41 運命の歯車
「揃えた書類は『連結無限袋』で王都のポムへ回せ。あちらで手続きを開始する」
「はっ」
「アゴスティ家の見張りはこれより警護へと切り替える。フランツが目覚めたら体調を確認後、王都へ護送。護衛は全て第六以上の使い手を揃えよ」
遠隔地への指示を書状にしたためながら、机の前に控える隠密達へ仕事を割り振っていく。
場所は別荘の一角にある執務室。早く終わらせたいので、ご飯を食べてすぐに活動を始めた。ロベルトがぼやいていたが、気にすまい。もぐもぐ。
「食べてすぐは胃腸に血液が集まるから、食休みしたほうがいいと思うけどな。……そしてなんでおまえはご飯食べ終えた後でまたパンを食べてるんだよ?」
うまうま!
「机仕事程度ならむしろ食休みと同じだ。あと、これはオヤツだ」
「脳にいきわたる血が減ってるっつーの。ニアミスしてもしらねーぞ。つーか、そんなデケェバケットはオヤツじゃねェ」
ふふん。この程度でどうにかなるほど、俺の脳みそは弱くないぞ!
おっと。この筒は書簡用じゃなく『暴食の使徒』の分体入りだったわ。はいはいグルアちゃん。戻って戻って~。
あっ俺のオヤツ齧られたっ。
「今なんかとんでもねェスライム出てこなかったか!?」
ナイナイ。
「ああ、そうだ。ついでにこの『筒』も護衛に持っていくといい。万が一があった時は使用せよ。ただし、人間達に被害の無いようにな」
「はっ」
三万の贄で召喚した『暴食の使徒』は、現在いくつかの分体に分かれている。
本体はポムが持つ筒の中で、俺が持っているのはお供用にもらった一番小さな分体だ。
他の分体はといえば、本土の処理場で日々大量に発生する不要素材をモリモリ食べている。ゴミが減るのはいいんだが、最近、うちのグルアちゃんが魔力マシマシになってる気がするな。
まぁ、契約が結ばれてるから反旗を翻されることは無いのだが。
「ああ、念のため、緊急発煙筒と竜笛は持っていくように。馬車は『第八連結無限袋』に入っている『青』を。馬は竜馬を召喚せよ」
「はっ」
「道中、付近の者達に恩を売れそうな機会があるなら、こっちの『十四無限袋』の中身を大盤振る舞いして構わん。グランシャリオの名を高めよ」
「御意」
衣服と食糧が入っている『無限袋』を渡せば、フランツ護送の準備は完了だ。
フランツはまだぐっすりだろうから、実際に出発するのは昼過ぎか明日の朝だろう。うちの連中なら夜道も平気だが、さすがに人間をそれに付き合わすわけにもいくまい。
フラムがいれば夜道も明るいんだが……まぁ、駄目だろうな。テールやラ・メールと違って、フラムは今回の騒動に関わりたくない気配が満載だったからな。
ちなみにラ・メールは俺が子供版になった時点で早々と精霊界に戻っている。こちらはこちらで、面倒な人間達の裁判資料だの何だのに関わりたくないらしい。
……いいな……精霊族。面倒なことと関わらなくてもよくて……
とはいえ、護衛を自負しているらしく、精霊界からこっそり俺達の様子を見守ってくれるそうだ。
――それはいいのだが、対極の位置にいる巨乳美女とラ・メールの仲に、非常に思うことがある。
悪いのでない。良いのだ。
いや、仲が良いことはいいことなのだが、なんだろう……あの二人がこそこそ話をしていると妙に背筋が寒くなる。
そもそも、初回の顔合わせでお互いの顔を見るや否や部屋の端に走ってこそこそ、内緒話してさらにこそこそ。首を傾げる俺達をチラ見して、ニンマリ笑顔で握手していたあたりで、壮絶に俺の二の腕に鳥肌がたった。
なんだろう……あの二人の会話には決して耳を澄ませてはいけない気がする。この忌避感は、そう、母様が目元を波たたせている時のそれに似ている。
……女性陣は、俺達を見てなにを話し合っているんだろうな……
「……なぁ、レディオン。第六以上の使い手、って何に対する何のレベル?」
「魔法の位階。第六位、天災級魔法だな。ああ、そこの、フランツの体にあわせてこの回復薬を使っておけ。塗布部位は頭部だ」
ん? なんかロベルトが顔覆ったぞ?
