47 胡散臭い三人組
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「ふぅ……御馳走になりました」
グラハムさんのどんどん食え、もっと注文しろって言葉に甘えて、本当にがっつり食べてしまった。
くちくなったお腹をさすり、食後のオレンジジュースを飲んでほっと一息付く。
「久しぶりにお腹いっぱい食べました」
少々食べ過ぎた感のあるティオルは満足そうだ。
「私も十分に戴きました」
ユーリシスも、食事の喜びを覚えてから、基本的に毎食食べ過ぎの傾向がある。
しかも今回は奢りで、被造物たる人から創造神への供物くらいに思っているのか、いつも以上に食べ過ぎて苦しそうだ。
「いい食いっぷりだったぜ」
そんな遠慮のない俺達に、グラハムさんもスレッドレさんも満足そうに笑う。
「あれ……そういえば、何か別の大事な話があったような……?」
「オマエらの噂の話だろ?」
「ああ、そうそう、そうでした。それで、俺達の噂って、なんなんですか?」
「胡散臭い三人組がソロを中心に冒険者に声をかけまくってるんだとよ」
「胡散臭い三人組ですか……」
俺の呟きに、申し訳なさそうな顔をしながらも、スレッドレさんも否定しない。
「少なくとも、本気でパーティーメンバーを集めているとは思われていないようだ。詐欺のカモ探しとか、道中窮地に立たされて必要物資をぼったくり価格で売りつけられるんじゃないかとか、中には君達が盗賊の手先で、話に乗ってノコノコ付いて行ったら身ぐるみ剥がされて殺されるんじゃないかとか、そう思われているみたいだな」
「そりゃあ酷い……」
予想以上の酷さについ困った笑いが漏れる。
「無理ねぇだろ。オマエら自分の格好を見てみろ、これっぽっちも冒険者に見えねぇぜ。胡散臭く思われて当然だ」
「あたし達、胡散臭い……ですか?」
「ま、まあ、俺もそこまで胡散臭いとは思わないけど……確かに一般的な冒険者っぽくはないかな……?」
ティオルがちょっと傷ついた顔で俺を見るけど、グラハムさんにそう言われたら強く否定は出来ないな。
「とはいえ、俺がグラハムさん達みたいな革鎧を着ても、胡散臭さが増すだけって気がしますけど」
「違ぇねぇ!」
グラハムさんが膝を叩いて大笑いする。
「ただまあ、笑ってばかりもいられねぇぞ? 短い付き合いとは言え、オレらはオマエらがそんな奴らじゃねぇってことは知ってるし、さっき話を聞いたから、そこのお嬢ちゃんがマジで倒しやがったのも分かった」
「でも、俺達のことを全く知らない連中にしてみたら、『あり得ない嘘を吹聴してる胡散臭い連中』でしかないわけですね」
「そういうこった」
それは非常に不本意な評価だ。
「ちょっと調べれば本当だって分かる話なんだけどな……」
「端から信じてねぇ連中が、わざわざ調べるもんかよ」
肩を竦めたグラハムさんに反論しようと口を開きかけて、はたと気付く。
元の世界の現代日本なら、ティオルくらいの年頃の子だったら『さくっと雷刀山猫倒してみた』なんて感じにスマホで写真撮ってSNSにアップして拡散したり、村の役場が公式HPでお知らせとして雷刀山猫が倒されて村が安全になったって記事をトップページに公開したりするだろう。なんなら、村の役場に電話なりメールなりして嘘か本当か確認してみればいい。
でもこの世界のこの時代じゃ口コミが全てで、インターネットはおろか電話もない。
誰がわざわざ、胡散臭い連中が吹聴している話の真偽を確認しに、徒歩で片道三日の村まで出向くんだ?
