不運の連鎖
とにかく、運が悪いとしか言いようがなかった。
睡眠障害を持つコウタは、普通にしていると日付が変わるまで眠らず、そして朝5時には起きてしまう。
そのため、リョウジとコウタ自身の安眠のためには、睡眠薬、あるいは睡眠導入剤が欠かせない。
しかし、この世界では魔法薬が主流であり、薬草などを使った薬はそれほど多くない。だが、その主流である魔法薬は、『治外法権』を持つリョウジと『ワールドマスター』を持つコウタには、全く効き目がないのだ。
そんなわけで、このファンタジー世界であっても、普通の薬屋のお世話になっていたのだが、一週間前に立ち寄った薬屋は今までと違っていた。
「ひっひっひ……ごほっ、す、すみません、まだお婆ちゃんみたいにうまく笑えなくって……」
「え?ああ、はい……」
これまでどこの町であっても、薬屋は鉤鼻の魔女のような風貌の老女がいたのだが、この町の薬屋はまだ若い女性であった。見た目はかなり美しいと言える女性で、薬屋の雰囲気とはあまり似合っていない。
「ちょっと、お婆ちゃんが薬草の仕入れでいないもので……あっ、で、でも、私も少しは調合できます!」
どうやら、女性は薬屋の孫か何からしく、本人も薬屋を目指しているらしい。これがあの魔女に変貌するのかと思うと、リョウジの脳裏にあるアニメの子沢山な空賊が思い浮かんだ。
「あー、ではこの子に、精神を落ち着ける薬と、よく眠れる薬を作ってほしいんですが」
「えっ、こ、子供用……!?あっ、何でもないです!い、今、何とか作りますね!」
『何とか』の辺りで大変な不安を覚えつつも、リョウジ自身が調合できるわけではなく、また他の薬屋もないため、彼女に任せることにした。
「ええっと、確かこれと……これ、だっけ?ええーと、それとこれが……量これでいいんだっけな……?あ、でも子供用だし……うっ、少なかったかな?た、たぶん大丈夫だよね……!?」
猛烈な不安を煽る独り言を聞くこと30分。普段の3倍ほどの時間を待たされ、それでも何とかコウタの機嫌を損ねずにいることには成功していた。
「お、お待たせしました!」
「はい」
「た、たぶん……あ、いやっ!確かこれで大丈夫なはずです!」
結局、不安を煽る副詞は取れることがなく、それでも正規の料金を払って薬を手に入れたのだが、リョウジと薬屋の不安は見事に的中することとなった。
「あーりあーりありありあ、とたお~」
「うん……とたおだねえ……」
午前一時。コウタはまだ寝る気配もなく、元気に歌っている。既に3時間前には薬を服用したのだが、まったく効いている気配がない。
「コウタ、元気だねえ……」
「うえっへへへ!うひぃ~っひっひぃ~!とったぁ~ぁあはははは!!」
「うん……元気でいいねえ……」
結局、この日コウタが寝たのは午前三時であり、そして六時には起床した。当然、リョウジも三時間睡眠である。
いっそ薬屋に文句の一つも言いたかったのだが、修行中の身であればそういうこともあるかと、ギリギリ自分を納得させ、ならば本来の店主が戻るまで滞在しようと思っていたのだが。
「すみません。リョウジさん指名の依頼が来てまして、北の町までの護衛をお願いしたいとのことです」
「それがなぜ私の指名に……?」
「北の方には、魔法を使う魔物が多く住んでいるんです。リョウジさん、魔法斬り使えますよね?ですので是非に、ということです」
「そうですか……出発はいつなんですか?」
「今日の午後ですね」
「……わかりました」
こうして、新たな薬を得ることができないまま、護衛任務が始まってしまった。
護衛の人数はそこそこおり、リョウジは放たれる魔法に対してだけ対処すればいい程度だったのだが、散発的に襲ってくる魔物に対処しているうちに、いつしか辺りが暗くなってきた。
「今日はこの辺で野営しよう。頭数が多いとはいえ、暗くなってから動くのはさすがに危ない」
「野営ですか……極力、ご迷惑をかけないようにはします」
しかし残念ながら、護衛仲間と依頼主には大変なご迷惑を掛ける事となってしまう。
「どぅいっひひひはーぁ!あーりおりお、えいっあん!」
「コウタ、コウタ……寝てる人いるから静かに……」
「ああっ!あああー!!きぃーーえええぇぇぇ!!!」
「頼むから静かにしてコウタ……迷惑というか危険だから……」
何とか大人しくさせようとしても、一緒に遊べば大声を出し、宥めれば否定されたと叫び声をあげる。薬は既に服用済みだが、やはり効果がない。
何をしても騒音、という状況に、他の面子も眠ることができず、たまりかねた戦士の男が声をかけてくる。
「なあリョウジさん。悪いんだが、もう少し離れるか、静かにさせるか出来ねえかな?その子の声で眠れねえよ」
「本当にすみません……ちょっとコウタ、離れよう。ね、遊ぶならこっちで遊ぼう」
護衛の疲れをまったく癒すことができないまま、コウタの遊びに付き合うこと数時間。午前二時にようやくコウタが眠りにつくが、リョウジはコウタを抱えてテントに走り、大声で叫んだ。
「敵襲!!狼の群れ、来ます!囲んできてます!」