「どうした?」
「第六位魔法なんて、何に対して使う気だよ!? 街一つ滅ぼす気か!?」
「フランツの証言が大事になってくるのだ。護衛は最低でも中位神族を撃破できる力量が必要だろう?」
「襲撃者にまず神族を想定するのやめような!? 普通に顕現しねー類の相手だからな!?」
ロベルトの声に、俺はそっと視線を逸らした。
……ものすんごく言い辛い……
ロベルトの言いたいこともわかるし、普通ならロベルトの言は正しい。
ただ、俺の場合、まず普通に標準の敵が神族なだけで。
……やだ。なんだかちょっとだけ人間の信じる魔王チック。
「ま、まぁ、それぐらい力を入れている、ということだよ、ロベルト」
つーん、と指で額を押してやると、痛ェ! とか叫ばれた。
「うふふ」
――うふふ。
「ひ!?」
なんかゾワッときた!
思わず周囲を見ると、シンクレアがニンマリ笑ってこちらを見ている。そしてどこからともなく感じるラ・メールの視線。
なんなの?
いったい、何が心の琴線に触れたの?
ま、まぁいい。女性の闇には関わるまい。
ちなみに第六位魔法は上級魔族ならたいてい使える。さすがに第七の災厄級、第八の災禍級になると父様レベル、第九の神罰級になると魔王や死神レベルでないと使えないが。
なお、俺は年齢で使える魔法が違うため、あまり力量の目安にならない。赤ん坊の体だと、第七がせいぜいだしな。
「ああ、護送メンバーに、護送中も大盥を使って風呂に入れてやるようにと伝えてくれ。食事に関しては変異種料理が大量に入っているだろうから、適当に食わせておくといい。長くまともに食っておらんだろうから、最初は軽めのものに調整しろよ」
「どんな料理か知らないが、たぶん絶対移動中の食事じゃなさそうだな……」
うむ。王都の宿屋で扱うのと同じ料理だとも。今だと去年の秋に収穫した美味しい蕎麦の料理が大量にあるぞ!
変異種料理も無限袋にぎっちり入ってるから、ドンドン消費してくれていいのよ!
「そういや、お前ん所の料理って、全部魔物素材なんだっけ?」
「小麦とかの穀物類以外は、まぁ、そうだな」
俺がせっせと指示書をこしらえているのを見ながら、ロベルトが素朴な疑問を口にする。
卵もロックリザードとかの卵で、砂糖や蜂蜜も何気に変異種素材だ。なにしろうちの領の南には大森林があるからな。高濃度魔素により変異するのは動物だけでなく、植物もだ。おかげで変異種食材に拍車がかかっている。
植物系変異種としては樹木人や木霊女は特に有名だろう。
なかでも木霊女のAMは『木神霊』といい、樹木の変異種が物質界の器を脱ぎ捨てて精霊族にまで昇華した存在だ。
その存在の付近には数多の植物系変異種が発生し、爆発するトマトやら歌うハーブやら貴重な素材になる。
大森林は、そんな『木神霊』が多く棲む多種多様な変異種の巣なのだ。
まぁ、動物でなく植物まで変異するあたり、あそこの魔素濃度の濃さはある意味異常なんだが……
「……ん?」
なんか今、ひっかったんだが、なんだろ……?
