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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 1 アヴァンツァーレ家
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7 儀式と誕生日


 夜明けまで屋敷を改造しまくった後、俺は後をポムに託して一旦実家に戻った。

 まだ改装が終わっていない箇所もあるが、一気にやれはしないということで渋々諦める。そろそろ起きてくるだろうジルベルトへの説明も、だいぶ迷ったがポムに一任した。俺だととことんまで説明してドン引きされそうだから、ある意味丁度よかったかもしれない。ポムに任せておけば、過不足なくおこなってくれることだろう。

 ……まぁ、わざと教えないコトとかありそうだが、ああみえてポムは人族に優しい。俺が行うのと比べても、誤差の範囲程度だろう。

 ちなみに俺が実家に帰る理由は、単に俺の魔力が尽きかけたせいである。


 なにしろ、俺はずっと【時渡エクセリクシ】で十歳になったままだった。さすがに丸一日近く持続させるのは辛い。

 これがもう一段階上の大人バージョンだと、前回と同様であれば(・・・・・・・・・)魔力の自己回復量が持続消費量を上回るので逆にじわじわ回復していく。だが、十歳版では消費量の方が多い為、最後には尽きて正体もとい一歳未満の姿を晒してしまうのである。

 もしそんな姿を晒してしまったら……!

 きっとジルベルトは愕然とするだろう。信じられない裏切られたという目で見るかもしれない。そして俺の涼しい後頭部を見つめられるかもしれない。辛い! 想像するだけで俺の胃がキリキリする!

 だから俺は正体を晒してはいけないのだ。俺は時間制限のあるグランシャリオ家跡取り息子なのだ。


 というわけで、家に帰ってきた。

 たっだいま~ん我が家! 魔力すっからかんで眠いが、それよりも大事なことがある。世界の真理、俺の愛するルカのことだ!

 まず一番最初にルカの所に行くだろう? あと一か月ほどで俺の領地に行ってしまうのだから、時間を捻出しては盛大にたっぷりと愛を育んでおくのだ。俺の幸せな未来の為にも、これは実家での最優先事項なのだ!

 しかし、転移するとそこには父がいた。

 おや?


「れでぃおんちゃん……!!」

「きゃむ!?」


 抱きつかれた! そして変な声出た!

 父様! 俺の体を圧迫しないで! 赤ん坊には優しく! あふん。


「まだ一歳にもならないのに、家出だなんて……! パパはそんな子に育てた覚えはありませんよ!?」


 もの凄まじく泣かれたが、意味が解らない。家出って、なんでだ?

 ポムも交えてちゃんと前から話し合ったし、魔王サリにも相談したし、何故か当日サリからの呼び出しで泣く泣く家を離れてた父様の為に伝言も残してたのに、どういうことだろうか。


「やっと戻って来ましたね。お父様はずっと心配していらしたのですよ」


 母様もいる。

 あれ? 俺の伝言はどうしたの?


「『人族の大陸に行ってきます。探さないでください』――なんて書置きがありましたが、家出と間違えたお父様が人族の大陸に大艦隊を派遣しかけていました。言葉は選ばないといけませんよ、レディオン」


 一歩間違えたら人魔戦争ーッ!!

 俺の知らない間に事態が急展開するところだった……

 というか、あれか……俺の手紙で余計な事態が発生してしまったのか……父様、すまん。


「次からお気を付けなさい。……ほら、あなた。レディオンも疲れているでしょうから、お部屋に戻りますよ」

「ああっ……! 久しぶりのレディオンちゃんなのに……! もっと頬のぷにぷにを……! 頬ずりを!」

「早く子離れなさいませ。レディオンも未来のお嫁さんに愛想を振りまかないといけないのですし」

「なんだと!? そんなのはお父さんまだ認めてないぞ!?」


 ああ……父様が母様に首根っこ掴まれて引きずられていく……

 というか、俺も母様の言ってることがよく分からない。年代的に俺の嫁はまだ生まれていないはずなのだが、誰の事を言っているのだろうか?

