1-11 初めての陳情
っは!!・・・夢、か。飛び起き、今見た全てが夢であったと認識する。何で、今更・・・。前世のことを夢に見るなんて、3年前が最後だったのに。
窓の外は真っ暗で、もう真夜中になっていた。蹴とばしてしまっていた布団を引き寄せ、心臓が落ち着くのを待つ。汗をかいて肌に張り付いた服が気持ち悪い。シャワーを浴びて着替えたいが、今は動く気になれない。久しぶりに寝る1人きりの夜に、やけに広く見えるベッドの上で、膝を抱え座り込む。
私が属性なしと判定されて約1年程。前世の経験から、これぐらいは問題ない、耐えられると思っていた。だが実際はどうだ。悪夢に苛まれるほど、心は傷ついていた。耐えきれていなかった。ずっとシゼに支えられていたんだ。私が思っていたよりもずっと、ずっと。
憂鬱としながらも、多少気持ちが回復し出してきたので、シャワーを浴びにいく。溜まってしまっている使用済みの洋服籠に、脱いだ服を放り投げる。
いまだに魔封じの耳飾りを付けているが、成長と共に増え抑えきれていない溢れた魔力で、お湯を出すための魔石に魔力を流す。
この耳飾りは、子供が勝手に外して魔力暴走を起こしてしまわないために、親の魔力で外せないようにロックがかけられている。私のものは母様がかけている。魔力制御の教師がおらず、制御が出来なかったら大変だからと外す許可は出ていない。それでも、溢れ出た僅かな魔力の制御は、暇すぎる時間を大いに活用し、自力で制御出来る様にはなっていた。だから例え、側付きの侍女が1日1回来るかどうかだとしても、自室内にある魔道具は扱える。
シャワーを浴びながら考える。前世より、はるかに今の方がマシだと。前世の親友だった人とは違い、純粋に好意から傍にいてくれる人達がいる。心から心配してくれる家族がいる。シゼに、姉様、母様がいれば私はまだ大丈夫。汗だけでなく、心の憂いまで流されていった気がした。
濡れた体を拭き、髪を乾かし、着替えに袖を通していく。気持ちはどうにか落ち着いたが、そのまま直ぐ寝る気にはならない。夕ご飯も食べてないし、多分朝も食事はとれないだろう。下手したら夜までないかも。厨房に行こう。パンぐらいなら持って来れるかもしれない。
そっと部屋から廊下に出ると、扉の隙間から光が漏れ出ているのが見えた。あの部屋は、確か父様の部屋だ。足音を立てないように移動しよう。動き出そうとした瞬間、微かにだが”シゼ”と聞こえた気がした。これは立ち去るわけにはいかない。
ゆっくりと音を立てないように、全力で気配を殺しながら近づいていくが、扉から3メートルぐらい離れた位置で立ち止まる。本能が、これ以上行くとバレると感じたのだ。伊達にバルネリア家の当主をやってはいない。いくら職務中でないから気が緩んでいると言っても、気配には敏感だ。
そして、近づいて分かったのだが、父様と話しているのはエルフの補佐官だ。耳に全神経を集めるつもりで、聞くことに集中する。
「まさかシゼルスの方が光属性持ちだったとはな。1つしか属性が無かったのは、まあ、あの魔力量だ。仕方ないな。」
「ええ、そうですね。1人を除いて、バルネリア家の血を引く方々は2属性持ちが多いですからね。」
バルネリア家は代々、2属性持ちがほとんどだ。父様は火と地。ロベルト兄様は火だけだが、魔力量が多く、魔法攻撃の威力は申し分ない。姉様は火と地で、火魔法の扱いは得意だが、地属性があまり得意ではない。カイザス兄様も火と地だが、魔力量も平均的で、どちらの属性も同じぐらいのレベルで扱える。
分家の家々でも同じような感じだ。それは、バルネリア家の血はあまり外に出すことはないため、分家を含めた内々での婚姻が多いからだ。外から入って来ることはあるが、出すことはないため、バルネリア家の血を取り込みたいという貴族は多い。
「例え、希少属性の光属性だとしても、バルネリアとしては大した価値もないな。ふむ。やっぱり例の件、進めるとするか。」
「養子に出すという話ですね。」
「ああ、リウルドア侯爵家であれば、分家の中でも1番位も高く、王家の専属護衛契約を結んでいるとしても、相手は第4王子だしな。それにあそこの長男が、第2王子の専属護衛契約相手だ。問題ないだろう。」
