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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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誰がなんと言おうが勝てば良い


「おお? なんだぁ? やるってのか?」


 暗がりの中、もういくらも無いほどの距離で下卑た声が聴こえ、それが俺たちの動く合図となった。


「光輝神の清き閃きよ! 穢れし闇の眷属を追い払え! 『ホーリー・ライト』!」


 後衛で控えたクローネが呪文を詠み上げ、闇を暴く光を放つ。


「うおっ!? ちっ、光の信徒か!」


 暖かく、そして眩い白の輝きは、辺り一帯に強い陰影を付けながらも、はっきりとした輪郭を浮き彫りにした。

 闇に潜む恐怖にスポットライトが当たり、そしてそこに存在した人影に、俺は思わず息を呑む。


「なら……仕方ねえ。最初はお前だ」


 鎧を着込んだ人がいた。

 それはただの鎧ではない。鉄だとか鋼だとかで出来た、そんななまっちょろい鎧ではなかった。


 それは例えるならば、黒の鎧。

 金属かプラスチックかも判然としない、一切の光沢を削ぎ落とした闇のスーツ。

 体型はずんぐりとした肥満体型であったが、足先から頭まですっぽり覆い尽くす禍々しいデザインの鎧姿に、俺は僅かながらに気圧された。


「光の信徒は見つけ次第殺す。お楽しみが減るのは残念だが、我らの神のためだ。死ね!」


 太った鎧男は、掲げた右手に煙のような靄を集め始めた。

 靄は瞬く間に凝集して黒い曲刀となり、その手にばっちりと握られる。

 ウう何もないところから武器を作ったのだ。


 曲刀のリーチは中途半端。

 木刀よりは短いがナイフよりは長い。何より、緩くカーブした刃が厄介だ。


「そのまま照らして! いくよ、『キツネビ』! 」


 俺がロングソードでどうこうしようと画策するまでもなく、次に動いたのはコヤンだった。

 彼女が手にする祭祀用のロッドが鎧男へと向けられ、先端が煌々と赤い光を放つ。


 火の熱。

 杖の先端を“射出口”に見立てた場合、俺とペトルのいる位置が地味にヤバイことに今更気付いた。


「法神の火よ! 我が魔を喰らい燃え上がれ! 『レッサー・フレア』!」

「あっぶねっ!?」

「おほーっ!?」


 コヤンのロッドが火を吹いた。比喩ではなく、火炎放射器のように火を噴き出した。

 それはかつて俺もスキルカードとして使っていた魔法、『レッサー・フレア』と全く同じもの。ゴブルトの丸焼きを作り上げたえげつない炎魔法である。


「ぉおおッ……!」


 それが人間に命中した。

 鎧男のでっぷりと膨らんだ腹に直撃し、業火は丸い腹部から前面を這うように拡散する。


 真っ赤な炎に包まれる人間の姿に、最悪の異臭がたちこめることを覚悟したが、しかしそれらしき臭いは全く漂ってこない。


「やった、命中……!」


 コヤンの浮かれた声を聞くと同時に、俺はロングソードを強く握って飛び出した。


「馬鹿か。そんなもんが効くかよ」


 鎧男は動いた。

 確かに『レッサー・フレア』は命中したが、致命傷にはならなかったのだ。


「うそ――」


 コヤンか、クローネか。怯え混じりの誰の声は、振り上げられる曲刀をぽかんと見上げているようだった。


「おおっ!」

「ぁあん!? なんだてめぇ!」


 間一髪。コヤンの脳天目掛けて振り下ろされそうになっていた黒い曲刀の一撃をロングソードで受け止める。


「ヤツシロさん!?」

「あっ……!」


 今の俺は超絶かっこいいに違いない。ラノベになったらおそらく挿絵くらいにはなるだろう。

 そのまま絵面を意識してニヒルな笑みでも浮かべてやりたかったが、相手の一撃が思いの外めっちゃ重くて正直ヤバい。

 相手との体格差もあるんだろうが、まるで芯の詰まった金属バットでも振り下ろされたかのような衝撃だった。笑顔なんて浮かべる暇がない。


「俺様とやろうってのかぁ! ぉおおん!?」

「うぐぐぉお……!」


 盾となったロングソードを向こう側へ押し返すこともできず、相手の曲刀がじわりじわりと鋼に食い込んでゆく。

 あともうちょっとだけ力が拮抗すれば、あるいはこのロングソードがストンと断ち切られてしまうかもしれなかった。


「モビーロッド、発動!」

「ぐおっ!」