 ――ハッ! まさか、俺に内緒に、すでに婚約者が!?

 それは困る! 俺には会いたい妻がいるのだ! 例え父母とはいえ、俺の嫁はあの妻でないと許さんよ!? 全泣きで訴えるよ!? ただしハーレムについては要相談です!

 しかし、それよりもまずはルカだ。ルカ~ん! 帰ったよ!


 勝手知ったるルカの部屋、ということで、俺の部屋のすぐ近くに新たに配置されたルカとクロエの隠し部屋に行くと、夜明け前なのに起きて床にちょこんと座っているルカがいた。

 おお! 流石我が愛臣! 俺の帰りを待っていてくれたのか!

 俺は大喜びでルカの元に走った。


「……。」


 あれ? ルカの目が冷たい。

 未だかつて無い冷ややかな目で見られている。――ヤだ。前世のルカそっくり。俺の胸がキュンキュンするだろ? どういうことなの? 前世でも思い出したの?

 あまりにも冷たい眼差しに走り寄る足も鈍る鈍る。チラッと上目使い攻撃してみたが、ルカは冷めた眼差しで俺を見つめたままだ。しかもその頬が膨らんで、眉根に皺が寄った。と思ったら、そっぽ向かれた。



 アィエエエエエエエ!?





 ルカ!? ルカなんで!? 俺は何か悪いことをしたの!?


 あまりのショックに飛びかかってハグした後、全力で脇腹擽って息も絶え絶えになるほど笑わせたら冷たい眼差しがなくなった。よし! やはり笑いは全てを洗い流す特効薬だ。ちょっと物理すぎたが、ルカのツンツンが無くなったから結果オーライとしよう!

 それにしても、何故ルカはいきなりツン路線になったのだろうか。

 ようやくニコニコになったルカとキャッキャウフフしてたら、俺達の取っ組み合いの擽り合い騒動で起きたらしいクロエが苦笑しながら言った。


「レディオン様がいなくなってから、ずっと寂しくて不貞腐れていたのです。ようやく機嫌が直ったみたいね? ルカ?」


 クロエの声に、ルカは頬を膨らませて俺に抱きついてくる。

 おお! なんということだろう……俺はルカにそんなに愛されていたのか……!

 前世のツンクールもといツン・アブソリュートゼロの印象が強すぎて、俺が一人勝手に今生では相思相愛だと思い込んでるだけじゃないかと密かに心配していたのだが、く……! 俺は今猛烈に感動している……!!

 やったぞ前世の俺よ! 俺はルカと正真正銘の相思相愛だぞ! 絶対信じないと思うがな!


 しかし、せっかく愛を確かめ合ったというのに、ルカはしばらくすると眠ってしまった。

 クロエの話によると、俺がいつか顔を見せるのではないかと右往左往して、最近あまりよく寝ていなかったらしい。ルカ……!!

 俺はぐっすり眠ってしまったルカの手をとると、真剣な面持ちで語りかけた。


「ルカよ……俺にも仕事がある。大事なお前の傍についていてやりたいが、ずっと一緒に居るわけにはいかないのだ。早く大きくなって、俺を手伝ってくれ。そうしたらずっと一緒だぞ!」

「……あい……」


 夢うつつに返事した!

 かわいいぞルカ! じゃなかった。いや、合っているか。頼もしいぞ、ルカ!

 だが可愛らしすぎて俺の罪悪感が半端無い。おお、何故俺は一体しかいないのだ! そして俺達はしばらく離ればなれになる運命……辛い……


「……領地に出ればしばらく会えなくなるから……ルカが寂しくない為にも、俺の複製を作って渡すべきか……」

「いえ、それはちょっと……」


 クロエに申し訳なさそうに断られた!

 辛い! やっぱり顔か!? 俺の顔が酷いせいか!?

