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閉幕その1

 11月11日、長らく行われてきた戦いにひとまずの終焉が訪れた。この日、3月から夏を経て秋に至るJ2のリーグ戦は最終節を迎えたのだ。今年の自動昇格枠を勝ち取ったのは、まず1位で甲府。序盤にややもたついた場面はあったものの磐石のストライカーと堅実なディフェンスで夏場から秋にかけて猛烈な勢いで後続を引き離し、早々とJ1復帰を決めた。これで3回目のJ1挑戦、今度こそ定着を狙いたい。


 そして2位で自動昇格に滑り込んだのは湘南だった。ここは甲府とは逆に序盤に連勝して優勢に立ったものの中盤以降は激しい争いに巻き込まれた。しかし途中補強の外国人が当たるなどして最後の最後で2位に浮上した。90年代の栄光を取り戻すべく、みたびJ1という海へその身を乗り出す。


 そして今シーズンから開催されたプレーオフの結果、3つ目の枠を勝ち取ったのは何と、リーグ戦6位の大分だった。借金はまだまだ残っているが一応昇格は出来る程度の返済は終了したと言う。近年、J2から3位で昇格したクラブは苦戦しているが大分に至ってはさらに下の6位。どれほどの戦いを見せるのか興味は尽きない。


 さて、尾道は最終節を残して勝ち点は6位と4離れており、残念ながらプレーオフ圏内に一歩届かずに終了が確定してしまっている。その最終節は幸いと言うべきかホームの尾道、備後運動公園で開催された。相手は鳥取。広島県とはわずかではあるが県境を隣接しているだけにホームのみならずアウェーの動員にも恵まれ、山中のスタジアムには晴れ間を見せない寒さをものともせず試合開始前から8000人近くのサポーターが観戦に駆けつけてくれていた。


「長かったな。随分長かった。しかしそれも今日この時を限りにひとまずの終わりを迎える。この試合限りでチームを離れる選手、逆に加わる選手だっている。このメンバーで戦うことは残念ながら、本当に残念ながらもう二度とない」


 試合前のロッカールーム、尾道の水沢監督は選手たちに囲まれて最後の訓示を垂れていた。例えば山吉や有川は期限付き移籍の選手だし、外国人も契約が切れる。いや、外国人のみならず日本人でも契約が切れれば移籍するのは普通となっており、来年は誰が残っているかなどは分からない。選手たちもそれを察してややセンチメンタルな空気が場を支配しそうになったが、それを振り切るように水沢監督はより力強い口調で言い切った。


「だからこそ、最高の形で今日のゲームを終わらせようじゃないか。聞こえるか、この歓声が。さっきスタッフの人に聞いたが今日の観客動員は通常の3割増しってところらしいぞ。それだけの人がお前たちに期待してるって事だ。2012年、昇格には届かなかったが過去最高の順位で終わらせる事が出来そうだ。さあ行け! 今年の集大成を見せる時は今だ!」

「おう!」


 さて、今シーズンのラストを飾る尾道のメンバーは以下の通り。


スタメン

GK 20 宇佐野竜

DF  3 山吉貴則

DF  4 モンテーロ

DF  5 港滋光

DF 30 マルコス・イデ

MF  7 今村友来

MF  6 山田哲三

MF 10 金田正和

MF 24 御野輝

FW 11 ヴィトル

FW 16 有川貴義


ベンチ

GK  1 玄馬和幸

DF 21 橋本俊二

MF  8 高橋一明

MF 17 亀井智広

MF 19 茅野優真

FW 18 野口拓斗

FW 27 荒川秀吉


 これが最後という感慨をすべて心の中に飲み込んだ選手たちがピッチに散らばる。「最高の試合を見せてやる」というモチベーションの炎を燃やしながら。そして試合開始を告げるホイッスルが鳴り響くと同時に戦士の顔つきになって勝利を求めて走り続ける。これを今年40回以上続けてきた。そしてそれもこの瞬間限りだ。だからこそ、相手の意図などを考えずに全力で戦う責務があるのだ。


 先行の尾道はボールを有川から金田、今村、そして最後尾の港まで下ろしてからじっくりと攻撃を組み立てる。鳥取のFWがかけてくる前線でのプレスをかいくぐり、ジリジリとラインを上げていく港、山田、今村のトライアングル。このまま中央を突破するかサイドに開くか。この時に選択したのは後者だった。


「さて、そろそろ動くかな。頼むぜマルコス!」

『よしナイスパスだトモキ! さあオンステージ開幕だ!』


 ジリジリとした静かな展開のゲームが不意にスピードアップしたのは左サイドバックのマルコスにボールを送った瞬間である。同じく縦への突破に定評がある御野とのコンビネーションでグイグイと相手陣内へと押し入ってくる。一瞬にして変わったテンポに鳥取のディフェンス陣がついていけずに隊列が乱れてきた。


