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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
92/196

43 勇者の決断



 魔族なのがバレた――


 そう思った瞬間、眩暈がした。視界が暗くなり、視野が狭まる。変な動悸がして、嫌な汗を額に感じた。

 ……落ち着け。予想より早いが、いつか訪れると分かっていたはずだ。神族が暗躍している以上、いつこうなってもおかしくなかった。それが今だというだけの話。予想外ではあっても想定外では無い。大丈夫だ。焦ることない。……なのに、思った以上に胸に堪える……


「……なんで……」


 無意識に声が零れていた。頭で理解していても、納得出来ない。特殊な外見の血が発露した場合を除き、魔族の外見は人間のそれと変わらない。特にこちらの大陸に来る者はその点を徹底させた。外見で露見することはまず無い。

 能力についてであれば、むしろロルカンで騒動になっていたはずだ。伝説の英雄とされているテールがパーティーメンバーにいることもあり、活動期間の短い王都で我が家の力を魔族のものと見抜ける者もほぼいないだろう。相手が神族そのものである場合や、特殊な目を持つ者以外に露見する可能性は恐ろしく低いのだ。

 ――だが、こうして流布された――

 普通にしていれば疑われないものを、わざわざ目を向けられた。街の者は――人間は――どう反応する? どう出る?


「――……」


 ふいに脳裏にかつての光景が蘇った。幻覚だ。なのに、かつて嗅いだ血の臭いすら体にまとわりついている気がした。手に手に神の武器を持って同胞を血祭りにあげる人間達。魔族は滅ぼせと叫ぶ声。怒号。哄笑。抵抗する術を持たない弱い者を引きずり出し、肉片になるまで切り刻んだ騎士団。めった打ちにされた赤ん坊。狂ったように死体に剣を突き立てる冒険者。狂騒と破壊。血祭りという言葉そのものの――


「おい! レディオン!」


 強く肩を掴まれた。それが誰だか一瞬分からず振り払う。違う。知っている。眩暈がひどい。呼吸が浅くなっている。耳鳴りがする。

 ――違う(・・)。まだだ。まだあんな光景は現れてない。現実になっていない(・・・・・・・・・)。大丈夫だ。大丈夫だ――……


 ――ホントウニ?


「……ッ」

「お、おい! 大丈夫か!? 顔真っ青じゃねーか!」


 力ずくで揺り動かされ、足元が揺らいだ。声が近い。片側が温かい。紙を持った手の甲を誰かが掴んでいる。大きい手だ。……ロベルト(・・・・)


「ゆう、しゃ……?」

「……おぅ。……勇者になるつもりこれっぽっちもねーけど、一応は、俺のことだな?」


 俺の零した呟きに、目の前の勇者(・・)は胸を張った。

 見慣れた顔だ――けれど前世では見たことのない――そこそこ精悍な顔立ちのくせに、お人好しな性格のせいで顔までお人好しっぽい。高い背。意思の強そうな目。鋼のような体躯に、人間を超越した高い能力。

 ――勇者(・・)


「そう……だな」


 瞬き。ふと視界が明るくなった気がした。呼吸がスッと楽になる。


お前が(・・・)勇者(・・)だな……」


 なぜだろう。泣きたい。

 この男が、勇者だ。人を導くべく進化の種を身に宿す者。弱い人族の中で、他の種族に淘汰されないよう加護と祝福を与えられた者――未だ発芽していない、人王の種(ノワイヨ・ロワ)

 ()ではない。俺を殺した者ではない。共に在ってくれる存在だ。

 足に力をこめる。地面の感覚。――ここが(・・・)現在(・・)


「まぁ、あくまで一応な?」


 ――彼が、現在の(・・・)勇者(・・)

