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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
91/196

42 彼らの『暗躍』





「さて、幸か不幸か坊ちゃんが不在の時に限ってこの事態ですか。なんというか、微妙にめんどくさい状態ですね~」

「め、めんどくさい、ですかー……?」


 王都、貴族街と商業街の境界、グランシャリオ家王都別邸。

 やたらと凶悪な気配を漂わせる鞭を手に、ピンと背筋を伸ばして立つ男が一人。

 その隣で床に足を投げ出すように座っていた少女は、男の呟きに間延びした声をあげた。


「グランシャリオのお家の人、いっぱい退避させてましたけどー、『危険』じゃなくて『面倒』だから、なんですかー?」

「ええ。面倒事が起こらないように、の処置です」

「そうなんですかー」


 よく分からないながら、ひとまず少女――ルーシーは納得する。

 ルーシーは魔族ではあるが、グランシャリオ家の家人では無い。家人であれば『何が面倒なのか』をすぐさま察するだろうが、ルーシーにはまるでピンとこなかった。


「もっとガッツンガッツンいっちゃえばいいんじゃないですかねー?」

「例えば?」

「城乗っ取って征服しちゃうとかー?」

「……おや」


 男は、ふと今ようやくルーシーの存在に気づいたかのように振り返った。

 地面に座っているルーシーを見下ろして微笑む。


してみたいですか(・・・・・・・・)?」


 瞬間、ルーシーは顔をひきつらせた。


(やば)


 何故かは分からない。

 だが、かつて族長(シンクレア)の尻尾を盛大に踏んづけた時以上に背筋が凍った。ちなみに、当時は二秒で半殺しにされた。


(このひと、なんか『怖い』んですよねー……!)


 傍らの男を見上げながら、少女はブルブル震える。

 不思議な気配の男だった。

 背は高く、姿勢も良く、パッと見た顔の造作だって悪くなかった気がするのだが、とにかく印象に残らない。正直、顔の造作すら右見て左見たら忘れるレベルだ。ぶっちゃけ、もう覚えてない。


 こうして目の前にいてすら――竜魔族の中でも実力者であるルーシーですらが――気を抜くと存在を感知しそこねそうになる。

 それだけならただの格下かと意識の外に放り出すのだが、ルーシーの勘――ある種の生存本能がそれを全力で拒否していた。


 ――目を背けるな。

 ――意識から外すな。


 まるで強迫観念だ。理由なんて自分でも分からない。

 だが、だからこそ(・・・・・)、理解できなくても分かる。


 ただ、強い。


 ――それが全てだ。


(族長が言ってた『化け物』って、言い得て妙ですねー。……けど、ちっともオイシソウって思えないんですよねー)


 ルーシーは首を傾げた。


(異性じゃないんですかねー? 骨格とかも全部男に見えるんだけど、全く食指動かないですねー? これだけ強そうなのに、なんでですかねー?)


 その様子に、男――ポムは内心で苦笑する。

 小首を傾げているルーシーを見て、肉食な考えに耽っているとは誰も思わないだろう。

 ふわふわした赤銅色の髪に、小柄な体。人間の年齢で言うと十五か十六ぐらいに見える少女は、女としての丸みや膨らみに乏しく、元々の性格からか色香もほとんど無い。

 だが、そんな外見をしていても、竜魔族の(おんな)だった。

 自分より強い(おとこ)への性的欲求は本能として備わっているらしい。


(やれやれ。竜女さんも、なかなか面白い爆弾のような(可愛らしい)子を呼び込んでくれましたねぇ)


 これからどんなトラブルが発生するのかと思うと、正直心が躍――いや、ハラハラする。大変だ。ワクワクが――いや、ヒヤヒヤが止まらない。


 レディオンに知られればそれこそクッションでボッフボフに叩かれるだろうが、生憎、ポムのストッパーとなるような相手は周囲に一人もいなかった。


(ふふふ。何故か今、「無茶すんなァアアッ!」という坊ちゃんやロベルトさんっぽい空耳が聞こえた気がしますけど気のせいですねぇ~)


 止まる気すらなかった。


(――とはいえ、これだけトラブル起こしそうな娘さんだと、竜女さんが必死に合流しようとしそうですが……さてはて?)