「穀物系はモンスターにならねーのか?」
おっと。話の途中だったな。
「確か南に『玉蜀黍人』とかいうのがいたと思うが、うちの領では見たことが無いな。そもそも、口に入る穀物類は我々が手塩にかけて育てている。変異することはまず無い。逆にいえば、どこかに高濃度魔素にあてられ続けて誕生した穀物系変異種がいるかもしれないがな。瓜や茄子ですら変異種がいるぞ」
「シャレになんねぇな……」
考えたら、うちが主に扱ってる食材で変異種と関わらないのって、穀物系と乳製品と水以外に何があるだろうか……
「この前の大量のオークといい……消費しきれねぇんじゃねーか?」
「だからこそ、両方の大陸で売りさばくことにしたのだ。こちらの大陸も食糧難だろう? 多少なりとも飢餓を減らせれば、その分国が荒れるのも防げよう」
「我が領の寒村や孤児院にも、沢山のお心付けをいただきました」
「ふふん。ジルベルトよ。お礼はおまえの所のクッキーで良いぞ!」
「あはは」
俺の書類を手伝いながら口を挟んだジルベルトに、俺はわりと本気で要望を出す。アヴァンツァーレクッキーは好物だ。いくらあっても足りないとも。愛しているとも。
ちなみに小麦とバターと卵は我が領からの持ち込みで作ってもらおう。俺の直轄領の麦、そろそろまた収穫期が来るからな。本来の収穫時期じゃないはずなのに。
大地の精霊王、いい仕事しすぎだろ……
「聞けば聞くほど、おまえの金勘定って、わりとどんぶり勘定だよな……守銭奴じみてる時があると思えば、利益度外視で大盤振る舞いしてるし。儲けたいのか儲けたくないのか、よく分からねぇな?」
「無論、儲けたいとも。商人であれば当然だろう。だが、俺が目指しているのはちまちま金勘定だけするような商人ではないのでな」
「ふーん?」
胸を張って言ったというのに、ロベルトの返事がそっけない。そこは身を乗り出して尋ねるべきじゃないの?
フランツの調書や資料を『連結無限袋』に放り込みながらでなかったら、俺のハリセンチョップが炸裂していたところだぞ?
「私の領地や街のことも見ていて思ったのですが、レディオン様はもしかして、国力の回復を目指しておいでですか?」
「流石にジルベルトは察しが早いな」
うむ。我が愛し子は優秀だ!
最初に見たときは、いつ倒れるかもわからないひ弱そうな子供だったのに……よく、この短期間にここまでの成長を……うっ涙が……
「あ~、あの、俺の目の届くところでは飢えさせないぜ計画な」
やめてロベルト。その計画名やめて。俺が盛大にドヤ顔してるかのようじゃないか。
「べ、別に親切でやっているわけではないからな!? 人が死なずにすむということは、多くの労働力を得られるということだ。開墾、製造、販売、人手はいくらあっても足りないのだ」
「うんうん」
「俺が現在余っている食糧を放出すれば、うちで働いてくれる者も増えるかもしれないだろう? 俺は損をしているわけではなく、将来に向けて投資をしているのだ。先物買いというものだ。ふふん」
「そうですね」
なんなの!?
なんで二人してニッコニコしてるの!?
クレアさん! そこの勇者さんちょっと押し倒してきて!
「レディオン様は恥ずかしがって素直になれないのですね」
俺の味方が一人もいない……!!
いつも俺をからかうポムがいないのに、なんで俺がからかわれる回数が減らないの!? 俺、一応、次期魔王よ? 強いぞ? 泣くぞ?
「まぁ、レディオンのいつもの認識ズレはともかくとして――っと、コレで資料の整理、終わりか? あとは王都のポムさんに王宮で処理してもらったら、領主さんの所は一件落着かな」
「お手数をおかけしました」
「考えたら、数年、いや、十数年……下手すりゃもっと昔からの領地の病巣を、たった数か月で治しちまったんだよな。さすが魔……でなく、英雄、ってとこか」
おまえはちょくちょく俺を「魔王」と呼びかけるの、なんとかしないか?
「英雄呼びは気に食わんが、褒められるのは悪くない。もっと褒めたたえてくれてもかまわんぞ!」
「はははは」
おい。なんで「コイツー」みたいに指で額押されるのだ? 仕返しなの?
