夏祭り一日目
どうやら夏祭りが始まったらしい。子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
──と、同時に、一人の騎士が運び込まれた。
「夕方からの巡回中、急に倒れたそうです! 外傷なし、発汗あり、意識なし、僅かに痙攣あり」
外傷ならば、回復魔法で治せる。だが、内なる病は魔法でどうにかできないのだ。
そのため騎士が体調不良を訴えた場合、衛生兵の判断と応急処置が重要になる。
運び込まれた騎士は女性だったので、私が呼ばれた。
遠征部隊では、私が唯一の女性衛生兵なのだ。他の部隊は、ムキムキのおじさんかお兄さんが就いている。
怪我人や具合が悪くなった人を運ぶ仕事もするので、ガタイのいい人が選ばれるらしい。
傍に付き添っているのは、ペアで巡回していた女性騎士だ。
「彼女の所属と名前は?」
「第八遠征部隊、ハル・コデットです」
意識がない女性騎士の服を寛がせながら、名前を呼ぶ。
「コデットさん! コデットさん!」
「……んんっ」
名前に反応してくれた。額や首元の汗を拭きながら、何度か名前を呼んでみる。
「あ……私は?」
「任務中、気を失ったようです。覚えていますか?」
「ええ……、急に、具合が悪くなって」
「食事はきちんと取りましたか?」
「いえ、食欲が、なくって、ぜんぜん」
「なるほど」
女性騎士に協力してもらい、起き上がってもらう。
ゆっくり休んでほしいのはやまやまだが、栄養を取ってもらわなければ。
すぐさま、用意していた塩檸檬ドリンクを注いで差し出した。
「たぶん、体の中に栄養分と塩分が足りていないので、倒れてしまったのです。これを、飲んでください。少し、楽になるはずです」
倒れていないほうの女性騎士にも、差し出した。
塩檸檬ドリンクには、蜂蜜と迷迭草も入っている、さっぱりとしたドリンクだ。
檸檬は疲労の原因となる乳酸の発生を防ぎ、蜂蜜は疲労回復効果がある。迷迭草は頭痛を改善させる。
そんなわけで、これは暑気あたりに効果があるスペシャルドリンクでもあるのだ。
もちろん、暑気あたり予防にも効果を発揮する。
倒れた女性騎士のほうには、コップの縁に塩を付けておいた。
「そんなわけですので、ぜんぶ飲み干してくださいね」
初めて飲むからか、女性騎士は恐る恐るといった感じで口を付けていた。
「あ、おいしい……」
「さっぱりしているわ。本当に、おいしい」
お口に合ったようで、何よりだ。
「何か、食べたほうがいいかもしれません」
「で、ですが、食欲がなくて、スープすら体が受け付けなくって……」
それは想定済である。そのために、つるっと食べられる料理を用意していたのだ。
「甘い麺があるので、それをたべてください。きっと、元気になるので」
簡易食堂のほうへ、二人分のつるんつるん麺を作るように頼んだ。
「すみません、お願いします」
「承知した!」
返事をした上に、任せろとばかりに胸を叩いたのは、馬の頭部に鎧姿、上からエプロンをかけた男だった。
要素を詰め込みすぎだろうと思ったが、中の人がシエル様なので、ツッコむのは野暮というものだろう。
しばらくすると、馬鎧男がつるんつるん麺を運んできた。
「待たせたな」
尊大な態度でやって来たが、それ以上に見た目がおかしいので、女性騎士達はその点に驚いているようだ。
一応、フォローしておく。
「あの、お祭りなので、このような扮装をしているのです」
「この姿、どう思うだろうか?」
シエル様は、本日の装いに自信があるようだ。
「あ、えっと、新しいですね」
「たのしげで、いいかと」
女性騎士達の反応に満足したのか、うんうんと頷いたあと、テーブルにつるんつるん麺を置いた。
綺麗なお辞儀を見せたあと、去っていく。
「……さ、さあ、どうぞ、冷え冷えのうちに、召し上がってください」
何だか、馬鎧男にすべて持って行かれた気がする。気を取り直して、料理を勧めた。
つるんつるん麺はあれから改良され、炭酸ではなく、甘い蜜に果物を盛り付けるという形になった。
しかし、私の考えた完成図と違う物がある。
色とりどりの果物の中心に、森林檎の実で作った白鳥が羽を休めるように置かれていたのだ。
すごい、芸術だ。
女性騎士達も、見入っている。
たぶん、シエル様が作ったのだろう。手先が器用で、羨ましい。
女性騎士達の表情は、みるみる笑顔になっていく。
「キレイ……」
「食べるのがもったいないわ」
「気持ちはわかりますが、しっかり食べてくださいね」
「そうね」
「悪い気がするけれど」
フォークに麺を絡め、果物と一緒に食べる。
「あ、おいしい」
「冷たくって、食べやすいわ」
食欲がないと言っていたが、二人共ペロリと食べてしまった。
スライム麺は、あっさりと受け入れられる。何か聞かれなくて、本当によかった。
「おいしい猪豚の串焼きがあるのですが、食べられそうですか?」
「え、猪豚?」
「脂っこいのは、ちょっと」
「大丈夫です。これまでにないくらい良い猪豚で、ぜんぜん脂っこくないのですよ」
つるんつるん麺だけでは活力がでないので、猪豚も食べておいたほうがいい。
だから、必死になって勧める。
「そこまで言うのであれば……」
「私も、食べてみようかしら」
そんなわけで、猪豚の串焼きを二名分注文する。
「すみませ~ん、猪豚の串焼き、二本」
そう叫ぶと、簡易食堂の天幕の隙間から、にゅっと馬の頭部が出てくる。
「承知した」
またしても、シエル様が注文を受けてくれた。
この大英雄、働き者である。
数分後、猪豚の串焼きを持ったシエル様がやってきた。
「女子達の顔色が悪かったから、少々あれんじをしてみたぞ」
「あれんじ、ですか」
「うむ。以前、リスリスに習った、木苺の肉用ソースを作ってみた」
白猪豚の串焼きに、色鮮やかな木苺のソースがかかっている。それを、女性騎士へと差し出した。
なるほど。酸っぱい系のソースだったら、食べやすいだろう。
シエル様ったら、私が教えたことの応用してくれるなんて……。感動した。
猪豚の串焼きを食べた女性騎士の反応は──。
「わっ、おいしい! 肉とソースが絡み合って、極上の味わいになっているわ」
「酸っぱいソースのおかげで、脂っぽさも感じないし、とってもおいしい」
反応は上々だ。
「これ、いいですね。味付けは塩コショウか、木苺のソースか選べるようにしたほうがいいかもしれません」
「では、食堂の淑女に、相談してみるぞ」
「お願いします」
シエル様、いつの間に食堂のおばちゃん達の輪に馴染んでいたのか。
やっぱり、大英雄ってすごいなと思った。




