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大湿地帯の聖地にて

なんでこうなった。連れて来たリーリオは戸惑っていた。


大森林を十日以上かけて抜け、大湿地帯へたどり着いた三人。

そこから話の付いているリザードマンの集落へ二日かけて移動。


相手のリザードマンは事前情報以上に友好的。

流石に泥臭さが漂う生魚をそのまま饗されたのには閉口したが、

木の実やら果物やらは美味しくいただき、翌日聖地へご案内。


ここまでは良かった。事前情報通りに彼らの禁忌も上手く躱し、

竜が住まうと言われる巨大洞窟内の滝まで案内されたのだが。


彼女達三人は例外なく装備品を外されて全裸に剥かれ、

にごり酒で清められ、魚のすり身をほぼ全身に塗り込まれた。

訳が分からなかったが、ここまで来て逆らう訳にもいかず、

されるがままに草で編まれた敷物の上に座らされる。

装備品はきちんと折りたたまれて隅に置かれた。


たどたどしく聞きづらい標準語でリザードマン達が言うには、

「ココデマッテイレバ、リュウサマ、オイデニナル」と。

リザードマン達が引き上げてしばし。


伝説で聞いた姿の黒い竜が、滝の流れを割って現れる。

彼女達三人を見るなり、竜は深くため息をついたように見えた。



(えーっと、なんというか、お気の毒様ね、あなた達)


声なき声が頭に響く。雰囲気から若い女性に思える。

状況から考えるに、今のはこの竜が話しているのだろうか?


(そそ。わたしわたし。目の前のわたし。

 発声器官がヒトと違うから、念話でお話するわ)


リーリオの考えている事は、竜に筒抜けだったらしい。

三人のうち吟遊詩人が、竜に問いかける。


「あ、あの…お会い出来て光栄にございます。

 わたし共は、貴女様に様々なお話を伺いたくて参りました。

 不躾な質問かとも思うのですが、

 わたし共はなぜこんな格好でご拝謁しているのでしょうか?」


すぐ念話が返ってくる。


(リザードマン達はねぇ。わたしを神の化身と崇めてるのよ。

 あなた達はまあ、生贄扱いかしら。すり身は多分、味付け?

 正直、ヒトなんて食べたくないんだけど)


「い、生贄!?」


思わず声をあげる作家。

リーリオは絶望しながらも、依頼主の彼女達を逃がせないか、

僅かな可能性でも見つけようと必死に考えていた。


竜は念話を続けている。


(彼らに悪気はないのよ。むしろ最大限の敬意を払ってる。

 わたしに食べられることで神との同一化が出来る栄誉、と。

 多分彼ら、ずっとあなた達に友好的だったでしょう?)


最大限の敬意から来る、無意識の悪意とは。

しかし捕食されては当然、当初の目的は果たせない。

創作活動の足掛かりのはずが、それどころではなくなった。

どうすれば切り抜けられるのか。死力を尽くしたとて…


(わたしより年少の竜や、亜竜だったら危なかったかなぁ。

 年少の竜はなんでも口に入れて噛んじゃうから)


…ん?「だったら危なかった」?つまり、


「あの、そうするとわたし共はこの場で食べられたりは」


吟遊詩人が問うと、


(ああ、食べない食べない。

 そもそもわたし達は成体になれば、普通の食事は要らない。

 体内魔素と環境魔素の循環だけでそのまま生きられるのよ)


取り敢えず、ここで竜の胃袋には収まらないらしい。

リーリオの緊張は、僅かばかりだがほどけた。


(それよりあなた達、その恰好じゃ寒いんじゃない?

 滝ですり身を洗い流して着替えなさいな。お話ししましょ?

 わたしもヒトと話すのは久しぶりだし、

 わたしにもヒトの世界のお話を聞かせて頂戴?)


竜はどちらかと言えば、刺激に飢えていたらしい。



吟遊詩人と作家の二人は、二日間ほど夢中で竜と話し込んだ。

作品への切っ掛けどころか、今後の人生の途方もない財産だ。

リーリオは最初のうち聞きに徹していたが、竜からの、

(あなたもお話聞かせてくれないかな?)の一言で、

当たり障りのない事から、ここに来る経緯まで話していた。


幸い供物として彼女達の周りに魚や果物が山積みされており、

時々それをつまみながら、三人と一柱は楽しく話し続けた。


(ああ、楽しかった。また来てね、と言っても難しいか。

 いつかまた話せる時があるといいなぁ。本当にありがとう)


竜は別れを惜しむが、そろそろ三人も姿を消さないとまずい。

リザードマン達も「食後」の後片付けに来るだろう。


こちらこそ本当にありがとうございました、と三人は告げる。

竜は三人に対して《空間移動》を唱えてくれた。


人間の社会では使える者がいないのでは、と言われている、

特級魔術を超える遺失魔術とされているものである。

これを体験した者が、果たしてこの世界に何人いるだろうか。


気づけば、三人はかつて出発した大公国の城門付近にいた。

三年間の旅は遂に終わったのだ。



リーリオは城門へは向かわず、この場で別れを告げた。

彼女は大きな都市には入れない。身分審査が厳しいからだ。

依頼料は後に秘密口座に振り込まれる予定である。


二人と握手をして、彼女は一人、審査の緩い付近の町へ向かう。

「もどき」となっても、冒険の高揚感は忘れられない。

次もまた、心を揺さぶられるような体験をしたいものだ。

竜(あ、なんで生贄の儀式をやめさせないのかって?供物の果物とかたまにつまみたいのよ)

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