 ……ああ、そうだ。違う。あの時のような事態じゃない。大丈夫。大丈夫だ。王都にいる家人達も、ポムも、きっと大丈夫だ。きっと無事だとも。喪ったりしないとも。


「……」


 息を吸う。小さく吐く。それで視界が元通りになった。

 思い出せ。自覚しろ。今は前世(あのとき)では無い。人間とはまだ敵対していない。悲劇も惨劇も起きていない。だから過去の記憶に引きずられるな。ジルベルトがいる。モナや支部長がいる。人間を人間だからと憎むな。決めつけるな。勇者は――いや、勇者も――ロベルトが勇者である限り、憎んだりしないとも。

 二度、三度深く呼吸して、ようやく気持ちが落ち着いた。大丈夫だ。皆は(・・)大丈夫だ。だから、俺だって大丈夫だ。


「大丈夫か……?」

「……ああ」


 心配顔のロベルトに、笑ってやれる程度には。なんだかくしゃりとした笑みになった気がしたが、何も言われなかったから気のせいだろう。

 ……む? というか、距離が近いな。抱きとめられてるのか? なんでだ? ああ、足元ふらふらだったのか。もう大丈夫だぞ? ちゃんと立ってるぞ?


「本当に大丈夫なのか……?」


 おっと。ロベルトよ、俺の顔を覗き込むのはやめたまえ。顔が近い。クレア先生から変なウフフ笑いが流れてくるだろ。


「もう大丈夫だ。手間をかけたな」

「…………」


 まだ心配そうな顔だ。ペチンと叩いてやったら、ちょっと眉が寄った。


「……そんなにバレるのが嫌だったのかよ……?」

「……バレて良いことなど、何一つなかろう? 考えてみると良い。人間の街に突如として魔族が現れたとして、お前達人間はどういう反応をする? 拒絶し、滅ぼさなくてはと意気込まれるのがせいぜいだろう?」

「……そうだな」


 俺の言わんとすることを理解したのだろう。ロベルトが納得顔で離れる。

 ……クレアさんや……何故、そこでとても残念そうな顔をするのだね……?


「それを考えたらな……とり乱したようで、すまないな」

「とり乱したと言うほどでもなかったけどな。……けどよ、酷い顔色だったぜ? 俺は正直、絶対的強者であるお前達が、バレた程度でどうこうなるような気がしなかったから、何事かと思ったぞ」


 ロベルトからすれば、そんな認識か。

 ……そうか。そうだな。確かに、神の武器や加護を与えられた前世の終盤と違い、今の普通の人間達に囲まれても俺達の体に傷はつかないな。……心は傷つくけどな。


「石を投げられれば、身は削らずとも心は削れるからな。人間の魔族への対応など、たいてい酷いものだ」

「……まぁ、街に魔族が現れた、ってなったらどうしてもな。一般的に行うのなら、街の破棄、街人の一斉退避、騎士団と警備員および冒険者の有志による包囲殲滅戦だな。中級以上の魔族の場合、殲滅でなく足止めでの総撤退になるだろうが」


 ……泣かないぞ……


「し、仕方ねーだろ!? それっぐらい強くて危険な連中だって伝わってんだから! 第六位魔法とか使える連中相手じゃ、街一つ簡単に破壊されるんだ。普通にそういう対応になるって!」

「強さだけでは理由にならないだろ? 持ってるからといって使ったりせんとも。そもそも、力で言うなら勇者(おまえ)だって同じ規模の破壊活動が可能ではないか」

「そこはもう認識の違いだろ? 勇者は一応、表向きは人間側の正義の味方みたいな立ち位置だ。逆に、魔族は破壊の権化と見なされているからな」


 ……泣かないぞ……ッ!


「だから! そういう風に神話やら聖書やら説話やらで教え込まれてるんだって! 何百年何千年とかけて! 実物が涙目でプルップル震えるような奴だなんて誰も知らねーよ!」


 泣いてないとも。震えてもいないとも。でも視界がぼわぼわ歪んでるのは秘密だとも。


「つ、つまりだ、そういう、誤解も甚だしい認識でいる、お前達人間の中に、我が家臣達がいる状況なのだ。心配、するだろ?」

「涙拭けよ」


 ハンカチもらった。もらっておこう。


「仕舞うなよ!?……くそ、拭いてやるから返せ!」


 あっ! 俺のハンカチ……!

