始まりの鈴の音
僕の世界は、音で出来ている。
辺境の村――林業と農業を主産業とする、山あいの小さな集落「セレス村」。
季節は春。
暖かな春の陽気に包まれた村の中心には、見事な大桜の木が枝を広げている。
風が吹き抜けるたび、満開の花びらがハラハラと空中に舞い散り、その擦過音や足元をかすめる微かなざわめきが、盲目の青年・レイの研ぎ澄ませた耳に心地よく届いていた。
朝の日課を終えた昼下がり、レイは自宅の縁側に腰掛け、ただ静かにこの世界に耳を澄ませていた。
彼の両目は、完全に閉じられたままだ。本来、盲目であっても双眸を開くことができるが、彼は瞼を開くこともできない。
故に、生来の盲目であるそれに、光の色が訪れたことは一度もない。
ただ瞼を通して薄明かりや、漆黒の闇を感じるだけである。
もっとも、セレス村の住民たちはそんな彼の身体を特別視したりはしなかった。
かつて村の守り手として厄介事からみんなを守り抜いてくれた、歴戦の冒険者にして剣士ガーラントの背中を見て育ったレイが、今や自分たちと同じように――いや、誰よりも素早い身のこなしで自警団に混ざり村のまわりを見回り、周囲の森にモンスター対策の罠を仕掛け、時折迷い込んでくる凶暴なモンスターを確実に追い払ってくれていることを、誰もが知っていたからだ。
いまでは「目が不自由だから」と腫れ物に触るように扱う者など村には一人もいない。
村長のダリスをはじめ、「若いのに礼儀正しくて、耳も良くて動きも速いし、なにより腕っぷしがピカイチだから本当に頼りになる」と、村人たちはごく自然に彼を頼りにし、温かく接していた。
いつも世話を焼いてくれる雑貨屋を営むローザおばさんなども、その代表格だった。
ただ、可能な限り未然に防がれているが――このセレス村の平穏も、外から訪れる悪意に狙われなかったわけではない。
数ヶ月前の冬の頃、特に冷え込んだ夜のことだ。
自警団員のルイスと二人で村の周辺を夜間見回り中のことである。
「レイ、こっちの罠も問題なしだ。そっちはどうだ?」
本来、獣道であるはずの道に、不自然に踏み荒らされた痕跡が残っていた。
「なにか違和感が……。朝の見回りでは問題なかったんですよね?」
「特に変わったところはなかったはずだが……、この足跡は!?」
「ルイスさん、先に行きます。無理せずついてきてください!」
レイの鋭い聴覚が、わずかな異変を捉える。自然と足音を殺し、その先へと足が動いた。
そこで不自然な足音を捉えた。闇夜に乗じて村へと忍び寄る七人の影を発見する。
本来、眼が見えないはずのレイであるが、音の反響で正確に何がどこにあるのかを把握することができている。
彼の持つ杖に付けられている特殊な鈴が、それを可能としていた。
「っ……やっと追いついた。相変わらず早い……。やはり盗賊の類なのか?」
「――っ、静かに。前方20メートル、七人の気配がします。どうやら村の食料庫と、民家を狙っているようですね」
「なっ、マジか……!」
身構えるルイスに、レイは静かに告げた。
「ひとまず本当に盗賊なのか確かめてみます。あなたは村へ走り、夜中ですが住民たちに警戒を促しつつ増援を。……盗賊の類であれば、僕がここで可能な限り対処します」
「レイのことだ問題ないだろうが、無茶すんじゃねえぞ?」
ルイスが警戒と増援に向かって2分後ついにレイが動き出す
すっと距離を詰め、闇の中から穏やかな声音で声をかける。
「こんばんは、自警団のものですが。こんな夜中になんの御用でしょうか?」
いたって柔らかく話しかけているが、相手から見ると気配すらなかった背後から唐突に現れた異質な者に、恐怖を覚えないはずもなく咄嗟に強硬手段に出てしまう――。
「急にどこから!? くっ……見られたからには仕方がない!! リーダーは先に行け! 俺が始末する!」
「あとで合流しよう、すまん!」
ナイフを取り出し、男が構える。
「ってことで坊主、我々のためにここで死んでもらうぞ?」
「はぁ……やはり、ですよね。では容赦はしませんよ…?」
盗賊の類であると分かるや否や、一瞬の踏み込みで相手の懐に詰め寄るレイ。
肌身離さず持ち歩く、眼であり武器であるその木杖を突き出し、相対する賊を容赦なく吹き飛ばした。
「ぐはっ! な、なにがっ!? くそっ、ば、化物がぁ!」
取り乱して振り回すナイフがレイに届くはずもなく、無力化され転がる一人を捕縛し、散っていった残りの者を捕縛すべく駆け出す。
「くそ……村に近づく害虫め……一匹たりとも逃さない」
闇を切り裂くように気配を探り、鈴を鳴らし反響する音を頼りにその場を風のように後にする。
周辺には誰もいない村の外れで呟かれたその言葉を、聞いた者は誰もいない。




