閉幕その2
「ここまでは順調だ。今シーズン最高の試合になる要素がある前半だが画竜点睛を欠いてはいけない。後半はもっと、初めて見に来た人が全員サポーターになってしまうような、闘志を尽くして戦おう!」
「はい!」
「さあ行け! 最後の45分だ!」
ここまでの結果に水沢監督はそれなりに満足していたが、今日はなんせ客の入りがいい。初めてスタジ アムに訪れた人間も多いと言う事だ。友人に誘われたのか、成績を見て興味を持ってくれたのか、あるいは何となく暇だったからでも別に構わない。とにかくスタジアムに来た人は最初「どれほどのものかな」と値踏みする。値踏みされる選手たちがどうにかその人の心に何らかの楔を打ち込めたなら「また行こうかな」と思ってくれる。結局大事なのはそこで行われるサッカーが楽しいかだ。まあ立地とかもあるが。
さて、後半もやはり尾道のペースだった。この試合で特によく動いていたのが山吉とマルコスの両サイドバックであった。ともにスピードだけでなく技術にも長けたパワフルな選手なので、上下動だけでも相手のマーカーを消耗させていった。そこに視野の広い今村や金田がパスを通す。彼らが前を向けば「試合が動きそうだ」という予感が生まれる。実際、かなり鋭いクロスやスルーパスを連発していつ3点目が入っても不思議ではなかったがポストに嫌われるなどしてなかなかスコアが動かなかった。
「そろそろ3点目決めてくれよ!」
「2点じゃ安心できんぞ。ここから逆転されないように、とどめの1点を!」
勝っている尾道サポーターだが、むしろ焦っていた。チャンスが多いのに決めきれないのは凶兆だ。実際、10月はそれで勝ち点を多く落としてきたのだから。逆にここで1点取られたら今の押せ押せな流れも変わってくる。前への推進力を失ったチームなどもろいもので「それでも後1点取られなければいい」などと考えていると大抵やられてしまうものだ。しかもそれは往々にして引き分けではなく敗北というあまりに手痛い結果として降りかかる。それはもちろん水沢監督も理解しており、ここで勝利への切り札を繰り出してきた。
「尾道、選手交代のお知らせをします。背番号11番ヴィトル選手に代わりまして、背番号27番荒川秀吉選手が入ります」
後半12分、このアナウンスが流れた瞬間、ゴール裏に詰め掛けたコアなサポーターたちは待ってましたとばかりの大歓声を上げた。秀吉が尾道に、日本に戻ってきてから1シーズン、どうにか信頼を得る事には成功したようだ。ヴィトルと軽くタッチしてから意気揚々とピッチに溶け込んだ。
「頼むぞ秀吉! 10点目頼むぞ!」
「お前なら何とかしてくれるはずだ! 勝利を決めるゴール頼むぞ!」
ここまで途中出場がメインながら9得点と高い得点感覚を見せている秀吉。何試合かスタメン出場もあったが大抵途中で交代となっているし、結果もスーパーサブとして起用した時に比べると芳しくない。本来はそういう選手ではなかったはずだが、キャンプの期間に無所属だったのが悪かったのかどうにも年間を通じたスタミナ調整がやや不足していたようだ。しかし出てきた時の閃光は紛れもなく本物。尾道はここで試合を決めにかかった。
「よーしみんな、例のフォーメーションをやれと監督からのお達しだ」
「了解ですヒデさん。3点、いや4点目以降も狙っていくつもりですね」
「まあ当然さ。こんなに来てるんだ。いつも以上に格好いいところ見せなきゃな!」
「それもそうですね!」
センターサークル付近で合流した御野に、監督が指示した作戦のメッセンジャーボーイを果たした秀吉は360度に囲まれた観客席をグルリを見回した。メインスタンドの中央に気持ち程度にかかっている屋根、未だに芝生席の残っているゴール裏、J2昇格の際に基準を満たすため新しく作られたバックスタンド。専用のスタジアムに比べると見劣りがするのはその通りだが、ここが今のホームグラウンドだ。赤と緑の誇りはさすらい続けた秀吉の胸の中に強く刻み込まれている。
「さあ行こうぜ! 完全な勝利のために!」
「おう!」
中盤は金田と今村が中心となって固める。そして最前線では有川を中心に据えて、秀吉と御野はシャドーストライカー的なポジションでチャンスを窺う。もちろんサイドバックは相変わらず積極的な突破を続けるし、中央からもガンガン圧力をかける。鳥取のディフェンスは尾道の攻撃スピードに対応できず、混乱が広がっていた。混乱は疲労に変わり、選手交代も後手後手に回らざるを得なかった。
「くそう、ここままじゃ駄目だ。どうにか1点でも取らないと」
このような思いが広がってきた鳥取が後半20分、ようやく攻勢を仕掛けた。中盤で金田からボールを奪うと一気に前線までボールを送ったが後ろに残っていた港がうまく時間を稼いだため速攻とはいかず、その内に山田やマルコスが戻ってきたので鳥取の数的優位は消えた。仕方なく中盤でパスを回したが、タフな山田の猛烈なチェイスがミスを誘発して山吉がボールを奪った。
「よし、カウンター返しだ! 3点目頼むぜ前線の皆さんよ!」