 む? わりと丁寧に拭かれた。抱っこもそうだが、無駄に保護者力高いな? そしてハンカチは奪い返されたままだ。……俺にくれたんじゃなかったのか……


「まったく……ショックだったせいかどうかしらねーが、お前、言動がちょっとおかしくなってるぞ?」

「ロベルト様。レディオン様はわりといつもこんな感じですわ?」


 どういう意味だ?


「マジか……いや、そういやたまにこんな感じだったな……残念な」


 どういう意味だ!?


「まぁ、いつものおまえに戻ってなによりだよ」


 頭を撫でられた。地味に子供扱いが酷くなってる気がする。

 というか、お前達の言う俺のいつもの姿ってどんなの? ノアまでうんうん頷いてるし……今度一度じっくり精査する必要がありそうだな……

 まぁ、今はかまうまい。まずは状況整理といこう。考えたら、『魔族かもしれない』と言われているだけで、確定まで至っていなかった。やれやれ。俺はだいぶ混乱していたようだな……

 ノアから詳しく状況を聞くと、いくつか分かったことかある。


「――まだ教会も軍も国も動く様子は無く、周囲に混乱も見られないんだな?」

「はい。何故か教会ではなく、一般の民の中へ噂を流された感じです。出所の確定は出来ませんでしたが」

「ふむ……」


 つまり、現状はこうだ。

 王都の民に『グランシャリオ家は魔族ではないか』という噂が流れている。

 発生時期は、およそだが俺が王都を出た後ぐらい。

 発生始点は不明。ただし、軍や教会ではなく民が中心のため、酒場など人が多く集まる場所で流布された可能性が高い。

 ノアがいた頃は、民の一部がこそこそ噂するだけで、広まり具合はさほどでもなかった。

 教会に動きはなし。

 神殿騎士団にも動きはなし。

 王国軍にも動きはなし。

 国にも動きはなし。

 ……あれ……なにかすごい下火だな……?


「……神族……なにがやりたいんだ……?」


 思わずぼやいた俺に、他一同が微苦笑を浮かべた。む。なんだその、しょうがないなー的な顔は。


「まぁ、神族そのものが動いたかどうかは、俺には分からねぇけどよ……そもそも、あの変態(ロモロ)だってお前達が魔族なこと疑ってたっぽいんだし」


 あ。そういやロモロがいたな。……なんか、あいつがやったっていうのはちょっと違う気がするんだが……


「ただ、噂が下火な理由は分かるぜ?」

「なんだと? どんな理由なんだ?」

「……これだからこの魔王様は……まぁ、フツーに考えて、今までの行いの結果じゃね? おまえ、王都に進出して何やったよ?」


 何、って……


変異種(ヴァリアント)――というか、魔物退治と、貧民街への救済策と、冒険者組合への商品流通と、周辺への挨拶と、賄賂かな」

「それら全部の結果」


 ……ああ、なるほど。こうなるのか。

 え!? 効果早すぎない!?


「まぁ、王都は短期間だったから、気持ちはわかるけどな。そもそもロルカンで支持を得て、冒険者組合を通じて販路拡大した結果王都にまで名が広まってただろ? 結局、そういう下積みなんだよ。結果として、初動を食い止める程度の効果は出たってことだろ。『悪口吹き込まれたが、俺は助けてもらったしなぁ』みたいな感覚じゃねぇか? これが教会から直接『神敵である!』とかやられたらまた違ってくるだろうが、たかだか民間の噂程度じゃな……」

「そ……そういうものなのか……」


 狙ってやっていたとはいえ、ここまで覿面に効果が出るとはな……生後僅かから頑張った俺の一年余、無駄じゃなかったのか……やだ、ちょっと涙出てきた。頑張ったな俺! 誰か褒めてくれてもいいのよ!


