謎の遺跡 その一
季節は巡り、すっかり秋である。
先日、シエル様の領地で採れたキノコをたっぷり堪能して、帰宅後は乾燥キノコを作った。
シエル様は、乾燥キノコとベーコンを使ったスープ作りにハマっているらしい。
下町の公園に出かけ、食いはぐれている冒険者や失業者相手に振舞っていたとか。
その後、冒険者に剣の使い方を指南したり、失業者を市場で知り合った人に紹介して仕事を斡旋したりと、慈善活動を行っていたようだ。
素晴らしい行いだと褒めても、本人はピンと来ていないところが大物というかなんというか。
シエル様レベルになると、他人への親切は無意識の中からわき出るものらしい。
特大の幸運を運んでくるので、親切を受けた人が羨ましい。
そんなことはさておいて。
私は今日も今日とて、仕事をするために出勤する。
平和な朝だったが、遠征部隊の総隊長がやって来た。
突然の訪問に、皆の顔が強張る。
「恐ろしく、歓迎されていないな」
「そんなことないですよ」
隊長は眉間に皺を寄せ、睨みつけるような視線を投げかけながら返事をする。
いやいや、顔!!
発言と表情がちぐはぐだった。
山賊めいているので、気を付けてほしい。
「何用なんですか?」
「それが、特殊任務を頼みに来たのだ」
第二部隊の面々の心は、きっと一つになっただろう。揃って「やっぱり」と。
「実は、王都の近くに突然遺跡が現れて──」
なんと、発見したのは、私の妹、ミルが所属する見習い騎士の一行だったとか。
それにしても、王都に遺跡なんて聞いたことがない。
突然現れたとか、そんなことはありえるのか。
「魔法保護局の者達が喜び勇んで向かったのは良かったが、出入り口は閉まったまままったく反応しなかったらしい」
見習い騎士達が発見した時は、扉が開いていたようだ。
その後、魔法保護局の局員は毎日のように通ったが、扉が開かず。
一ヵ月後、出入りに消えかけた古代文字を発見したところ、そこには『相応しい者が現れた時のみ扉が開く』と書かれていたようだ。
新人騎士の中に相応しい者がいたのだと分かると、数人ずつ連れ出して反応がないか確認をしたようだ。
「結果、遺跡が反応を示したのは、ミル・リスリスのみだったのだ」
その後、ミルを伴い、内部調査に乗り出したまではよかったが、遺跡の中は魔物が多く近づけるような場所ではなかったようだ。
「さらに、遺跡内にある古代文字が、魔法保護局の知るものよりも古い時代の物で、解読できなかったらしい。しかし、ミル・リスリスは読めたようで──」
話が見えてきた。
つまり、ミルを伴って遺跡に入り、中の古代文字を調べてきてほしい、ということだろうか?
隊長が私の予想と寸分変わらぬ指摘をしたら、総隊長は重々しい様子で頷いた。
「遺跡の規模も分からない中で、大勢の見知らぬ騎士と共に調査を行うというのは、ミル・リスリスにとっても苦痛だろう。姉であるメル・リスリスがいたら、心強いと思ってな」
「なるほど」
隊長はドスの利いた声で言葉を返していた。
表情は山賊顔のまま。総隊長は僅かにたじろいでいるように見えた。
「遺跡は、魔法に関連あるものだろうと、魔法保護局の局員はあたりを付けている。もしもそうであれば、我が国の魔法技術が遅れている理由が、分かるかもしれないのだ」
この世界は魔法が衰退している。それは大昔に、魔法を使った大戦争が起こったため、魔法使いの数が減ったからと言われている。また、魔法を危険なことに使い、多くの魔法が禁術扱いとなって、技術を失ってしまったということもあったようだ。
そんな世界共通で魔法が衰退しているという事実があったが、私達の国は特に魔法文化が遅れているのだとか。
他所の国では魔石燃料は当たり前で、魔道具も多く普及しているらしい。
なぜ、このような状態になったのか、記録は残っていない。
遺跡の中に、国の歴史が書かれているのではないか、と魔法保護局は期待しているのだとか。
「別に、他所の国にはない魔法の技術があるのではとか、そういうものは期待していない。しかし、隠された歴史があるのならば、知りたいと思ったのだ」
それが過ちを犯した出来事であれば、なおさらのこと。
同じ間違いを起こさないように、事実を把握する必要があるのだと。
隊長は険しい表情を崩さない。魔物が蔓延る未知の遺跡なんかに、行きたくないのだろう。
しかし、私達には選択肢はない。行くしかないのだ。
「行ってくれるな?」
総隊長のその言葉に、隊長は渋々といった感じで頷いた。
出発は明日になるようだ。朝イチで出発できるように、遠征の準備を始めておく。
昼休み──食堂から第二部隊の騎士舎へ戻ると、ミルが来ていた。
「お姉ちゃん!!」
「ミル!!」
駆け寄るミルの体をぎゅっと抱きしめる。
なんだか久しぶりだ。お互いに忙しくて、休日も合わないのですれ違いになっていたのだ。
騎士舎も遠く、移動だけで三十分以上はかかる。そのため、手紙で近況を語り合うということを数ヶ月も続けていた。
「ミル、なんだか背が伸びた!?」
「そうなの! 騎士隊のごはん食べていたら、大きくなったよ」
フォレ・エルフの村では兄弟が多かったので、なかなかお腹いっぱい食べるという機会はなかった。しかし、騎士隊はどんどん食べるように勧めてくれる。
なんてありがたい環境なのか。涙が出てきそうだ。
「そういえば、お姉ちゃん、遺跡の話を聞いた?」
「聞いたよ。ミル、大変だったね」
「うん。ちょっと、魔法保護局の局員さんが独特で……長時間一緒に調査するのはキツイなって」
「わかるよ」
魔法保護局も、魔物保護局も、幻獣保護局も、みんな濃い人ばかり所属している。
一対一で話したら案外は話が通じる人もいるけれど、全体で見たらもれなく変わっているのだ。
「そういえばミル、昼休みなのに、ここに来て大丈夫なの?」
「うん。第二部隊の隊長さんと、打ち合わせしてこいって」
「そっか」
その後、ミルは隊長に遺跡の内部の様子や規模について話す。
実際に見てきただけあって、総隊長より詳しい状況を知ることができた。
「大変なことに巻きこんでしまって、申し訳ないです」
「いいや、気にするな」
「ありがとうございます」
隊長はうんうんと頷いたあと、余計なことを言った。
「なんか、仔リスリスのほうがしっかりしているな」
「そんなことないですよ。お姉ちゃんのほうが、ずっとしっかりしています」
姉を立ててくれるなんて、ミル、なんていい子なの。
あとでこっそり飴をあげようと思った。