「うふふ」
――うふふ。
「ヒッ!?」
突然の悪寒にロベルトと俺が飛び上がった。うわ、二の腕に鳥肌たってる。
しかし、振り向くまい。
クレアさんとラ・メールなんて見ないとも。
「ま、まぁ、店を大陸に広げきるには時間がかかるから、今のところ冒険者組合に干し肉を卸すのが一番の大量消費だな。携帯食なら長距離移送も可能だから、大陸全土に届けることが出来るし」
「諸事情で未加工の麦そのものの卸しが出来なくなったのが痛いですわね……」
それな。
せめて、もうちょっと保存食の種類を増やせればいいんだが、これがなかなか難しい。簡単で単価が安く、なおかつ保存食として一般受けするようなものが、魔族のレシピの中にあまり無いのだ。梅干しとか、人間が食べてるの見たことないしな……
オイルサーディンや干し果実は作っていく予定だが、一番余ってる食糧は肉系か麦だ。食事効果の能力値アップがあっても目立たない、そんな保存食が作れれば一番いいのだが……
そんなことを思っていたら、ロベルトが不思議そうに首を傾げた。
「こっちじゃあまり見かけないけど、薄く硬く焼いた方のクラッカーやビスケットは作らないのか? 俺が知ってる軍食だと、堅パンとかがあったと思うんだが。いっそおまえ達のオリジナルレシピとかで、体にいいハーブとか入れて……おい、どした?」
思わず動きを止めてロベルトを振り仰いだ俺に、ロベルトがちょっと身を引いた。
おお、勇者よ。
俺は今、天啓を得た人間の気持ちというのを疑似体験してしまったぞ。
俺は思わずロベルトの両手をガシッと握る。
「ロベルト。貴様、天才か!」
「は?」
ここにいないポムよ! 喜べ!!
麦の消費口が増えたぞ!
●
大喜びで本土とポムへとそれぞれ繋がる『無限連結袋』にレシピと指示書を放り込み、アゴスティ家家人に化けてる隠密達にフランツを託してロルカンへと向かった。
フランツはまだぐっすり眠っていたが、体調は悪くなさそうだ。疲れてはいるが憑き物が落ちたような寝顔をしていたから、しばらくすれば気力体力とも回復するだろう。王都への旅に耐えれるかどうかは本人次第だが、回復術の使える隠密もいるし、それほどキツイ旅にはならないはずだ。
もっとも、途中で何者かの襲撃があれば、その限りでもないが。
とはいえ、道中の危険度というのなら俺達の方もそれなりにある。
命の危険ではなく、身バレの危険だが。
俺達の動向を伺っていたロモロが、この先どんな風に立ちはだかってくるのか分からない。リベリオ的に最も気にしないといけない陣営は第三王子の陣営らしいが、ロモロがいる分、俺達にとっては第二王子の陣営も要注意だ。
いっそ両陣営が争ってくれれば、漁夫の利狙いをしてみるのだが……いや、いかんな。肝心のリベリオに、王位をとってやるという気概が感じられないからな。
まぁ、王位そのものはリベリオ達当事者に任せるとしよう。
俺の目的は、そもそも王位じゃなく第三王子陣営の首級だからな。
「――よ、っと」
休憩を挟みがてら飛行術でロルカンまで飛び、透明化の魔法を駆使してこっそり街壁を越える。
空の旅は快適だ。高所恐怖症のロベルトが死にそうな顔でシンクレアにしがみついているが、うちのジルベルトなんて俺の腕の中でのんびりしている。この肝の太さはなかなかのものだな。
なお、背負うのでなく抱きかかえているのは、ぶっちゃけると体格差のせいである。
子供版の俺よりジルベルトの方が頭一つ以上背が高いからな。背負うと色々動きにくいのだ。
「旧街側と新街のトレードが全て終わったら、飛竜や飛空艇の発着場を作るか……いちいち姿を消して空を飛ぶのも微妙だしな」
「飛空術を使える者が珍しい、という事情さえなければ、こんな手間は不要ですのにね」
透明化を解除して後、シンクレアは壁の上にへたりこむロベルトを介抱しつつ、苦笑を零す。
長大な壁の上にはほとんど人がいない。
一応、警備兵の巡回ルートにはなっているのだが、なにしろ長大なものだから人手が足りないのだ。
防衛の観点から壁の上は警備兵以外立ち入り禁止にしており、その分侵入者がいればすぐ判明するようになっているが……
「おい! そこで何やってる!」
お。今まさに侵入者を見つけたようだな。
「どこから入った!?」
「まさか、壁を越えて……!?」
って、侵入者、俺達か!
