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Side:洋士編1

「……嫌な予感がするな」


「嫌な予感、ですか?」


「ああ。……なんだその鳩が豆鉄砲を食ったような顔は?」


「あ、いえ……、失礼いたしました」


 そこで何故そんな顔をしたのか説明せずに謝罪する辺り、陸はまだまだ他人に対して遠慮があるようだ。仕方がなく俺の方から彼女が考えていたであろうことを口にする。


「大方、科学的根拠に基づかない発言をするのは珍しいとか、そんなところだろう? まあ気持ちは分かるが、それなら陸を保護しようなんてしなかっただろうさ」


「それもそうなんですけど……、でも秘書として側で見てきた洋士さんは常にデータを元に的確な判断をしていたので。その、勘のような曖昧なものを信じるイメージがないといいますか……」


「なるほどな。まあ一つ補足すると……俺の予感がデータに基づいてるんだ」


 それが良いことなのか悪いことなのかは、判断に迷うところだが。




 一六二九年。それが俺の……正親という人間としての最期を迎えた年だ。その日より数ヶ月ほど前。俺は江戸の町で自分にそっくりな男と、その母親であろう女と遭遇した。母親らしき女は顔を真っ青にして、今にも倒れそうな様子だったが俺にとってはどうでも良くて、ただ「俺が傷つかないように嘘をついてたのか、父さんらしいな」なんて暢気に別のことを考えていた。


 あの二人組に対しての関心はそれくらい薄く、事実数ヶ月経つ頃にはすれ違ったことすらすっかり忘れてしまっていた。


 だが、向こうはそれでは済まなかったらしい。それに気が付いたのはあいつらが雇った刺客に瀕死の重傷を負わされ、己の身体から流れ出た血の海に横たわっているときだった。


「なんだ、もう返答する気力もないか? つまらんな。こういう話をすると大抵の奴は憎しみに満ちあふれた目をしてくれるんだが……お公家様の依頼なら絶対面白い表情が見れると思って受けたのに、とんだ見込み違いだったか。……本来なら死ぬのを見届けるべきなんだろうが……。こんな覇気のないやつを看取るなんて時間の無駄だな。あばよ、腰抜け」


 父さんにろくに恩返しもせずにこんなところで死ぬ? まだまだすべきことはたくさんあるのに、こんなところで、こんなくだらない理由で死ぬ……? いや、それ以前にこんなところ父さんに見つかったら、剣を教えたのは時間の無駄だったと、失望されるんじゃないだろうか……。


 嫌だ、死にたくない。なんとかして生き延びて、父さんと母さんに親孝行をしなければ……。


 死の間際だというのに、妙にズレたことを考えていたからだろうか。ふとここ最近妙な胸騒ぎを感じていたことを思い出し、そして納得した。ああ、きっとこの状況を暗示していたのだ、と。


「生きたいか」


 どれくらいの時間が経っただろうか。夢か現実か分からぬ中、そう問う父さんの声が聞こえた。正直、自分がどう反応したのか覚えていない。ただ、全力で頷きたい反面、この体たらくを見られてしまった羞恥心と申し訳なさから、本当に頷いて良いのか迷ったことだけは覚えている。この先、父さんと母さんの役に立つことが出来るのだろうか。またこうして足手まといになるようなことは起こらないだろうか……と。




「まあだから、初めての『嫌な予感』は俺の死という結末を呼び込んだわけだ。いや、『気を付けろ』という警告に気付けなかった俺の自業自得だったのかもしれないがな。……とはいえ運良く父さんに見つけてもらって、正式に仲間にしてもらったことを考えれば、一概に悪い結果とも言えないな。それに、今ならあの母親の気持ちもまあ、少しだけなら理解出来なくもないんだ」


 偶然会ったその日以降俺の元にはやたらと見合い話が舞い込み、そしてその全てを俺は断っていた。平たく言えばそれがトリガーになったのだと思う。


 俺が断っていた理由は至って簡単、あの当時は婚姻によって政治派閥へ巻き込まれるのが面倒だったし、なにより俺は両親が普通じゃない影響か、やや世間とずれている自覚があった。そんな家に他家の、それも箱入り娘がやってきてもやっていける目はないだろう。俺だって、好きこのんで自分から他人を不幸にする趣味はなかった。


