過去の自分からの贈り物
「私は、あいかわらずですよ……。でも、新しい趣味も見つけて、こうして知り合ったばかりの人にこんなにも優しくしてもらえて、すごく幸せです! 幸せなはずなんですけど……」
私は言葉に詰まる。少しずつ良くなってるはずなのだ。音に乗せて大声で歌ったり、こんなに素敵な人に出会えて、こんな素敵な景色を見させてもらって、まるで映画のスクリーンの中に入りこんでしまったような瞬間を何度も味わった。なのに、私は思ったように変われてはいなかった。
新しいことにも挑戦した。でも、うまくいかないことばかりで、わからないことやできないことが増えていくばかりだった。こんな私に私は半場あきれつつ、その感情を見ないふりをして無理やり明るく振舞っていた。見ている人なんて誰もいないのに、自分の前ですら愛想笑いをしている気分だった。
「なにか浮かない顔ね」
「私、こんなに良くしてもらって、バーではあんなすごい体験をして、こんな私でも変われるかなって思っちゃったんです。でも、自分がこんなことがあれば変われるって思ったことが目の前に起きても、いざ日常に戻ると私は私のままで……。すごいのは、私じゃなくて楓さんやバーにいた人たちで、だからっ、その……。私、何言ってるんだろ……」
何故だか涙がこぼれてきた。悲しくも苦しくもないのに涙が出てきた。私は、いつも胸の底にある得体のしれない感情の名前を知らなかった。何故、今なんだろ。こんな素晴らしい景色を見せてもらって、本当は喜んで、何かもっといい話をすればいいのに、何故、今、私はこの言葉を口にしたのだろう。
「いいのよ、いいの」
楓さんは優しく背中をさすってくれた。
「目を閉じて、ゆっくり息を吸って、吐いて。また吸って、吐いて。ゆっくりでいいから」
私は楓さんに言われた通り、ゆっくりと深呼吸をした。
「ゆっくりと目を開けて、前を見て」
「この景色は、暗闇が怖くてもあなたが自分の足で歩いて、たどり着いた景色なのよ」
「でも、それは楓さんが居てくれたからっ」
「そう、でもね。それも、あなたが選んだことよ。私に会うことを選んで、切符を買って、電車に乗って、ちょっと寄り道をして、私に会いに来たの。だからこそ、今があるの。今っていうのはね。全部、過去のあなたからの贈り物なのよ」
「おくりもの?」
「そう、あなたが選んでくれたから今があるの。それが例え私が居たからだとしても、それは過去の勇気を出したあなたからの贈り物。バーで歌ったのも、そうやって苦しい思いを抱いていても笑おうと必死でもがいてるあなたが居たから、出会えた奇跡なの」
「私、全然頑張れてない」
「頑張ってるわ。うん、頑張ってる」
「あなた私の下の子に似てるわね。なんか、悲しいことや辛いことがあると笑ってごまかすところ。そうやって、頑張ることも大切だけど。時には休まなきゃ。ねぇ、覚えてる? 私とあなたが出会ったのも、あなたが仕事サボって温泉に行ったからよ」
「あ、そうでした」
私は涙で顔がぐしょぐしょになりながら、ふいに笑ってしまった。
「ごめんなさい、急に泣き出してしまって。あの、過去からの贈り物のお話もう少し聞きたいです」
「あら、この話。私も人から聞いた話だから、うろ覚えだけれど、それでも良ければ」
「はい、是非!」
「そうね、何から話しましょう。まずは……」




