8 港街再開発計画 其の弐 ~流通と経済~
転移装置でロルカン支部に飛ぶと、どうやって到着を察知したのかポムが待っていた。
「いらっしゃいませ、坊ちゃん。もうちょっと家でゆっくりしていらっしゃっても大丈夫ですよ?」
「そういうわけにもいかないだろう。――その前に、お前のほうはちゃんと寝たか? 今日は休んでいてもいいんだぞ?」
「ふふ。しっかり休ませていただきましたので、大丈夫ですよ。私としては坊ちゃんの体の方が心配ですけどね」
抱えられ、いつもの定位置に落ち着きながら俺は苦笑する。
ポムはわりと心配性だ。
今も「何時間睡眠をとりましたか」「ご飯は食べましたか」「歯を磨きましたか」「旦那様達にご挨拶されましたか」と母様よりこと細かく聞いてくる。ある意味面倒かもしれないが、気にしてくれているのがわかるので一つ一つ答えていった。まったく! ポムは過保護だな! むふー。
「領主さん達びっくりしてましたよ~。最新式厨房と自動かけ流し風呂にはしばらく言葉が出なかったぐらいです。いや~。いい仕事しましたねぇ~」
「ふふふ。気に入ってもらえたようだな!」
「ええ、それはもう。坊ちゃんに見せたかったほどですよ」
そうかそうか。それほど喜んでもらえたか。
俺とポムの傑作『アヴァンツァーレ家新型厨房』と『大浴場』は、今回の改装および改築において最もこだわりぬいた部分だった。
なにしろ、地下の水源から貯水タンク、配水と排水を経て汚水処理施設と、次の計画である街全体への上下水道整備見本を兼ねて造ったのだ。屋敷内分のみの汚水処理施設の為小型だが、ちょうどスペースが空いていたので最終的に発生する汚泥やスカムの処理施設もセットで作っている。生ゴミも入れれるようになっており、脱水・発酵・攪拌で肥料に変えてしまう自信作だ。
「上手く稼働してくれるといいんだがな」
「地下水の汲み上げと貯水、そこからの配水と風呂場の温水装置、全体的な排水に関しては問題なく作動していました。汚水処理はもうちょっとしないと結果が出ないので、それ待ちです」
「最終処理場もしばらくは生ゴミ処理装置だな。魔力珠の魔力消費量と魔力変換板の供給量はどうだ?」
「どちらもある意味良好です。魔力珠内の力が満タン状態なら、供給なしで一月程度は持ちそうですね。ただ、変換板の方は少し問題があります」
どこからともなく取り出した図面を俺に渡し、ポムは困ったような微苦笑を浮かべた。
「坊ちゃんが作った変換装置が優秀すぎました。曇りの日以外は昼夜問わず太陽と月の光を魔力に変換しますから、消費する量より供給する量の方が多くなってます。ここの屋根部分全てが変換板ですからね……変換効率とあわせて、けっこうな量の魔力が生まれてますね。もっと大きな魔力珠をタンクにしておくか、小型のを複数用意したほうがいいかもしれません」
「……想定以上、か」
広げた図面の中、北西の位置にある部屋の屋根には斜線が引かれ、横に小さく『過剰気味』と書かれていた。変換板の部分だ。
「この屋根、いくつか普通の素材に変えるか?」
「それよりは余剰分を他に回せる装置を作ったほうがいいと思いますよ。照明関係の魔力補充とかに使えますし」
「成程。そちらでいくか」
また造る物が増えたが、コストゼロ計画の助けになるから良しとしよう。
今回、屋根の素材として使った『魔力変換板』は、太陽と月の光から魔力を作り出す魔道具だった。
照明具や風呂の温水装置、地下水の汲み上げや汚水処理装置の一部に空気を送り込む装置、ポンプアップ装置等は全て魔力珠で動かしている。
魔力珠で動かしているということは、装置を使用する度に中の魔力が減り、その補充をしなければやがて残量ゼロになって装置は止まるということだ。魔力変換板は、消費し続ける魔力珠に魔力を補充する為に作り出したものなのだ。
……まぁ、ちょっと効果が高すぎたみたいだが。
