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第三章 天魔窟(シーフードバイキング)と、歩く高級食材

大宴会の朝と、禁断の『味見』

狂乱の三国合同グルメフェスティバルと、それに続くカオスすぎる大宴会から一夜が明けた。

ポポロ村の広場には、祭りの後の静寂が訪れていた。

朝靄の中、真っ白なコックコートを着たリアンは、竹箒を片手に一人で広場の掃除(後片付け)をしていた。

「……やれやれ。ルチアナの奴、ノリノリでアンコールまで歌い切りやがって。おかげで二日酔いの客がそこら中に転がってるじゃないか」

リアンはため息をつきながら、いびきをかいて寝ている獣人の客を足で端へと寄せる。

その傍らでは、体長30センチのワーム型召喚獣『喰丸くうまる』が、広場に散らばったゴミや、昨日ギアンが残していった『死蟲軍』の残骸をズズズズッ!と掃除機のように丸呑みにしていた。

「おい喰丸、テントの支柱まで食うなよ。それは村の備品だ」

リアンが注意した、その時だった。

「……ん?」

喰丸がまさに飲み込もうとしていた残骸の一つに、リアンの目が止まった。

それは、昨日ルーベンスの魔鞭によって細切れにされた『死蟷螂デス・マンティス型』の、巨大な鎌の破片だった。

「待て、喰丸。それを吐き出せ」

リアンはしゃがみ込み、その破片を拾い上げた。

金属のような硬質な装甲で覆われているが、断面からは透き通るような白い繊維質の『肉』が顔を覗かせている。

「……これ」

三ツ星レストランの副料理長だった前世の血と、愛読書『マギー キッチン・サイエンス』の知識が、リアンの脳内で高速に結びついていく。

「虫と甲殻類は、生物学的に極めて近い構造をしている。特に蟷螂カマキリやシャコ、海老などの節足動物は、筋肉の繊維やアミノ酸の構成が似通っているはずだ」

リアンは、死蟷螂の鎌をまじまじと見つめた。

装甲の艶、肉の弾力、そしてほのかに漂う磯の香りに似たタンパク質の匂い。

「……よく見たらこれ、特大の『シャコ』か『タラバガニ』の爪にそっくりじゃないか?」

ゴクリ、と。

リアンの喉が鳴った。

最強の暗殺者としての警戒心よりも、料理人としての『飽くなき探究心(という名の狂気)』が完全に勝利した瞬間だった。

リアンは掃除を喰丸に任せ、急ぎ足でポポロ亭の厨房へと戻った。

「まずは毒見だな。影丸」

リアンの足元から漆黒の騎士、影丸がスゥッと姿を現す。

「こいつの成分を解析しろ。人体に有害な毒素や、魔障気は含まれているか?」

影丸がスキャナーのように影を伸ばし、死蟷螂の破片を包み込む。数秒後、影丸はコクンと首を縦に振った。

『毒性ナシ。極メテ純度ノ高イ、良質ナ筋肉組織デス』という影丸の無言の報告を受け、リアンはニヤリと笑った。

「よし。なら……茹でるか」

リアンは寸胴鍋にたっぷりの湯を沸かし、【ネット通販】で取り寄せた粗塩をひとつまみと、臭み消しのためのローリエ、ネギの青い部分を放り込んだ。

そこへ、綺麗に水洗いした死蟷螂の鎌をドボンと投入する。

数分後。

グツグツと煮立つ鍋の中から、フワァ……と、とてつもなく食欲をそそる香りが立ち上ってきた。

「……嘘だろ。完全に、極上の海老を茹でた時の匂いじゃないか」

リアンはトングで茹で上がった破片を取り出した。

驚くべきことに、茹でる前はどす黒かった装甲が、熱を通したことで見事な『鮮やかな赤色オレンジ』に変色していた。アスタキサンチンという甲殻類特有の色素反応である。

リアンはまな板の上にそれを置き、愛用の包丁『雷霆らいてい』で硬い殻にスッと切れ込みを入れた。

パキッ。

殻を剥くと、中からは湯気を上げる、ブリップリに引き締まった真っ白な肉の塊が現れた。

まるで、超特大のタラバガニの剥き身である。

「……いただきます」

リアンは、何もつけずにその肉の塊を口に放り込んだ。

「――――ッ!!?」

リアンの両目が、カッと見開かれた。

噛んだ瞬間、ブツンッ! と弾けるような凄まじい弾力。

そして、中から溢れ出したのは、伊勢海老の濃厚な甘みと、ズワイガニの繊細な旨味を掛け合わせたような、暴力的なまでの『極上のシーフードエキス』だった。

臭みなど一切ない。魔力を含んで育ったからか、地球の最高級海産物すらも凌駕する、圧倒的な味の濃さ。

「う、美味ぇ……!! なんだこれ、下手な高級魚介よりずっと美味いぞ!! これにマヨネーズとレモンを絞ったら、どれほど……ッ!」

あまりの美味さに、リアンは震える手で残りの肉も一気に平らげてしまった。

「……昨日、あのピエロが放った蟲ども。あれは世界を脅かす兵器なんかじゃない。殻の被った『歩く高級食材シーフードバイキング』だ」

リアンは空になったまな板を見つめ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

そして、昨夜逃げていった魔人ギアンの顔を思い浮かべる。

『ヒィィィィッ! お、覚えてろォォ! この屈辱、死蟲軍が必ず――』

「……ああ。必ず、また会おう。今度は『天ぷら鍋』を用意して待っているからな」

ポポロ村の爽やかな朝日に照らされながら。

元三ツ星シェフの瞳の奥に、かつてないほど危険で、そして食欲にまみれた猟奇的な光が宿っていた。純粋悪たる死蟲軍が、文字通り「極上の食材」へとクラスチェンジさせられた瞬間であった。

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