「とはいえ、このままずっと噂を流され続けたら、どうなるか分からねーかな。少なくとも、王都全域におまえの『名声』あるいは『善行』が知れ渡ってるわけじゃねぇから、過半数は疑いの目を向けてるとみてもいいかもな。逆に、おまえが関わった分野で利益を得てる連中は、今のところ『噂』による排除への抑止力になってるんじゃね?」

「……変わる可能性があるわけか」

「パワーゲームだな。おまえ達の噂を流した『敵』は――まぁ、予想だが、人間とおまえ達を仲違いさせたいんだろな。それなら、噂の種類を増やしたりもっと広めたりするだろうし、下手をすれば自作自演の騒動とか起こす可能性がある。何か事件が起きれば、それを大げさに吹聴したりとかもするかもな。――逆に、おまえ達の側は、今もちまちま『善行』やってるんじゃねーか? 配給とか仕事の斡旋とか」

「まぁ、継続して行うように言ってあるから、余程のことが無い限りやってるだろうな」

「つまり、そこでパワーゲームが発生するわけだ。民衆にとってどっちが信用に足るか、ってのが焦点かな。となると、配給現場で騒動とか、配給物で腹痛とかのいやがらせとかもやられそうかな。そしてそれを尾ひれつけて吹聴したりで評判落としたり。店でごねたりとかもありそうか……」

「よく思いつくな……感心するぞ」

「いちゃもんつける連中のやり口なんてどこも似たようなもんだからな。給食でごねたりとか、小学生時代から変わらねーよな人間って……」


 ショウガクセイジダイってなんだろか……?


「おまえだとあんまりピンとこないかもしれないが、人間ってのは、わりと心狭いところがある。覚えておいてくれ。いちゃもんをつけたりごねる連中のおおまかな共通点は、『自分が損するのが嫌』『他人が自分より得するのが嫌』『自分が特別じゃないと嫌』『初対面であろうが関係なく、自分のことを理解してくれないと嫌』『自分の思った通りにいかないと嫌』『自分の時間を自分の思うペースで使わせてくれないと嫌』……軽く挙げてこんな感じか?」

「恐ろしく我儘だな!? 乳幼児か!」

「そういうもんなんだよ。しかも全く自覚しねーから。ちなみに年齢的には大人な連中だからな?」


 大丈夫なのかそいつら……というか、何気に神族連中(愉快犯ども)と似てるな……


「よもや人間に、神族と同じ精神構造の者がいるなどと……」

「うわ……だいたいおまえの言う『神族』がどんなのか理解した。薄々感じてたが、マジか……」

「本当の話だとも。……まぁ、全部が全部そうだというわけじゃないがな」


 死神(オズワルド)とか、マイペースすぎてむしろ悟り開いてそうなレベルだからな。サリ以外のことでは。


『……』


 あれ? なんか黒歴史(ディン)さんからもの言いたげな気配がする。なんだ? 何かあるなら言葉で言っていいのよ?


「あー……そこらへんは人間も神族も一緒か。にしても、無理矢理運命背負わせて放り出して搾取する時点で察してたけど、大概だな……おまえ、そんな連中と敵対してるってことか?」


 おっと。ロベルトとの話が途中だったな。そして神族よ。お前達、自分達が作り出した勇者にも見放されてるぞ。ざまぁみろ!!


「向こうがいらんちょっかいをかけてくるのでな。こちらは防衛しているに過ぎん。……今はな」

「おい……最後が不穏だぞ」


 しょうがないだろ。連中、最終的には俺達を滅ぼしにかかってくるんだから。ある程度状況整ったら、かつて率先して俺達を攻撃してきた神族を――名前知らないから特徴で索敵するしかないが――見つけ出して先制攻撃するのだ!

