side雅~婚約披露
頭が重い。
記憶のないあの日からずっと。
そして始終つきまとう不安感。
何かに責められているような感覚。
そんな中、私と晴可さんの婚約披露が行われることになった。
淡いペールグリーンの上品なドレスに身を包み、髪を結い上げ化粧を施され、鏡の中の私は私ではない人のようだった。
一応私の体調を配慮して二人の席は用意されていたのだが、次々訪れる来客を座って出迎える訳にもいかずゆっくりと座る時間はなかった。
各界を代表するテレビの中でしか見ることのなかった人たちが、私と晴可さんに祝辞を述べていく。
それに臆することなく堂々と返礼をする晴可さん。
私はその隣で微笑みの仮面を張り付けて立っていればよかった。
まるで意思を持たない人形のようになってしまえば、沢山の人の視線に晒されることなどどうということはない。
現実味を伴わない時間が過ぎ、出迎えるべき人は出迎えたようだ。
私たちは二階に用意された宴席に移ることになった。
その席にいたのは晴可さんの近しい人たちばかり。
大学の友人や学園の後輩、幸田くん達。
彼らが連れてきたらしい女の子たちとは面識がない。
大きなテーブルを囲んで大きなソファーが並ぶ空間。
晴可さんは幸田くんと真田くんに私を引き渡すと手荒い祝福を受けに友人の中に入っていった。
「体調はどう?」
私に飲み物を手渡しながら真田くんが気遣わしげに尋ねた。
「うん。大丈夫」
「何か食べた?軽いものならどう?」
真田くんの言葉にテーブルに並ぶご馳走を眺めてみるが、見ただけで胃が重くなる気がして首を横に振った。
幸田くんの向こう側で晴可さんは大学の友人たちとわいわい楽しげに騒いでいる。
切れ切れに聞こえてくる会話の中に私を呼ぶような声がするのは気のせいか。
ちらりと視線を飛ばすと、それに気付いた晴可さんが大丈夫というように頷いた。
「婚約披露までして、ガード固くすることないのにねえ。ほんと晴可はどこまで心配性なんだろ」
幸田くんが苦笑いを浮かべてつぶやいた。
確かに、婚約者として今日正式にお披露目をしたということは、これから私は晴可さんの友人たちともある程度のお付き合いをしていかなくてはならないのだろう。
この宴席も彼らとの顔合わせという意味合いがあるはずなんだけど。
晴可さんは一向に彼らに私を紹介しようとしない。
それどころか紹介しろという彼らをのらりくらりとかわしているように見える。
あなたと晴可さんでは不釣り合いなのだから。
不意に誰かが頭の中で囁いた。
不釣り合いだから。
紹介したくないのだろうか。
こんな見た目も家柄も良くない私を紹介するのが恥ずかしくて。
いや、それはおかしい。
婚約披露を強引に進めたのは晴可さんなのだから。
私を紹介したくなければ婚約披露などしなければよいのだから。
それは晴可さんが責任を感じているからよ。
責任?
あなたという野の花をいたずらに手折ってしまったという責任を。
まるで自分の中に誰か他の人がいるような感覚に混乱する。
ぐるぐる目が回るような感覚に思わずこめかみに手を添えた。
「大丈夫?気分が悪い?」
幸田くんの問いかけに何とか頭を上げる。
大丈夫と答えたが幸田くんを安心させるような顔までは出来ていなかったようだ。
少し休もうと腕を取られて立ち上がった。
こんな時のために休息用の部屋が用意されているのだ。
幸田くんが晴可さんに視線で合図したのを視界に入れながら私は廊下に出た。
「あ、ちょっと」
数歩歩いたところで晴可さんの声が後ろから追いついてきた。
振り向くと眉間にちょっと皺を寄せた晴可さんが足早に近付いてくるのが見えた。
「大丈夫?雅ちゃん」
黙って頷くと大きな手が私の頭をゆっくりと撫でた。
「今日はご苦労さん。あとのことは心配しやんと、ゆっくり休んでええよ。睦月、頼んだで?」
そう言って部屋に戻ろうとした晴可さんは、ふと何かを思い出したように振り返った。
「そうや。睦月に言うん忘れてた。お前、衿香ちゃんにはあんまり近付きすぎるなよ」
「は?なんで晴可が?」
「それはまたあとで説明する」
一気に不機嫌になった幸田くんを気にすることなく晴可さんは宴席に戻っていった。
「なんで晴可が?」
幸田くんの怒りを含んだ声が、私の胸に不協和音となって響いた。