 至近距離で俺の顔を覗き込む鎧男に僅かな戦意を失いかけたが、俺のロングソードを苛む圧迫は後ろから放たれた爆風によって吹き飛ばされた。

 クローネがモビーロッドを使い、『エアー・ボム』を発動させたのである。


「すまんクローネ、助かった!」

「いえ! ですが、また来ますよ!」

「ごめん、あたしも油断してた! 次はちゃんと迎え撃ってやる!」


 相手は光を嫌がっているようだが、炎は効かなかった。

 力勝負も、俺よりずっと上に感じた。

 モビーロッドを使った爆風も……。


「小癪なスキルばっか使いやがって」


 効いていない。

 常人であれば、地に転げて傷を負うなり、どっかしらの関節を痛めていてもおかしくないはずなのだが……ずんずんと大股で近づいてくるこいつからは、HPバーが減った気配が微塵も感じられなかった。


「俺は怒ったぞ……どいつもこいつも俺に歯向かいやがって! 俺を馬鹿にしやがって! ぉおおおおっ……!」


 太った鎧男は闇空を仰ぎ、獣のように吠えた。

 男の熱を帯びた白い吐息が鎧の隙間から漏れ出し、狂気具合いを演出する。

 情緒不安定な突然の叫びに困惑する感情もあったが、今はそれより現状の打破こそ優先されるべきだろう。


「おい、なんであいつに攻撃が効いてない!? 化物なのか!?」

「それはあの男が『闇夜の鎧』を身にまとっているからです! 暗神によって授けられたあれを身につけている者は、その身に振りかかるスキルの効力を大幅に減衰させるのです!」

「マジかよ!」


 それってもう冒険終盤の万能型のマジックアーマーじゃねーか!

 暗神太っ腹だなおい!


「無敵ってわけじゃないわ! 光のスキルや攻撃魔法を何度もぶつければ鎧は霧散するはず……!」

「でも、次で通じるかはっ!」

「ぉおおおッ! 皆殺し! 俺を馬鹿にする奴はみんなみんな、皆殺しだぁッ!」


 一回相手を遠ざけたからといって、入念な作戦会議を許すほど相手も優しくはなかったらしい。

 鎧男は威勢よく凶暴に吠え、フルフェイスの兜の奥で湯気混じりに赤い目を輝かせながら、こちらに再度突進を仕掛けてきた。


 地鳴りのような重い足音。

 クローネの放つ『ホーリー・ライト』を受けてもなお壊れぬ闇の鎧。

 そして高く振り上げられた黒い曲刀。


 どうする。どうすればいい。


 なんとなくではあるが、俺たちが再度『レッサー・フレア』や『エアー・ボム』をぶつけたところで、あの鎧男が止まってくれるような気はしなかった。

 いいや、間違いない。コイツは俺の直感だが、きっと魔法で仕留めることは難しいだろう。


 ならば他の手が必要だ。

 他の手段で乗り切らねばならない。


 どうする。やってくるのは大男だ。

 デブではあるが、俺より重いし力もあるだろう。


 向こうは頑丈な鎧と、刃物を握っている。

 対してこっちはロングソード。店で買えるような簡単な武器と布の服だけ……。


 ……いや。


 落ち着け。落ち着けヤツシロ。

 何をまだ難しく考えてるんだ。


 装備がなんだ。基礎ステータスがどうした。


 最初から理不尽なのはいつものことだろ。


 “俺は今まで、そんな世界で生きてきたじゃないか”。


「真っ二つぅううッ!」

「こんな危険な世界で、逆に毒されすぎていたとはな」

「――ぅうう?」


 凶器を手にした闇の信徒の懐へ、刹那の間に潜り込む。

 真新しいロングソードはその場に捨て去られ、既に俺の手元にはなかった。


「ヤツシロさん!? 何をっ!」

「テメッ……」


 そうだ。そもそも俺は、剣なんて柄ではない。

 世界を救うらしい勇者な立場になってはいるが、俺の得意分野はそうではないはずだ。


 曲刀は中途半端な長さ故に、完全に肉薄した俺に振り下ろすには少し手間がかかる。

 そして相手も、まさかリーチの長い剣を捨ててこちらから近づくとは思っていなかったのだろう。

 鎧男の隙は、明らかなものだった。


「――くらえ、今まで俺の不幸を退け続けてきた最強の徒手格闘奥義――」


 俺は男の真下から、握った右拳を勢い良く振り上げた。


 拳は男の顎を目掛けて真っ直ぐ登り……相手に接触する間際にて、一気に開かれる!


「目潰しアタァアアアッック!!」

「ぐぁあああああ!?」


 俺の手に握られた砂が、鎧男の視界を確保するためのスリット部分にクリーンヒットした。



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