side晴可~守る
雅ちゃんが誘拐された。
俺にしつこく交際を迫っていた豪徳寺さやかの仕業だった。
時間にして数時間の拘束。
すぐに俺は雅ちゃんを取り戻したのだが。
「どこも異常はないわねえ」
俺の前で白衣を纏った姉がそうつぶやく。
異常がないと言いながらその表情は晴れない。
「なんか問題でも?」
俺の問いかけに祥子は美しい眉をひそめた。
「問題という問題はないけれど、あなたは彼女を見て何も感じない?」
「……」
俺は祥子の視線に導かれるように、寝台の上に横たわり点滴を受ける雅ちゃんを見た。
「犯人を壊しちゃったの痛いわね」
俺もそう思うが仕方ない。
怒りにまかせた結果、豪徳寺さやかの精神は脆くも壊れてしまったのだから。
半死半生の運転手は拉致したあとの車の中の出来事は何も分からないと答えた。
雅ちゃん自身が何があったのか全く覚えていなかった。
誘拐されたことも車の中で何があったのかも。
だからありとあらゆる検査を行なった。
結果は問題なし。
血液中におそらく拉致の際に嗅がされたであろう薬品の反応があっただけ。
体にも傷一つ負っていなかった。
なのに雅ちゃんの体調は思わしくなかった。
頭痛と倦怠感、食事も思うように取れず点滴に頼る毎日だ。
「ねえ本当に婚約披露する気?」
何度目かの祥子の質問。
それに俺は同じ答えを返す。
「もうそうするしかないやろ?貴島の百周年に合わせて雅ちゃんの立ち位置をはっきりさせる。そうすれば易々と雅ちゃんに手を出されるようなことはなくなるはずや」
俺の答えに祥子は深く息を吐く。
「雅ちゃんのためにもう少し時期を待ってあげる訳にはいかないの?」
「何度も話したやろ?このままこの状態を放置したら、今度は雅ちゃんは帰ってこおへんかも知れへん。婚約披露は雅ちゃんの最大の盾になる」
祥子は黙って雅ちゃんの顔を見た。
生気のない青白い顔で目を瞑っている雅ちゃんを見ていると、あの日、車の中で意識を失っていた雅ちゃんのことを嫌でも思い出す。
ひやりと冷たい肌の感触に、俺は最悪の事態を予想した。
失われた命は何をしても戻ってはこない。
あの時の心臓を鷲掴みにされたような感覚は忘れることはできなかった。
だから何を言われても婚約披露を取りやめにすることは出来ない。
婚約披露により雅ちゃんは社交界の一員となり、貴島の一員と認められることになる。
それが彼女のどれほど強い後ろ盾になるか。
分からない祥子ではないだろうに。
「仕方ないわね。でも雅ちゃんの心のフォローを忘れないでね?彼女の嫌がることは絶対しないこと。何事も彼女の意思優先で動くこと。いい?」
祥子の言いつけに俺は深く頷く。
絶対に雅ちゃんを守るのだと深く心に言い聞かせて。




