番外編:楽しかったね。またね。
きっかけは、父の転勤だった。高校卒業まであと半年ちょっとという中途半端な時期での転校。元々大学は上京するつもりだったとはいえ、まだ先だと思っていた友達との別れがどうしても受け入れられなかった私は「卒業まで居させてほしい」と駄々を捏ねた。
でもずっと両親に甘えていたせいで、一人暮らしが出来るだけの家事スキルはなかったし——志望大学は全寮制だったので大して気にとめていなかった——、アルバイトもしていなかったから卒業まで一人で暮らせるだけの金銭的余裕もなかった。生活費を稼ぎながらの生活は、高校生には些か荷が重い。
結局「今は悲しいかもしれないけど、大学から向こうで暮らすよりも今から行っておいた方が安心して受験出来るでしょう」という両親の言葉にそれ以上なにも言う事が出来ず、泣く泣く友人と離れ、右も左も分からない都会へ引っ越す事になったのだ。
受験シーズン真っ只中での転校という事もあり、イジメこそなかったものの、友達と呼べる人も出来ず。私はいつも教室の隅っこで一人寂しく弁当を食べる日々を送っていた。
近況報告も兼ねてそんな話を地元の友人にしたところ、提案されたのがネットゲームだった。
「最近始まったゲームが熱いって弟が言っててね。戦闘以外にも、畑とかハウジングとか、いわゆる生活コンテンツ?が豊富らしいの。そういうの、お喋りがてら一緒にのんびりまったりやるのはどう? 学校での事はうちらにはどうしようもないけど、本来は勉強しに行くところだから! いっそ割り切って、放課後に楽しみを見いだすのも悪くないんじゃない?」
実のところ、友人のそんな言葉に少し不満があった。中には小・中・高と長く一緒の子も居て、彼女達とはカラオケに行ったり、ドラッグストアで新作コスメを試してみたり、お揃いの洋服を買ってプリクラを撮ったり……毎日一緒にたくさんの事を経験したのだ。
……たかがゲームが、そんな日々の代替になるはずないのに。
だけど折角私の為を思って言ってくれた友人の言葉を否定したくはなかったし、話が出来るだけでもだいぶ違う。そう思って私は勢いよく頷いた。
友人の弟曰く|Ark Requiemというゲームはフルダイブ型ではないVRゲームという事もあり、普段ゲームをあまりしないライト層に人気なのだという。月額課金制ではあるものの他ゲームに比べて圧倒的に安く、荒らしや不正行為を行うプレイヤーを抑止しつつ、幅広い年齢層が手を出しやすい点も評価されている、とか。
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かつて滅亡の危機に晒された人類は、最後の力を振り絞り巨大な方舟を製造し、移住先を探す彼らの航界を見送った。しかし期限までにアークは戻らず、残された人類は滅亡こそ免れたものの地上は荒廃、劣悪な環境での生活を余儀なくされた。
歳月が過ぎ、生活水準が徐々に回復し始めた頃……、アークになにが起こったのかを探るため『鎮魂の旅団』が結成された。
プレイヤーはその一員として各地に残された痕跡を巡り、アークと共に消えた人々の記憶を辿る旅に出る。
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暇つぶしの為にちょっとしたパズルゲームくらいしかした事がなかった私にとって友人の弟の説明はちんぷんかんぷんだったけど、公式サイトに書かれたストーリーには心惹かれるものがあり、翌日には家電量販店で店員に相談し、ピンからキリまであるヘッドゴーグルの中から一つを選んでお年玉で購入した。
利便性の観点から友人達とギルドを作り、「各自で家を建てるよりも一人当たりの維持費が安い上に毎日顔を合わせられる」というメリットからギルドハウスを建て、ああでもないこうでもないと話し合いながら内装を揃えた。家の周りには畑を耕し、ポーション作成に必要な材料を皆で育てた。
ダンジョンがクリア出来ず、何度もモンスターの攻撃にたおれた日には、攻略方法の考察や装備の新調に朝まで費やした。
今思えば当たり前の事だけど、受験という大事な時期にゲームばかりしていれば当然保護者の逆鱗に触れる訳で。開始二ヶ月目には「受験が終わったら戻ってくる」という言葉と共に友人達はログインしなくなってしまった。
私はと言えば、元々服飾大学のAO入試を狙っていた事もあり両親も大して口を酸っぱくして「勉強しなさい」とは言わない環境だったし「学校は勉強をするところ」という友人の発言が元で真面目に授業を受けていた結果、転校前よりテストの成績が跳ね上がっていた。お陰で両親は「都会にうまく馴染めず沈んだ顔をしていた娘が、ゲームのお陰で元気になった」とポジティブに捕らえて静観してくれていたので、一人だけゲームを続ける事が出来た。