「……まぁ、坊ちゃんの目標は『世界征服(せかいへいわ)』ですからね。あちらから刃を向けてこない以上、こちらから蹂躙するのは禁止です」

「……なんか今、絶対違う意味でセカイヘイワって言いませんでしたー?」

「いえいえまさか~。うちの坊ちゃんは『無血侵略(へいわしゅぎ)』の『搦手政策(はなしあいずき)』ですからー」

「いやいやいや!? なんだか絶対違う意味込められてますよねー!?」


 第六感を直撃する違和感に叫ぶルーシーと、フフフ笑いを深めるポム。

 周囲のグランシャリオ家家人一同は生暖かく微笑んだ。


「ああ、やってるやってる……」

「レディオン様が不在になってからおっかなかったが、これで楽になりそうだな~」

「いや~、シンクレア様、いい(いけ)……いや、いい子連れてきてくれたなー」

「私イケニエですかー!?」


 バッと向けられる視線に、サッと逸らされる目線。鮮やかな動きにポムがニコニコ。


「ま。しばらくはゆっくりしましょう。どうせ事態は向こうから動いてくれます。私達の一手はとっくに打ってますから、あとは周囲の変化を見極めることが肝要でしょう」

「うー……偵察さん達が逃げる以外に何かしてましたっけー?」


 ふてくされた顔で壁に背を預けなおすルーシーに、ポムは驚くほど整った形の指を一本、ピンと立てた。

 人差し指。


「打ってますとも。なにしろ私達は『大商会』で『お金持ち』。そして『英雄が商会の長』です。――この王都を訪れたあの時から、動かせていただきましたよ。しっかりとね」




◎ 暗躍という名の……




 王都カルロスは、街を流れる奇妙な気配に揺れていた。

 小国なりとはいえ、れっきとした国王の住まう王国の要。堅固な城壁に囲まれた街は大きく、地方とは比べものにならないほど発展している。


 街が大きくなればなるほど、その街に集う人口も増える。

 多種多様。

 千差万別。

 大国の大都市とは比べものにならないが、王都の賑わいと人の多さは王国随一だった。

 ――その片隅で膝を抱える人々の数も。


「こんばんは。いますかね?」

「あー! しんぷのおじちゃん!」


 大きな軋み音と共に、古い木の扉が開いた。

 壊れかけのドアを押しながら声をかけた男は、暗い屋内から聞こえてきた元気な声に破顔する。


「や、これはエイダさん。今日は元気そうですねぇ」

「えへへーっ」


 駆け寄ってくる小さな影に、男はしゃがみこむようにして目線をあわせて笑った。

 古い教会だった。

 かつての礼拝堂は机も椅子も失い、床板もあちこちが剥がれている。

 壁の隙間から入る光がかろうじて木漏れ日のように室内を照らす以外、部屋の中に明かりは無い。そのため薄暗いのは、冬を思えば良いことなのか、それとも悲しむべきことなのか。


(……この冬は越せれるんでしょうかね……)


 ここは王都の闇――貧民街。

 その一角に隠れるようにして建つ廃棄された教会は、今は寄る辺ない子供達の住む孤児院になっている。

 信仰では決して救えず、王の力も神の威光も届かない薄暗く深い場所――最も弱き者の集まりだ。


(……満足に施しも出来ないのが、今の国と教会の現状ですね)


 この孤児院だけを救うのであれば、男が所属する教会の資産なら可能かもしれない。神の愛を謳うのであれば、それが筋であろうとも思う。

 けれど、それが夢物語でしかないことを男はよく知っていた。

 まして、こんな風に困窮した孤児院は他にも多くある。ここだけを救えばいいのではない。

 ……例え、明日にでも儚くなる命があろうとも。


 ふと浮かんだ苦い気持ちに蓋をして、神父の男は目の前の幼い子供に笑いかけた。


「……アーリーンさんやベティさんは、どうしてますか?」

「んー。アーリーンげんきになった! ベティは、キャシーといっしょにおかいもの!」

「……え?」


 幼子の答えに、神父は一瞬反応をしそこねた。

 アーリーンとベティは、ずいぶんと前に栄養失調で倒れた子供だった。満足に食べ物の得られないこの場所では、例え神父達のような存在が出来る限りの食料を持ち込んだとしても、永続できない以上、回復の見込みは無い。