 ショックなのが伝わったらしく、クロエはおろおろしながら言う。


「その、万が一レディオン様の複製に何かあったら、取り返しのつかないことになりますから。働きに行っている間は手薄になりますし、防犯の観点からも非常に問題があるかと」


 そうか……確かに、グランシャリオ家次期当主で次期魔王な俺の複製が盗まれでもしたら、大問題だものな。主に父様のココロ的な意味で。そしてきっと俺の顔が酷いから複製なんて欲しくないという拒否では無い。大丈夫だ。だから確認はするなよ、俺。

 しかし、今生の俺は幸せ者だ。ルカもニコニコだし、ジルベルトという人間の友達も出来た。俺はもしかすると伝説の『リア充路線』とやらに踏み入れれたのでは無いだろうか……友達のいない歴=魔生だったこの俺が……!

 いやいや待て待て、思いこみはよくない。落ち着くんだ俺。世の中には独りよがりとか一方通行とかいう切ない事実が存在するのだ。俺の思いこみでないとどうして言える? そう、落ち着くんだ俺。後で凹んで立ち直れなくなるのは自分なのだから……!


 しかし、今俺の手をギュッと握って眠っているルカも、俺達の為に子守唄を歌ってくれているクロエも現実の存在だ。大丈夫だ。俺の妄想じゃない。夢オチでも無いとも。大丈夫だとも。うっ……涙が……


「? レディオン様、いかがなさいましたか?」


 なんでもないよ。

 なんでもないから、気にしないでくださいよ。

 不思議そうに覗き込んでくるクロエの目から逃れてうつぶせになり、俺は幸せな気分で目を閉じる。

 ルカ達に囲まれていると、魔力の回復が早い気がする。きっと気のせいだろうが、体がポカポカして気持ちいい。むふー。

 俺は寝返りをうつと、ルカにぎゅっと抱きついた。

 寝ているルカが俺をペチッと叩いてから抱き返してくる。なんという寝ながらツンデレ。新しい。


 そんなことを考えていたらいつの間にか日が昇って昼になっていた。どうやら久しぶりにルカとベッドを共にしたようだ。

 そして俺の魔力、完全回復!

 ――どう考えても俺の魔力回復力と魔力値がおかしいな……

 だが、能力が高いことはいいことだ。俺はもう前世の俺自身と比較するのはやめたほうがいいかもしれない。地味に凹むから。自分自身で凹むから。

 そしてうっかり昼まで寝てしまったせいで色々やりそびれたこともあるが、ルカの機嫌は良くなったことだし、よしとしよう。

 なにしろこれから、港街再開発計画に必要な品をルカと共同制作する予定なのだから!


「さて、ルカ。ここに力の込められていない魔珠がある」

「あい」


 俺が無限袋から取り出した小さな水晶玉のような魔珠に、ルカは真面目な顔で首肯した。

 魔珠はある一定以下の魔法を閉じ込める事のできる魔道具だ。形は水晶玉に似ていて、大きさと強度は作り手に由来する。

 一般的なサイズは手の掌サイズで、一般的な強度は硝子玉程度。

 分かりやすく実例をあげると、クロエが作った魔珠は初級魔法を入れておくのが精いっぱいだし、水晶玉程度の大きさで割れやすい。

 俺の作った魔珠は、災害級魔法以下なら入れておけて、大きさは目玉程度から馬車より大きいものまで様々であり、その強度は上級魔族の渾身の一撃に耐えられるほど。

 クロエの作る魔珠が世間で使われている一般的な魔珠で、やろうと思えば俺レベルのものまでカスタマイズできる。といっても、俺もまだ魔具製作エキスパートでは無い。いずれ天災級、災厄級、災禍級、神罰級まで込められるようになる予定だ。

 もっとも、そのレベルの魔珠なんて、前世では見なかったがな。

 そして、魔法を閉じ込める以外にも、魔珠はもう一つ別の使い方がある。


「これは俺が作った魔珠だ。この珠の中に、おまえの魔力を全力で注ぎ込め」


 俺の声に、ルカは真剣な顔で頷き、手に取った珠の中に文字通り全力の魔力を注ぎ始めた。

 お……ぉぉ……流石俺のルカ。最初から一発で高濃度魔力を注ぎ込んでいる。早い時分から魔力操作を覚えさせた甲斐はあったな!

