20:リリアンの策(2)
「私ね、いいこと思いついたの」
温室で、大好きな東方の国のお菓子『マメダイフク』を頬張るリリアンは徐にそう切り出した。
キラキラとした目でこちらを見てくる彼女に、ジェレミーは嫌な予感しかしない。
「一応聞こう」
「これから毎日、私もジェレミーみたいに愛を囁こうと思うの!」
「……は?」
リリアンは自身あり気にそう言った。
ほら、やはり訳がわからない。
「リリアン。心のこもっていない言葉は悲しいだけだ。主に俺が」
「ちゃんと心を込めて言うわ」
「違う。そういうことじゃない。多分違う」
本心でないのが分かりきっているのに『好き』とか『愛している』とか言われても、一瞬だけ心が躍り、次の瞬間には言いようのない虚しさが襲ってくることだろう。ジェレミーは『無い頭で精一杯考えたんだな』と、リリアンのに生暖かい視線を送った。
彼女は皇子妃候補の仮面をかぶっていなければ、本質的には少し残念な令嬢だ。主に思慮が足りていない。
「私にも一応、ちゃんとした考えがあるから聞いて。その目はやめて」
「期待してないけど聞いてあげよう」
「期待してないとか言わないで聞いて! いい? 私はさ、ジェレミーのこと好きになる努力をするって約束したじゃない?」
「うん」
「だから、私は私が自分で努力すべきだと思うの。ジェレミーが私を振り向かせようと頑張るんじゃなくて、私が自主的に振り向くべきだと思うのよ」
「ふむふむ」
「でも、ただこうして会ってお喋りするだけじゃ、何も変わらないと思うの」
「ん? それは少し色っぽいことをしたいという意味かな?」
「違う違う違う! そうじゃなくて!」
ガタッと立ち上がり、前のめりになるジェレミー。
リリアンは両手で大きくバツを作ると、迫ってこようとする彼を止めた。
「真面目に聞いて!」
「……はい」
「私は言葉には魂が宿ると思ってるの」
「ほう」
「つまりね、言葉に出して貴方のことを好きって言い続けたら、好きになると思うわけよ!」
「それ、言霊とかじゃなくてただの自己暗示じゃないか? そこまでしないと俺のこと好きにならないの? なんか逆に悲しすぎるんだけど」
「違うよぉ! 好き好き言うことで、こう、ジェレミーは恋愛対象なんだって意識できるようになるかなって思っただけで!」
「なら俺がリリアンを異性として扱ったほうが、効率的じゃない? 最近は顔を近づけるだけで真っ赤になるし。それって俺のことを男として見てるってことじゃないの?」
「い、意識してるかどうかはわかんない。だって、こうして普通に話してる時は何も思わないもの」
ジェレミーが近くに寄り、自分のことを一人の女として扱うとドキドキするが、そうじゃない時はドキドキしない。
リリアンはそれを、ジェレミーにドキドキしているのではなく、慣れないスキンシップにドキドキしているだけだと思っているらしい。
「ドキドキしてるのが、貴方の行為に対してなのか、貴方自身に対してなのかがわからなくて、もし勘違いで好きってなったら問題じゃない? 私、なんだかこのまま流されてしまいそうなの」
「俺はそれでも構わないけど」
「だめよ。私は、ちゃんと貴方自身を好きになりたいの。ね、ジェレミー?」
俯いてもじもじしながら、リリアンは上目遣いでジェレミーを見た。潤んだ不安気な瞳があざとくて大変可愛いらしい。男を手のひらで転がすには最適な表情だ。
ジェレミーは顔を手で覆うと大きく深呼吸した。
「ずるい」
「え? 何が?」
「全部だよ。はぁー、もう!」
「えぇ……」
わからないと眉をハの字にして首を傾げる彼女をジェレミーは指の隙間から覗いた。
そしてうっすらと口角を上げる。
「じゃあさ、言ってよ」
「へ?」
「これから毎日、俺に愛を囁いてくれるんでしょ?」
「あ、う、うん。そう、だね……」
ジェレミーはジッとリリアンを見つめた。
(……あ、どうしよう)
自分から『愛を囁く』なんて言っておきながら、いざそれを要求されるとなると、なかなか言葉が出てこない。
リリアンは自分の体がみるみるうちに朱に染まって行くのを感じた。
「ジェ、ジェレミー」
「うん」
「あの、あのね、ジェレミー」
「うん。何?」
「やっぱり、恥ずかしい……」
「だめだよ。ちゃんと言って?」
ジェレミーは席を立ち、リリアンのそばに膝をついた。
そして彼女の手に自分の手を重ねた。
「聞きたい。リリアン……」
「……」
「お願い」
リリアンは耳まで真っ赤に染め上げ、コクコクと頷いた。
「ジェレミー」
「うん」
「す、す、すすす好きよ」
「もう一回」
「す、好き」
「もう一回」
「あ、愛してる」
「うん」
『俺も…』と、呟くとジェレミーはリリアンの頬に手を伸ばし、自分の顔を近づけた。
そして、何かを言いかけた彼女の口をそっと塞いだ。
目を見開いて驚くリリアン。
咄嗟に離れようとしたが、いつの間にか後頭部を押さえ込まれて離れることができない。
「んっ! んんん!」
抵抗しようと身じろぐほど、拘束する力は強くなる。
リリアンの涙目になりながら、ジェレミーの胸をドンドンと叩いた。
しばらくして、ようやく離れた唇は少し湿っていた。
ジェレミーは濡れた彼女の唇を親指の腹で拭う。
「好きだよ。リリー」
「……っ!」
リリアンは色々と罵倒してやりたいのに、言葉が出てこないので、口をパクパクとさせながらジェスチャーで抗議した。
だが、ジェレミーは得意げな顔をした。彼に反省の色は見えない。きっと婚約者にキスして何が悪いんだ、くらいにしか思っていないのだろう。
「リリアン。やはりこれはやめておこう。危険だ。主に君が」
愛おしい人が頬を染め、潤んだ瞳で自分のことを『好きだ』と『愛してる』と言う。それが自己暗示のための言葉だと理解していても、ジェレミーはどうしようもなく嬉しくなってしまう。
こんなことを繰り返していると、多分きっと、ジェレミーは3日もしないうちにリリアンを押し倒すに決まっている。
「タガなんてすぐに外れるよ」
惜しいような気もするが、ジェレミーは複雑な顔で忠告した。
リリアンは破裂しそうなほどに高鳴る自身の鼓動を聴きながら、小さく「そうね」と呟いた。