思わず反応しそこねて見守っていると、二人組の警備兵が俺達に向かって槍を構えた。
「白昼堂々、大胆な侵入者だな!」
「ここをかの大英雄、レディオン・グランシャリオ卿の本拠地と知らんのか!」
本人です。
あと、なんか称号の前にいらんものがくっついている。
そしてロベルトよ。グロッキーのくせに俺のわき腹をぐりぐりするな。
「いつのまに、おまえ、大、英雄に、なってるんだ、な」
「それ以前に、ジルベルトの街なんだがな、ここは」
「貴様! 領主様を呼び捨てにするとは――……」
「その『ジルベルト様』のお顔をご存じではありませんの?」
「――げ」
「げぇエッ!?」
シンクレアの声に、奇妙な悲鳴が続いた。
悲しい事情でフードを被っている俺と違い、他の面々は顔を出したままだ。『死の黒波』の時に大人数の前で演説した分、にジルベルトの認知度は相当なものになっているようだ。
悲鳴をあげて震えあがった警備兵に、侵入者と間違われた俺達は苦笑した。……いや、ふつうに、内緒で勝手に飛んできた俺達が悪いよな。コレ。
「役目、ご苦労。すまないな。脅かしてしまったようだ」
「い、いえっ」
「何か、他に異常は無かったか?」
「いえ! 異常なしであります!」
「そうか。引き続き警備を頼む」
「はッ!」
警備兵が驚いているうちにサクサク声をかけ、ジルベルトはついでに俺達がここにいたことは秘密にしてくれるよう頼む。
その間に俺達はそろっと気配を消して階段へ向かう。声をかけ終わったジルベルトと合流してダッシュで逃げた。
「……ん? この場合、不法侵入とか街に入る税とかはどうなるんだ?」
後でそんな風に彼らが首を傾げる頃には、俺達はとっくに旧街区だったのは言うまでもない。そのまま屋敷までスタコラサッサ。
「……考えたら、思わず逃げちまったが、別に逃げる必要なかったよな……あと、ちゃんと税払えてないな」
「税は払うとも。が、あのままだと小言をくらっていた可能性が高いからな……」
「彼らも仕事ですからね。本当は叱られないといけないのでしょうが、今回は見逃してもらいましょう。モナからはきっちり怒られるでしょうけど」
「そうですな。何の話なのかは分かりませんが、何かやらかしたのでしたら、きっちり叱らせてもらいますぞ」
「うわぁ!?」
突然モナの声が聞こえて、ジルベルトが思わずといった感じに体をビクッとさせた。
どうやら玄関で待ち構えていたらしく、視線を向ければ両開きの扉前に小柄な老執事が立っていた。
「お帰りなさいませ。ジルベルト様、レディオン様、ロベルト様、シンクレア様。道中、ご無事で何よりです」
「た、ただいま、モナ。留守中、何か変ったことはあった?」
「はっ! 冒険者組合の支部長が昨日お尋ねになっておりました。また、つい先だってグランシャリオ家の方がお見えになっております」
おや?
「うちの者が……?」
首を傾げた俺に、シンクレアも首を傾げる。
「なんでしょう? レディオン様、どこかから連絡はございましたか?」
「いや、無限袋に指示書を放り込んだり、伝言を隠密に託した以外、これといって連絡をとりあってすらいないが……もしかして、母様達から伝言を預かった者、とかか?」
モナが扉を開けてくれるのを見ながら、ポムと繋がっている『連結無限袋』を探ってみる。
あ。手紙が入ってる。
やだ。情報の行き違いになってたのか。というか、封筒に入れもしてないとか、几帳面なあいつにしては珍しいな……
俺は首を傾げたが、手紙を見る前に疑問はとけた。
「レディオン様! それにジルベルト様達も、お帰りなさいませ」
「ノア!?」
片側だけ開けられた扉の向こう――
留守の王都を任せていた執事がそこにいた。
●
「ノア、どうしてロルカンにいる? お前には王都の拠点を任せてあったはずだぞ」
表情が厳しくなるのを感じた。
グランシャリオ家十二の執事の一人でもあるノアが、理由もなく俺の命令を無視するとは思えない。拠点を設置したばかりの王都にいる人員は、ノアの他には隠密部隊とポムだけだ。隠密にはそれぞれの諜報活動があるため、厳密な意味で商会や屋敷を任せているのはノアとポムだけになる。足がわりに手伝いに来てくれた竜女さんもいるが、あちらはむしろお客さんだ。
俺の当然ともいえる疑問に、ノアも厳しい表情で頷く。