 同様に生後二カ月半の頃から見よう見真似で魔力を鍛えていたせいか、魔力量ならすでに俺の片腕を名乗ってもいいレベルの膨大さだ。下手をすれば前世の俺に匹敵するかもしれない。……やだ……どういうことなの……

 母様や父様といい、前世を遥かに超えるこの甚大な魔力量は、どこからきているのだろうか。そろそろ本腰入れて謎を解明しないといけないだろう。どうも異変は俺の身近に偏っている気もするが、何かそれらしいおかしな物はあっただろうか……?


「れでぃお、できた!」

「ルカ。『できました』です」

「できまちた!」


 俺が考え込んでいる間に、ルカは珠に魔力をつぎ込み終わったようだ。クロエに口調を訂正されながら、笑顔で完成品を見せてくる。可愛い。


「うむ。……流石は俺のルカ。実に素晴らしい」

「!」


 ルカがパァアッと音がしそうなほど顔を輝かせた。うわ。やばいぐらい可愛い。このままでは俺のルカが魔性のルカになってしまう。いや、これが人間の言うところの『天使』か。素晴らしい。しかし天使は大抵が神族の親衛隊だ。駄目だ。俺のルカは渡さんよ!

 そしてルカの作った魔力珠も素晴らしい。魔力のみを込められた魔珠はそのまま魔力珠と呼ばれるのだが、これは魔道具等の動力源になるし、吸収の仕方さえ知っていれば魔力の回復具にもなる。他にも色々試したい試みもある為、俺の力の及ぶ範囲内で大量に作らせているものだった。


 そう、かつて俺を殺すための策略に巻き込まれ、現在は俺の手下となっているベッカー家一門にも命じて作らせている品である。

 ベッカー家の力は魔族の中でも大家だ。我がグランシャリオ家には及ばないが、武力財力ともに抜きんでたものがある。最精鋭は先の騒動で半数以下になっているが、次代も育っているし、戦いを経て配下に加わったせいか忠誠心もやたらと高かった。特に輝ける頭部をした連中なぞ、他家の者達が異様に思う程俺に忠誠を誓っている。……俺もなんであんなに敬われてるのか謎で仕方がないのだが。

 そういえば、連中もやたらと魔力が増大していた。やはり何か特別な力が働いている気がする。しかし俺自身は(たゆ)まぬ努力無しには能力増加が発生しない。何故だ。俺だけ何かの恩恵から外れている。おのれ運命め、相変わらず俺への差別が酷過ぎるぞ!


「れでぃお、やくだつ?」

「ルカ。『お役に立てますか』です」

「おやくに、たてまつか?」


 ――ハッ!

 いかんいかん。天を呪う前に愛するルカとの時間を楽しまなくては!