「ど、どうやって……?」


 神父の訪れは一週間ぶりだ。

 可能な限り食料を持って貧民街を巡っているが、貧民街そのものが広いため、順番に巡るだけでもそれだけの間が開く。

 ……いや、逆に言えば、それだけの間しか開いていない。

 満足に動けなくなっていた子供が外に出られるほど回復したなら、そこには体を癒す薬の存在が不可欠だろう。だが、それを可能にする薬は非常に高価だ。

 街の魔道具屋や冒険者ギルドで売られている快癒薬(エリクサー)――

 ほとんどの肉体異常状態を治癒し、体力魔力ともに回復するあの薬なら、即時の回復も出来るだろうが……


「んとねー、おいしいごはんいっぱいもらった! おーとにきたおっきいおみせでね、なんとかきねんにおすそわけだって!」

「?」


 よく分からない。

 困惑した神父は周囲を見渡すが、出払っているのか他に人の姿は無い。

 ほとほと困りつつ、先に食料だけでも渡そうとエイダの前に屈み直したところで、ふと建物の向こうの足音に気付いた。話し声も聞こえてくる。

 それが自分の知っている声だと気づき、神父はホッとした笑みを浮かべた。


「ただいまー!」

「はい、おかえりなさい。そしてただいま。エイダ、お留守番大丈夫でしたか……まぁ! 神父様!?」


 元気よく飛び込んできたのは、やせっぽちの幼子とやせ細った老婆。

 買い物に出たというベティと、孤児院院長であるキャシーだった。






「……そうですか。王都に進出したという商会が食料を」

「ええ。突然おいでになった時には、何事かと思いましたが」


 事のあらましを聞き終えて、神父は深い嘆息をついた。

 キャシーはそんな神父を見ながら、思い出し涙だろう目尻に浮かんだそれをこっそり拭う。

 その商会が現れたのはほんの四日前だ。

 店の王都進出記念として、店と懇意にしている冒険者組合では商品の大売り出しをしている、と。

 それと同時に、未来の顧客獲得の為、こうして孤児院を回っているのだ、と。


「未来の顧客獲得……?」

「ええ。なんでも、十年後、二十年後にでも、元気に巣立った子供達が自分達の商会で回復薬(ポーション)の一つでも買ってくれれば、それで充分だから、と」

「……それは……なんというか……」


 商会として、採算などとれない方針だろう。

 孤児院を無事に出られる子供など稀だ。たいていは幼いうちに墓に入ってしまう。例え将来、なんとか成長した子供が店を利用したとして、与えられた施しに見合う買い物が出来るかどうかすら定かではない。


「恩を売ったのでは無い、と。そう、仰ってました」

「……」

「商売をしているのだと。先物投資であり、未来への対価だと。……似たようなお話は聞きますが、あれだけ真正面からだといっそ清々しいですね」


 金持ちが孤児院等に寄付をし、それを対価に労働力を確保したり見目良い子供を連れて行くことはよくある。だがそれらを真正面から『商売だ』として言われるとは思わなかった。

 よく言えば真正直。

 悪く言えば不躾な。

 けれど、対価を未来で購入するポーション一個で良いと提示する商人の、どちらかと言えば損得などどうでもよさそうな品の良い風采に、対応したキャシー達は唖然としたものだった。


「どこのお屋敷の方かと思うような、それはそれはお美しい殿方でね。それで商会とか言われた時には、どんな大商会が来たのかと思うじゃありませんか。私は最初、土地の立ち退きでも迫られるのかと思いましたよ」