「おう待ってました! 決めてやるからさっさとボールをよこしやがれ! 散開!」
「OK!」
ボールを奪った瞬間から尾道の前線は躍動を再開した。有川、御野、秀吉のトリプルランスは光が拡散するように敵陣を駆ける。山吉はまずセンターサークル付近にいる今村にパスした。それを受けて前を向いた今村は瞬時に敵味方の位置を把握した。そしてマークの薄い、一番得点に近いと思われる部分にパスを突き刺した。
「頼みますよヒデさん!」
全体的なポジションとしては有川が中央付近、秀吉が右、御野が左だったが左右がクロスしつつあった。今村が出したのはやや左寄りの位置で、ここには秀吉がちょうど斜めに走っており、本来のマーカーは対応が遅れていた。相手GKは慌ててスイッチを指示したが、今から足を伸ばそうにもすでに秀吉は届かない位置へと移動を終えていた。
「さすがトモキよナイスパスだ。そしてこれで決まりだ! 行けえ!」
ペナルティーエリアに進入したあたりでボールに追いついた秀吉はノートラップのまま左足で振り抜いた。シュートはGKが伸ばした手の先を進んでゴールの左隅に突き刺さった。シュートの反動でフィールドに倒れこんだ秀吉はグルンと一回転しながらもボールの軌道をはっきりと目視しており、まるでスローモーションにかかったようにボールが真っ直ぐゴールネットに吸い込まれるのを確認すると両手を大きく広げて駆けつけた有川や御野と抱き合った。
「やりましたねヒデさん! 10得点!」
「おうよ。ふう、ちと安心したぜ。ストライカーなんだし最低こんぐらいは取らないとな。テルもよく走ってくれた。サンキューな」
「へへ、当然! シュート以外は出来る男ですから」
「はは、その通りだが自分で言うなよ」
秀吉は歓喜よりも安堵という感情がより強く浮かんでいた。さすがに入団会見でぶち上げた「全試合得点」は無理だったものの「とりあえずこれぐらい取れたら自分はチームに貢献できたと言えるだろう」という目標の2桁得点を最終節とはいえ無事に達成できたからだ。そしてチームとしても勝利を決定付ける3点目が入った事で緊張感がかなりほぐれたようだった。
3点目の直後である後半28分、尾道が2枚目のカードとしてモンテーロに代えて橋本を投入してきた。この橋本は水沢監督をして「予想以上に伸びてくれた」と嬉しい誤算に挙げられた選手である。来年は控えではなく、モンテーロや港のライバルとして三つ巴のポジション争いを繰り広げていてもおかしくない。
この橋本から更なるチャンスを作った。後半34分、最終ラインでボールを奪った橋本がマルコスにパス。マルコスは今村と2人でパスを回しつつ、中央にボールを送った。そこにオーバーラップしていた橋本がボールを受けるとドリブル突破でゴールへの距離を詰めていく。このスピードはモンテーロにも港にもない武器である。慌てて潰しにきた鳥取ディフェンスをあざ笑うように右の山吉へ送った。山吉はすかさず有川にクロスを上げた。
「4点目だ! 頼むぞ有川!」
「よし任せろ!」
高さでは完勝の有川がまたも頭でボールを捕らえたが相手も必死である。身体を投げ出す決死のブロックでどうにかコーナーキックに逃れた。キッカーは金田、ニアに有川、ファーに橋本というポジションを取った。金田は有川に合わせたがGKがパンチングでクリア。しかしセカンドボールを拾ったのは赤と緑の背番号6だった。
「そりゃ若い奴らより地味なのは認めるが、尾道にゃ俺もいるんだぞ!」
そう言わんばかりにいきなりミドルシュートを放ったのは山田だった。チーム最古参で地域リーグ時代を知る唯一の現役選手が小さく振り抜いた右足から放たれたボールは一直線にゴール右上を貫いた。山田の今シーズン初得点が最終節に生まれた。去年はゴールがなかったので、実に2年ぶりである。
「おお! ナイシュシュートテツさん!」
「うわあ、うまいんですねえテツさん。お見それしました」
「おいおい何だそのかしこまった言い方は。大体お前に言われる筋合いはないぞテルよ」
「そうだな。チームで一番下手なのに謎の上から目線はよくないな」
「もう、ヒデさんも勘弁してくださいよ。今日は一発決めたでしょう」
「ああ、100本に1回あるかないかのマグレがな。あれを常にできりゃエースなんだけどなあお前も」
「まあ、そこは来年の課題だな。後10分となんぼで終わりだ。最後まで気を抜かず、しまって行こうぜ!」
「おう!」
4対0のまま迎えた後半40分、尾道最後の交代カードが切られた。金田に代わって背番号8、高橋一明が投入されたのだ。その瞬間、スタジアムに集った7824人の観客が拍手をもって彼を迎えた。走る時、ボールを受けた時、ドリブルにもパスにも熱いエールが送られた。彼らは知っているからだ。今日が彼にとって最後の試合になると。
100文字コラム
尾道の誇るIT番長が山田だ。三年前にスマートフォンを購入し様々なアプリを使いこなしている。「ざっくりした操作で思うように動くのがいい」と効用を説く。今年山田経由で今村久保らが続々とスマホに切り替えた。