「よっしゃ行け! 先制点来いや!」

「有川へクロスだ! 今がチャンスだ! やれ、やれ!」


 いつも以上にサポーターの数が多いのでゴール前に攻め込んだ時の歓声も大きい。それは選手にとって心地良い事だった。マルコスは御野とのワンツーでマークするディフェンダーを振り切るとトラップせず一気に左足で鋭いクロスを上げた。中央にはターゲットマンとして抜群の働きを見せた長身有川が待っている。


「ナイスクロスマルコス! そしてこれを決めて見せる! ええい!」


 誰よりも高く飛んだ有川が頭でボールを捕らえ、勢いよく叩き付けた。鳥取のGKは横っ飛びでセーブを試みたものの直前で大きくバウンドしたボールは彼の右腕をかすめ、ゴールネットへと勢いよく突き刺さった。有川、今シーズン17ゴール目は得意な形が出た、まさに今シーズンの集大成と言えるゴールだった。前半7分、尾道先制。


「アリカワ! キヨシ! アリカワ! キヨシ!」


 サポーターによる有川コールに左の拳を振り上げて答えるチームトップのスコアラー。「まだ試合は始まったばかりだ! これからももっと決めていくぞ!」と言わんばかりの力強いメッセージである。事実、早い段階における先制点の効果で試合の流れは完全に尾道のものとなった。1万人のサポーターによる声援がそれを支える。


 不利を悟った鳥取は全体的に自陣に退いて守備を固めようとしていた。尾道としては中盤でボールをつなぎやすくなったとは言えるが、サッカーはボールをつなぐ競技ではない。単純に人が多くなったのはゴールへの障害となる。同じやり方を繰り返すだけでは突破できないので選手たちは柔軟にやり方を変えて対応しないといけない。


「おっ、向こうは引いてきたなトモキよ」

「そうですねテツさん。ならば、引きずり出してやりましょう」


 中盤でパスを回していた今村だが、一瞬相手のプレスが遅くなった隙を狙ってロングシュートを放った。これはポストのやや上に外れたが狙いは間違いではなかった。これで「単純に引きこもっただけでは駄目」と鳥取に思わせたからだ。しかし11人、いや、フィールドプレーヤーの10人という数でフィールド全体を覆うことは出来ない。あっちを守ってこっちもケアしてとなるとどうしてもフリーなスペースが出来てくる。そこに走りこむのが御野やヴィトルといった快速選手だ。


 スタンドからは「2点目」の期待が膨らみつつある前半26分、やや右寄りのポジションでボールを受けた金田。近くにうろついているヴィトルか、ゴール前に構えている有川か。金田が選んだのは中央から左方向へと斜めに走りこむ御野だった。1本のパスで相手のディフェンスを引き裂いてペナルティーエリア、御野が抜け出して完全フリーとなった。


「決めろ! いや、パスしろ御野!」

「せめてポストに当てて、誰か押し込んでくれ!」


 ゴール裏からの奇妙な歓声をよそに御野は冷静に左足でトラップすると、振り上げられた右足で力強くシュートしたボールはまっすぐに飛んでゴールネットを揺らした。それは尾道を、御野を長く見ていれば見ているほど衝撃的な光景だった。何と、御野が枠内にシュートを飛ばせるようになっていたのだ。


「嘘だろう。あの御野がシュートを決めるなんて……」

「マグレか奇跡か。いや、今目の前で起こったのにちょっと信じられない」


 サポーターからするとうまい抜け出しを見せて絶好のチャンスを作った御野がしかしシュートを外して「何やってんだよ御野!」「どうせ入らないんだから無理して打つな!」などと野次るところまでが一連の動作となっていただけに、逆に戸惑っていた。ここまで到達するまでに御野は一体どれだけのシュート練習を積み重ねてきたのだろう。それに想いを馳せた時、最大限の歓喜が彼らの胸に押し寄せた。


「ミーノ! テール! ミーノ! テール!」


 地鳴りのように押し寄せる御野コールが歓喜の大きさを如実に表していた。ユース出身のまさに生え抜き選手なだけに期待は大きく、期待が大きいだけに野次を誰よりも受けてきた御野である。しかし嫌われていたわけでは決してない。それを御野も知っているからこそ、少し照れたように口元と左手を上げた。2対0で前半は終了した。

100文字コラム


J以前を知る貴重な選手の一人である長山の退団が決まった。「覚悟はしていた。尾道には感謝しかない」と彼らしいさっぱりしたコメント。ガッツ溢れるプレーと陽気な性格でファンから親しまれた男の新天地はどこか。

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