たいせつなものは売り払えない
その後、4枚のアンノウンカードを購入してから、すぐに店を出た。
霧の払われたカードは売らずに、人目につかないようバインダーに収めたきりそのままである。
「……ふう」
「はあ」
「おほお」
ドアの外で、三者三様のため息をつく。
ペトルのはただの物真似だが、それにツッコミを入れてやる余裕はない。
……店内ではただただ、感情を顔と指先に出さないようにするので精一杯だった
「移動しましょうか」
「そうだな」
とりあえず、まだここでは人目が多い。
もう少し静かな場所に行ってから、気持ちを整理しよう。
……アンノウンカードを使った必勝法。
その絶大な効果の程を、よく確認しておく必要がある。
あの後に出た4枚のアンノウンカードの内訳は、次の通りである。
■「骨歩兵ボーンウォリアー」モンスターカード
・レアリティ☆☆
・魔族指定の悪霊族。闇より生まれた、骨の兵士。
主に地下やダンジョンに生息し、闇の眷属以外なら何でも襲う。
右手に錆びた曲剣を、左手に錆びた盾を装備している。
まさかのボーンウォリアー。
レアリティ2のザコモンスターカードか……と思われるかもしれないが、こいつが出たのは僥倖である。
このレアリティ2のモンスターカードが手に入ったことにより、俺のカードバインダーはレベル3にアップするのだ。
それによってバインダーの上限が現状の18枚から27枚に増え、カードの保有能力が格段に上がる。ここまでくると、もうカードが多すぎて持てないなんてことにはならないのではないだろうか。
■「クーア・エクスペリエンス」スキルカード
・レアリティ☆☆☆
・一定時間だけ、伏衆神クーアのスキルを使用することができる。
霊力を消費することで全てのスキルを使用できるが、高等なスキルほど消費が多くなる。
伏衆神クーアの反感を買っていると効果が無い。
次に初めて目にするスキルカード、『クーア・エクスペリエンス』。
これを発動させると、どうやら伏衆神クーアを信仰することによって取得できるスキルを使用できるようになるらしい。
スキル使用には条件があるが、一定時間の間とはいえ他の神様のスキルを使うことができるというのは俺にとってありがたい。
問題は、クローネが言うにはこの伏衆神のスキルとやらは少々複雑らしいということなのだが……それはまぁ、今は置いておくべきだろう。実際、これは入手した他のカードと比べれば何も問題はない。
■「ビナ・サイズ」スキルカード
・レアリティ☆☆☆☆
・カードの絵柄から、霊獣ビナを召喚し、前方に鎌による強力な攻撃を行う。
この攻撃によって倒されたモンスターは、必ずカードをドロップする。カードオリジナルスキル。
三枚目に出たのがこれ。スキルカード『ビナ・サイズ』。
レアリティ4の激レアスキルカードである。
イラストにものすごくホラーな、どう見ても死神にしか見えないモンスターが描かれており、出た時はジョーカーでも引いたのかと思って超怖かった。
だが俺が怖かった以上に、俺の手に入れたカードを覗き込んでいたクローネの方がちょっとやばかったかもしれない。見た瞬間、クローネが明らかに咳き込んでたからな。
……つうか、攻撃で倒した相手から必ずカードをドロップって……使い所が難しいな。
どんな状況でこれを発動したら良いんだろうか。強いのは間違いないだろうけど、タイミングがわからん。
まぁ、それも些細だ。
この際、この『ビナ・サイズ』だって正直置いといてもいい。
何よりも問題なのは、最後にでたこいつのことだ。
■「コーリング・ガシュカダル」スキルカード
・レアリティ☆☆☆☆☆
・刀装神ガシュカダルが降臨する。多分、一緒に戦ってくれる。駄目でも怒らないでね。
あと本人の都合もあるから、来るのに時間がかかるかも。カードオリジナルスキル。
「どうしよう」
「どうしましょう」
「なあクローネ、俺これ持ってていいの?」
「わからないです、知らないです、すみません足が震えて、ちょっと肩を貸していただけますか」
「おおおうどうぞどうぞ、いや俺も結構やばいかもしれない」
「失礼します」
「おおおう」
路地裏に入り込み、ヒソヒソと密談する男女+金髪美少女。
傍目から見れば背徳的な光景だが、俺達の内心はもはやそれどころではない。
全身が凍えているかのようにガタガタと震えているクローネが俺に抱きつくように密着しているが、そんなことも気にならないくらいに俺は緊張していた。
……『コーリング・ガシュカダル』。
発動させると、刀装神ガシュカダルさんがやってきて、一緒に戦ってくれるのだそうな。
……こえーよ!! アホか!!
