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自覚からの… 深山悠貴said

眠れない。

普段使うことのない布団にはしゃいでいた親衛隊の4人も清音もぐっすり眠っているのに頭の芯が冴えているようで、眠気がこない。

何度も寝返りを打ち寝ようとしてみるが、まったく眠れる様子がない。


「まいったな…」


一つ溜息を吐き体を起こす。

見慣れない部屋をしばらくぼんやりと見回していたが、気持ちを切り替えるために布団から出ることにした。

清音を起こさないよう気をつけて部屋を出る。

ひんやりとした廊下が素足に気持ちがいい。

一旦トイレに立ち寄り、キッチンに向かう。

俺の動きに反応した小さなLEDの光でぼんやりと明るい。

シンクでコップに水を汲み、一気に煽る。

気持ちすっきりとしたが、相変わらず眠気がない。

もう一杯汲むと、それを持ちダイニングの椅子に座った。

こちらにもいくつか同じようなLEDが置かれていて青白い光を放っている。

見るとはなしにその光を見ていると、フッと消えた。

そりゃそうだ。

人感センサーで点灯してたんだからな。

動きがなきゃ消える。

だが、


「意外と明るいな、ここ」


外にある街灯の明かりがレースのカーテン越しにそれなりに入ってきている。

網戸にしてあるため夜風も気持ちがいい。


「気持ちいいが…無用心だよな」


施錠してないと同じだ。

このご時世、おおらかな気質の地方の町であっても余所者はいる。

俺だって…学園の生徒たちだって殆どが余所者だ。

いや、楡崎以外は全員余所者だろう。


「ほんと、無用心…」


そう呟いた時、


「なにが無用心なんだ?」


LEDのいくつかが点灯すると同時にそう言って楡崎が入ってきた。


「…網戸」

「あぁ…まぁそうだよな。でも、ここらのエアコン付けてないとこはみんな開けてる」

「セキュリティ、大丈夫なのか?」

「一応…警邏してるし大丈夫のはず」

「…そうか」

「それはそうと…深山、眠れないのか?」


楡崎は眉を寄せ、気持ち首を傾げた。


「布団は寝辛い?」

「…いや、大丈夫だ。布団に入る時間がいつもより早かったから目が冴えただけだ」

「宵っ張りなんだな」

「そう言うお前もこんな時間まで起きてるじゃないか」

「……ちょっとやることがあったんだよ」

「お前、まさか生徒会の仕事持ち帰ってるんじゃねぇだろうな?」

「う…っ」

「図星か…」


溜息がでる。


「お前なぁ、少しは自分の体調のことも考えろよ。まだ本調子じゃねぇんだろう?それに、清音に止められてるんじゃなかったのか?」

「…内緒で頼む」

「チッ…」


悪びれもせずそう言う楡崎に、舌打ちしてしまう。


「でもまぁそろそろ寝たほうがいいぞ。うち、結構朝が早いから寝不足になる」

「お前はどうなんだよ」

「俺は慣れてるし、眠りが深い方だから大丈夫。シャワー使ったら寝るよ」

「そうか」

「お前も寝ろよ?じゃぁな、おやすみ」


俺に軽く手を振ると楡崎は風呂場に向かった。

それをなんとなく見送り、俺はまた椅子に掛け直した。

眠気はまだこない。

灯りの消えたダイニングに脱衣所の明かりが差し込む。

微かに聞こえる水音。


「はぁ…」


溜息を一つ。


楡崎朱鷺、桜帝学園男子高等部今期会長。

類稀な美貌とスタイルを持ち、文武共に優秀。

性格も良く、非の打ちどころがない男。


……いけすかない奴。

生意気でムカつく奴。

嫌いな男。


けれど…


時折見せる仕草が、表情が俺の感情を逆撫でする。

嫌っているはずなのに…視界に入れたくもないと思っているはずなのにいつの間にか探している。

見つけると、今度は目が離せなくなる。

人を惹きつけてやまない存在。


「苛つく…」


ふと、モモのことを思い出す。

今のモモじゃなく、幼い頃のモモ。


「モモも人を惹きつける存在だったな」


胸ポケットからモモのヘアピンを取り出した。

手放し難く、いつも懐に入れている。

銀色のピンに少し黄色がかった薄桃色の鳥。

これを見るといつも思い出すのはモモ。

無邪気な笑顔、拗ねた顔、自慢げな顔、そして…

大人びた美しい貌と儚げな笑顔。


「縁の糸…か」


桜庭桃矢、一歳(ひとつ)したの転校生。

サラリとした黒髪に縁取られた綺麗な顔、無邪気な笑み、意志の強さで輝く瞳。

正義感が強く、その言動が危うくてハラハラする。

俺の大切なモモ。


「返さなきゃいけないんだろうけど…」


ずっと手放せないでいる。

渡す機会は何度もあった。

けれど、手放せず、また懐に入れてしまう。


「なんか…違う気がしたんだよな。漠然としていてはっきりはわからないが…」


返そうと思い手に取ると、手放すのが嫌だという思いが強くなる。

むしろ…


「こいつの方が嫌がっているような気がする…?」


指先でクルクル回す。

なんの変哲もないありふれたヘアピン。

背後から差し込む街灯の光を受け淡く光っている。


「お前、俺から離れたくないのか?」


見ていたら、そんな気がしてきた。

このままずっと持っていようか………


「あれ?なんだ、まだ寝てなかったのかよ」

「あっ!」


いきなり声をかけられて驚いた拍子にヘアピンを飛ばしてしまった。

クルクル回してた勢いでテーブルを滑り脱衣所の入り口に立つ楡崎の足元に落ちてしまう。


「ん?…あれ?…これって…」


拾い上げた楡崎は軽く目を見張った。

楡崎の拾い上げる動きに反応したLEDが点灯し、裸の上半身に首タオルの姿を照らす。

やっぱりこいつは無精者なのかもしれない。

髪どころか体もまだ濡れてるじゃないか。

それよりも、だ。


「おい、返せよ」


そう言うと、


「これ、お前の?」


不思議そうな顔で見返してきた。


「へぇ…」

「なんだよその顔」

「あぁうん、意外だと思って」


楡崎はヘアピンを手にしたまま俺の対面に座った。


「俺のだけど、俺のじゃねぇよ」

「なにそれ?」

「預かりもんだ」

「預かってるのか?」

「あぁ、拾ったんで持ち主に返そうとしたけど本人に会えなかったんだよ」


俺はなんでこいつに言い訳じみたこと言ってんだ?