 ……なんか現在の俺のパーティーメンバーだけでやれそうな気もするが……いや、精霊王は戦力に数えたら駄目だな。うん。あと、喧嘩売りに行ってる最中に本土や港街(ロルカン)を攻撃されるかも知れないから、準備が整わないとやっぱり駄目だな。


「……なぁ、前から気になってたんだけどよ、おまえ、神族との間になんかあるのか?」

「……『なんか』とは、また不明瞭だな」

「俺じゃ想像つかねーからな……けどよ、おまえ、神族のことになると、なんかちょっとおかしくなるだろ?」

「…………」

「何かあるのか? 俺達には話せないことなのか? ……いや、俺は無理でも、そっちのノアさんや、クレアさんやポムさんには?」

「…………」


 俺は思わず嘆息をついてしまった。

 ロベルト、お前、本当にいいやつだな。普通、そんなに魔族(おれたち)を心配する人間なんていないぞ。直接救済されたジルベルトやモナなら、まだ恩の意味で分かるが……ロベルト、お前には何も無いだろうに。今ですら、勇者という立ち位置に反して俺達の傍にいてくれているのに。


「お人好しだな、ロベルト。聞けば背負い込むことになると、分かっているだろう?」

「そこらへんは臨機応変だ。ヤバそうならケツまくって魔族とも神族とも関わりのない場所に逃げ込むさ」


 肩を竦めて言うのに、苦笑してしまった。そういう逃げ道を最初から言ってくれるロベルトなら、きっと話しても大丈夫だろう。だが……


「……すまないな。まだ、話せない」


 ディンが言っていた。ロベルトは、先の騒動――死の黒波の時に死ぬはずだったと。

 理屈ではなく、それが正しい情報だと俺も理解している。そもそも、俺は前世でロルカンを知らなかった。もちろん、ジルベルトやモナ、ロベルトやリベリオの存在も知らない。

 前世の俺が普通の赤ん坊をしていた時代に、この近隣は滅んでいるのだ。おそらく、あの死の黒波は前世でも発生し、為す術もなくこの付近は呑まれたのだろう。タイミング的に、ロベルト達は全員その渦中にいた可能性が高い。……そして死んだのだ。


 今、彼等は全員生きている。大げさに言うなら、俺が生かしたと言ってもいいだろう。

 だが、俺がこの地に居たのは、ポムがこの地を拠点に選んだからだ。最初の位置が違っていれば、おそらく結果も違っていただろう。別の港街を拠点にしていた場合、近ければ助けに行った可能性は高いが、知った時には終わっていた可能性も同じぐらいに高い。

 そう、一歳の誕生日を間近に控えていたあの時、本土に引っ込んでいたら間に合わなかった可能性が高いのと同じぐらいに。――少なくとも、あの時この地にいなければ、リベリオの救命は間に合わなかっただろうから。


 同じように、僅かなミスで助かったはずの命を奪われる可能性がある。ロベルト達は死の運命を回避した。だが、それはすぐさま安堵に繋がることでは無い。

 かつては無かったはずの『未来』が発生しているとなれば、それは酷く不安定なものだ。いつ何時、またロベルト達に危機が襲いかかるかわからない。死の運命はそれほど回避が難しいものだ。救われたと思って気を抜けば、次の瞬間に思いもよらない事で奪われる。

 危険なのだ。巻き込みたくない。

 せっかく命が助かったのだ。もう、これ以上はいいじゃないか。彼等には彼等の人生を謳歌してもらうべきだろう。出来るだけ早めにシンクレアとひっついてもらって、どこか安全な場所でせっせと巣作りしてもらいたいのだが。


