夏季休暇に向けて さん 悲喜交交
「朱鷺くん、お願いがあります」
今日の分の仕事が一段落し片付けも終わる頃、おずおずと菊地が切り出してきた。
促すと、
「僕に戦う術を教えてください」
そう言った。
「戦う術?」
「はい。昨夜一晩考えました。昨日のようなことは前にもあったんです。その時はタイミングよく風紀の方の見回りがあって絡まれるだけで事なきを得たんだけど、昨日は本当に怖かった。最初に逃げることができたらあんな目に合わずに済んだかもしれないんです。朱鷺くんの家は武術の道場だとお聞きしました。お願いできませんか?」
目をうるうるさせ、手を胸の前で祈るように組み見上げてくる。
女の子じゃないのになんでこんなに可愛いんだ?!
「俺としては構わないが…」
「じゃぁ…」、
「たぶん無理だぞ」
期待に満ちた笑顔が一瞬で陰った。
「確かに俺ん家は道場で俺も師範代であるから教えることは可能だ。でもな、格闘技は怪我がつきものなんだよ。勝手に教えるようなことはできない」
「大丈夫です!怪我くらい承知しています!」
「お前が承知していてもダメだ。…あのさ、忘れてるか案がないんだろうけどな、俺らはまだ未成年だ。何をするにも親の承諾が必要だ。特に危険が伴うものには必須だぞ」
「あ…」
「それにお前は寮生だろう?外出は制限されてるんじゃないのか?」
「…はい、されてます…」
「だから無理だ」
「はい…」
菊地は肩を落としてしょんぼりしてしまった。
可哀想だがリスキーなことはしたくない。
勝手にやって事故でも起きたら責任問題だ。
「あの…」
竹内が手をあげた。
「親の承諾が得られたら学園内で指導するってことはできませんか?部活動みたいにするんです」
「新規部活動の審査は生徒会で行うわけだから許可は出しやすいが…場所はどうする?初心者は畳敷きの方がいいんだが、道場がないぞ」
「柔道場はどうでしょうか?柔道部が使わない時に借りるとか、人数が少なければ間借りするとか…」
「たぶん断られると思うぞ。あそこは特待生抱えてるし、ほぼ毎日活動してる」
「でも、孝太郎くんや僕らだけだったら少人数ですし」
うんうんと蘭竹梅が頷いている。
便乗する気満々だな。
てか、蘭は格闘技怖かったんじゃないのか?
「どうだろうな。とりあえず担任にでも相談してみるか」
そう言うと、4人が期待に満ちた目を向けた。
「期待はするなよ。この学園は運動部にはそこまで力を入れていないからな」
釘は刺しておこう。
風紀の2人とは別れ、4人を連れて職員室に向かう。
生徒会室の鍵を返すついでだからと担任兼生徒会顧問に尋ねてみることにした。
「とんでもない部や同好会を作るわけでもないし、新規の部活動としては許可は出しても構わないと思う。俺としてはこいつらみたいな生徒に護身術を教えてもらえるのはありがたい。だがな…」
「たぶん道場は貸せないと思うぞ」
一緒に聞いていた柔道部の顧問が溜息混じりに言った。
「少人数なら間借りさせてもいいとは思うんだが、部員が拒むだろうな」
「それは何故でしょう?」
「3年前だったかな、お前らみたいに武道を教えると言った生徒がいた。そいつらがなぁ…」
「今は部室や道場の鍵はこちらで管理しているが、以前は部長が管理していたんだ。で、その間借りしていた奴らがやらかした」
「柔道部が使わない昼休みに鍵を部長から借りて連れ込んだんだよ。お前らみたいなちっこいのを指導と称して無理やり連れ込んだ。あとはわかるだろう?」
「暴行、したんですね」
「あぁ、それを知った当時の部長が激怒してな、神聖な道場をこれ以上荒らされるわけにはいかないと柔道部員以外が立ち入ることを禁じたんだ」
「それはそうでしょう。俺もそうします」
むしろそいつら半殺す。
「そう言うわけで貸せないんだ」
「わかりました」
俺は頷くと四君子に向かって、
「諦めろ」
すっぱり言った。
『そんなぁ…』
四君子は涙目。
「あー…どうしても楡崎に教わりたいなら手はないこともないぞ」
担任が、
「楡崎の家は地元だから土日利用して通えばいい」
苦笑を浮かべながらそう言った。
「寮生は外出が制限されてるんじゃ…?」
あれ?
「制限はされてるが、外出はできるぞ。ちゃんと申請して通ればだがな」
「習い事や稽古で外出している生徒は一定数いるぞ」
「そうなんですね」
「あぁ。とりあえず、希望者は親に了承を取れ。申請書は各担任に渡しておくから明日受け取ってくれ」
『ありがとうございます!』
「よかったな。うちの方も爺ちゃ…師範に頼んでおくよ。うちの道場の詳しい冊子も前に作ったのがあるはずだから明日持ってくる。それを見てから親と相談して習うかどうかは決めてくれ」
『はい!』
元気のいい返事がかえる。
「うまくいけば今週末から習えるかな?」
「そうだね、ふふふ…朱鷺様のお家におじゃまできます」
「宏太くん、武道を習うためですよ」
「そう言う真人さんも顔がにやけてますよ」
「そ、そうですか?…私としたことが…」
「僕、絶対明日中に親の許可もらうんだ」
「そうだね、早くもらえれば今週末から…グフッ…」
「宏太くん、また鼻血が出てますよ」
「隊長!このティッシュ使ってください!」
「うふふ、皆さんと一緒に習えたら嬉しいなぁ」
嬉しそうだな。
でも…
「今週は無理だぞ」
「お前ら、来週に期末考査があること忘れてるな?水曜日からは課外活動禁止だからな」
先生方のその言葉。
そう、来週は期末考査がある。
「ちなみに、生徒会活動の手伝いも今週は明日までだ」
俺がそう言うと、四君子は人生に絶望したかのような表情になった。
まさかとは思うが…
「お前ら…忘れてたのか?」
4人は口から魂を飛ばして静かに頷いた。
蘭竹梅はともかく、菊地、お前もか。