 金持ちが貧民街に来る理由など、そう多くはない。

 一番多いのは土地を奪う時だ。

 いや、奪うというのは本来なら違うだろう。向こうは正式にお金や手続きを得てその土地を購入しているのであり、不法に住んでいるのは自分達なのだから。


「沢山のお料理をいただきましたよ。小さな袋から、大きなお鍋が出てきた時にはビックリしてしまいましたけど」

魔法の鞄(マジック・バック)ですか!? あれは……商人達垂涎の魔道具(マジック・アイテム)ですからね……それだけで一財産ですよ」

「でしょうねぇ。手ぶらに見えたのに、あっという間に部屋に食料を積み上げて……」


 言って微笑むキャシーの視線の先には、新しい木の香りのする木箱が積まれている。

 木箱に押されているのは焼き印だろう。玉蜀黍、玉葱、甘藷、馬鈴薯、山芋。分かりやすく可愛らしい絵で、一目で何が入っているのか分かった。


「木箱は、防虫効果がある木材だそうです。なので、その中に入れたまま、風通しの良い冷暗所に保管していれば少しでも長く保存できるだろう、と」

「……そうですか」

「玉葱は出して影干し状態にしたほうが良いが、治安を考えれば中で保存しておいたほうが良いだろうと言われました。……外に出すときっと食べられてしまいますものね」

「そうですね。この辺りの治安を考えれば、食料をつり下げておくなど以ての外でしょう」


 ここに食べ物がある、と。

 そう宣伝すれば最弱層である孤児院の住民などあっという間に全てを奪われてしまう。

 それを思えば、来た商人が魔法の鞄(マジック・バック)を所持していたのは僥倖だろう。少なくとも、食料が運び込まれたと周囲に気付かれずにすむ。


「お料理をいただいた時には、外でも同じように付近の住民の方に炊き出しを行っていまして。匂いがしても皆気にしないだろうから、沢山お食べなさい、と」


 外で配られていたのは、ドロドロになるまで煮込んだ玉蜀黍のスープや、玉葱のスープなど。強い匂いのする食べ物だが、皆が食べてるのだから孤児院から匂いがしても誰も気にしない。


「……色々考えてくれたのですね」

「ええ……細かく、本当に細かく、気付いてくれていました。子供達も、ずいぶんと元気になりましたし」

「それです」


 嬉しげに目尻の皺を深める老女に、神父は身を乗り出した。


「ベティ達の回復は嬉しい。ですが、分かりません。どうやって、この短期間にあれだけ元気に?」


 その方法があるのであれば、他の場所で今も死の淵に片足を突っ込んでいる子供達も助けられるかもしれない。

 死が間近な場所はここだけでは無い。

 王都のあちこちで、同じ悲劇は繰り返されているのだ。


「それが、私にもよくは……。ただ、赤いお薬を皆で回し飲みした後、皆とても元気になりましたね。私も体がポカポカして、とても具合が良くなりました。ほんの一口だったのですが」


 一口。

 赤い薬。


「……赤……」


 神父は呆然と呟いた。

 神殿にも薬の類はある。回復魔法の使い手などを多く揃える教会は、人々を癒す場所としての役割ももっているからだ。

 薬は皆、それぞれ独自の呼び方で呼ばれる。

 そしてその色は、その効力によって異なっていた。


 青ならば『青き女神の涙』――即ち、『回復薬(ポーション)』。

 薄緑ならば『明けの空の雫』――即ち、『魔力回復薬(マナ・ポーション)』。

 橙色ならば『淡き太陽の雫』――即ち、『快癒薬(エリクサー)』。

 赤は、それらのどれでもない。

 近いのならば『快癒薬(エリクサー)』だ。体力回復と魔力回復、状態異常のほとんどを癒してしまう秘薬中の秘薬。


 『(つい)の神の血』――『至高快癒薬(ラスト・エリクサー)』。


 一口で回復したという。当然だ。その香りだけで部位欠損以外の傷すら治るという薬だ。


「対価……対価には、何を? 誰か、連れて行かれましたか?」

「? いえ。先も言いましたが、元気に巣立った子供達が、将来、買い物をしてくれればそれでいい、と」


 つまり、ポーション一本。


「……ありえない……」


 全く釣り合わない。

 彼女達は知らないが、『至高快癒薬(ラスト・エリクサー)』は国宝級だ。不老不死の薬に近いその秘薬は、万が一の時を思えばどんな強国の王であろうと手に入れたい品である。

