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EP 4

エンカウント・ザ・オタク

「な、なんやあの客……。魔力が規格外すぎるで……ッ!」

屋台のレジ係をしていたニャングルが、全身の毛を逆立ててガタガタと震え出した。

モーセの十戒のごとく割れた客の波の中央を、凄まじい覇気と絶望的な魔力オーラを撒き散らしながら歩いてくる女。

ワイズ皇国を統べる絶対的絶望の象徴、魔王ラスティアである。

しかし、その顔面偏差値カンストの美貌と威厳あるオーラを、身に纏った『朝倉月人公式ライブTシャツ』と両手の『推し色ペンライト』が完膚なきまでにぶち壊していた。

「ひぃぃぃっ……ま、魔王様や! なんでこんな所にワイズのトップが……戦争か!? 帝国との全面戦争が始まるんか!?」

「静かにしろニャングル。レジの計算が狂う」

パニックを起こして泡を吹くニャングルを尻目に、リアンは無表情でたこ焼きをひっくり返し続けた。

やがて、屋台のカウンターの真ん前に、魔王ラスティアがドンッ! と両手をついた。

「お前が、ここの店主だな」

ラスティアのルビーのように紅い瞳が、リアンを射抜く。

周囲の観光客たちは「あわわわ……」と腰を抜かし、広場全体の空気が凍りついていた。まさに一触即発。伝説の暗殺者と最強の魔王の、歴史的邂逅である。

ラスティアは懐から、ズシリと重い特大の麻袋を取り出し、カウンターに乱暴に叩きつけた。

ジャララッ!! と、中から溢れ出したのは、眩いばかりの光を放つ金貨の山。優に数万枚はある、国家予算レベルの超大金だ。

「……何のつもりだ。たこ焼き一舟で、金貨は釣り合わんぞ」

「飯などどうでもいい!!」

ラスティアがカウンターから身を乗り出し、リアンに顔を近づけて悲痛な叫びを上げた。

「頼む! お前のその不思議な力で、朝倉月人の『夏の全国ツアー限定・等身大抱き枕カバー』を出してくれ!!」

「…………は?」

「金ならいくらでも払う! もし足りないと言うなら、国だ! 好きな国を一つ指定しろ、私が今すぐ火の海にして地図から消し去ってやるから! だから! 私に月人の抱き枕を抱かせてくれぇぇぇ!!」

最強の魔王が、ただの限界オタクとして三ツ星シェフに土下座同然の懇願(かつ最悪の脅迫)をキメた瞬間である。

広場に集まっていた三国の人々は、魔王の口から飛び出した「アサクラツキト」「ダキマクラ」という未知の古代語(?)に戦慄し、「国を一つ消す」という物騒すぎる単語にさらに絶望した。

しかし。

リアンの瞳からは、スゥーッと一切の感情が消え去っていた。

(……このバカ魔王。俺が徹夜で仕込んだ串焼きとたこ焼きの匂いを前にして、『飯などどうでもいい』と言いやがったな)

料理人にとって、自分の料理よりも他所の男のグッズを優先されることほど腹立たしいことはない。

リアンは手にした千枚通しを鉄板にカンッ! と突き立てると、絶対零度の声で言い放った。

「……帰れ」

「なっ!?」

「ここは飯を食う場所だ。アイドルグッズの物販会場じゃない。お前のような客は邪魔だ。帰れ」

「き、きさまぁ……! 私が誰だか分かって言っているのか!? ワイズ皇国の――」

「肩書きなど知らん。たこ焼きを買わないなら、さっさと列から外れろ。後ろの客の迷惑だ」

完全に「厄介なクレーマーをあしらう店主」の態度である。

圧倒的な魔王の覇気を前にしても一歩も引かず、冷たく見下ろすリアンの姿に、ラスティアは言葉を失った。

(こ、この男……私の魔力圧を真っ向から受けて、平然としているだと……!? しかも、私をただの『客』としてあしらうとは……!)

これまで、自分の顔色一つで国が震え上がるのが当たり前だったラスティアにとって、リアンの態度はあまりにも規格外だった。

だが、グッズの供給源であるこの男を殺すわけにはいかない。

「ぐ、ぬぬぬ……ッ!」

ラスティアはギリッと奥歯を噛み締めると、震える手でカウンターの上に銀貨を一枚置いた。

「……たこ焼き、一舟くれ」

「まいど。火傷するから気をつけて食えよ」

リアンはあっさりと態度を変え、アツアツのたこ焼きにたっぷりとソースをかけて手渡した。

「ふん。地球の食べ物など、私が福岡で食べた豚骨ラーメンに比べれば――」

不貞腐れながら、ラスティアがたこ焼きを一つ口に放り込む。

カリッ、ジュワァァァァッ。

「…………ッ!!?」

クラーケンの濃厚な旨味と、シープピッグの極上出汁が、ハフハフと熱を帯びながら口の中で大爆発を起こした。

「な、なんだこれは……ッ! 外はカリカリなのに、中はトロトロ……!? しかもこのソースのジャンクな甘辛さは、私のオタクとしての徹夜明けの体に悪魔のように染み渡る……ッ!」

「……美味いか」

「う、美味い! 美味すぎるぞ店主!!」

「そうか。なら抱き枕カバーが欲しければ、もう一度最後尾に並んで、串焼きを十本買ってから出直してこい」

「なっ……!? 魔王である私に、またあの長蛇の列に並べと言うのか!」

「並べ。俺の店では、客は全員平等だ」

料理人のプライドを懸けたリアンの完全勝利であった。

最強の魔王ラスティアは、肩を落とし、手にしたたこ焼きをハフハフと頬張りながら、とぼとぼと最後尾(約二時間待ち)へと歩いていく。

「……ふぅ。変な客のせいで時間を食った。おいニャングル、レジを再開――」

リアンが息をついた、その時である。

魔王が去ったにもかかわらず、広場に再び、先ほどとは質の違う『重苦しい殺気』が立ち込めた。

「……見つけたぜ。あのクソババア」

屋台の前に、仕立ての良いスーツを着崩し、目の下に真っ黒なクマを作った男が立っていた。

口にはタバコ。手には丸めた競馬新聞。そして、その背後には、凄まじい闇属性の魔力がドス黒いオーラとなって渦巻いている。

過労死寸前の魔族側近、ルーベンスの到着である。

「あァ? なんだこの屋台。美味そうな匂いさせやがって。……おい店主、ビールはあるか?」

次なる厄介な客の登場に、リアンは静かに深い、深ぁぁぁく長いため息をついたのだった。

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