だけど、シェアハウスは一人で使うには広すぎる上に維持費も高い。それでもいつか友人達が戻ってくる事を考えると、どうしても取り壊す事は出来ず。
戦闘が苦手だった私は一番腐らないだろう錬金術に一点集中する事にし、毎朝早めに起床して学校へ行く前に畑の手入れをし、帰宅後もすぐにポーション作りに励んだ。
ふと、「一人でなにをしているんだろう」と空しくなる事や「本当に友達は戻ってくるだろうか」不安になる事もあった。
それでも続けられたのは、『鎮魂の旅団』の行く末が気になっていたからだった。友人との語らいの場というだけではなく、アークレクイエムという世界そのものが私を魅了していた。
多分今思えば、少しでも誰かと繋がりたかったのだと思う。出来上がったポーション類は、オークションシステムを利用せずにいつも全体チャットで売買を呼びかけるようにしていた。
価格は、オークションの相場より少し安め。それでもオークション手数料がかからない分手元に入る金額は多くなる。一方で購入者側もオークションより安く買えるので双方が得する絶妙な設定だった。
不定期開催にもかかわらず、ポーションはいつも即完売した。そのうち、以前購入した人が再購入する事が多くなり、取引のついでに雑談もするようになっていった。
AO入試での合格も無事に決まり、いつも通りのんびりと遊んでいた晩秋のある日。
友人のプレイヤー名がフレンド一覧から消えている事に気が付いてしまった。その頃には私も立派なゲーマーに成長していて、原因はすぐに察する事が出来た。
「アカウント、消したんだ……」
薄々分かっていた事だった。ゲームのログインだけじゃない。メッセージアプリでの連絡も絶えて久しかった。その上、相互フォローしていたSNS上では、「友人とタピオカ」といったいつぞやの私達のルーティンのような投稿が度々あがっていた。
アークレクイエムを離れている間に、その熱が冷めてしまったのだろう。ひょっとしたら、「私」というコンテンツにも飽きたのかもしれない。
いよいよもってなんの為にアークレクイエムをやっているのか分からなくなってしまった。『鎮魂の旅団』がなにを見つけていくのかは気になる。だけど私一人で戦闘系のクエストを進める勇気は、ない。
「……でも月額課金更新したばっかりだから勿体ないな……」
いつもと違う私の様子に気が付いたのか、それともたまたまタイミングが一緒だっただけなのか。いつもポーションを購入するプレイヤーから「もし……良かったらなんだけど。うちのギルドに入らない? 友達が戻ってきたら抜けて構わないから」という提案を受けた。
以前から一人でゲームをしている理由や、ギルドハウスの維持費を稼いでいる事は話していた。だからだろう。彼は「ギルドハウスの買い取り」と「脱退時の譲渡」も提案してくれた。
少し前の私にとっては魅力的な提案だった。でも友人達はもう、このゲームに戻ってくる事はない。それなら無理してこのギルドハウスを維持してもらう必要性は全くない。
素直にその話をしたところ、思わぬ返答が返ってきた。
「どうせ人が増えてきたからもう一つギルドハウスが欲しかったんだ。内装は暫くこのままにしよう。いつか変えたいと思った時に君が模様替えをすれば良い」
システム上でギルド名が変わったとしても、精神面ではそう簡単に友人との冒険の日々を忘れて新たな冒険の日々へと乗り換える事は出来ない。だけど現実問題、一人でゲームをしていてもつまらないから誰かと一緒に遊びたい……。まるでそんな私の心境を見越したかのように、彼はそう言ったのだった。
いつかもう大丈夫だと思えた時に、今のギルドにあった内装に変える……。その提案が嬉しくて、この人なら大丈夫だと感じた私はギルドへの加入を承諾した。
その日が、本当の意味での長いアークレクイエム生活の始まりだったのかもしれない、と今は思う。
月額無料化や数多くの大型アップデートといった話題を打ち出してきたアークレクイエムが今日、十一年半という長い冒険の日々に終止符を打った。打ってしまった。
勿論、私も十一年半ずっとプレイしていた訳じゃない。就職活動、社会人生活一年目、そういう節目節目にはログイン頻度が急激に落ちたし、新しいゲームが出る度に浮気もした。いや、正確に言えばここ数ヶ月はGoWにどハマりして浮気している最中だった。
それでも、アークレクイエムは私にとって常に「帰るところ」だった。いつログインしても誰かしらが居る、実家のような居心地の良い空間。
長期引退時には税金を滞納して家を焼失させてしまう私に、土地の確保から材料加工、建築まで嫌な顔一つせずに手伝ってくれた温かいギルドメンバー達は、家族と言っても過言ではなかった。勿論、他のメンバーが同様の時には私も喜んで手伝っていた。