 ポーションなどとはレベルが違う。

 所持しているだけで国家間の争いすら引き起こしかねない、伝説級の品なのである。


「ああ、そうそう。あともう一つ、言われたことがあります。自分達の商会の長と会ったときに、笑顔を見せてくれると嬉しいと」

「笑顔? 商会の長に?」

「ええ。きっと喜ぶだろうから、と」


 ずいぶんと奇妙な報酬だ。

 よほどその相手は強面なのだろうか。


「どなただと、言ってましたか?」

「『レディオン・グランシャリオ』様です。お若い娘さん達に人気の商品を扱っておられる商会の方だと、街の人から聞いていますが……あの、どうかされましたか?」


 神父の顔から表情が消えたのを見て、キャシーは驚いて声をかけた。

 神父は「いえ……」と小さく呟く。

 迷うような、何かを考えるような、奇妙な間をあけて小さく息をついた。


「……皆、元気になったのですね?」

「はい。とても。しばらくは頂いた食料でなんとかしのげそうですし、服もいただいてしまって」

「そういえば、新しい服でしたね。それも?」

「ええ。子供達の服も沢山。古着だから、と。お金も寄付金だといただきました……でね、先のことを考えて街の古着屋でもうちょっとだけ買っておこうかと先程行ってきたんですが、子供服はもう無いんですって。聞いた話だと、数日前に沢山良い服を売ってもらって、かわりに子供の古着を大量に買って行った方がいたそうで。店先に綺麗な服がいっぱいで、繁盛してましたよ」

「それは……間が悪かったですね」

「いえいえ。でもねぇ、不思議ですねぇ。そのお店が売った服とベティが着てる服が、そっくりだそうなんですよ」

「……」

「本当に、不思議ですねぇ」


 微笑む老女の目には、うっすらと涙が浮いていた。

 分かっているのだろう。

 誰が購入したのか。

 どこへその品が行ったのか。


「こんなことって、あるもんなんですねぇ……」


 嬉しそうに、ホッとしたようにそう言って笑うキャシーに、神父は困ったような顔で微笑んだ。






 貧民街を神父は歩き続けた。

 いつもなら一日で回れる区域は少ない。

 だが、治療すべき相手がいない場合、その限りではない。


 持ってきていた食料を――正直、現状は必要なさそうだがせっかくなので――配り、話を聞き、次の場所へ行く。

 回復魔法や問診が必要ない分、沢山の場所を巡れた。

 孤児院を中心に、浮浪者達が集まっている『巣』と呼ばれる場所や、下級娼婦達がいる場所。

 貧民街そのものはいつもと変わらず、ごみごみとしている。

 だが、そこに住む人々の姿は心持ち小綺麗になっており、ボロ服はマシな古着に変わり、顔色も良くなっていた。


 誰が――いや、『何処が』手を回したのか……一人一人に問うまでもなく、各所での遣り取りで十分だった。


「……教会にも、当日に『寄付』が届いていましたねぇ……」


 神父が所属する教会だけでなく、王都中にある教会の支部や神殿に金貨の入った袋が届けられていた。

 綺麗事だけでなく、裏側への対応もしっかりしている商会だと言えるだろう。

 軍には大量の糧食。

 冒険者組合には回復薬や武器防具の安価取引。

 購入された店や屋敷の付近にも珍しい御菓子が届いたという。

 ――そして、貧民街には食料と服と薬を。

 どこに最も金がかかったかなど、考えるまでもないだろう。

 わずか数日で、沢山の命を救うだけの対価を払ったのだから。


「……せっかく持ってきましたが、不要になりましたね~」


 神父は自身の魔法の鞄(マジック・バック)に入っている飲み物を思う。

 とある事情により作成した神聖果実と聖水による飲み物だった。高価な品であっても、教会が許可する理由があれば使うことはできる。そのお余り(・・・)を持ってきていたのだ。実際にその時に振る舞われた分量と手元にある飲み物の量、どちらが多いかなどは神父と神父の腹心以外、知るよしもないが。


「……」


 神父は空を見上げる。

 ごみごみとした街の頭上に広がる青空は、どこで見ても変わらない。

 端正な顔を少しだけ歪め、諦めたような顔で苦笑する。


「……良い手です」


 本心から賛辞した。





◎ 人助けという名の……




「それって、ぜーんぶ、金貨ばらまいたほうが早いんじゃないですかー?」


 打ってきた手の一つを聞き終えて、ルーシーは首を傾げた。

 物理をあげて一撃必殺(ぶん殴る)、という戦法がモットーなルーシーにとって、ポム達のやり方は面倒で手間がかかるだけの気がしてならない。

 その『一手』をうつために、グランシャリオ家は隠密の一部にお仕着せを与えてあちこちに放ったのだ。しかも全部を終えるのに二日ほどかかっている。

 同じ人数を使うなら、金貨の袋を渡すだけのほうが数時間で終わって簡単だったろう。

 体調の悪い子供だってそうだ。わざわざ貴重な『至高快癒薬(ラスト・エリクサー)』を使わなくても、金貨を渡しておいて医者や料理で時間をかけて治せばいいのだ。少なくとも、金で解決できる部分はものすごく多かったはずだ。