「家族に預けようとしたけど直接返すよう言われた」

「ふぅん、で、いまだに持ってると?」

「縁の糸がまだ紡がれてないんだろうよ」

「なにそれ」


右手でヘアピンを摘み、左手で頬杖をついてクスクス笑う楡崎が灯りの消えた薄闇に浮かぶ。

肌が白いせいか、薄く光っているように感じた。


「ずっと持ってるんだ」

「悪いかよ」

「いや、悪くない」


そう言うと、楡崎は手にしたヘアピンに視線を落とす。


「そう、お前がね…」


優しい目で見つめ、指先で鳥の意匠をそっと撫でると、


「ほんと、意外…」


口元に持っていき、フッと息を吹きかけた。


「おい、なにを…っ!」

「ん?…あぁ、ちょっとゴミがついてたからね」


そう言って悪戯っぽく笑う。


「持ち主にはまだ会えてないのか?」

「…いや…あぁうん…」

「どっちだよ、それ」


クスクス笑う楡崎の表情が優しげで目が離せない。

ヘアピンを持つ手も指先も、声も…


「縁の糸が紡がれ交わるまでは持ってるといいと思うよ」


そっとヘアピンを差し出された。

武道をしている男にしては綺麗な手だ。


「深山?」


訝しげに寄せられた眉と不安げに揺れる瞳。

そんな表情も綺麗で……


「どうしたんだ…?」


あぁ、そうか。

ストン…と納得した。


「深山…?」


何故あんなにもこいつにイライラしたのか、その反面、目が離せなかったのかがわかった。


「おい、目を開けたまま寝てんのか?」


親衛隊に、指導を受けていたガキに、戯れつかれていた清音に、親密な幼馴染みに、俺は嫉妬していたんだ。


「深山?」


俺はこいつに惹かれている。

解ってみたら単純なことだった。

俺は…


「え?なに?」


差し出されていた楡崎の右手をヘアピンごと握った。


「深山…?」


外から差し込む街灯の光が無防備な半裸の楡崎を照らしている。

こいつはもう少し危機意識を持った方がいい。

握った手をグイッと引っ張り、


「うわっ!」


小さく声を上げた楡崎をテーブルに引き倒す。


「いきなり何するん……っ?!」


反対側の手をつき半身を持ち上げ顔をあげたが、至近距離に俺の顔があって驚いたようだ。

驚いたまま固まっているのが面白い。


「楡崎……いや、朱鷺」


名前を呼ぶとさらに目を見開いた。

なんだろう、自覚したらやたら可愛く見える。


「み、やま…?」

「なぁ、名前で呼べよ」

「はぁ?馴れ合うつもりはないとか言ってただろ?」

「気が変わった」

「なんだよそれ…てか、手ぇ放せ」

「呼ぶまで離さない」

「この体勢、地味にきついんだよ」

「なぁ、呼べよ」

「聞いてねぇし」

「朱鷺…?」

「う…、わかった…………悠貴…」


囁くような擦れ声が、上目遣いが、エロい。


「もっと呼べよ」


そっと右頬に左手を添える。

まだ湿り気を帯びた頬はしっとりと手に馴染む。


「もっと…って」

「朱鷺?」


左の耳元に口を寄せ名を呼んだ瞬間、


「う…ぁ…っ」


小さく呻いて震えた。

離れて顔を見ると、耳まで真っ赤になってギュッと目を瞑っていた。


「へぇ…お前、耳が弱いのな」


唇で食んでみる。


「や…」


またフルッと震えた。


「朱鷺…」


吐息をかけるように囁くと、


「やぁ…」


さらに震えて反応する。

やべぇ、可愛い、楽しい。

もう一度唇を寄せた瞬間、


「やめろっつってんだよ!」


頭を振られて側頭部で頭突きされた。


「っ痛ぅ」


思いっきり唇が歯に当たった。

まじ痛ぇ。


「いきなりなにする…っ」


口を押さえて抗議しようと朱鷺を見るが、立ち上がり、悪戯された左耳を押さえてふるふる震えていた。

首まで真っ赤に染め、潤んだ目でこっちを見ている姿に抗議は途中で止まってしまう。


「あー……悪かった…、すまん」


調子に乗りすぎた。


「お前の反応が可愛くてつい…」

「か、かわ…っ?!」

「すまない」


頭を下げる。

自覚してモヤモヤしていたものが消えたのが嬉しくて暴走してしまった。