 ――なあ、ロベルト。逃げると言ったって、お前、絶対逃げたりしないだろ? 分かってるぞ、お前の性格なぞ。

 だから、こちらを案じてくれた――その気持ちだけで十分だ。


「まだ、ってことは、いつかは話してくれるんだろーな?」

「……いつか、な」


 お前達の安全を確保出来て、もう大丈夫だって俺が安心出来たらな。

 ……まぁ、その頃だと、お前はオッサンを通り越しておじいちゃんかもしれないが。


「……じゃあ、しばらくは待っておく。どうしても聞かないとヤバイって判断した時はまた聞くけどな」


 ぽむ。と頭に手を置かれた。むむ。わしゃわしゃ撫でられた。むむむ。

 ロベルトよ、お前はどうしてそう俺を子供扱いするの? 俺の精神は三十余のオッサンだぞ? お前より年上だぞ? この、全身から醸し出す加齢臭もとい大人びた雰囲気が何故わからんのだ? 現世での実年齢は一年ちょっとだけど。


『……』


 やだ……ディンさんや、もの言いたげな気配滲ませてないで、言葉にしてくれんかね? 俺はそっちの考えは読めないぞ?

 ……考えたら、なんで俺の考えた事はディンに読み取られるのに、ディンの考えていることは俺からは読み取れないんだろうか……俺、本当に主人格なの?


「んで、レディオンと神族との……確執? は、ひとまず置いておくとして、これからの行動どうするか話し合っておくか? 一応、俺はレディオンの側につくつもりだが」


 なんと。

 内なる黒歴史さんと無言の牽制しあってたらロベルトから重大発言が。

 というか、待てロベルトよ。俺はお前を深入りさせたくないというのに、何故お前から飛び込んでくるのだ?


「……気軽く言うが、お前、それがどういう意味か分かっているのか?」

「むしろ、おまえは少し考えすぎだな。……まぁ、下手すると人類の裏切り者扱いされるかもしれねぇ、ってのは理解してるが」

「それもあるが……分かっているのか? おまえの『勇者』としての資質に、神族が関わっているんだぞ?」

「別に望んで『勇者』の資質もらったわけじゃねーよ」


 おい。こっちが怯みそうになるぐらい冷ややかな苦笑するんじゃない。


「むしろ、よくも勇者になんぞしてくれたなと言いたい。俺は普通に生きたかったんだ」

「……こっちに味方したら、もっと普通じゃない生き方になるぞ?」


 ロベルトはケロッとした顔で言う。


「それでもいいさ。俺自身の選択だ。出会った最初の頃はちょっと『しまった!』とか思ったけどな?」


 正直だな。嫌いじゃないぞ。でもちょっと胸がチクチクするぞ。


「もし、ここが人生の分岐点だとして、『味方する』か『味方しない』か『どうでもいい』かの三つの選択肢があるとすれば、俺はお前の味方を選ぶよ」


 やだ。ときめいちゃう。勇者よ、俺を惚れさせたいの?

 それにしても――


「……三番目の選択肢なんなの?」

「無気力系ならそっちじゃね?」


 無気力系ってなんぞ?


「向こうから関わってきたら対応するけどそれ以外は放置的な」

「ああ、成程。……お前だとそっちな気もするが」

「おまえに会う前ならな」


 ニッと笑うロベルトが惚れ惚れするほど男らしい。シンクレアさん! 思う存分惚れ直すと良いぞ!

 しかし勇者よ。何故その笑みを向ける先が俺なのだ。俺が愛してしまったらどうするつもりだ? 俺は妻を裏切らんよ?


「ちゃんと考えて選ぶさ。俺は明らかにおまえより弱いけど、俺にだって出来ることはあるだろう。少なくとも、おまえが一人涙目でプルプルしてる時に傍にいるぐらいは出来るし、無駄に余らせてる資質のせいで多少の敵には負けない。誰が何の思惑でこんなものを俺に押しつけたのか知らないが……俺は、俺の生きたいように生きるさ。おまえがそう言ってくれただろ?」


 ……なにか言ったっけ……?