 その意見に、ポムは軽く苦笑(わら)う。


「それだと、足元を見られてしまいますからねぇ」

「グランシャリオ家が、ですかー?」

「いいえ。あの街で暮らすか弱い人間達が、です」

「……あー……ぶんどられたりボられるんですかー」


 脳筋だが弱肉強食なルーシーはすぐにピンときたらしい。

 ちょっとだけ意外に思いつつ、ポムは頷く。


「弱い者から搾取しようとする者は多いです。特に人間はね。同じものが得られるだけの金貨を渡しても、今と同じ結果にはならないでしょう。下手をすれば人死にが出ます。……人間の世界は、いまだ野蛮ですから」

「力の強い者が良い思いをするのは、強者の定めですよー?」

「あなた方の一族の場合、強者はその分の責任を負うでしょう?」


 外敵排除。

 内部の諍いがあればその調停。

 怪我をした者がいれば癒し、薬を与え、弱い者がよりよい暮らしをするように努力する。

 そのかわりに、他の者より豊かな暮らしをする。食べ物も財宝も、一番良いものが与えられる。

 特権は、報酬だ。

 必ず、その報酬に相応しいだけの振る舞いと力を尽くし続けている。


「人の子の世界にその法則は当てはまりません。理想はありますけどね。だから、弱い者はただ搾取され続け、死んでいく。助ける為には、強者の保護あるいは施しが必要です」

「あー……それでですかー……」

「それに大量に仕入れたほうが安上がりですからね。いや~、うちの在庫も良い値段で売れましたし、そのお金で大量の古着も購入できましたから、いい感じですよ!」


 ぶっちゃけこっちは練習作の余剰在庫整理でしたしねぇ、と言うポムを見て視線を転じれば、他の仕事をしながら会話を聞いていた他一同もうんうん頷いている。


「……というか、ムチャクチャいっぱい物作りしてるって聞きましたけど、マジですかー?」

「ええ。無茶苦茶(・・・・)色んな種類をめいっぱい作ってますよ。皆さん、物を作るのが好きですからねぇ。もっとも、能力重視な品物を作る機会なんて、今まで余程の趣味人でなければしなかったみたいですけど」

「へー」

「それが『仕事』として成り立つなら、いくらだって物作りに専念する人が沢山いてくれたおかげで、うちの商会はガンガン儲かってますけどね!」

「人間に物売るとかいう発想、なかったですしねー」

「売れるという認識も無かったですよねぇ。まさか、ここまで文明に差があるとは思いませんでしたし。魔王さんが頑張ってくれるまで、力至上主義すぎて餓死者出るまで飢えてた魔族の文化が、こっちでは最先端の技術ですからねぇ。もっとも、食料に関してはどう考えても大規模な変異種(ヴァリアント)狩りのせいですけど」

「あれ楽しいですよねー! 今食べない食料の確保って、腐敗するからあんまりしてきたことなかったですけどー」

「うちは坊ちゃんの作った内部時間の停止する(・・・・・・・・・)『無限袋』がありますからねぇ。あれのあるなしでだいぶ違ってきますよ。……そして竜魔族さん達は変異種狩り、大好きですか……」

「大好きですねー! 巣の守人以外は皆参加してますよー!」

「巣の守護、薄くなっちゃうんじゃありませんか?」

「そこは結界を強化してますし、場所も前の巣から移動してますからー」


 ニコニコ笑うルーシーに苦笑を深め、ポムは「そんなわけで」と話を戻す。


「食べ物であれ服であれ、『金貨』をそのまま与えるより『品物』を有効に使うほうが、うちとしては損失が少ないんですよ。あの『至高快癒薬(ラスト・エリクサー)』も奥様の練習品(・・・)ですしね。……ああ、ちゃんと効果は確認してますよ?」