「ええええレアリティ5ってこういうのなの!? マジで!? 神様が直々に来るの!?」
「しし、知らないです。私もそ、それを見て初めて……!」
「というかクローネこれ、ガシュカダルさんっぽいの映ってるけどこれ良いの!? 神様の姿ってこんなレアカードみたいに映ってて良いの!?」
「あああ、ガシュカダルの姿はおぼろげなものしか確認されていないので、ああええと、ここまで鮮やかなのは、おそらく他に例がないとっ……!」
レアリティ4までのやつならまだいい。
しかし5のこれ。『コーリング・ガシュカダル』だけは別だ。
イラストには六本腕の屈強な男がそれぞれの腕に武器を掴み、勇ましいポーズを取っている。
まさに武神という言葉が相応しい姿である。まあ実際に武神なのだが。
問題はこの武神様が気軽にポンと呼び出せちゃうこのカードである。
クローネの話によると、このカードのように神様を召喚するなんてカードは見たことも聞いたこともないらしく、そもそもレアリティ5のカードの情報自体がほとんど出回っていないのだという。
実際、カード専門店でもほとんどレアリティ4のカードが扱われていなかったくらいなのだ。5のカードなんてそれこそレア中のレアだろう。
おそらくこれに関して言えば、買取とかそれどころの話ではない。
使ったら神様が地上に降臨するだなんて、そこは今後聖地とかになっちゃうんじゃないですかね……。
「と、とにかくこのカードは危険です。神の降臨に値を付けるなど、あり得ないことです。バインダーに保持しているべきですよ」
「ああ、売るつもりはない……さすがに怖い」
「ガシュカダル……ああ、もう、ヤツシロさんといると頭が痛くなりそう……」
すまんクローネ。別に俺そんな悪いことしてるわけじゃないと思うけど本当にすまん。
「おほ……ねえねえ、おなかすいた……」
俺とクローネがあたふたひそひそと話していると、その途中で服の裾を引っ張りながら、ペトルが不満気に口を尖らせていた。
「もう空いたのか? まだ飯ってほどの時間じゃ……ああ、そうか。幸運の力が使われると、腹が減るんだな」
「ごはん食べたい……あとお祈り……」
「わかったわかった」
アンノウンカードの購入による幸運の発動。どうやらそれに伴って、ペトルの腹も減ってしまうようだ。
俺の祈りによる霊力も必要になるらしいので、一日に何十枚ものアンノウンカードを開封することは難しいかもしれない。
ダンジョンの最深部でゴールを探索するときにもペトルの消耗は激しかったので、俺の身に舞い降りる幸運には制限があると考えるべきだろう。
幸運も無限ではない。覚えておかないと、いざというときに痛い目を見そうだな。
「……とりあえず、飯食いに行こう」
「そうですね……」
「おほーっ!」
とんでもない爆弾が増えてしまった気もするが、収穫はあった。
ひとまず、もたれそうな胃にカロリーでも水でも、とりあえず流し込んでおこう。
『いやいやいや! おかしいでしょ! 何よそれ!? 出ないわよ普通!?』




