46 峰晴達の評価
現実世界へと戻って来て、突っ伏していたテーブルから身体を起こす。
「それで、これからどうするつもりなのです。あれだけ自信ありげに策を語ったのです、このような初手の初手で躓いた挙げ句に無策のまま失敗したなど許しませんよ」
「分かってる、だから対応策をいま考えてるんだって」
ユーリシスのジト目を無視して、次の手立てを考える。
と、ドスドスと重たい足音が近づいてきて、俺達のテーブルの脇で止まった。
誰かと思って振り仰げば、そこには二メートル近い巨躯を持った、まんま虎のマスクを被ったような虎型獣人が一人立っていた。
「よう、久しぶりだなミネハル」
「グラハムさんじゃないですか、お久しぶりです」
思わず顔がほころぶと、グラハムさんは牙を剥き出しにして、一見すると獰猛にも見える顔でニヤリと笑った。
「オマエら、悪目立ちしてかなりウザがられてるぜ。そのうち血の気の多い奴らから絡まれるぞ」
「……へ?」
グラハムさんに連れられて冒険者ギルドを出ると、南区でも比較的治安のいい繁華街にある酒場へと入る。
酒を出すのは夜だけで、昼は飯屋をやっているという、古臭い木造の小さな店だ。
「やあミネハル君じゃないか、二十日ぶりくらいか? 久しぶり。それとお嬢ちゃんと、ユーリシス……様も」
笑顔から最後は苦笑に変えながら、席に着いていた杖の男――スレッドレさんが軽く手を挙げた。
「どうも、ご無沙汰です。その節はお世話になりました」
「お、お世話になりました」
軽く会釈して挨拶すると、ティオルは俺に倣って丁寧に頭を下げて挨拶し、ユーリシスは鷹揚に頷いた。
「ギルドの様子を見に行ったら、たまたま見かけたんでな、引っ張ってきた」
グラハムさんが笑いながら席に着いて、俺達にも椅子を勧めてくれる。
『アックスストーム』のメンバーはグラハムさんとスレッドレさんの二人だけで、どうやら他のメンバーは一緒じゃないらしい。
せっかくのお誘いなんで、遠慮なく昼食を一緒させて貰うことにして、先に注文を済ませてしまう。
店内の席はテーブル席ばかりで八つ。
その全ての席が埋まっていて、南区にある職人街の大工や鍛冶屋っぽい人達が、仕事の愚痴を大声で漏らしながら食事してるから、店内は騒がしいくらい賑やかだった。
俺達の話し声も、その賑やかさに負けないよう、やや大きくなる。
「ところでお昼を誘って貰えたのは嬉しいんですけど、ギルドでの用事は良かったんですか?」
「ああ、オレらが活動休止中に依頼や他のパーティーがどう動いてんのか、なんか重要な情報でも入ってねぇか、たまに確認しに顔を出してるだけだからな」
なるほど、どこかで異変が起きたり緊急事態があったりすれば、町を移動する冒険者達から情報が入るだろうし、王都で活動しているベテラン冒険者としては、常に情勢を把握しておかないといけないってことか。
さすがの貫禄というか、頼り甲斐があるというか、こんなベテラン冒険者に知己を得たのは思わぬ幸運だったな。
特に普段と変わりないギルドの様子なんかの他愛ない話を続け、注文した料理が運ばれてきて、一旦話が途切れる。
そして、大きめの皿に山盛りのパスタをフォークを使って豪快に食べながら、グラハムさんが昼食を誘った本題とばかりに身を乗り出してきた。
「それで、あれからどうなったんだ? あんな別れ方をしちまったからな、気になってたんだ」
本当に見かけによらずいい人だな。
だから、安心して貰えるように、終わった話だと気負わず明るく報告する。
「ええ、なんとか撃退して、村も当分は安全だと思います」
◆◆◆
「ええ、なんとか撃退して、村も当分は安全だと思います」
峰晴のその一言に、グラハムのパスタを食べる手がピタリと止まっていた。