真偽確認の仕事の依頼でも受けなければ、俺だってわざわざそんな村まで出向いて確認しようと思わない。
村に立ち寄った行商人が話を聞けば、王都で噂を広めてくれるかも知れないけど、それだっていつになるか分からないし、期待できるような話でもない。
第一、あの村の人達のティオルへの当たりを考えれば、自分達から積極的にティオルの活躍を広めるような真似はしないだろう。
「せめて正式な依頼が出てれば、ちったぁ違ったんだろうがよ」
そうだった。
肝心な話として、冒険者ギルドに出された依頼を受けて討伐したわけじゃないから、受付で事実確認しようにも出来ないわけで、実績としてカウントしづらく信憑性はないに等しいわけだ。
「参ったな……」
「このままじゃ、弱っちぃソロがカモられる前にって考えた連中が絶対に絡んでくるぜ。それだけならいいが、痛めつけて王都を追い出そうとする奴も出てくるかも知れねぇ。さすがに『被害』が出てねぇ以上、そう無茶な真似はしねぇと思うが」
「あたし達、嘘なんか吐いてないのに……」
「お嬢ちゃんの気持ちも分かるが、オレらも何も知らなかったら、同じように思ってたろうぜ」
へこむティオルにはすごく申し訳ないけど、フォローの言葉が見つからない。
「そもそもの話だがよ、なんでオマエらがパーティーメンバーなんざ集めてんだ?」
「ティオルも冒険者になって俺達とパーティーを組んだんですよ。それで、ティオルの希望で魔物討伐の依頼を受けたかったんですけど、俺達三人だけじゃ戦力が足りなくて」
苦笑しつつ、小さく肩を竦めてみせる。
当然、ティオルを英雄に云々の話は秘密だ。
「それでソロの連中に声をかけまくってたってわけか」
グラハムさんとスレッドレさんの苦笑っぷりを見る限り、ソロの多くが魔物との戦いを避けてるっていうのは、王都の冒険者界隈じゃあ常識だったのかも知れない。
冒険者ギルドがパーティーメンバーの募集告知や斡旋業務もやってくれていれば、こんな面倒はなかったんだけど。全て冒険者側の自己責任でお願いします、だからなぁ。
「大体、初心者や少人数でも狩れる魔物が皆無なのがきついんですよ」
「ああ、それは仕方ないね。王都は守りを固めないといけないし冒険者も多い。周辺の簡単に倒せる魔物なんて、とうの昔に狩り尽くされて絶滅しているよ」
なるほど、スレッドレさんの説明も納得だ。
「それじゃあ、あたし達みたいな初心者冒険者はどうすればいいんですか?」
「どこかのパーティーにツテを頼って入るか、雑用をこなしたり動物を狩ったりして、それなりに腕を磨いてからメンバーを募集しているパーティーに入るか、大所帯の傭兵団に拾われるのが一般的だね」
「悪ぃがうちのパーティーに期待すんなよ? 帝王熊を狩るのにド素人抱えてなんざ無謀もいいところだし、一から育ててやる時間も義理もねぇ」
「さすがに俺もそこまで甘えようとは思ってませんよ」
仮に入れて貰えたとしても、ユーリシスはともかく、俺とティオルが付いていけないのは明らかだ。
「それに俺達の活動のメインが、冒険者として魔物討伐で生計を立てると言うよりも、俺とユーリシスの事情によるところが大きいですから、どこかのパーティーに俺達が入るのはちょっと厳しいかと」
「ああ、学者として博物誌を執筆するんだったね」
それもあるんで、二人には頷いて肯定しておく。
「だとしたら、活動拠点を王都にこだわる必要がないということかな? それならまずは王都周辺より比較的弱い魔物が出没する住人や冒険者が少ない北方の地方を回るか、逆に魔物の出没件数が増えている人手不足の最前線へ行くという方法があるね」
「弱い魔物がいる地方を回るのは分かりますけど、魔物の出没が多い最前線が選択肢に入るのはなぜですか?」
「これは中の街道沿いの話なんだが、あの一帯は最近魔物の出没件数が増えている。南の山脈方面から移動してきているってもっぱらの話だ。南の山脈はもう数十年以上前に領地が放棄されているからね、魔物が増えに増えているはずだ。つまり、強い魔物の数が増えたせいで、弱い魔物が縄張りを失って北へ流れてきているんだよ」
「ああ、なるほど、それで最前線は比較的弱い魔物が出没するわけですね」
「そういうこった。だからよ、冒険者の数も足りてねぇんだ。しかも、貴族が討伐に兵を出すわけでもねぇからな。魔物の討伐依頼だけを見れば、王都より数が多いはずだぜ」
それはいい話を聞かせて貰った。
王都なら初動で情報を集めやすいだろうって理由で選んだだけで、俺としては無理に王都にこだわる理由はない。それはユーリシスも同じだろう。
後は、ティオルがどうかだな。
「俺としては拠点を移すのにやぶさかじゃないけど、ティオルはどうかな? 拠点を移すとなると、リセナ村からかなり離れることになりそうだけど……」
「あたしなら平気です。一度村から離れた以上、近くても遠くても変わらないです。それに、ミネハルさんの助けになれるなら、どこにだって付いて行きます」
むんと気合いを入れて、力強く頷いてくれる。
「ありがとうティオル。まだ決定じゃないけど、拠点を移すことも視野に入れて対策を考えてみよう」
と、肝心なことを思い出す。
「ユーリシスもそれでいいよな?」
「……いいでしょう」
確認が遅れたことをジト目で返されたけど、オーケーが出たのでよしとしよう。
「後は俺が戦力にならない問題が解決出来ればな……」
新しいパーティーメンバーが入ってくれれば、そこまで問題にはならないと思うけど、そのためには俺の戦力化が必要という……。