そんな折、アークレクイエムサービス終了のニュースを目にした私は、ショックで我が目を疑った。「いよいよか」という思う反面「偽情報に決まってる」と信じられない気持ちもあり。慌てて公式サイトを確認しにいき、事実だと分かると今度は後悔が胸に押し寄せてきた。
永遠なんてものは存在しない。分かっていたけど、実家がなくなるなんて誰も想像しないのと一緒で、アークレクイエムが終わるなんて夢にも思わなかったのだ。
——ふらふらしないでアークレクイエムだけ遊べば良かった。
——もっと課金すれば良かった。
数え切れないほどの後悔が一通り頭をよぎったあと、私は壁に掛けていたVRゴーグルを手に取り、アークレクイエムにログインした。せめて最期の日まではアークレクイエムの中で過ごそう。サービス終了の告知が出た日、そう決心した。
そして今日。公式サイトは閉鎖され、アークレクイエムのサーバは落とされ、永遠にログインが出来なくなった。VRゴーグルに「接続が切断されました」と表示されても、オートシャットダウンされるまでは自分の手でゴーグルの電源を落とす事は出来なかった。
ゲームが楽しいと思う理由はなんだろう。ストーリーか、アバターやハウジングなどのこだわり要素か。それとも、人と人との繋がりか。
この十一年半、ゲームが趣味だという私に対して「目に見えない、いつか消えるものにお金と時間を費やすなんて勿体ない」と言った先生や、「信じられますかお母さん? この子、毎月○万もゲームなんかにつぎ込んでるんですよ! 止めてください!」と母に向かって言ったバイト先の店長も居た。
他にも否定的な言葉を投げかける人が居たけれど、私は十一年半をかけて証明した。
サービスを終了時、今まで課金した金額を思い返して後悔する事はなかった。むしろおおよその金額を知って、誇らしい気持ちにすらなった。
それと同様に、どれだけの時間を費やしても無駄だったと思う事はなかった。この十一年半の間に出会ったゲームで出来た友人とは、先日も近所でランチをして七時間くらい雑談をしてきたところだ。周りにはアークレクイエムがきっかけで結婚した人も居る。決して、それらの時間は無駄ではないと、声を大にして言える。
ゲームだけ、なんて事は決してないはず。煙草も読書もドラマも音楽も、突き詰めてしまえば他人が「理解出来ない」と思った瞬間、その全てが無駄で、糾弾対象になりうる。だから言い出したらキリが無いのだ。
だけど誰だって、それを楽しむ事がなによりもその人にとって大切な時間で、その為に仕事をしていると言っても過言ではないものがきっとあるはずなのだ。自分にとってのそれが、誰かにとってのゲームなのだと、どうして分からないのだろう。
——皆、楽しかったね。またどこかで会おうね。見かけたら声かけてね。
そう言って皆で笑顔で手を振って、アークレクイエムでの冒険の日々は終わりを告げた。今はまだ、GoWに戻る気分ではない。明日か、明後日か。もしかしたら、もう少し先になるかもしれない。だけど私はきっと、死ぬまでこうして様々な世界で冒険を続けるのだと、そう思う。
間があいてしまい、すみません。本当は本編の続きを書いて投稿するつもりだったのですが、
何ヶ月か前に告知があり、先日、12月25日におよそ11年半遊んでいたネトゲがサービス終了してしまいました。だいぶ落ち込み、だいぶ後悔した為、急遽番外編としてこの話を書きました。
始めたきっかけは半分フィクションで半分真実です。
実際、サービス開始1年で、自分が加入していたギルドのメンバーは全員引退してしまい、「どうしようかな……一人でやってもな……、でも誰か戻ってくるかもしれないし……月額の日数残ってるし……」などと毎日ひたすらポーションを作っては全体チャットで売っていました。
そして前の前のギルドのマスターに拾われた辺り、半分自分のエッセイみたいになってますね笑
実は「楽しかったね。またね。」はこのゲームの日本運営プロデューサーの最後の言葉です。号泣するくらいぐっときたのと、この言葉からこの話を書こう、と思いついたのでタイトルに採用しました。ありがとうルシウスP。勝手に使ってごめんなさい。
この小説を読んでくれている人の中にはネトゲを実際にプレイしている人も居ると思うので、共感していただけるのではないかと思っています。
さて、今年も残すところあと数日ですね……。
昨年も似たような事を言ったかもしれませんが、4月から帳簿つけてないんですよね……確定申告がやばい。でもとりあえずここ最近仕事のストレスで体調やばかったので、まずは心身を休めます。確定申告?ナニソレオイシイノ?
あ。12月26日に漫画の方の最新話も更新されておりますので、そちらもよろしくお願いいたします。。。
毎回更新日にこっちの更新が出来なくて本当にすみません。
https://to-corona-ex.com/comics/165789689921654