「では、早速ジルベルトの所に行くか」
「いやぁ……それがちょっと、色々と問題が」
それっ! とポムの腕から飛び降りようとしたが、がっしり捕らえられてしまって抜け出せなかった。おふん。
「問題とは、何だ?」
「坊ちゃんに顔繋ぎを願う色んな人が、朝からひっきりなしに店を訪れてるんですよ。昨日、坊ちゃんが領主さんの所に招かれて泊まったのも噂で広まってますので、領主邸前も人が行ったみたいです。で、見違えるほど立派になった邸宅とあわせて、今、ちょっとした騒ぎに」
「……」
俺はポムの腕から飛び立つのを諦め、定位置に戻りながらチラッと見上げた。
「もしかして、やりすぎた……か?」
「はい」
ポムは素晴らしい笑顔だった。
●
隠密スキルを使用して二階窓から戸口を覗くと、たむろしている人々の頭が見えた。
十五人ほど。男ばかり。そしてフサフサ。
「……あれ、全部そうなのか」
「はい。この街の商会に、近隣から早馬を飛ばして来たらしい商会や隣の領地を持つ貴族などですね。あと、前からうちと取引したくてこの街に滞在していた人達がいますので、その方達も。店前でたむろしては邪魔になるからと、招待状や依頼書を置いて宿に戻られた方もおられます」
こちらです、とノアが盆に乗せた招待状と依頼書の山を持ってくる。山といってもまだ二十枚か三十枚程度のものだが、これから増えるだろうことは表の騒ぎを見るまでもなく明らかだ。
「表にずっといるのは、店前を占拠してでもとにかく顔繋ぎを、という連中か?」
「そうですねぇ……性格的なものなのか、事情的なものなのか、理由は様々だと思いますが。まぁ、それだけでなく、昨日私達を運んできた船に、一応荷物も積んでおいたでしょう? その取引の申し出に来てる人もいたりします」
「そういえば、それもあったか」
つい昨日のことを思い出し、俺は納得した。
俺達の住むセラド大陸から、この街のあるラザネイト大陸まで、俺とポムは俺の魔改造した高速大型船で渡ってきた。魔海峡とまで呼ばれる大渦エリアを越えるルートで、距離の問題もあって俺の高速大型船でも航海に半月ほどかかるのが普通だった。
が、悠長に時間をかけれないことと船旅の危険を無くす両方の意味で、我らが海の女王水の精霊女王に協力してもらって三日で渡った。
そして到着したのが、昨日なのである。
到着はまだ夜も明けきらぬ中だったので、その時はたいした騒ぎにならなかったのだが――
「船の到着を知って駆けつけてきた連中もいるから、余計にひっきりなしなのか」
「はい」
おそらく昨日もそれなりに騒ぎになっていたのだろうが、その時点で俺はテール達を連れて街の外に出ていたから、今回みたいな状況を知らなかった。
街に帰還した後もジルベルトやロベルト以外に会わなかったのは、留守を守っていたノア達が上手く取り計らってくれたからのようだ。
……そう考えると、ジルベルトとロベルトは、上手く合間を縫って俺と出会えたことになる。おそらく、そういう運も『縁』の一つなのだろう。ジルベルトは英雄の資質を持っているし、ロベルトは当代の勇者 (未覚醒)だ。会うべくして会った、とみるべきかもしれない。
「薔薇露を売って欲しいという人が大半ですが、ポーションや薬草の取り引きを願い出ている人も多いですね。ああ、それと、王国軍から直接取引の申し出が来ましたよ」
「存外、早かったな」
「ですねぇ」
苦笑含みのポムの声に、俺は口の端を笑ませた。
薔薇露に魔力回復という想定してなかった奇妙な効果が発生しているのを知ってから、いずれ声がかかるのだろうと予想していた。魔物被害が増えているならなおのことだ。
「品目は薔薇露だけか?」
「ざっと目を通した限り、小麦以外の全ての品に対して取引依頼がきてますね。特に干し肉に比重がおかれています」
あれ? 薔薇露じゃないの?
