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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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雷は悪そうな奴に落ちる

「じゃあ、ちょっと買いに行ってくるから」

「……本当に大丈夫ですか? やはり、私も一緒の方が」

「いやいや。子供ってわけじゃないんだから」

「ですが……」

「たまには部屋でゆっくりしてよ。ちょっとご飯を買ってくるだけだしさ」

「うんうん」

「……わかりました。では、楽しみに待っています」


 話し合いの末、最終的にクローネが折れ、俺とペトルの二人で出かけることになった。


「出発よー」

「おいおいペトル、雨具着てけよ。せっかく買ったんだから」

「はーい」


 外は雨。かといって、飯を食わないことにはおちおち引きこもってもいられない。

 俺は出来る限り食費を低く抑えるため、市場を散策し、安い食べ物を買い出しに行くことにした。

 クローネの言う話では、こういう天候の時には意外と傷みかけの食べ物が出回るのだという。

 こんな雨天でも、どこかやっていればいいのだが……。




「おほーっ」

「こらこら、走り回るな。泥がつくぞ」


 メイルザムで購入した、撥水性の微妙な雨合羽のようなものを着こみ、外に出た。

 ペトルは濡れた地面に点在する水たまりの上をバシャバシャと走り回り、このどんよりとした天候の中を楽しんでいる。

 ……あいつは子供ってわけじゃないけど、子供って本当に無敵だよな。

 昔こういう雨の歌あったなぁ。あーめあーめふーれふーれ……ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ……らんらん? そんな感じの。曲名は忘れたけど。


「市場はこっちだって言ってたな。よしペトル、いくぞー」

「おー」


 通りには人が少なく、当然馬車も走っていない。歩くに全く不便のない、清々しい道中である。

 しかしその分閉まっている店も多く、特に生鮮物の露店などは、軒並み消えているようだった。

 ここから安い食料を探すというのも、なかなか難しそうな話である。

 格好つけて出てきた手前、手ぶらで帰るわけにはいかないし、全部見回るまでは諦めんけどさ。


「シロ、あそこに売ってるのってごはん?」

「うん?」


 左右に並ぶ円柱状の家屋を眺めながら歩いていると、先を歩くペトルが一軒の店を指さして訊ねてきた。


「あー……いや、違うな。あれは服を直したり、靴を磨いたりする所なんじゃないかな」

「そっかー……」

「……革は食えないからな?」

「はあ」


 窓際に飾られていた革製の丸っこい靴を見て勘違いしたのかもしれない。

 確かに、つま先だけを見ればパンのように見えなくも……いや、どうだろう。


「じゃあ、あれは?」

「あれは宿屋。……食事の看板もあるけど、中で食うやつだからなぁ」

「じゃあ、あっち」

「向こうのは……車輪屋? いや、馬蹄屋かな。鍛冶屋かもしれん。飯とは関係なさそうだな」

「じゃあ、ここ!」

「多分民家だ」

「……おほー……」


 当てずっぽうで指さしてるなお前。

 まぁ、こうして見ず知らずの町並みを眺めるのって楽しいから、構わないんだけど。

 ただ円柱状の建物って、入り口とか看板の向きによっては近づかないと見えないものがあるから、大きな町には向いていないなと思った。


「シロー、あっちー」

「はいはい、今度はどこだよ……」

「あっち、あっちー」

「えー、そこはただの路地……って」


 次にペトルが指を向けたのは、建物と建物の間。

 その隙間のずっと向こう側、人通りもほとんど無いであろう林に近い場所に、倒れ伏している人影があった。


「倒れてる」

「見りゃわかる。……いくぞ」

「うん」


 俺達は水たまりを蹴りながら、うずくまる人影に近づいていった。


「……なんだこりゃ」


 確かに、それは人型だった。背の丈から見て、だいたいペトルと同じかそれ以下といったところであろうか

 手もある。足もある。それに、頭もある。

 ところが、全身は黒光りする滑らかな甲冑のようなもので覆われており、人間らしい肌色などは一切見られない。

 甲冑の後ろ側から長めの黒髪が飛び出してはいるが、人らしいパーツはたったそれだけ。

 言うなればそれは、まさに……。


「蟻みたいだ」

「あり? 人間さんじゃなくて?」

「……クローネが言ってた虫族ってやつだな。おい、お前、大丈夫か」


 見たところ、大きな建物の前で警備していた虫族と同じタイプのようだ。

 だからモンスターの類でないということはわかるのだが、いかんせん処置の仕方がわからない。

 そもそもこの虫が健常であったとして、脈も瞳孔も、ヘタすれば呼吸しているかどうかも俺にはわからん。


「ウ……」

「! 意識が戻ったか」

「ねえねえ、大丈夫?」


 うめき声をあげ、虫が首を動かした。

 声は口から出ているようで、だとすると呼吸は口でしているのかもしれない。

 虫族と言う割に、体は人間に近いのか。


「あ、あなたは……ダレですか……?」


 聞こえた声は、怯えたような少女のものだ。

 背丈のまま、彼女は子供だったのだろう。


「私はペクタルロトルよ」

「……俺達は旅の者だ。そんなことより、お前はどうしたんだ? こんなところで倒れて、一体何があった」

「わ、ワタシは……そこで、転んで……」

「転んで……?」


 歯切れの悪い言葉。後ろめたそうにそむける顔。

 虫族というものがどんな種族かを、俺は全くと言っていいほどに知らなかったが、その煮え切らない仕草には強い覚えがある。


「ちょっと、起きてみろ」

「あ、あの……!」


 俺は虫の子供の腕を掴み、強引に持ち上げた。


「……靴の跡が残ってる。一体誰がこんなことを」


 立ち上がった虫の子供の脚や腹部には、明らかに人の靴のものだと思われる跡がついていた。

 それも、一つや二つではない。雨のせいで大部分は落ちているはずなのに、それでも俺の目ではっきりわかるほど、少女の体は蹴り跡でいっぱいだった。


「人間さん、大丈夫なの? とっても痛そう」

「だ、大丈夫だから……だから、ホウっておいてクダさい……」

「アホかお前。ちっとも大丈夫じゃないだろ」


 この少女の態度には覚えがある。気持ちもよくわかる。

 だからこそ俺は、絶対に放っておくわけにはいかなかった。


「とりあえず、雨宿りして体を乾かそう。俺は虫族のことはあまり知らないけどさ。濡れたり寒いのは、嫌いなんだろ?」

「……」


 少女はしばらく言葉を発さず黙っていたが、やがて諦めたように、折れたように小さく頷いた。


「……腹、減ってるか?」

「……」

「そうか。何か飯とか……そうだ、串焼きでも食うか?」

「……」

「よし、わかった。じゃあひとまず、飯の前に体を拭きにいこうか」


 虫の少女は無口だったが、首を使って素直に受け答えする元気はあるようだ。

 ここで頑なに孤独を決め込まれると厄介だったが、どうにかなりそうである。


「おほ……? じゅあわくるくる……?」

「わかったわかった、ペトルの分もな」

「おほーっ!」


 ……思わぬところで変な出会いを果たし、予想外の出費に見舞われてしまった。


 しかし、この虫の少女の体についていた蹴り跡は、明らかに人間のものだ。

 彼女は、人からイジメ、あるいは迫害を受けていたのだろう。


 ……女の子っていうだけじゃない。何か理由があったとしても、俺はそんな事を見過ごせない。

 少なくとも、どうしようもなく傷ついて倒れてる人に手を差し伸べないなんて、絶対に御免だ。


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