楓5
「あら、素敵な夢ね! 応援するわ」
「かといって、今までカラオケ以外で人前で歌ったことなんてないんですけどね」
そう言って、私は少し恥ずかしがりながらも自分の中で確かに熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
どうして今まで、こんな簡単なことをしてこなかったのだろう。
言葉にしただけで、ほんの少しだけ勇気が湧いてきた。
「楽器はなにを弾くの?」
「まだ正確には決まっていませんが、ギターを始めてみようと思います」
「あら、いいわね。できたら、私も聞いてみたいわ」
「あ、あの、よかったら、また会えませんか?」
「えー! うれしい、もちろんいいわよ。私も若いお友達ができて嬉しいわ!」
今日、出会った人間に唐突すぎるかもしれないが、楓さんと会って短い時間ではあるが彼女の人柄や言葉に惹かれていた。不思議な魅力を持った人である。
昨日からまったく今までの私らしくないなと思った。
私は楓さんの電話番号とメールアドレスを教えてもらい、携帯に登録した。
「でも、なんで急に思い立ったの?」
楓さんに、そう尋ねられたので私は昨日からの出来事を簡単に話した。
弾き語りの青年に感化されてカラオケ屋に行ったこと、わけもわからず泣きながら歌ったこと。会社を休んで、気晴らしに温泉に来たら楓さんと出会えたこと。
そして、楓さんとの会話の中でやりたかったことにチャレンジしてみたくなったことを。
「そう、いい出会いをしたのね。私もいいきっかけを与えれたようで嬉しいわ。少し気になったのだけれど、カラオケではなんで泣いていたのかしら? 仕事で辛いことでもあったの?」
「私にもなんでかわかりません。今の仕事は正直辞めたいですね。もとは、高校の頃の友達に誘われて始めたのですが自分には合っていない気がします」
「その友達は?」
「私が入ってすぐに辞めました。二人同時に辞めるのも申し訳なくてずるずると続けてしまいました」
「その友達とは仲がよかったの?」
「わかりません。その子は気が強い性格で、よく他の子とケンカをしていました。表立って言い合いするわけではないのですが、気に入らないことがあると口を聞かなくなったりと女子あるあるですかね……。誰もそばにいなくなる時があって、その時はよく私のところに来ていました」
「あらそう。なんだかめんどくさいわね、その子」
「関係があるかわかりませんが、よく物が失くなったりして私もうっかり屋さんなので自分が失くしたのかなって思ったりしてたら、彼女が持っているのを見かけたりして……。
ケンカになるのも嫌で強く言うことができませんでした。なんだか、何をするのにもその子の思い通りの選択を選ばないと機嫌が悪くなってしまって、私は自分の意見を殺し続けてたのかもしれません。顔色ばかりうかがって、そのうち自分の気持ちがわからなくなってしまいました……」
「大変な思いをしたのね……」
「そんなたいしたことではないんですけど……。すみません、話が脱線してしまって! 何が言いたいか自分でも、よくわからなくなってしまって」
「いいのよ。話したいことを、話せば。それに、とても大事なことよ」
そう言って、楓さんはハンカチを渡してくれた。
まだ、涙は流していなかったが、私はそんなに泣きそうな顔をしていたのだろうか?
手元にお酒がなくなったので、楓さんは新しく日本酒を注文しておちょこも二つ頼んでくれた。
「ねぇ、楓ちゃん。未来泥棒のおはなしって知ってる?」