「グランシャリオの奥様、むちゃくちゃイイモノ作りますねー」

「元々魔力親和度が非常に高かったですからねぇ。魔力が増大したおかげで、薬の作成も容易になったんでしょう。ああいった品は作成に大量の魔力を必要としますしね」

「レディオン様だと蘇生薬とか作りそー」

「ああ、作れるでしょうね。とはいえ、完全に死亡した者は誰であれ生き返らせたりはできませんから、厳密に言うと『仮死状態回復薬』とか『瀕死回復薬』ですけど」

「ですかー」

「ですよ」

「残念ですねー。本当に『蘇生』できるなら、じっちゃんの骨にかけて蘇らせたいんですけどねー」

「あー、先代の竜王さんですか。けどまぁ。アンデットを一撃殺(一発浄化)させることは出来ますが、アンデット化させることや完全蘇生は無理ですねぇ」

「んー。意味ないですねー」

「竜骨兵とかもふりかけたら一発浄化ですよ」

「竜だとブレス一発で消滅させれますよー」

「……魔力で殴る系脳筋族ェ……」

「ブレスですー」


 ふふーん、と得意げに胸を張ってから、ルーシーは首を傾げた。


「それでー、人助けで名前を売った(・・・・・・)ことが、今の状況に役立つんですかー?」

「今も継続して名を売り続けていますからねぇ。胃袋や生活に『グランシャリオ』の名前が刻まれてる真っ最中です。事態の発生が早かったですから、完全に『住民は我々の味方だ!』とは言えませんけどね」

「向こうの対応が早すぎた、ですかー?」

「ええ。せめて一ヵ月ぐらい後であればもうちょっと安心していられたんですけどねぇ。今だと、良い風になるかどうかは五分五分……いえ、浸透してない分、三対七ぐらいで不利ですかね。とはいえ、少なくとも、一気に石投げられるほど嫌悪されたり疑われたりするのは避けれるでしょう」

「竜は一回でも救われたら恩義を忘れないですけどねー?」

「人間は面倒なんですよ。恩を感じてても周囲に抗えないとか色々ありますからね。なにしろ弱いですから」

「数集まらないと生き残れない民族の一番面倒なところですねー」

「はい。それに、『救済』というのは、恩義も買えますが胡散臭さも与えます。恩義の部分は我々の強みになりますが、つきまとう胡散臭さが弱みになりますね。……なんですか。私をしみじみ見て」

「……いいえー……」

「ですがまぁ、いくら胡散臭いといえど、損得勘定がからめば比重は良いもののほうに傾くでしょう」

「売り買いして儲けさせた分のお得感ですかー?」

「ええ。古着屋さんから他の街の人から、うちが参入してから儲けた場所がけっこうありますからね。……逆に小麦関係やパン関係は足を引っ張りにくる可能性もありますから、やっぱり状況はトントンでしょうけど」

「お金儲けに関われない場所ですかー」

「あっちは国ががっちがちに保護している分野ですからねぇ。私達が介入する隙間なんてありませんでしたから。まぁ、そのせいで利益とか渡されなかったんですけど」


 ちなみに酒場関係には新品の酒樽を何種類もプレゼントしてある。木材スキル上げの大量在庫品であることは秘密だ。


(……考えたら、麻袋でも大量に渡せばよかったですかね?)


 ふと気付いたが、後の祭りだ。それに、麻袋は必要な技術が無さすぎて作ったことが無い。布製品で一番簡単なのは糸紡ぎで、その次は布作り、それが終わったら即座に服や脚絆類に移るから、技術力のいらない袋を作る必要が無いのだ。


(とはいえ、人間を労働力にして作業をしてもらう場合、そういった簡単な作品も視野に入れる必要もありますか)


 検討会に案をあげておこうと予定をたてていたポムの前で、ルーシーは暇そうに足をパタパタさせる。短いスカートの中がチラチラ見えてしまっているが、誰も気にしなかった。


「パンツ見えてますよ」


 一応、指摘だけはしておく。


「そうですかー」


 全く気にされなかったが。

 ちなみに竜魔族の衣装は魔装と呼ばれるものなので、竜から人型になった時に自動的に纏うものだ。魔装に関してはレディオンも使用している為、ポムとしては馴染みが深い。


「ショートパンツとかの魔装も持っておきますか? 在庫ならありますし」

「んー。そうですねー。お言葉に甘えさせてもらいますー。あとご飯も欲しいですー」

「よく食べますねぇ。坊ちゃんほどじゃありませんけど」


 山のような食料に飛びかかる一歳児を思い出しつつ、ポムは立ち上がってスカートをはたいているルーシーに声をかけた。


「では、食堂へ行きましょう。全てが動きだすまで、貴方にも今までに何があり、どういう経緯があって、今という時に何が起こっているのか、説明しておいたほうがいいでしょうから」






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