祝福アニメ見たけどなんか似てる気がする
隊商の馬車群が最初の停泊地にやってきた。
牧草や野菜を育てまくってる長閑な宿場町といった風で、ホルツザムのような都市らしい面影は無い。
さて。馬車に揺られる間、ずっとペトルが傍にいなかったわけだが、これといったトラブルもなく無事にここまで辿りつけた。
となると、まずは真っ先にペトルと再会しなければならなかったのだが……。
「おほー……」
「……なんて哀れな女神なんだ」
豚馬車まで出向いていった俺たちを迎えてくれたのは、猫車のような台車の上に干し草と共に載せられた女神様であった。
温厚そうな小太りのおっさんが、ニコニコと結構楽しそうに笑いながらペトルを運搬している。
「おお、あんちゃんたちがこの子の連れかい?」
「あー、ええ……まあ……」
正直ものすごく他人のフリしたいくらい恥ずかしい姿であったが、俺は頷いた。
「シロー……」
「……いいから体中にくっついてる草っぽいのを払いなさい」
寂しかったのか、豚にひどいことでもされたのか、ペトルは一時間の迷子から親のところに戻った子供のような泣き顔で擦り寄ってきた。
しかし草だらけの身体で泣きつかれたくもない。適当に頭を抑え、ぺっぺと草を払ってやる。
「ああ、ペクタルロトルさん、おいたわしや……」
「寂しかったー……」
「ご迷惑おかけしました。すんません。ほんっとうにすんません」
「ははは、いーよぉ、こっちのモクトーンも大人しかったからなぁ」
聖母クローネとどら娘ペトルが感動の再会を果たしているその隣では、俺が家畜屋のおっさんに頭を下げ続けている。
「変なの……」
どこか冷めた風に見ていたコヤンは、ただ一言そう呟いた。
「ペトル。たしかにな。豚は可愛いかもしれんよ」
「おほ……」
「けど急いでるって時にそのカワイイーって気持ちを暴走させて勝手に動くってのは、俺どうかと思うんだ」
「ごめんなさい……」
時刻は夕時に差し掛かろうとしている。
今日はこの宿場町で一泊し、朝早くに出発しなければならない。
が、おやすみモードに入る前にやるべきことがある。当然ながら、それはペトルへの説教だった。
まぁ、些細な事ではある。目を離した俺も悪い。
しかし事はペトル一人だけの問題ではない。こいつがどこか変な場所に行って困るのは、俺やクローネは当然として、世界の規模でいえば世界全てに関わるものだ。
精神年齢についてはもうこれまでの付き合いで充分にわかっているつもりなので、“神様なのにお前さんね”という風に言うつもりはないが、それでも保護者目線で注意するくらいのことはしなければならない。
「ヤツシロさん、もういいではありませんか。ペクタルロトルさんもこうして反省していることですし……」
「ぴー……」
で、お説教しようと思ったらこれである。
聖母クローネはペトルのしでかしたことはなんだって赦してしまうのだ。どっちが女神なんだかわかったもんじゃない。
「ほら、お腹すきましたよね? ご飯も冷めてしまいますし、そろそろ皆さんでお食事にしませんか」
「わーい!」
「……だから、あんまり甘やかすなって……はいはいわかったよ。飯にしよう、飯に」
全く、クローネはすぐにペトルを甘やかす……。
とはいえ、飯を食う前にする話ってわけでもないからな。
彼女の言う通り、さっさと晩飯をいただくとするか。
俺達の目の前に広げられているのは、宿泊先の宿屋の食事だ。
隊商がご贔屓にしているためか、それともそういう契約なのか、宿代も食事代もかなりの格安である。道中は少々慌ただしくもなったものだが、こうして気兼ねなく大食いできる飯にありつけるのであれば、やはり隊商についてきて良かったなと思う。
芋をふんだんに使ったジャーマンポテトのようなものが主食で、あとはトマトのようなものが入った温かいスープとサラダがついている。
肉か魚が欲しい気もしたが、この地方ではそうそう手に入るものでもないのだろう。商神の聖地は海沿いだと聞いているので、向こうについた時の食事が楽しみだ。
「おほー……お肉ないの……」
が、ここに耐え性のないお子様が一人いた。
豪華とはいえ野菜ばかりの食事を前にして、駄々をこねるわけではないにしても、ものすごく悲しそうな顔をしている。
「ペトル、無いものは仕方ないだろう。明日や明後日に泊まる場所で出るのを期待しようぜ」
「うん……」
聞き分けは悪くない。さすがのペトルでも、出先でいつも肉が食べられるとは思っていないようだ。
うむ。こうして世間の世知辛さを知りながら、まともな女神様に育っていってほしいもんだな。
宝玉を見つけ出してとっとと霊界に帰ってもらうのもいいが、それまでに一般常識というものを身につけてもらわねば。いらん世話だが。
「うーん? どうしたのペトルちゃん。お肉が食べたいのー?」
が、しかし。
清貧であるべきペトルの向かいの席から、狐のような耳を生やした女が猫なで声をあげる。
コヤン。彼女は俺たちと一緒の馬車に乗ることになった商人だ。
本来ならただ相席しただけの人であり、一緒に飯を食うほどの仲でもないはずなのだが……コヤンはこうして、俺達と一緒に夕食を摂っている。
何故か。それは当然、彼女が勝手にべたべたとくっついてくるからだった。
「ううん。でもいいの、今は我慢する……」
「ふふ……そんなにしょげる必要なんてないわよ、ペトルちゃん。ほらっ」
「あ!」
にんまりと笑うコヤンが、例の便利かばんから一枚の干し肉を取り出した。
長さは二十センチはあろうか。当然外側はカリカリに乾いているが、そこそこ厚みはあるし、齧りついたらなかなか美味そうなサイズである。
「じゅぁわ……」
干し肉とはいえ、肉だ。
肉好きのペトルとしては、目の前に干し肉があればすぐにでも飛びつきたいだろう。今にも口の端からよだれが垂れてきそうな顔をしてやがる。
「はい、ペトルちゃんにあげる!」
「いいの!?」
「良いの良いの。長旅で疲れたでしょ? それにまだまだ若いんだから、沢山食べないとね!」
「おほーっ! ありがとー!」
どう見ても恩を売る気満々のコヤンである。
何の疑いもせずに食いつくペトル。これが金の絡むような交渉の場であれば勝敗が決しているような姿だった。
……コヤンはペトルの姿を見てからというもの、ああいった媚びるような態度を隠そうともしてこない。
綺麗なあいつをどこぞのご令嬢だとでも勘違いしているのだろう。とにかくご機嫌をとったり、甘やかしたりし続けている。
「どうもすいませんコヤンさん。ペクタルロトルさん、良かったですね」
「おほおほ……」
「良いのよ別に。うっふっふ」
その上クローネはその打算的な考えに気づいていない。
知らない人にひょいひょいついていく子供と、それを危ないものだと思っていない呑気な母親のような構図だった。
「……ま、いいか」
このままだとコヤンが面倒くさいことになりそうだが、俺はあまり考えないことにした。
ペトルが近くにいるならそう変なことにもならないだろうし、仮にコヤンが変な交渉事を持ちかけてきても、ペトルはこの世界において何の身分もないただの迷子なのだ。
神様だとバレたらそれはそれで面倒くさいだろうが、信じてもらえる話でもないだろうし、逆に言えば向こうもそんな与太話を信じはしないだろう。
なので俺はこの変な状況を楽観視しつつ、そこそこ美味しい芋料理をもぐもぐと味わうのであった。