は?ちょっと待って。養子?誰が?え、シゼが!?しかも、リウルドアって最悪じゃないか!あそこは、バルネリアの血筋であるということを、バルネリア家の者よりも誇っていて、さらに次期侯爵家当主は、魔力主義者だ。
昔会った時、やたらと私は褒めちぎられたが、一緒にいたシゼのことは見下していた奴だ。同じ家に入るなど、虐められるのは確定だろう。
それに側后の子の言えど、第2王子との専属護衛契約を結んでいる。バルネリア大好きっ子が、そのバルネリアと同じ仕事をしているのだ。
去年10歳になり、11歳となった第2王子と同じ王立学園の小等部に入学し、天狗になっていると聞いたことがある。ロベルト兄様と同い年なため、学年が一緒なのだ。ロベルト兄様の専属護衛契約相手である、第1王子はロベルト兄様より2つ年上であるため、当時は12歳だ。
因みにこの情報はロベルト兄様からではない。カイザス兄様付きの侍女達からだ。多分だが、学園での様子を知りたがったカイザス兄様が聞き出したのを、部屋にいた侍女達も聞いていたのだろう。
そんなことよりも、だ。問題はシゼのことである。私は意を決して、扉まで近づいた。気配も消すことなく。案の定警戒されたようだ。話し声がピタッと止まる。
コンコン。
「父様。ルーデリオです。」
ガチャッ。
「当主様に何の用でしょう。」
出てきたのは補佐官だった。
「父様にお話があります。」
「こんな時間にですか。当主様は忙しいのです。お部屋にお戻りになって、休まれて下さい。」
「いいえ!戻りません!」
どちらも引かず睨み合っていると、父様から入室を許可する声がかかる。
「何のようだ。」
「悪気は無かったのですが、先ほどの話、聞いていました。」
「ほう、それで?」
父様の眼差しは鋭く、冷たい。それでも屈する訳にはいかない。その目をきちんと見据える。
「シゼを養子に出すと聞きました。何故、シゼなのですか!何故私ではないのですか!」
「そうか、シゼルスとお前は仲が良かったな。お前を外に出すのは我々の恥だ。だから出さない。そしてシゼルスは、剣もまともに扱えなければ、魔力も少ない。バルネリアには相応しくない。それに他の子達はそれぞれの価値がある。だが、お前等はどうだ。何もないだろう。」
衝撃だった。父様は家族を大事にする人だと思っていた。けれど、実際は利用価値が無ければ、簡単に切り捨ててしまう人だったなんて。確かにシゼは、体を動かすのは苦手だ。それでも、他の貴族の子達と同じぐらいの剣の腕はあったはずだ。
なら仕方ない。シゼに秘密にしててと言われたけど、ここで言わないとシゼの身が危険だ。
「シゼには大きな価値があります!シゼは天才なのです!」
「何だ、それか。高々理解力の高いだけの子供だろう。」
「いいえ、違います。シゼはもう既に、王立学園の高等部の内容まで全て終わらせています!」
「はぁ?」
疑わしいと言いたげな顔で、父様と補佐官が見てくる。
「邸宅内の書庫にある本は、全て読み切ったと聞きました。読んでいないのは、父様の執務室にある本ぐらいです。それもきちんと内容を理解した上で、です。」
父様の目が煌めき、興味を持ったのがわかった。
「なるほど。確かに価値があるな。だとすると、宰相の座も狙えるな。次期王妃の座だけでなく、な。ハッハッハッ!」
父様の口からあり得ない言葉が出て来た。バルネリア家は中立の立ち位置のはずだ。実は、この前の姉様の誕生日パーティーの時に、姉様と第1王子との婚約の話が、噂となっているのを耳にした。きっとそのことだろう。
「シゼルスを養子に出すのは、お前の望み通り無しにしよう。お前の言っていることが本当だったらな。そして、今日ここで聞いた話は、一切口にすることを禁ずる。もし破ったら、シゼルスがどうなるかわかっているな?」
その後部屋を追い出されたので、自室へと向かう。もう厨房に向かう気力はなかった。父様があそこまで権力に溺れていたなんて。でも、それが分かったとしても、今の私が何を言おうとも誰も聞き入れてはくれないだろう。無力な子供なのだ。私に出来ることは、こんだけしかないのだ。
ただ、今はシゼが養子に出されなくて良かったと思うしかなかった。