 だが俺の実の母には、そんな事情は分からない。二十六にもなって未だに独身なのは、実家の跡継ぎの座を奪う機会を狙っている為……。そう勘違いし、阻止すべく俺を亡き者にしようとした、そんなところだったのではないだろうか。


「今じゃ珍しくもないが、あの頃はあの年齢で独身はなあ……そう勘違いされてもおかしくなかっただろうから」


 まあ勿論、ただの推測で命を狙われた身としては、あの一家の結末を可哀想だとはこれっぽっちも思えない。それどころかその後数百年、俺の実の家族を手にかけた罪悪感に父さんが苛まれていたと知った今は、むしろ憎悪の対象と言っても差し支えない。正直な話、死んでまで俺と家族に迷惑をかけるなんてあの世でもう一度殺してやりたい気分ですらある。


 陸の表情を見て、そんな明け透けの本音を口にするのはやめておいた。俺と似たような境遇なはずなのに、どうして陸は未だに家族を大切に思っているのだろう。俺には一生理解出来そうもないが、それが陸の良いところでもあるのだろうと、勝手に納得しておく。


「……すまん、話が少し脱線したな。そう、それで二回目の予感は忘れもしない、大政奉還の翌年だった」




 黒船来航から先、めまぐるしく変わっていった情勢。そしてついに大政奉還が為された翌年一八六八年。年号が明治へと変わろうかという頃にエレナ(母さん)は突然俺達に別れを告げた。


「直に追っ手がここに来る。そうなればもはや私だけの問題じゃなくなってしまう。……どうやらここらが潮時のようだよ、虎、こー坊」


 その日は朝から嫌な予感がしていたから、母さんの言葉を聞いて、永遠に会えないんじゃないかと不安になった。呆然としてる俺の隣で父さんは「外から来た彼らが関係してるんですか」と母さんに話の続きを促していた。


「……ああ、そうだね」


「なにか……なにか俺達に出来ることは?」


 ようやく我に返って口を開いたところで、母さんから返ってきたのは俺が期待していた言葉じゃなかった。


「仲間と一緒に目立たず騒がず、あいつらがこの地を離れるまで息をひそめていること……かな。一人でも連中に見つかれば、厄介なことになる」


 もっと母さんの役に立てそうなことはないんだろうか。だけどそもそも、母さんがなにを警戒しているのかすら俺は分かっていなかった。そこでようやく多少頭が回り始めて、仲間をだしにして母さんから詳しい話を聞き出すことにした。


「もう少し詳しく教えてくれませんか。仲間をまとめるなら、ある程度の根拠は必要です」


 そう言って食い下がる俺の意図は丸わかりだったんだろう。母さんは諦めたように溜息をついて、だがちゃんと説明してくれた。


「虎には昔軽く話したかもしれないけど……私は生まれ育った故郷で瀕死の重傷を負って、助けてくれた吸血鬼に仲間にしてもらった。だけど共に暮らすうちに相容れない部分が出てきてね。彼らの元を去ることにした。……ところがまあ、今度は人間から目を付けられて魔女狩りにあってね。海へと逃げて……辿り着いたのがこの国だ。そこから先は虎も知っての通りだから省くけどね。いいかい。今この国には色々な国の者が来ているけれど、彼らはおおまかに二つのグループに分けることが出来る。一つは私達のような者を見つけ次第殺そうとする者。そしてもう一つは利用しようとする者だ」


 予想以上に大きな話だったが、俺は努めて冷静を装いながら続きを促した。


「彼らの目的は開国や貿易ではないと? 我々の存在を知っているということですか」


「ああ、そうだ。この辺りは私も最近知ったばかりだけどね。二人とも、この国と彼らが結んだ条約の内容は知っているかい?」


「領事裁判権や関税について、不利な条件が含まれているということは」


 そんな俺達父子の回答に母さんは頷いた。


「彼らの本当の目的は『人外の存在と対策方法を伝えることと、有事の際の武力』だ。まあ最初に来たアメリカはあまり関わってないようだけどね。あの条約が歪なのは『人外に関する重要な情報を伝えたんだから代わりに融通を利かせてくれるだろう?』という圧力の結果だと思っていい」