「深山」


呼ばれて顔を上げる。

名前じゃないのが残念だが、仕方がないか。


「…っ!唇切れてるじゃないかっ」


俺の顔を見た途端、慌てたようにテーブルを回り込み朱鷺が近づいてきた。


「あぁ!結構深いかこれ?!」


両手で顔を挟み込みグイッと持ち上げられる。

今、首がグキって嫌な音立てたんだが…


「やっぱこれって俺のせい、だよな…」


オロオロしながら俺の唇に傷を避けてそっと指で触り、


「ごめん、傷つけるつもりはなかった」


すまなさそうに

目を合わせてきた。

まるでキスする3秒前って角度と距離だな。


「大丈夫だ、これくらい舐めときゃ治る」


俺は両手を朱鷺の首に回した。


「深山?」

「悠貴、だ」

「あ、うん」

「呼べよ」

「…悠貴」

「なぁ、朱鷺」

「なに?」

「申し訳ないって思ってるのか?」

「…あぁ、頭突きはやりすぎた、すまない」

「じゃぁ…舐めろよ」

「は?」

「お前が舐めて治せ」


朱鷺が大きく目を見張った。

今俺は思いっきり悪い顔をしている自信がある。


「ほら、舐めろって」


朱鷺は体を起こして逃げようとするが、俺の手がガッチリ後頭部を抑えているから逃げられず、不安定な体勢を支えるために俺の肩に手を置いた。

束の間、睨み合う形になる。

俺はニヤニヤしてるけどな。


「お前、ゲイだったのかよ」

「いや、ヘテロだ」


そう、ヘテロのはずだった。

ただ、こいつは確実に抱ける自信がある。


「じゃぁ何で…」

「…何でだと思う?」

「んなことわかるか。疑問に疑問で返すな」

「ふん、じゃぁ教えてやるよ」


口角が自然にクッと上がるのがわかる。


「お前が好きだからだよ」


何を言われたのかわからないって顔してるな。


「お前とキスしてぇ、抱きてぇって思ってるからだよ」


朱鷺はまた驚いた表情になり、身を引こうとするが失敗。

至近距離で見つめ合うことになる。

戸惑う表情を見せていたが、


「舐めねぇの?」


そう声をかけたら、スッと表情が消えた。

というか、目が座ってる?


「朱鷺?」


その表情のまま顔を寄せ、


レロ…ッ


舐めた?!

こいつ、今、舐めたぁ?!

いや、舐めろとは言ったけど!


「悠貴…」


はい?!


「これで治るよなぁ?」


怖ぇ、なんか怖ぇんだけど?!


「巫山戯るのも大概にしろよな」


そう言うと朱鷺は力の抜けた俺の手からスルッと抜け出し体を離すと、頭上から睥睨した。

やばい、怖ぇけど壮絶色っぽい。


「…?」


反応できないでいる俺を今度は不思議そうに見たあと、朱鷺はニヤリと笑った。


「これに懲りたらもう俺で遊ばないことだな」


そう言うと、俺にひらひらと手を振りダイニングを出て行った。


「う…」


なんだよこれ…っ!


「や…っば、まじエロ可愛い」


ちょっと揶揄いすぎたとは思ったが、


「あー…、またやりそう」


反応が意外で面白い。

さらにエロ可愛い。


「楡崎朱鷺」


気化熱で冷えた唇に触れる。


「ぜってー落とす」


彼奴は俺のものだ。

そう誓いながらふと思う。

ここまで欲したのは“モモ”以来だと。

“モモ”は…今でも欲しいと思う。

だが、モモはどちらかというと庇護対象。

言動が危うくて守らなければどうにかされそうに感じる。

朱鷺は…“欲”だ。

彼奴の全てが欲しい。

俺の手の中に囲い込み、独占したい。


「嫌われてはいないはずだ」


今日一日の行動を見ても好意を感じる。

さっきの反応もそうだ。


「あそこで舐めるとはな」


もう一度唇に触れた。

笑みに歪んでいる。

大島のことを笑えない。

これはもはや執着だ。


「自覚した途端これかよ」


だが、それも一興。

絶対に手に入れる。


「覚悟しとけよ」




テーブルの上、ポツンと残されたヘアピンが小さく光った気がした。





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