隣に座る、『アックスストーム』の知恵袋で右腕のスレッドレも、怪訝そうな顔で兎肉のローストと生野菜のサラダをつつく手を止めて、峰晴へと視線を向けた。
ベテランと呼ばれ、王都でも名の知れた冒険者パーティーを率いているグラハムと、その知恵袋たるスレッドレでも、この短期間で何をどうしたら雷刀山猫の群れを撃退出来るのかさっぱり分からなかったからだ。
帝王熊の討伐依頼を受けた直後、博物誌を執筆するために帝王熊と戦うところを生で見たい、という峰晴の希望から護衛を引き受けたのが最初の出会いだ。
さらに、目の前で意外と行儀良くフォークを使ってチーズとチキンのグラタンを食べているティオルの力になりたいと、リセナ村に現れた雷刀山猫の群れの数を調査する依頼までも請うことになった。
ところが、帝王熊を倒したはいいものの、その帝王熊と縄張りを争っていたらしい雷刀山猫の群れに襲われて、パーティーメンバーの半数が負傷し、それ以上の戦闘の継続は不可能となってしまった。
結果、峰晴から依頼された護衛と調査依頼は半ばでキャンセルし、怪我の治療のために王都へ戻ることとなったのだ。
幸いなことに怪我は重くなく、全員全治三ヶ月ほどで前線に復帰出来そうだった。
帝王熊の素材も高値で、特に若い個体だったおかげで肉が軟らかくいい値段で捌くことが出来て、儲けはあまり残らなそうだが治療費やその間の生活費に困ることもない。
そうして心配事がなくなると、別れた峰晴達のことが気に掛かった。
顔見知りの冒険者達に話を聞いてみたが、王都へ戻ってきて別の冒険者を雇おうとした様子もなく、消息を知る手がかりは全くなかった。
ようやく峰晴達の噂を耳にしたのは今から三日前、別れてから半月ほど経ってからのことだ。
しかもその噂の内容が、自分達に代わる援軍を求めてのものとは思えなかった。
それで、冒険者ギルドで最新の情報を仕入れるついでに峰晴達を探していたところ、ようやく今日出会えたので、こうして昼食に誘ったというわけだ。
グラハムはパスタを食べるのを再開しながら、三人を順に観察してみた。
ユーリシスの態度は、一貫してどう捉えていいのか分からない。
悠然や泰然、もっと言えば偉そうな態度で、凛とした姿勢と表情をしている。これは護衛を兼ねて一緒に行動していたときから変わらない。
ティオルには、焦りや切羽詰まった様子はなかった。
少なくとも、今もなお故郷の村が魔物の脅威にさらされていて、助けを求めているようには見えない。
峰晴に関しても落ち着いていて、まだ短い付き合いだが、嘘やハッタリで相手を騙し利を得ようとする男とは思えなかったので、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
グラハムとスレッドレは一瞬視線を交わし、峰晴に話の続きを促した。
「いったいどんな手を使ったのか、聞かせてくれねぇか?」
「ええ、実はですね――」
簡単に事の成り行きを聞かされて、唖然と……いや、愕然としてしまう。
「お嬢ちゃんが群れのボスを仕留めたってのかよ……」
目を丸くしたグラハムの視線に、ティオルは照れたような、どこか居心地が悪そうな顔でモジモジする。
ティオルも、自分の功績でないものを自分の功績だと吹聴して誇るような女の子には見えなかった。
それが出来るなら、愚直に冒険者に助けを求め頭を下げたりしないだろう。
グラハムは、ティオルの足下に置かれた荷物に立てかけられた木製の盾に目を遣る。
グラハムが知っているのは、スレッドレが雷刀山猫の雌に襲われた時に庇って付いた、二本の牙の跡までだ。しかし今は、さらにもう二本の牙の跡が、斜めに交差して付いていた。
そしてティオルは今生きてここにいる。
それらが何よりも動かぬ証拠と言えた。
「そんな大胆なやり方で雷刀山猫を……いや、確かに、雷刀山猫はまず周りで動く者を全て麻痺させて回ると言うからな、その習性を利用すれば可能な策か……」