「覚えてねーか? 『好きに生きろ』って言ってくれただろ? 『一度きりの人生だから』って」

「あ」


 言った。言ったわ、確かに。

 けど、別に何か大層なことを思って言った言葉じゃない。ごく当たり前のことしか言ってないではないか。


「……おまえからしたら、どうってことない言葉だったかもしれないけどな。俺が勇者だって知って、なおかつそう言ってくれる相手を俺はずっと欲しかった。おまえが打算で言ったなら、鼻で笑って終わりだけどよ……おまえ、本気で言ってくれてたからな。俺の人生なんだから、って」

「それは……」


 普通、そうだろう? ロベルトの人生はロベルトのものだ。自分が選んで進んでいるならともかく、そうでないなら勇者だからと何を背負う必要があるのか。


「勇者はこうあるべき、って決めつけてる連中の話を横目に生きてきたからな。無関係なフリして、気にしてないつもりでいたけど……わりとな、堪えてる部分があったんだ。そうしなきゃいけないのか、って。俺も同じようにならなきゃいけねーのかよ、って。俺と同じ立場の人間はいなかったし、俺と同じ考え方の人間もいなかったから余計に。……わりとな、嬉しかったんだ。当たり前のことを当たり前のように認めてもらえて」


 だから、とロベルトは笑う。どこか吹っ切れたような顔で。


「約束だ。俺はおまえがおまえである限り、必ずおまえの味方であり続ける。何があっても、俺はおまえを裏切らない。……おまえを選ぶよ」

「……」


 勇者よ。おお、勇者よ。

 俺をキュンキュンさせるとは何事だ。お前は俺を惚れさせたいのだな!?

 勇者のくせになまいきだ! 愛してるぞ!


「レディオン様。よかったですわねうふふ」


 おっと、あやうくレディオンからレディ・オンに変身するところだった。ロベルトめ! ちょこざいな!

 そしてクレア先生の笑みが酷い。なんだろう、この背筋が寒くなる感じ。……なんでそんなぐふふ笑いなの? どういうことなの?

 なんとなくゾワッときてロベルトと二人でクレア先生を見つめると、その隣にいたノアが目の笑ってない笑顔。


「……そんなロベルト殿は、後ほど我らがグランシャリオ家の親衛隊会議にかけるとして」

「「えっ!?」」

「王都への転移は向こうの封印で不可能ですが、本土の方は可能です。アロガン様達に事情を話して万が一に備えた対策をとったほうが良いかと思われますが」


 お、おぅ。親衛隊会議についてはよく分からんが、後の発言はまともだな。なんかロベルトの顔が青いが。


「父様達に、か……流石に今回は報告しておくべきだな。だが、これ以上こちらに人員を配置してもらうのは控えたほうがいいだろう。おおっぴらに魔族の数を増やせば、逆に連中の思うつぼになるやもしれん。……本土にも気になる部分があるしな」

「ヴェステン村のことでしょうか?」

「そうだ。次からはテールや母様も精査に乗り出すようだが……シンクレアはヴェステン村に行ったことは?」

「上空を素通りする程度ですわね……私の大きさだと、あまり地表に近いと被害を与えてしまいますから」


 ああ、最大級の大きさを誇る最強竜だもんな……


「ヴェステン村って?」


 しまった。ロベルトは話の内容が分からんか。そうだよな。


「父様の領土の中にある村の一つで、俺が生まれて数ヶ月といった時にちょっとした騒ぎになった場所だ。平地で魔素濃度も低いというのに、何故か高濃度魔素を周囲に撒くAMアノルマル・モンストル災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』が現れてな。おまけに同時に仕掛けられていた猛毒大蛙ポワゾンモルテル・フロッグの種のせいで、下手をすると大きな被害を与えられかねなかった事件だ」

