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続、沖田総司

 近藤もその剣才を理心流三代目宗主、周作に見こまれて養子となった神童である。しかし、剣 の才だけに関して言えば、沖田は近藤をはるかに凌駕していたのだろう。

 「勝てば勝ち」という試衛館の流儀は、この瞬間に完成した。ある意味、それは沖田のような 天賦の才に立ち向かうため、多摩の勇士たちがあみ出した処世術なのかもしれなかった。


「そういえば君は以前、俺が【鬼】などと呼ばれると言っていたな。ほかにも目録の件もある」

「さあ、どうだったかな」

「刀がとぼけるか」


 歳三は、兼定の束に手をかけた。そして、一閃、抜いた。

 ごう、と音を立てて兼定が静寂を斬る。


「総司に惚れているのは、むしろ局長のほうだろう。いや、それも違うか。俺たちはやはり義兄弟 (きょうだい)なんだし」


  歳三は少し思い詰めたように、目を細めて言う。


「だが儚いな。才がありすぎる」

「誰が儚いんですか?」


 少年のようだが、凛とひびく透き通った声。沖田だろう。

 音もなく障子戸を開けるのは、沖田の悪い癖で、なぜか沖田にしかできない。


「いつからそこに」

「いやだなぁ、今し方ですよ。土方さんを呼びに来たら何だか話し声が聞こえただけ」

「だから、どこから聞いていたと」

「惚れたとか、惚れてないとか」

「何」

「だけどおかしいな。土方さんは誰かと話してるふうだったんだけど、誰もいやしないや」

「ああ。独り言だ。ひとりごと」

「ほう、それならよかった。僕はまた句でも詠んでいるのかと」


 こんなふうに歳三をからかえるのは、沖田だけだった。


「俺が句を詠むのが、そんなにおかしいか」

 歳三が、むう、と口をとがらせる。歳三がこんな愛想をつくのも、今では沖田にだけである。

 もう一人いたが、彼は歳三にとって友ではなくなった。

 でもよかった、と沖田が微笑む。


「なにがよかったのだ、総司」

「いや、もし土方さんがだれかと密談でもしていたのなら、そいつを斬らなきゃいけないし」

「人を斬るのはきらいか。総司」

「別にきらいじゃありませんよ。でも土方さんを斬るのはいやだなぁ」

「ふむ、俺を斬るのはいやか」

「いやですよ。だって義兄弟きょうだいだし。僕を何だと思ってるんですか。まったくみんな、僕のことを死に神だの羅刹だの、ひどい言いようだ。僕だって傷つくのに。ほらほら、みんな 待ってますよ。芹沢さんが病死して(・・・・)から少なからず動揺もあるんだし、土方さんが しっかりしないと」

「局長が居るだろう」

「だから近藤さんが土方さんを呼んで来いって」

「やれやれ、人遣いの荒い局長殿だ」

「それに、土方さん」

「なんだ」

「副長の穴籠もり、って知ってますか」

「知らん」

「噂になってますよ。土方さんが閉じこもってると、次に誰を殺すか考えてるんだって」

「なんだ、それは。まるで鬼だな」

「はは、鬼か。それはいいや。ぴったりじゃないですか。鬼の副長」

「む。死に神に鬼と言われるか」

「だからそれ、傷つくんですってば。僕は先に行って皆に伝えておきますね、鬼が来るって」

「あ、こら」


 沖田がまた音もなく戸を閉めて、駆け去っていく。剣気は感じさせない。二十歳。ただ少年のように飛びはね駆けだしていく。


「もしかしたら、あの無邪気さこそが、唯一無二である沖田総司の才気そのものなのかもしれな いね」

「総司が、無邪気か。確かにその通りかもしれない」

 無邪気と聞いて、歳三の脳裏にもう一人の剣客が思い浮かぶ。

 総司の無邪気を無限に広がる秋空とするならば、やつの無邪気は人の気も知らず稜線から駆け下りてくる朝陽に思えた。どっち にしても、清々しい光だ。そして自分は、泥か、ぬかる(・・・・)のように思える。

「沖田さんはひょうひょうとしているね」

 思案めいた主人に兼定が続ける。

「だけど歳サン、さっき、沖田さんは歳サンを斬るのはいやだと言ったけど、斬らないとは言わなかったね」

「フン」

 兼定は、自分の言葉に歳三が少しだけ不機嫌になったように感じたが、彼の主人はすぐまた口元に笑みを浮かべたようであった。

 総司にひとたび「斬れ」と命ずれば、何者も斬るだろう。だが朝陽のようなあやつに「斬れ」と命じても、 何者も斬らないだろう。逃げ出して、そのうちもっと大きなもので包み込んでくるような気がする。

「また会ってみたくなったな。坂本龍馬に」

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