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第1話 大丈夫だよ。怖くないよ。怖くない。

 まよなかとおばけの絵。


 大丈夫だよ。怖くないよ。怖くない。


 怖い夢を見た。とっても、とっても怖い夢だった。

 いろんなものが壊れてしまう夢だった。

 いろんな大切なものが。いろんな大好きなものが、みんな壊れちゃうとってもとっても怖い夢だった。

 朝起きたときに、いつもと同じ部屋の中で目を覚ますことができてわたしは本当によかったと思った。

 よかった。なにも『壊れてはいなかった』。


「どうして怖い絵ばかりを描くの?」

 わたしはまよなかに言った。

「わたしの中に『おばけ』がいるからだよ」

「おばけ?」

「うん。おばけ。とってもとっても怖いおばけがいっぱいいるの」

 まよなかはそう言いながら、『長い前髪の後ろに隠れている瞳』で、わたしを見てにっこりと笑った。

 まよなかのアトリエの中には怖い絵ばかりが置いてあった。

 いろんな怖いなにかが絵の中に(まるで檻のように)閉じ込められいるみたいだった。(本当に不気味で怖かった。今はお昼だけど、夜なら絶対一人ではこの部屋にはいられないと思った。トイレにだって、きっと一人ではいけないと思った)

 まよなかはとても長い前髪をしていて、いつも、その瞳を前髪で隠すようにしていた。

 それは絵を描くときもそうで、まよなかはなんだか目隠しをして、絵を描いているみたいだった。

 前髪に隠れて、全然瞳が見えないのに、まよなかは目が見えているみたいにいつも普通に動いていた。(とっても不思議だったけど、まよなかはいつもその髪型だったから、瞳を隠しながらの暮らしに慣れているのかもしれない)

 ただ、たまに前髪の隙間からまよなかの大きな瞳を見ることができることもあった。

 とっても大きくて、『とっても綺麗な水晶みたいな瞳』をまよなかはしていた。どんな嘘もつくことができない、あるいは見破ってしまうような、そんなまったく汚れていない透き通るような綺麗な瞳だった。(ずっと隠しているのがもったいないなって思うくらいに綺麗だった)

 まよなかはばってんとまるの髪留めをつけて、長い髪をツインテールの髪にしている。

 それがいつものまよなかの髪型だった。

 まよなかは絵の天才だった。

 はじめてまよなかの絵を見たときに、わたしは本当に心から、そう思った。

 すごく心が震えたし、それから、小さく体も震えていた。

(いろんな感情がわたしの心の中で激しく動いているのがわかった)

 まよなかはずっと絵を描き続けていた。

 ずっと、ずっと。

 時間を忘れて遊んでいる子供みたいに。

 そのときにまよなかが描いていたのが『真っ黒なおばけの絵』だった。

 わたしはそんなまよなかのことをずっと、ずっと飽きることなく椅子に座って見つめていた。

 まよなかがふと手をとめて、絵を描くことをやめた。

 きっとおなかが空いたのだと思った。

 ぐーっとまよなかのおなかがなったので、やっぱりそうだったってわたしは思った。

 わたしはまよなかと一緒になにか食べに行くことにした。

 わたしがそう言うと、まよなかは「わかった」と言って、それからわたしと手をつないで、黙ってわたしと一緒に歩き始めた。(なんだかとっても小さな女の子みたいだった)

 わたしとまよなかは二人とも女の子だったけど、『恋人のような暮らし』をしていた。

 わたしたちは恋人だったのだと思うけど、告白をしたりしたことはなかったから、本当に恋人なのかはわたしには(たぶんまよなかにも)よくわからなかった。

 わたしはまよなかのことが大好きだったし、まよなかもわたしのことを大好きって言ってくれた。(とっても嬉しかったし、とっても可愛かった)

 わたしたちはいつも一緒にいて、まよなかはずっと絵を描いていて、わたしはまよなかのお世話をしてあげていた。(恋人のつもりだったけど、なんだかまよなかが手のかかる小さな子どもみたいだったから、まよなかのお母さんになったみたいに思うことのほうが多かった)

 わたしたちは二人とも二十歳になったばかりだった。


「いなくなってしまった人たちはどこに行ってしまったのだと思う?」

 ぱくぱくと口元にケチャップをつけながら、ハンバーガーを美味しそうに夢中になって食べてから(ハンバーガーはまよなかの大好物だった)わたしに顔を近づけて、まよなかは言った。

「いなくなったって、死んでしまった人たちってこと?」

 わたしはもうハンバーガーを食べ終わって、ポテトをつまんで食べていた。

 まよなかはじっと長い前髪のの後ろにある瞳で(瞳は見えなかったけど、わたしを見ていることはなんとなくわかった。顔もあと少しでキスができるくらいにとっても近かったし)わたしの目を見ているだけでなにも言わなかった。

「わからないけど、天国じゃないかな? きっと」

 わたしはまよなかのケチャップで汚れている小さな口をハンカチで拭いてあげた。

「天国って本当にあると思う?」

 顔を遠ざけて、ちゅーとストローでアイスコーヒーを飲んでから、まよなかは言った。

 わたしは言葉にはしなかったけど、天国なんて本当はきっとどこにもないって思った。

「わたしたちはいなくなったあとにどこにいくと思う?」

 わたしが黙ったままでいると、じっと長い前髪の後ろに隠れている瞳で、わたしを見ながら、まよなかは言った。

 わたしはまよなかに、やっぱりなにも言うことができなかった。

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