「どうも王国軍って魔法使いが少ないみたいですから、そのせいでしょうねぇ。ポーションとか干し肉とか前衛用のものに比重が偏ってます」
「……そういえば、ロベルトも言っていたな。魔法使いの出生率が年々下がってる、と」
「千人に一人とか、そういうレベルみたいですねぇ。魔族とえらい違いですね」
魔族なんて、基本ほぼ全員が魔法使いだからな。あまりにも皆が魔法を使えるものだから、長い間『魔法使い』なんて職が存在しなかったぐらいだ。今は飛びぬけて魔法の才のある者はその職を名乗るようになっているが、たぶん人族の言う『魔法使い』とは存在からして違うのだろうな……
「売り上げからみるに、軍よりも在野に魔力持ちが多いわけか」
「軍人の給料が高くない限り、軍に所属するメリットって無いでしょうしね。国お抱えの魔法使いって、そういえば軍属なんでしょうか?」
「配属されてれば、そうじゃないのか? 貴族のお抱えもいるだろうし、その貴族がトップの軍なら、自然と配属されてそうな気もするが。――まぁ、それでも、全体の数からすれば恐ろしく少ないのだろうな」
「なにしろ千人に一人ですもんねぇ。五万人の軍に五十人程度いるかいないか、ですか……そりゃあ、取引量は偏りますね」
小麦の取り引きが無いのは、別にうちと取引しなくても馴染の商会から卸してるとかそういう理由だろう。
「干し肉を注文されてるのは、美味しいと評判なのと、食べると発生する一時的な能力上昇効果が通常よりも高いから、のようですね」
「またか。――というか、今までたいして気にしてなかったのだが、もしかして、人族の食べ物って『食事効果』が薄いのか?」
「と、言うよりも、ほぼ無いみたいですね。肉は体を作るとか、牛乳は骨を強くするとか、そういう基本的な効果は同じようにあるみたいですが、魔族にとっての『食事効果』――すなわち、パンを食べることによる一時的な体力増強とか、そういうのはほとんど無いようですね。唯一の例外が変異種――こちらで言う魔物素材を使って作る料理のようです」
「……ということは、うちの小麦で作ったパンを食べたら……」
「最大体力の一時的な増加、という効果を知ったら大量発注が来る可能性高いですねぇ」
ポムがほくほく顔で言うのを見ながら、俺は背中に冷や汗が浮かぶのを感じていた。
やばい。思っていた以上に、うちの大陸が人族にとって宝の山過ぎる。
「小麦は寒村への支援対策用にする以外は、食堂で提供するもののみに限った方がいいかもしれないな……」
「あー……坊ちゃんの麦ばかりが売れて、人族の作った麦が売れなくなっても困りますしね。干し肉なら『モンスター食材だから』で誤魔化せますけど、麦だと誤魔化しようがないですし」
俺の言わんとするところをすぐに察して、ポムは困り顔になった。そう、『麦』は特殊な効果が発生した時に、他の製品と違って産地が特殊であることを誤魔化せないのだ。パンにしてしまった後なら、薔薇露のように『特殊な製法で効果が発生している』とかこじつけられるのだが。
「まぁ、麦は課題として――ひとまず、管路作成がてら取引に来ている連中の整理を外でしておくか」
俺の声に、ポムは「畏まりました」と恭しく一礼した。
●
街壁の外に出ると、硬い土がむきだしになった平野が広がっている。
平野とはいっても荒野一歩手前な土地で、馬で一時間も駆ければそこに広がるのは立派な荒野だ。ひび割れの多い赤い大地は、枯れ果てた世界の姿にも似て寒々しい。
タッデオ地方はそんな荒野が多い辺境だ。これを手っ取り早くなんとかするためには、内陸部に水源を確保する必要がある。気候の影響で雨雲がほぼ通らないという場所が多いのも問題なので、別の所から水を引っ張ってくるのが長期的に見て良いだろう。
河川工事も計画しているが、俺がまず取り掛かったのは街の下水道工事にからむ計画だった。
そんなわけで、俺は今、街壁の外にいる。
いつでもどこでも完全隠密なポムと一緒に、気配を殺してこっそり出てきたのだ。
外とはいっても壁沿いで、しかも街壁の端っこである。街門からかなり離れていることもあり、この辺りには人気はおろか壁の角度もあって人目が届かない。それもあって、こっそり動くのに丁度良い場所になっていた。
「――では、既存商品についてはこんなところでしょうか。とりあえず依頼書の内容を加味して振り分けると、今回用意できた『商品』は軒並み完売、ということになりますね」
「ああ。相変わらず、予想以上の売れ行きが続いているな」
せっせと魔法で土管を作る傍ら、取引内容を復唱するポムに俺は頷きつつ苦笑を零す。
俺の傍にいるのは、現在ポムだけである。
店を任せてあるノアには、ひっきりなしに訪れる人間の相手をしてもらっていた。内政特化のノアであれば、例え相手が海千山千の商人であろうとも引けをとらない。魔族という強者の立ち位置を見せることなく話が出来る者は希少で、そういう点でもノアに任せられるのは嬉しい限りだ。
ポムの推奨で素直にそれを伝えたら、えらく感激されてしまったが……もしかして俺は、もうちょっと家人達を労いつつ動かなくてはいけなかったのだろうか?