でも、いずれにせよ戦えないより戦えた方がいい。
というか、せっかくこんな世界に来たんだから、男としてもオタクとしても武器や魔法をバンバン振るって活躍したい。
「あ、あの……」
ティオルが遠慮がちに俺の袖を摘まむ。
「あたしが剣術を教えましょうか?」
「えっ、いいのかティオル? すごく嬉しいけど」
「はい、あたしでよければ是非!」
ティオルが、すごく嬉しそうに勢い込んで頷く。
じゃあそういうことでと話をまとめようとしたところで、あっさりと横から水を差されてしまった。
「ミネハルの歳になってから始めてもモノになるか分からねぇし、そもそもの話、モノになるまで何年かかるか分からねぇぞ? 無駄になるとまでは言わねぇが、そんな悠長なことやってる余裕あんのか?」
「いやまあ、そう言われるとそうなんですけどね……」
グラハムさんの言う通り、正直、何年稽古しようが、俺が戦力として大成するとは思えない。
気休めと外向けの体面と、もっと言えば自己満足のためっていうのが大きい。
「あぅ……」
「あっ、ごめんティオルっ、グラハムさんも無駄にはならないって言ってるし、ちょっと稽古してみようかな?」
「は、はい! 頑張りましょう!」
良かった、機嫌直してくれたみたいだ。
「早くモノになりたいなら、ミネハル君も魔法を学んでみるのはどうだろう?」
魔法か……。
「俺、魔法は……」
「ミネハル君は学者なんだから、一通り文字の読み書きが出来るし、学問を学び理論的に理解する知識もある。俺みたいに呪文を書き出したメモを用意して丸暗記するだけでもすぐに使えるようになると思うが、どうせなら魔法書を読んでちゃんと勉強してみてはどうかな? ユーリシス様も上級魔術師だと言う話だし、ユーリシス様からも学べると思うから、俺みたいな下級魔術師じゃなく、上級魔術師にもなれるんじゃないだろうか」
そりゃあ学んで使えるようになるなら、必死になって勉強するけど。
「本格的に魔法の勉強をしたいなら魔法学の授業がある高等学校か、その上の大学や魔法学院まで進学するのが一番だけど、そこまでの話じゃないんだろう?」
「ええ、学校に通うとなると何年も拘束されるから、さすがに無理ですね」
そんな悠長なことをしていたら、世界が滅んでしまうかも知れない。
「でも、魔法か……」
チラッとユーリシスへ目を向ける。
魔法学の学者や教師どころか、魔法システムを作ったクリエイター本人だ。
ユーリシスから学ぶ以上にベストな方法はないだろう。
この世界に回復魔法がない件についてユーリシスから説明して貰うつもりが、ティオルとリセナ村の件があって、つい後回しになってしまっていたけど、その話も聞かせて貰わないといけない。
第一、武器スキルだけじゃなく魔法にも手を入れる必要はあると思っているから、いずれにせよ詳しく魔法システムを教えて貰う必要があるのは確かだ。
それでシステムを理解したら、俺も魔法を使えるようになると嬉しいんだけど……。
ただ、この世界へ来てすぐ、肝心のユーリシスから俺は魔法が使えないって言われたからな……。
いや、逆転の発想で、魔法システムに手を入れるときに、俺でも使える魔法を創造出来ないだろうか?
そこのところはどうなんだろうと、目で尋ねてみる。
「お前が魔法を学び使うことは必要で重要なことなのですか」
「え……?」
ユーリシスが『必要で重要』の部分を強調して、鋭い視線を向けてくる。
それはつまり、『世界を救うために』、『今後の方針として』、『俺が魔法を覚えることが本当に必要で重要なことなのか』、と問い質しているわけだ。
それはいい、ユーリシスの立場なら当然だ。
でも大事なのはそこじゃない、『使えない』って断じなかった。
前に『使えない』って言った時と何が違うのか分からないけど……つまり俺でも使える可能性があるってことだよな!?
オタク心として魔法を使いたいのは、それはそれとして。
もし俺が魔法を使えていたら、リセナ村の戦いでティオルに命懸けの綱渡りをさせるような真似をしなくて済んだかも知れないんだ。
なら、学ばない手はない!
「ああ、必要なことだ!」
だから、しっかりと力を込めて頷く。
「……いいでしょう」
わずかに悩んだ後、面倒臭そうながらも頷くユーリシス。
ということは……。
「おおっ、よろしく頼むよ!」
思わずガッツポーズしてしまったのは、見逃して貰いたい。
だって魔法だよ魔法! この俺が魔法を使えるようになれるかも知れないんだ!
みんなの前でなかったら、天を仰いで両手を突き上げて叫びたいくらいだ。
「…………」
ふと、服の袖が引っ張られる。
見れば、ティオルがまた小さく摘まんで、すごく何か言いたそうな顔で俺を見つめてきた。
「あ、ああもちろん、剣術の稽古だってするぞ!」
「良かった……」
ほっと胸を撫で下ろすなんて、そんなに俺に剣術を教えたかったのかな?
ああ、そうか、現状剣術の使い手はティオル一人だけだからな。
他に使い手がいた方が色々嬉しいに決まっている。
「よし、まだ問題が解決したわけじゃないけど、解決の目処が立ったな」
「はい、良かったです」
ティオルと頷き合う。
こんなに色々アドバイスを貰えるなんて、ベテラン冒険者の知り合いがいるっていうのは心強いな。
「盛り上がるのはいいが、大事なことを忘れんなよ」
苦笑するグラハムさんに、首を傾げる。
「オマエらが真っ先にすべきなのは、ちゃんと冒険者に見える装備を整えることだぜ」
ご忠告、ごもっともで。