隣で難しい顔をしながら唸って、峰晴の語った顛末を真剣に吟味するスレッドレに、疑問を差し挟む余地がない事を悟った。
ゾクリと鳥肌が立つのを覚える。
とんでもない話を聞かされたものだ。
手段はどうあれ、たった三人で、しかも、クソの役にも立たないと言われている剣と盾を持ったただの村娘と、どうやら上級魔術師らしい偉そうなお嬢様、そして戦いにはド素人で戦力外の学者の男、という奇妙でアンバランスな即席パーティーで、六匹というかなり少ない数の群れとはいえ、ボスを仕留めて撃退したのだ。
その作戦なら、もし群れが十数匹いたとしても成功しただろう。もはや群れの数は関係ない。
つまり、自分達は……というよりもほぼ世界中の全員が、剣と盾の価値を見誤っていたことになる。
もし、パーティーメンバーの誰か一人を両手斧から剣と盾に変えさせれば、雷刀山猫でも問題なく狩れるようになるかも知れない。いや、確実になるだろう。
「え、えっと……なんでしょう?」
グラハムに見つめられて、峰晴がわずかに狼狽え、困ったような笑いを浮かべる。
世界の常識がひっくり返る真似をしでかしておいて、その自覚が全くなさそうな、お人好しで呑気そうな顔に、グラハムは小さく苦笑を漏らしていた。
そして『ないな』と考える。
何が『ない』のか。
自分のところのパーティーメンバーに剣と盾を持たせることがだ。
確かに驚くべき成果ではある。
だが、自分達がそれを真似をする理由も必然性もなかった。
峰晴達の真似をすれば、より安全に雷刀山猫を狩れるのだろう。
しかし、自分達は帝王熊を狩れる数少ないパーティーなのだ。
安全性、素材の儲け、様々な面から鑑みても、なお帝王熊を狩る方が魅力的であり、雷刀山猫を狩るメリットがない。
雷刀山猫を狩りたいのなら、帝王熊を狩るには力不足の他のパーティーがやればいいことだ。そして剣と盾に持ち替えて峰晴達の真似をするのも。
グラハムがスレッドレにチラリと目線を向けると、スレッドレも同様の結論に落ち着いたようだった。
「よし、ここはオレの奢りだ。じゃんじゃん食ってくれ」
手を挙げてウェイトレスのエルフ娘を呼ぶと、様々に追加注文する。
「えっ、いきなり奢りだなんて、いいんですか?」
戸惑う峰晴と狼狽えるティオルに、グラハムはニヤリと笑みを返す。
「お嬢ちゃんの村が救われたんだろう? それもお嬢ちゃん自身の手で。これはその祝いだ」
「そういうことならありがたく御馳走になろうかティオル」
気遣って遠慮しようとするティオルに、峰晴が礼を言うように促す。
峰晴に言われてティオルはしばし迷ったものの、最後には頭を下げた。
「ありがとうございます、御馳走になります」
「おう、遠慮しないで好きな物を注文してくれ」
「じゃ、じゃあ……」
ティオルが怖ず怖ずと手を挙げて、ウェイトレスのエルフ娘にスープとグラタンのお代わりを注文する。
「良い心がけですね」
そうユーリシスが鷹揚に頷いて、ティオルに続いてフルーツとサラダを注文した。
その態度をグラハム達に目で謝りながらも、峰晴もせっかくのご好意だからと、肉野菜の炒め物を注文する。
そんな三人の様子に満足そうに、グラハムが一見すると凶悪そうな笑みを浮かべる。
唯一不満なのは、この店が昼には酒を出さないことくらいか。
出来れば祝杯を挙げたいところだったのだが。
と、峰晴がグラハムを振り返り、照れたように笑った。
「一杯遣るのは、また次の機会ですね」
その台詞に、グラハムは一瞬虚を突かれた。
『お互い生きてたら酒でも飲もうぜ』
別れ際の、約束とも言えない他愛ない挨拶だ。
それを覚えていてくれたことに、妙な嬉しさを感じる。
グラハムは、ガハハと上機嫌で大笑いしていた。