「ああ。勿論だ」


 俺の声にルカは嬉しそうに笑った。流石俺の魂の潤い(オアシス)。ささくれだちかけた心も癒えるというものだ。

 俺はにこにこしているルカの頭を撫でてやる。そうして、その身の魔力を確認した。

 ――む。凄いな。極限までつぎ込んだらしくて魔力が空だ。

 それでいて他の力に悪影響を及ぼしていない。つまり、自分の魔力総量を把握して正確に全部珠につぎ込まんだということだ。一歳未満で、あれほど膨大な量を。

 見ているとじわじわとルカの魔力が回復していっているのが分かった。ルカもまた自動持続回復系の固有才能タレント固有能力アビリティを有しているのだろう。

 しかし、魔力回復速度はそれほど高くないようだ。もっている魔力総量が大きすぎるせいもあるのだろうが、もどかしいほどの量しか回復していかない。

 ――ふむ。


「ルカ。手を」

「あい」


 素直に出してきた手を握り、ゆっくりと俺の魔力を渡す。ルカが一瞬くすぐったそうな顔をしてから、俺の手を見る。


「俺の魔力を分けている。俺の力が流れていっているのが分かるか?」

「ん」

「その力を自分の体の中に巡らせながらより強く吸収しろ。水を吸うように、空気を吸うように」


 そしてその力を全身に行き渡らせる。魔力吸収と魔力循環だ。

 もっと幼いころに幾度か実際に俺がやっているのを見たことがあるルカは、俺の言葉をなんとなく理解したのかそれを行ってみせた。少したどたどしいが、俺がじわじわ渡していた魔力が向こうからグッと引き出され始め、その力がルカの体全体に行き渡り始める。

 うむ。やはりルカは筋が良い。


「今後何度か、同じ作業を繰り返してもらうことになる。ルカはそろそろ『儀式』も近いから、あまり無茶は出来ないが、な」


 俺の声にルカはきょとんとしているが、クロエの方は心配そうな顔になった。だがその心配は、ルカに対してのものではなかった。


「あの……レディオン様は、この後、また人族の大陸に向かわれるのでしょうか?」

「ああ。向こうで少しやらなくてはならないことが増えたからな」

「……」


 クロエの心配そうな色がさらに深まる。俺は首を傾げた。


「何かあるのなら、遠慮せずに言うといい。他に耳目は無い」

「……その……ルカもそうですが、レディオン様ももうすぐ『儀式』の日が参ります。エマ様達の元にも、どうか長くお留まりいただければ、と……」


 む。それか。

 クロエの言わんとすることを察して、俺は腕を組んだ。

 俺達の『儀式』とは、生後一年を祝う為のものだった。一歳の誕生日を無事に迎えることが出来た赤ん坊は、魔王の手によって祝福と同時に魔族の国民証を与えられるのだ。


 この国民証は冒険者組合の冒険者カードに似た代物で、個人の情報が特殊な言語で記載されている。一歳以上の魔族全てがそれぞれ有するもので、情報が変わるごとに自動的に書き換わり、本人が死ぬまでその情報が消えることは無いという規格外の魔道具だった。

 何故一歳の誕生日を迎えてから与えられるのか、というと、いくら魔族が種族的に強いとはいえ、赤ん坊の時はそれほどでもないからだ。その為、一歳の誕生日を迎えられずに死んでしまう者もいる。今よりも生きる事が難しかった時代ではなおの事だろう。そのため、そうした風習が残っているのだ。


 とはいえ、全ての魔族が魔王の元に馳せ参じれるわけでは無い。王都周辺であれば可能だろうが、セラド大陸は広く、弱い赤ん坊を連れての長旅など出来ないからだ。

 それに、近代の魔王も忙しい。毎日毎日会うというわけにもいかない。

 結果、余程の事情が無い限り、毎月定められた日定められた場所で、その月内に生まれた子供全てに祝福とカードを与えられることになっていた。

 王都近辺であれば毎月一日に王城で。

 王都から遠い地方の場合は、二日以降の定められた日に最寄りの大きな街の教会で、といった具合にだ。


 しかし、王都から遠いというのに、俺の場合は王城に赴かないといけないことになっていた。クロエが言いたいのは、その準備の為の大事な期間だから母様の傍にいたほうがいい、ということなのだろう。神族の一件もあるし、予測のつかない何らかの事態に巻き込まれないとも限らないからだ。


「クロエの言いたいことも分かるが、俺の場合はまだ二週間以上ある。その間に出来る限り進めておきたい事が出来てしまったからな。……まぁ、ギリギリまで向こうの大陸に居る、ということはしないでおこう」

「はい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げるクロエに、俺は苦笑した。



 ――もしこの時クロエの言葉に頷いていれば、少なくとも後の騒動は回避出来ただろう。

 どの選択が一番最善だったのかは分からない。

 だがそれらを知るのは、全ての物事が終わった後のことだった。





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