「だぁー、くっそ!こちとら寝入りばなだってのにっ!」
テントから飛び出してくる冒険者を避け、全員が出てからコウタを寝かせ、リョウジ自身も撃退に加わる。
襲ってきたのは、狼でありながら単純な魔法を行使するメイジウルフという魔物だった。魔法が使える分知能が高いのか、遠距離から魔法攻撃を加え、こちらが怯むと近接攻撃を仕掛け、体勢を立て直す頃には再び遠ざかる、という波状攻撃を仕掛けてきた。
それでも、全員一丸となって戦い続けること数時間。最後の一匹を倒す頃には、既に夜は明け、太陽が空に上っていた。
「はぁ~、はぁ~……に、二度と戦いたくねえ……」
「ぶはっ……げほっ……!し、死ぬかと思ったわ……」
「ほんとに……すみません……うちの子の、声のせいかも……」
全員、疲労困憊である。それでも、辛うじて誰も欠けることなく襲撃を乗り切れたため、空気がそこまで悪化していなかったのが救いだった。
ちなみに、このメイジウルフの夜襲は、魔物の襲撃の中でも相当に危険なものであった。この夜襲を生き延びた者は少なく、まして勝った者など一握りどころか一つまみ。これを受ければほぼ確実に死ぬと言われているほど、危険極まりないものだったのだ。
ところが、依頼主も他の護衛達も、もちろんリョウジも、最近こちらに来たという状態であったため、誰もメイジウルフの知識は持っておらず、この快挙に誰も気づかなかった。
「確かに、その子の声で引き寄せられたのかもしれませんね。余計な戦闘が起きたということで、少し報酬減額しますよ」
「まあ、仕方ないですね……はぁ」
結局、報酬は減額され、魔法を無効化して回っていたリョウジの動きは評価されることなく、その依頼を終えることとなってしまった。
それでも、新たな町に着いたということで、リョウジの気持ちは軽かった。とにかく薬屋を探そうと、ギルドで聞いてみたところ、受付嬢の返答がこれだった。
「ああ、薬屋さんは確かにありましたけど、店主の方が、二ヶ月ほど前に亡くなってしまいまして……跡継ぎもおらず、今は無いんですよ」
だったらいっそ、さっさと依頼を受けて次の町へ行ってしまおうと考えるも、こういう時に限って依頼が無い。
当然、薬が効かないコウタは眠らず、コウタが眠らなければリョウジも眠れない。目の下のクマはどんどん大きくなり、身だしなみに気を使うこともできず、無精髭も伸びていく。
そうして五日ほど経ち、その日もリョウジは冒険者ギルドに顔を出していた。しかし、やはり依頼はなく、今回も無駄足になってしまっていた。
いっそ護衛としてではなく、自分の足で動くか、あるいは自分で護衛を依頼してしまおうかと考えるも、土地勘はなく、そしてこういう時に限って空いている冒険者もいない。
「すみません、今は誰も空いている人がいないようで……」
申し訳なさそうに言う受付嬢に対し、リョウジはやや焦点の定まらない目でぼそりと呟く。
「今日も空振りか……くっそ、しゃあねえとはいえ、さすがにどうにかならんかね……」
もはや、完全に素の口調である。普段であれば、人の目があるときはあまり出さない口調なのだが、今はそれすら考えられない程に、思考力が鈍っている。
「おいよぃあ、ありおっと」
「ああはいはい、そうね。頼むから大人しくしてね。んじゃ、なんか進展あったら俺……私に連絡してください。あそこの……あれ、あの角の……」
宿屋の名前を伝えようとするも、名前が全く出てこない。もっとも、これに関しては寝不足に加え、歳のせいもあったりはするのだが。
「『止まり木亭』ですか?」
受付嬢が尋ねると、リョウジはぐわっと目と口を開いた。
「違げえよ!今思い出そうとしてんだ邪魔すんじゃねえよ!」
あまりの剣幕に、受付嬢だけでなく周囲の者もビクッとして振り返るほどだったが、当のリョウジは一切それに気づかない。
「ああくそっ!そういう和名じゃなくてカタカナの……オリハル……じゃない、『ミスリルジョッキ』だ、酒場併設の。そこなんで、よろしく」
周囲の者には伝わらない情報も交えつつ、それだけ不機嫌に伝えると、リョウジは冒険者ギルドを後にした。それを見送ってから、担当をしていた受付嬢は隣の受付嬢に話しかける。
「ねえ、『子連れ狼のリョウジ』って優しい人だって話じゃなかった?なんか、すっごく怒鳴られたんだけど……?」
「う、うぅ~ん……この街に来たときは、全然あんなじゃなかったんだけど……。でもなんか、無精髭すごいし、疲れてるみたいだったわね?」
「でも、あんなに寝不足になる要因ってある?いくら子連れだって言ったって、夜ちゃんと寝てればあんなにならないでしょ?」
まさかその子供が原因だとは露ほども思わず、受付嬢はそう疑問を口にする。
「うーん……あっ、あれじゃない!?ほら、あの人って奥さんいないし、ずっと子供と一緒だし……なんだかんだ、男の人だしさ」
「え?……ああ~、あーあー、そういうこと。でもさ、子供もいるのに、あんなになるまで夜の店通うとか、ちょっとどうかって思うよね」
かくして、リョウジのあずかり知らぬところで、彼の評価はぐんぐんと下がっていくのだった。




