21:もう一人の幼馴染(1)
「あのー、連れてきたんですけど」
実は数分前から温室に入って来ていたキースは遠慮がちに右手を上げた。彼の背後には、気まずそうに顔を伏せる新人騎士達がいる。主君とその婚約者のイチャイチャを邪魔しないようにと、息を殺していたらしい。
(見ているこちらが恥ずかしくなる)
キースは口を開けて固まっているリリアンに、苦笑いを向けた。
見られていたのだと知ったリリアンは、一拍おいて『きゃー』と叫び声を上げる。その声は温室に反響した。
するとジェレミーは腰の剣に手を置き、キースをギロリと睨みつけた。さすがは理不尽の権化である。
「待ってください、殿下。流石に理不尽です。貴方が新人たちを連れてこいと命じたんですよ?」
「わかっている。だがリリアンの愛らしい姿をその目に入れたのは重罪だ。万死に値する」
「不可抗力ですってば! 入ってきたタイミングが悪かったのは謝りますが、あの場で声をかけていたらそれはそれで『邪魔したから死刑』ってなるじゃん!」
「当たり前だろう」
「なんて横暴な!」
どのみち待っているのが死だなんて、そんな理不尽なことがあって良いのだろうか。キースは助けを求めるようにリリアンを見た。
リリアンは気持ちを落ち着かせるように、2回深呼吸をするとコホンと咳払いをし、皇子妃の仮面を被った。そしてジェレミーにニコッと笑いかける。
「ジェレミー。彼らを紹介してくださるおつもりだったのでは?」
「ああ、そうだ。新しくこの宮の配属となった騎士でな」
さすがはリリアンだ。ジェレミーはすぐに剣から手を離し、騎士達に自己紹介をするように促した。
一人一人、名前を名乗ると二人に忠誠を誓うように跪く。
下は18から上は30までと年齢に少し幅はあるものの、全員名のある騎士からの推薦らしく、屈強な体と強い眼差しを持っていた。
リリアンはその中の一人、くるみ色の瞳をした癖のある茶髪とそばかすが特徴的な男に視線を落とすと、目を大きく見開いた。
彼はリリアンの視線に気づいたのか、顔を上げてニコッと微笑む。
「な、何してんのよ。ベルン……」
ベルンと呼ばれた男に、一斉に視線が集まる。
ジェレミーはリリアンの肩を抱き寄せると、彼に立つように命じた。
「彼が騎士になったことを知らなかったのか?」
「え、ええ……。今知りましたわ」
ベルンこと、ベルンハルト・シュナイダー。リリアンの侍女であるシュナイダー伯爵家の次男で、食物の研究に没頭するあまり、領地で引きこもり生活をしているリリアンの乳兄弟だ。
「私の知る彼は癖の強い髪をセットもせず、長い前髪で顔を隠している、見るからに貧弱な男です。決してこのような屈強なからだつきではなかったはずなのですが…….。あなた、本当にベルンハルトなの?」
「はい。ベルンハルト・シュナイダーですよ?」
「信じられないわ」
リリアンは自分の記憶とは大きく異なる幼馴染の頭の天辺から足の先までを、じっくりと眺めた。
筋肉質な体と整えた艶のある髪、眼鏡は昔のままだし背丈もそばかすも変わらないが、昔よりもずっとオーラがある。威厳があり騎士としての風格がある。
それこそ、騎士家門ミュラー家の騎士くらいにちゃんとした騎士だ。
「何がどうしてそうなったのよ」
彼を最後に見たのは3年ほど前だった気がするが、会わない間に騎士を目指して鍛錬でもしたのだろうか。だがたった一人で皇宮騎士団に所属できるほどの実力を身につけられるのか、疑問である。
(お父様やシュナイダー伯爵の訓練をずっと嫌がっていた癖に? 今更、どうして?)
首都に来たのは騎士団の入団試験を受けるためだったのだろうが、リリアンは何も聞いていない。
(これは後でケイトを問い詰める必要もありそうね)
そんな考え事をしていたリリアンは、気がつくとジェレミーの腕を抜け出してベルンハルトの目の前に立っていた。
「リリー。近い」
「あ、ごめん」
これはまずい。ジェレミーの前で異性と接近するのは良くないと本能がつげている。リリアンは、咄嗟にピョンと後ろに飛んだ。
すると何かにぶつかった。
後ろを振り返ると案の定、黒いオーラを纏った婚約者の姿があった。
「……リリアン」
「は、はい」
「近い」
「うぃっす。すみません」
地を這うような低い声にリリアンは肩を震わせた。
「……何故、俺が不機嫌なのかわかっていないところが腹立つ」
「わかってる。ちゃんとわかってるわ」
「いいや。その顔はわかってない」
ジェレミーはそう言うと、リリアンをヒョイっと横抱きにして、額に軽くキスをした。
そして威嚇するように、ベルンハルトに視線を向ける。
「シュナイダー卿も、分を弁えろ。リリアン・ハイネはもう俺の婚約者だ。少なくとも俺の前で彼女を愛称で呼ぶな」
ベルンハルトは一瞬驚いたように目を丸くしたが、次の瞬間には首を垂れて『気をつけます』と謝罪した。
「「……」」
ーーーーあれ? 第二皇子ってこんな感じだったっけ?
そんな空気が温室を包み込んだ。
騎士達が噂で聞いてきた第二皇子は無表情で冷酷で容赦ない男であり、婚約者にデレデレの男でもなければ、婚約者と婚約者の幼馴染が少し距離が近かったくらいでこんなに殺気を放つような小さい男ではない。
全員が『こいつは誰だ?』という顔をしていた。
「また顔が赤いよ、リリアン」
「だって、こんなの恥ずかしい……」
「恥ずかしがってる君は可愛い」
「ジェレミー、お願いよ。下ろして……」
「やだ」
「みんなの視線が痛い」
リリアンは、耐えきれずに恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
ジェレミーはそんな彼女の額にもう一度キスをすると、騎士達をジッと見つめた。
(((あ、これは失せろって言ってる)))
それは彼らが主人となったジェレミーの心を、初めて正しく理解した瞬間だった。
全員回れ右すると、極力足音を立てぬように温室の出入り口に向かう。
キースは配属早々に、騎士達がこの主人を嫌にならないか心配しつつ、ペコリと頭を下げて温室の扉を閉めた。
「さあ、リリアン。騎士達は追い払ったし、今から大事な話をしようか」