帰ったら早速実践しよう、と思いつつ、焼成し終わった土管を所定位置に魔力操作で積み上げる。
この土管は下水道管だった。なにしろ大規模工事を予定しているので沢山作っておかなくてはならない。これが終わったら側溝も造らなくてはならないので大忙しだ。……最近、なにかと土と炎の魔法ばかり使っている気がするな。
「新規取引先が増えるのはいいことなんですが、供給が追いつかない商品が多い、というのが困りものですねぇ」
「農地改革は進めているが、な」
取引名簿を繰りながらため息をつくポムに、俺は苦笑した。
ポムの言う通り、既存商品については顧客が増えた。連結無限袋を通じて、未だにノアからの連絡が入っていることもあり、時間経過と共にさらに増えるだろう。農地拡大等の別の手を考えないといけない状況になりつつある。
その代表選手である薔薇露は、これからさらに関わりが強くなることを見越して冒険者組合ロルカン支部に大部分を卸すことで話がついている。他の冒険者組合からも依頼が来ていたが、そちらはロルカン支部を通じて取引をすることで話を纏めた。つまり、冒険者組合関係は、ロルカン支部がうちの窓口になることになったのだ。
そのかわり、ロルカン支部に対して我が家も相応の見返りを要求している。主に情報面に関してだが、いずれ他の面でも世話になることがあるだろう。
全てを卸さないのは、個人的な取引を申し出てきた貴族にばら撒く為だ。こちらは商品を売るためでなく、使う為に欲しいと申し出てきた連中である。
ぶっちゃけると、奥さんや娘、恋人や愛人、または自分の家と関わりのある目上の女性への贈り物にする為であるらしい。こちらは本来の使い方である化粧水として望まれているので、顔繋ぎもかねて取引することにした。ちなみに、ジルベルトの家も含まれている。
薔薇精油と紅茶は、そのほとんどが貴族との取引に使われることになった。どうやら、この国の上流階級にうちの商品が認知されたようだ。どこそこの家御用達の何某、とかいうまわりくどい名乗りでやって来た大商会の連中が、王都でも噂の我が家の商品を是非とも、と申し出ているらしい。貴族の紹介状と商会の依頼書を提出してきてるあたり、この取引に本気なのが分かる。
精油は数が少ない為、ノアとポムが厳選した相手のみになったが、紅茶は申し出てきた商会全てと取引することになった。正直、家人の数が足りなくてあちこちに売りに行けないので、販売ルートを確保している商会が間に入ってくれるのは有難い。良い商品を卸すことで相手側に恩も売れるし、外貨も早く貯まるからだ。
それにしても、いつのまに王都にまで名前が広がっていたのやら……冒険者ネットワークは凄まじいものがあるな。
ポーション類と薬草類は、冒険者組合に半分、もう半分は王国軍に売ることになった。消費が激しい場所に振り分けたのだ。こちらは薔薇露と違ってロルカンにだけ卸すのではなく、申し出てきた全ての冒険者組合と平等に取引をしている。魔物の被害が増えているのは大陸全土だというから、この付近にだけ配るわけにはいかないのだ。それに、ロルカンだけに利益が集中すれば、後々禍根を残しかねないからな。
……まぁ、それについては少し考えがあるので、後で連中に打診しておこう。結局、爆発的に売れているのは『魔力が回復する』恩恵目当てなのだから、同じ効果をもつ別の商品を流通させればいいのだ。素材確保にしばらく走り回ることになるが、伝手はあるので何とかなるだろう。
ちょっと予想外の所から大口購入先が来てしまったのが干し肉だ。
実の所、今リアルタイムでノアが担当者と店の中で話をしている。連結無限袋を介して部下に伝言を伝えて状況をチェックしていたのだが、一定数を冒険者組合に売る以外は、そのほとんどを王国軍に回すことになった。他にも何か無いかと言われたので、冬場の保存食である乾物類の話をしておけと連絡したら食いついてきた。「売れるものは何でも売れ」と指示してあるので、それらも数が揃い次第随時売っていくことになるだろう。
しかし……いいんだろうか……軍の胃袋を俺が掌握してしまって……
まぁ、普通の食事に関しては付近の住民から購入しているようだし、王国軍の行軍や演習時の食事が良くなる程度だろうから、そこまで気にする必要も無いか。これで我が領も冬に潰す家畜の数を気にしなくてよくなるな!
