔法陣が浮かび上がり、杖の先端から小さな火が生まれた。

 それで、振りかけたチーズを溶かしてもらう。


「メル、これでいいかしら?」

「ええ、完璧です!」


 題して、『リーゼロッテの火魔法グラタンスープ』の完成だ。


 みんなを呼んで、食べることにした。


「大精霊様、申し訳ありません。またしても、アツアツの料理で」

『気にするな。氷魔法で、冷やすことは可能だ』

「な、なるほど!」

『今まで冷やしておいてくれたのだろう。感謝する』

「い、いえ」


 なんだろう。猫の大精霊様、すごく紳士だ。

 ありがたいので、おがんでおこう。


『何をしているんだ……』

「い、いえ、なんでもないです」


 みんなが揃ったので、食べることにした。


「リスリス、なんだ、これは?」

「玉ねぎをたっぷり入れた、グラタン風のスープです」


 パンをスープにふやかして食べるのもよし。

 カリカリの間に食べてしまうのもよし。

 体がポカポカと温まる一杯だ。


「リーゼロッテが魔法でパンを焼いて、チーズも溶かしてくれたのですよ」

「へえ、いい火加減じゃないか」


 隊長から珍しく褒められたので、リーゼロッテは照れくさそうにしている。


「冷えないうちに、食べましょう」

「そうですね」


 手と手を合わせて、いただきます。

 私はパンをふやかす派なので、匙で押してたっぷりスープを含ませる。

 飴色玉ねぎは、とろとろだ。スープにはホロホロ鳥の旨みがぎゅぎゅっと濃縮されている。

 一口、二口と食べ進める間に、体が温かくなってきた。


「メル、おいしいわ!」

「よかったです」


 リーゼロッテも珍しく、にっこにこだ。

 猫の大精霊様に怒られた時はどうなるかと思っていたけれど、魔法も制御できるようになったし、ひとまず安心だ。


「隊長、スープはどう?」


 リーゼロッテは自分が関わった料理なので、隊長の反応が気になるようだ。

 質問に対し、隊長は明後日の方向を見ながら答える。


「ん? あ、まあ……」


 隊長はまだ飲んでいないのだろう。何を隠そう、猫舌だから。


「あら、チーズが溶けてない部分があるわ。溶かしてあげる」

「あ、いや、いい。スープの熱で溶けるだろう」

「遠慮しなくてもいいわよ」


 そう言ってリーゼロッテは隊長から器を取ると、火魔法でチーズを溶かしてくれる。

 スープが冷めたと思ったのか、火力は若干強め。

 器の中のスープが、ぐらぐらと沸騰していた。


「はい、どうぞ」

「ドウモ、アリガトウ……」


 リーゼロッテはキラキラとした眼差しで、隊長がスープを飲むのを見つめていた。

 これは、無視できないだろう。


 隊長は匙を掴み、震える手でスープを掬っていた。

 どうやら、男を見せるようだ。


 無理はするな。念を送ったが──届かなかった。

 隊長はスープを飲む。


「あ、ああ、あ……クソ!!」

「え?」


 リーゼロッテの表情が翳る。それに気づいた隊長は、咄嗟に言いなおした。


「いや、違う。ク、クソ、うまい……!」

「まあ、よかったわ!」


 口は悪いが、隊長も紳士なのだ。

 心の中で、私は隊長に拍手喝采した。


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