「安政の五ヵ国条約にそんな背景が……」


 わずかに震えた声で呟く陸に、俺は頷いた。


「ああ。諸外国が領事裁判権にこだわった理由もそれ絡みだ。……明治二年に陰陽寮が廃止されたことは知ってるか?」


「いえ、知りませんでした」


「つまりな。元々条約を結んだのは江戸幕府だ。諸外国としても、自分達の条件を飲んでくれる幕府は都合が良かった。対人外戦で協力を仰ぐにせよ、武士達は頼りになる。ところがだ。彼らには一つ、懸念事項があった。天皇側の存在、特に陰陽寮の存在だ。得体の知れない妖しげな術を使用する集団。彼らの目にはそういう風に見えたわけだ。

 魔女狩りにしても、吸血鬼ハンターにしても、人外は全て排除するものという徹底した思想がある。ところが日本という国は、付喪神やら妖怪なんて概念を平気で受け入れているし、それらに対処する陰陽師も得体の知れない術や異形を使っている。人外と共存、なんて可能性があるんじゃないかと疑っていた。だから江戸幕府の継続に尽力を注いだり薩長を支持したりしたが、それが叶わず大政奉還が行われ、正式に日本の政治機関が天皇側に戻るとなってしまった。だからせめてもの悪あがきに真っ先に陰陽寮の廃止に暗躍したんだ。領事裁判権は、日本で捕まる自国の民が、必ずしも人間とは限らないと判断した彼らなりの悪あがきの一部ってわけだ」


「捕まった吸血鬼などが日本側につくことを阻止する為……。私達に明かされてないだけで、昔からそういうきな臭い話はたくさんあったんですね」


「反吐が出るほどな。さて、話は戻るが……。大政奉還後、天皇を国のトップとして認める条件として陰陽寮の廃止の他に、いくつかの国は母の引き渡しを条件としてあげたらしい」


「一個人の引き渡し、ですか。勿論、お母様は領事裁判権を行使されるような行いをしていなかったんですよね?」


「ああ。あの当時は詳しく話してくれなかったが、母は人の記憶に介入したり思考を読み取ったり、そういう人の精神に干渉する能力を持っているようでな。要は脅威になるから消そうとする国と、どうにかして手に入れて利用しようとした国が母さんを引き渡せと迫ったんだ。その上、母さん曰く自分を吸血鬼にした張本人も連れ戻す為に出張ってきていたから分が悪い、と」


「それで、どうなったんですか……? ……た、確か先日もお母様のお話を聞きましたし、今もご存命ですよね!?」


「ああ、そこは安心してほしい。……ただあの時は……やはり無傷で出国とはいかなかったみたいでな。出国して暫くは身動きも取れないほどだったらしい。……といっても母さんはその辺りの事を詳しく話してくれないから、具体的にどんな状況だったのかは把握出来ていないんだが」


 それでも、三つの異なる思惑を持った勢力から生きて逃げおおせたのだから大したものだ。あれから二百年余り、人外の存在を正式に発表したのはある意味では母にとって朗報だったのかもしれない。少なくとも、そのお陰でこの国に戻ってくることが出来たのだから。


「……まあとにかく話を戻すが――、過去二回、俺が不吉な予感がした時はどちらも人の生き死にに関わるような重大な事があったわけだ。そこでなんだが陸、最近変な夢を見たりはしなかったか?」

明けましておめでとうございます(遅すぎる

重い話を新年早々投稿するのもなあ、とずるずる悩んでいたら2月になっていました。

数日前(2月9日)は実は誕生日で、1033歳になりました。おめでとう自分、ありがとう世界(え?


明日はライトノベルミーティングに顔を出してきます。

家から出て公共交通機関に乗ると考えただけで脂汗が出てきますが頑張りたいと思います。

もし参加する方がいらっしゃいましたら是非お声がけください。

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吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。2巻

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― 新着の感想 ―
ノベル書籍をピッコマで見つけてそこからなろう版を読み始めて一週間やっと最新話に追いつくことができました。 晴れて僕も最新話を待つ人々の仲間入りが出来ますこれからはゆっくり気長に最新話を待ちたいと思いま…
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