「しかし、港街に来るだけでも費用はかかるだろうに、連中もよくうちと取引したいと思ったものだな」
「まぁ、食事効果の違いを考えれば、多少の運送費ぐらい目を瞑ってしまえるのでしょう。それに、一度の取引で渡せる量が多いですからね」
「多いか? 足りない気がするが」
俺の声に、ポムは苦笑した。
「坊ちゃん。坊ちゃんの種族の感覚で考えてはいけません。人族の消費量は特別な人を除いてそれほど多くないんです。一回の取引で馬車五台分手に入るのであれば、ちまちま行き来するより手間も人件費も少なくてすみます。それに、前にも申し上げた通り人族は常に食糧不足ですからね。食糧関係の取り引きは増えると思いますよ。オイル漬けに、香辛料、干物類も欲しがってましたし。……まぁ、麦はルートから外しましたけど」
「麦は別のことに使えるから、まぁいいとしよう。……しかし、外貨獲得に出て来たものの、予想以上に集まりすぎて問題が生じているな」
「このままでは、この大陸のお金が坊ちゃんの所に流出する一方ですからねぇ……とはいえ、使うにしても何を購入するべきか」
貿易は成功している。
外貨は貯まる一方で、必要経費を差し引いてもかなりの儲けが出ている。全て順調と言っていいだろう。
――だからこそ、逆に問題が出ているのだが。
「まぁ、使い先は一応決めてある。今の流れは危険だし、こちらの貨幣の質を考えても、外貨をそのままうちの領に持っていくのは得策と言えないからな」
「貯める一方は嫌われますしね」
そう。どこかである程度は消費しなければならない。金とは貯めこむべきものではなく、流通させるべきものだからだ。
「そういえば、支出量とすれば微々たるものですが――あの子供達、どういう風に育てる予定です?」
貯めた金の使い道の一つである『雇用』は、すでに始まっている。貧困対策や我が家の人員不足解消も兼ねているので、これからも増やしていく予定だ。
「適性を見る予定だが、他の町に進出した時の支店長クラス、商人クラス、行商人、店番、料理人、あと魔法適性で塩の抽出や魔力供給などの単純作業従事も視野にいれろと命じてある。人族の街で営むのは、出来るだけ人族の手に委ねたいからな」
人員不足だからこそ、今はグランシャリオ家の家人が直接出向いている。だが、魔族である彼等は人間のようには年をとらない。長年この地に関わり続ける、ということは出来ないのだ。
「十年も仕込めば、支店長を任じれる者も出てくるかもしれないしな。版図を広げるには人員も必要になってくる。人が増えれば、それを世話する役割の者も必要になる。飲まず食わずの連中がいるというのなら、仕事は多種多様あるほうがいいだろう。……もっとも、モノになるかどうかは不明だがな」
「慈善活動と割り切る部分と、商家として損得勘定を入れるべき部分と、分ける必要がありますね」
「ああ、その慈善活動の一環も兼ねて、『救貧院』を作るぞ。魔族流の救貧院だがな」
「おや。それは大口の消費先。――麦の時も思いましたけど、坊ちゃん、妙に人間の貧困を気にしてますよね」
ポムの声に、俺は軽く首をすくめてみせた。それ以上はあえて尋ねてこない相手に、出来上がった大量の土管を魔法で隠蔽するよう伝える。
正直、隠すほどのことでもないのだが、説明するのも難しい。
――人族の貧困は、このまま何もしなければ加速する一方だ。
人族の王は対策らしい対策をとらないし、本来彼等を導くべき存在であるのに、勇者は立たない。
飢えた民は別の民に牙を剥き、やがてそれは魔族の大陸にも至る。
――それは、この先の未来に発生する災いだ。
それに――
「……飢えて死ぬ者がいる。貧困に怨嗟を育まされ、他者を顧みない者が生まれる」
俺を殺した勇者。その勇者一行の中にいた者。
――貧しさが運命を歪めるのなら、その運命を変えなくてはならない。災いの芽を摘み取るとは、そういうことだ。命を消すのではなく、事象を変えなければならない。
ふと、背に誰かの温もりを感じた。耳に懐かしい声が聞こえる。
――ダカラ
「そんな未来は、阻まなくてはならない。現在と未来のために、打てる手は全て打っておくべきだからな」
「……」
ポムはちょっと目を眇めるようにして俺を見た後、気の抜けたふにゃりとした笑みを浮かべた。
「ああ、それなら、仕方ないですねぇ」
「そうだろう。とりあえず、第一号としてこの街にも作るぞ。その前段階として、街を包む新街壁と土管工事は今夜やってしまう。ジルベルトと冒険者組合の組合長に話をつけておこう。あと、ロベルトにも手を借りたいことがあるからな」
「あれ。勇者さんも巻き込むんですか」
意外だったのか、パチパチ瞬きするポムに、俺は鼻を鳴らした。
「巻き込むとも。――むしろ、本来は奴がやらなくてはならない案件なのだからな」