「緊急事態により私の任務の全てを一時的にポムが預かることになりました。まずは拠点……いえ、せめて屋内へ」
この場で気軽に話せる内容では無い。その気配に俺達は即座に屋敷に飛び込む。
「それで、いったい何が……っ」
すぐに話を聞こうとした俺だが、とある事情に言葉を途切らせた。
ジルベルトとモナだ。
ノアの様子から、緊急事態とは俺達の『事情』に深く絡む内容なのが分かっている。俺達の正体を隠しているジルベルト達には聞かせれない。
が、そこは優秀な我が執事。先に手を回しておいたらしい。
「では、モナ殿……」
「はい。領主様、グランシャリオ家の問題となりますので、私達は席を外しましょう」
「え。あ、うん……」
一瞬、素が出たのか幼い顔が覗いたジルベルトが、窺うような視線を俺に向ける。うっ。心が疼くが、仕方ない。ジルベルトは人間なのだ。俺達の事情に関わらせてはならんのだ。
「ジルベルト、すまない」
「いえ……もし何かお手伝い出来ることがありましたら、何でも仰ってください」
「分かった。頼りにさせてもらう」
すぐに領主の顔になって微笑んだジルベルトの肩を軽く叩き、二人が出て行くのを見送る。
辛い。なんでジルベルトは魔族じゃないんだろう……身内扱いのくせに、秘密を作るとか俺は最低だな……
「お前がしょんぼりしてどうするよ。巻き込みたくないんだろ?」
「うむ……」
「俺も話が終わるまで外で待ってる」
「お前は巻き込むとも」
「なんでだよ!?」
事情知ってるからに決まっているでは無いか。しかもクレアさんの婿(予定)だ。
嫌だって言っても離さないんだからね!?
出ようとしていたロベルトをシンクレアに羽交い締めしてもらい、一度息を吐いて気を取り直してからノアに向き直った。
問いたいことは幾つもある。だが、
「まず、話せ。今、王都側はどういう体制でいる?」
「王都の町中にいた隠密部隊は全て拠点側人員として待機しています。数は三十八名。執事と侍女を装い、現在は屋敷の業務のみ実行。外への対応にあたっています。王宮などにいた二十一名は全て王都から撤退。カモフラージュの為に隣国へ向かいました。先に王都拠点にいた人員は店へ。かねてからの予定通り、通常業務の準備にとりかかっています」
隠密部隊の活動縮小、および解散……か。
「また、通信具および『連結無限袋』へ回覧を入れることにより、王国中に散っている者へは緊急通達済み。王都近辺への移動は一時的に禁止しています。なお、転移装置は私が使用して以降は封印し、結界にて隠蔽する手筈になっていますので、現在、王都への帰還に転移装置は使えません」
「な!?」
ある意味徹底した行動に、ロベルトが驚愕の声をあげた。
転移装置が使えないということは、一瞬で王都に戻ることが出来ないということだ。
そこまでする理由など、そう多くない。
「ポムは何処にいる」
「王都拠点に。王宮など、外への対応も、ポムが行う予定です」
「……何が起きた」
「神族が出ました」
ビリ、と。
空気が震えた。
俺は自分の心を押さえ込む。
落ち着け。分かっていたことだ。知っていたはずだ。報告を受けていたのだから。……この国に手を伸ばしていることは。
俺は小さく息をつく。心配そうなロベルトとシンクレアの視線に気づき、少しだけ気持ちが楽になった。
だが、事態はそれだけで収まらなかった。
「それと」
ノアが連結無限袋から一枚の用紙を取り出す。
文字が見えた。ポムの字だと思った。それにしては、少しばかり荒い。
「つい一時間ほど前、ポムから連絡がありました」
通信文には、常に時刻を入れる決まりがある。通信具と違い、連結無限袋を介した場合、その情報がいつのものなのか分かりにくいからだ。
俺は紙を受け取ろうと手を伸ばし――その手が未だに手紙を握っていることに気づいた。
入口の前で気づいた手紙だ。中身を見ることすら忘れていた。
紙と共に、手紙も開く。
「……」
目が思わず滑りそうになった。
だが、大きな紙に書かれた短い文章を見なかったことには出来ない。
……いつか来るだろう、とは思っていた。
だが、想定よりずっと早い。
なんの前触れもなく現れたようで――けれど、『時期』としてはこれ以上ないほど分かりやすい。
――理由など一つしか無いだろう。
「王都で急速に噂が広がっています。グランシャリオ家は、魔族ではないか、と」
敵が、動き出したのだ。




