大湿地帯の聖地にて
なんでこうなった。連れて来たリーリオは戸惑っていた。
大森林を十日以上かけて抜け、大湿地帯へたどり着いた三人。
そこから話の付いているリザードマンの集落へ二日かけて移動。
相手のリザードマンは事前情報以上に友好的。
流石に泥臭さが漂う生魚をそのまま饗されたのには閉口したが、
木の実やら果物やらは美味しくいただき、翌日聖地へご案内。
ここまでは良かった。事前情報通りに彼らの禁忌も上手く躱し、
竜が住まうと言われる巨大洞窟内の滝まで案内されたのだが。
彼女達三人は例外なく装備品を外されて全裸に剥かれ、
にごり酒で清められ、魚のすり身をほぼ全身に塗り込まれた。
訳が分からなかったが、ここまで来て逆らう訳にもいかず、
されるがままに草で編まれた敷物の上に座らされる。
装備品はきちんと折りたたまれて隅に置かれた。
たどたどしく聞きづらい標準語でリザードマン達が言うには、
「ココデマッテイレバ、リュウサマ、オイデニナル」と。
リザードマン達が引き上げてしばし。
伝説で聞いた姿の黒い竜が、滝の流れを割って現れる。
彼女達三人を見るなり、竜は深くため息をついたように見えた。
◆
(えーっと、なんというか、お気の毒様ね、あなた達)
声なき声が頭に響く。雰囲気から若い女性に思える。
状況から考えるに、今のはこの竜が話しているのだろうか?
(そそ。わたしわたし。目の前のわたし。
発声器官がヒトと違うから、念話でお話するわ)
リーリオの考えている事は、竜に筒抜けだったらしい。
三人のうち吟遊詩人が、竜に問いかける。
「あ、あの…お会い出来て光栄にございます。
わたし共は、貴女様に様々なお話を伺いたくて参りました。
不躾な質問かとも思うのですが、
わたし共はなぜこんな格好でご拝謁しているのでしょうか?」
すぐ念話が返ってくる。
(リザードマン達はねぇ。わたしを神の化身と崇めてるのよ。
あなた達はまあ、生贄扱いかしら。すり身は多分、味付け?
正直、ヒトなんて食べたくないんだけど)
「い、生贄!?」
思わず声をあげる作家。
リーリオは絶望しながらも、依頼主の彼女達を逃がせないか、
僅かな可能性でも見つけようと必死に考えていた。
竜は念話を続けている。
(彼らに悪気はないのよ。むしろ最大限の敬意を払ってる。
わたしに食べられることで神との同一化が出来る栄誉、と。
多分彼ら、ずっとあなた達に友好的だったでしょう?)
最大限の敬意から来る、無意識の悪意とは。
しかし捕食されては当然、当初の目的は果たせない。
創作活動の足掛かりのはずが、それどころではなくなった。
どうすれば切り抜けられるのか。死力を尽くしたとて…
(わたしより年少の竜や、亜竜だったら危なかったかなぁ。
年少の竜はなんでも口に入れて噛んじゃうから)
…ん?「だったら危なかった」?つまり、
「あの、そうするとわたし共はこの場で食べられたりは」
吟遊詩人が問うと、
(ああ、食べない食べない。
そもそもわたし達は成体になれば、普通の食事は要らない。
体内魔素と環境魔素の循環だけでそのまま生きられるのよ)
取り敢えず、ここで竜の胃袋には収まらないらしい。
リーリオの緊張は、僅かばかりだがほどけた。
(それよりあなた達、その恰好じゃ寒いんじゃない?
滝ですり身を洗い流して着替えなさいな。お話ししましょ?
わたしもヒトと話すのは久しぶりだし、
わたしにもヒトの世界のお話を聞かせて頂戴?)
竜はどちらかと言えば、刺激に飢えていたらしい。
◆
吟遊詩人と作家の二人は、二日間ほど夢中で竜と話し込んだ。
作品への切っ掛けどころか、今後の人生の途方もない財産だ。
リーリオは最初のうち聞きに徹していたが、竜からの、
(あなたもお話聞かせてくれないかな?)の一言で、
当たり障りのない事から、ここに来る経緯まで話していた。
幸い供物として彼女達の周りに魚や果物が山積みされており、
時々それをつまみながら、三人と一柱は楽しく話し続けた。
(ああ、楽しかった。また来てね、と言っても難しいか。
いつかまた話せる時があるといいなぁ。本当にありがとう)
竜は別れを惜しむが、そろそろ三人も姿を消さないとまずい。
リザードマン達も「食後」の後片付けに来るだろう。
こちらこそ本当にありがとうございました、と三人は告げる。
竜は三人に対して《空間移動》を唱えてくれた。
人間の社会では使える者がいないのでは、と言われている、
特級魔術を超える遺失魔術とされているものである。
これを体験した者が、果たしてこの世界に何人いるだろうか。
気づけば、三人はかつて出発した大公国の城門付近にいた。
三年間の旅は遂に終わったのだ。
◆
リーリオは城門へは向かわず、この場で別れを告げた。
彼女は大きな都市には入れない。身分審査が厳しいからだ。
依頼料は後に秘密口座に振り込まれる予定である。
二人と握手をして、彼女は一人、審査の緩い付近の町へ向かう。
「もどき」となっても、冒険の高揚感は忘れられない。
次もまた、心を揺さぶられるような体験をしたいものだ。
竜(あ、なんで生贄の儀式をやめさせないのかって?供物の果物とかたまにつまみたいのよ)




