最終話 グローリア
グローリアとレオナルドが結婚して10年が経った。夫婦仲は良好で、いつも仲睦まじく姿を現し、思いやり深い王太子夫妻は、国民にも人気だ。
3人の子にも恵まれ、8歳の長男はレオナルドが幼い頃のような才覚を表している。6歳の次男は体を動かすことが好きで、先日始めた剣の稽古が楽しくて仕方がないようだ。末娘のレオリアをレオナルドは目に入れても痛くないほど可愛がっており、他国から婚約の申し込みが来ないよう騎士団長の子息との婚約をさっさと決めてしまったのにはさすがのグローリアも呆れたが、3歳の王女と4歳の子息が仲良く遊んでいる姿を見ると、しばらくはこのままでもいいかと思っている。
「王妃様、公爵様がいらっしゃいました」
今日は、兄夫妻が訪ねてくる日だ。
昨年正式に爵位を引き継いだクロフォードは、王都での引き継ぎを終え、近々領地に帰ることになっている。
妻となったソフィアも一緒だ。
結婚後も騎士を続けていたソフィアだったが、妊娠を機に退役し、グローリア付きの侍女となった。出産の時期も重なったため、乳母の役目も果たし、お互いの子どもたちは、乳兄弟としても従兄弟としても親しく過ごしていた。
6歳の第二王子などは、クロフォードの長女と結婚する!と宣言し、娘を溺愛するクロフォードに黒い笑顔を向けられていた。
「お兄様、ソフィア姉様!」
グローリアは、部屋に招き入れられたクロフォードたちが挨拶する間も与えず、親しくかけよった。
私的な場ということもあり、クロフォード夫妻も勧められるまま、グローリアと同じソファに腰を下ろす。両親に付いてきた子どもたちも、王子や王女と早速遊び始めている。
「領地に帰ってしまったら、今までのようには会えないから寂しくなるわ」
俯くグローリアの手をソフィアが優しく握る。
「領地といっても王都のすぐ隣ですし、社交シーズンは王都のタウンハウスで変わらず過ごすつもりですから、これまでとそんなには変わりません」
そう、グローリアの前世では、辺境の子爵領に飛ばされた公爵家は、変わらず公爵のままであり、領地も引き続き王都の隣の肥沃な地だ。ソフィアとクロフォードが惹かれあっているのは知っていたが、あの時は婚約にすら至らず、領地へ送られたのだ。それを思い出してからと言うもの、グローリアは折に触れクロフォードにソフィアと早く結婚するよう焚きつけた。身分差や年齢差を理由になかなか首を縦に振らなかったソフィアだが、グローリアが社交界にデビューする一年前には無事クロフォードと婚約した。
「やあ、来たね」
グローリアが、考えにふけっていると、夫である王太子レオナルドが入ってきた。
駆け寄ってきた末の王女を抱き上げながら、グローリアの隣に腰掛ける。
「今日は公爵継承のお祝いと、餞別を兼ねて何か贈ろうと思ってね。ランドア商会を呼んだんだよ」
「まあ、あなた。ランドア伯爵にお会いするのも久しぶりだわ」
「いや、今日は違うんだ。ランドア伯爵家も、爵位継承をすることになってね。引退後の伯爵と夫人は、商会の拠点がある隣国でのんびりされるそうだよ。あちらは気候が温暖だからね。今日は新伯爵と夫人が見えているよ」
嬉しそうに手を叩くグローリアに微笑みかけると、レオナルドはそう言った。
「まあ、そうでしたのね。夫人は、お体があまり強くないとの噂でしたものね。社交界にも出てこられなくて。暖かい場所での療養なら安心ですわね。御子息にはお会いしたことがなかったですわ。確かずっと隣国の拠点を任されていたのですよね」
国内の貴族の情報に精通しているグローリアの話をレオナルドは笑顔で聴いているが、クロフォードとソフィアは、思わず面を伏せた。ランドア家の子息とその夫人といえば・・。
その時、侍従の案内で件のランドア新伯爵と夫人が入室してきた。
「本日はお招きありがとうございます」
礼をとって入ってきたのは30代半ばの男性とグローリアと同じ年頃の女性だった。二人とも王家に対する礼をとって首を垂れている。
後ろには、商店の従業員なのだろう、数々の品物を載せた台車を押す数人の男女を連れている。
「お妃様にはお初にお目にかかります。ケイン・ランドアと申します。先代同様末永くご愛顧いただきますようお願い申し上げます」
新ランドア伯が挨拶をすると隣の夫人も
「ランドアが妻マリアでございます」
と挨拶した。グローリアは、その声に聞き覚えがあるような気がした。夫人の名前にも。
そして許しを得て顔を上げたマリアを見て、驚きを隠せず、扇で顔を覆う。
レオナルドがグローリアに説明する。
「実は夫人のお母様は前伯爵の奥方なんだよ。15年ほど前に再婚された際にお嬢さんも連れて伯爵家に入ったんだ」
「年も離れておりますし、兄妹として過ごしてきたのですが、長く隣国の拠点を二人で切り盛りしているうちに恥ずかしながらこういうことになりました」
照れくさそうに笑いながらランドアが言う。
「街で暮らしていて何も知らなかった私を夫が導いてくれました。私が今あるのは夫のおかげと思っております」
マリアは幸せそうに笑っていた。
そこには前の世で見た王太子に纏わり付く怪しい令嬢の雰囲気は微塵も感じられなかった。
どこでどう変わったのかわからない。なぜ男爵家ではなくランドア伯爵家にいるのかも。でも何と無くわかる。このタイミングでの、この夫の行動から、おそらく夫である王太子は、12歳の私の話を信じてくれたのだ。そして取り計らってくれた。男爵家がマリアを利用しないように。
そっと周りを見回す。兄や義姉の表情を見る。そして察した。この2人も事の次第を知っている。おそらくあの頃、未来に怯える幼い自分を皆が知らないうちに助けてくれていたのだ。
おそらくマリアは良い意味でも悪い意味でも無邪気な娘なのだろう。良い人に導かれれば、良い人間に、そうでなければ‥。
グローリアはにっこりと笑った。
「ランドア夫人、良い方に巡り合われて良かったわ。今日はどんな品物が見られるのか楽しみです。早速見せていただける?」
その言葉にランドア夫妻は待っていましたとばかりに商品の説明を始める。夫や兄夫妻やそれぞれの子たちも各々楽しそうにお気に入りを見つけている。
グローリアは夫が作ってくれた今の中で幸福を感じるのだった。
まだまだエピソードはあるのですが、あくまでグローリアと王太子という事で一旦、完結します。周りの人たちのエピソードも番外編や後日談で載せられたらいいなと思っております。
初めての投稿で至らぬ点も多かったのですが、読んで頂きありがとうございました。
2020.12.5 【番外編】はじめました。
https://ncode.syosetu.com/n3818gq/
読んでいただけたら嬉しいです。