「カラミテ・グレーヌって、伝説にある蛙の魔王か!」


 あー。人間はアレを魔王扱いしてるんだった……


「……ロベルトよ、魔王は、魔族の王であって、化け物の王では無いからな? お前達が勝手に魔王呼びしているだけで、アレはただの変異種(ヴァリアント)……異常な化け物アノルマル・モンストルと呼ばれる特殊個体の魔物だからな?」

「お、おう……そ、そうか。そうだったな。うん」

「ちなみに、魔王は本来、人型だからな? 人型以外の魔王はいないからな? 魔族そのものが人型種だから」


 これだけは念押しして言っておかねばな。変異種が起こした悲劇までこっちのせいにされては、風評被害どころの話じゃないからな。


「あれ? じゃあ、竜とかもなしか?」

「竜の魔王というのはいないな。竜魔族がそれに近いが、本来は『竜化が出来る魔族』だったんだ。時代を経て古代竜や神竜との婚姻が進んだ結果、竜の方がほぼ本性になってしまったようだがな。もしかすると、それらの意味で誤解されてる可能性もあるが……いや、違うか。竜魔族の王として竜魔王を名乗る者はいたが、今まで竜魔族の者が魔族全体の王になったことが無いからな。お前達のところに伝わる伝承に竜種の魔王がいるのだとすれば、それは俺達が言う『魔王』では無いだろう。魔王を名乗る意味を知らない竜魔族はいないからな」

「……」


 ロベルトがちょっと遠い目をしてる。まぁ、今までの常識から外れるだろうからな。

 ついでに言うと、吸血鬼族は鬼族の一種で魔族では無いし、アンデットは遺体が変異した変異種(ヴァリアント)であって、人間が言うところの魔物だ。非業の死を経て『魂持つ遺骨』になる者もいるが、その場合は不死族と呼ばれる。もちろん、魔族では無い。

 俺を選んでくれたのだから、ロベルトには後でみっちりこのあたりのことを解説しないといけないな。我々魔族のことをもっと知ってもらわねば!


「俺もなんとなく察している程度だが、人間社会での『魔族』というのは、結局のところ、自分達にとって都合の悪い恐ろしいもの全部のことで、実際の俺達を指しているわけじゃないんだろ? 少なくとも、俺の知りうる限り、人間の言う魔族と俺達の実体が同じであったことは無い」


 理解されていない、ということは、こういうことなのだろう。

 誰も俺達の本当の姿を知らない。ただ、怖いものとして『怖いこと』全ての象徴にされている。

 俺達も俺達で、セラド大陸でのんびり暮らすことばかりして、他の連中が俺達をどういう目で見ているのか気にしなかった。あの滅びは、相互無理解の延長線上にあったのかもしれない。


 なら、今は、どうだろうか。


 魔族であることを公表し、評価を得ることも考えてはいたが……根強い『悪の認識』に時期尚早だとやめていた。それをするのは、もっと人々に受け入れられてからのつもりだったのだ。もし今回の事が無事にすんで、ジルベルト達に受け入れてもらえたら……少し、前向きに考えたほうがいいかもしれない。

 そう、今回の事を無事に終わらせてから、だ。


「なにはともあれ、王都に行ってみないとな」

「ああ」

「……神族もそこにいるしな」


 俺の言葉に、ロベルトがもの言いたげな目を向けてくる。俺は出来るだけ平静であるよう自分に言い聞かせながら言った。


「ロベルト。もし、俺が……神族を目にして、逆上しかけたら……それが周りにとって良くないとお前が判断したなら、可能な限り止めてくれるか?」


 神族の話題を口にしようとするだけで、今も地味に心が乱れる。直接会ったなら、かつてノルンと相対した時のように突っ走ってしまうかもしれない。

 魔族の中でなら後でなんとでも出来ることでも、人間社会の中では駄目なこともあるだろう。だが、正直、直接会ってしまった時の自制に自信は無い。


 ロベルトはそんな俺をじっと見つめた後、苦笑して頷いた。


「いいぜ。俺が出来る最大技で止めてやる」


 頼もしい言葉だった。





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