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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2014 天井を突き破れ
100/334

正岡監督初陣後半

 前半とは反対に、後半は尾道ボールからスタートとなる。河口から桂城にボールが渡った瞬間、勝負を決める45分の幕が切って落とされた。


 ボールは桂城から亀井に、亀井から橋本まで下げられた。橋本も大学時代はセンターバックもこなす大型ボランチとして鳴らした選手。まず入団した仙台時代にむしろ適性はセンターバックにありと見られてDFにコンバートの運びとなったが尾道一年目などはまだボランチ起用もなされていた。生粋のセンターバックとは違うので競り合いや高さの勝負は特別強くないという部分はあるが、足は速く技術やボールさばきには見るべきものがあった。


 結局橋本がJ1で活躍できなかった原因は中途半端さにあった。テクニックはなかなか高いが中盤でゲームを組み立てられるほどではない。スピードはそこそこあるがサイドで突破を仕掛けられるほどではない。高さもそれなりに持っているが屈強な外国人FWとの競り合いに連戦連勝できるほどではない。今更身体能力を高められるものでもなく、次第に埋もれていった。


 尾道に移籍してからの橋本がそれまでと比べて一番磨かれたのは大局的な判断力であった。それは身体能力では橋本以下ながらミスの少なさと読みの正確さでポジションを確保していたベテラン港の薫陶を受けての事である。センターバックとしては足が速くて技術も持っているのだから、問題は競り合いとなるが、あらかじめ相手がどのように攻めるかを予測して潰す事が出来れば力勝負にはならなくなる。肉体以上に頭脳を磨く日々が続いた。


 肉体を鍛えれば筋肉がつき、その成果は一目瞭然であるが頭脳においては目に見える即効性の成果は期待できない。それが少しずつ形になってきたのは去年の事であった。不動のセンターバックであった港が怪我で苦しむ中、先発出場が増えた事で橋本の読みは加速度的に成長していった。そして今年はディフェンスリーダーとして不動の地位を占めるまでになった。


「さあ、じっくりと行こうか。千裕!」

「おう!」


 元々中盤の選手でテクニックにも定評のある結木とパスを交換しつつラインを押し上げていく。前線の動きを見極めつつ最適なタイミングを図っているのだ。その一瞬、左サイドに隙ができたと見るやすかさず亀井を経て御野へ、鋭いパスが通った。得意のドリブルで相手ディフェンダーを一人かわしつつ最前線に目を向けた。


「さすがにマークがきっちりだな。クロスは難しそうだとすれば、突破しかあるまい」


 御野は後ろから猛烈な勢いで迫ってきたマルコスに一度ボールを預けると、素早く突破の方向をを縦から斜めに切り替えた。マルコスによるそれを見据えての鋭いパスを右足でトラップすると、相対するディフェンダーを細かいステップを多用したドリブルで抜き去りペナルティーエリアに侵入するやいなやいきなり強烈なシュートを放った。


 右足から放たれた地を這うようなシュートはGKが必死に伸ばした両腕のわずかに外をすり抜けてサイドネットを激しく揺さぶった。あわや二点目のナイスシュートが出た後半5分以降も尾道は積極的な姿勢を崩さずにいた。しかし試合の流れは徐々に、ここまでよく耐えてきた富山の方へと傾きつつあった。


「あ、危なかった! よく触ってくれたキンゴ!」

「こっちを狙ってる感じがしたんでね! それよりまたコーナーだし、まだまだ集中しないと!」


 後半18分から富山は連続でコーナーキックを蹴っている。一本目は橋本が頭でクリア、二本目はファーサイドの選手にほぼフリーでヘディングされたが布施が水際で右足を伸ばしてどうにか防いだ。そして三本目が今から蹴られようとしている。


 2010年と2011年はアンドレ・シウバ、2012年と2013年はモンテーロと、ここ四年はセンターバックに巨漢ブラジル人を置いていた尾道であるが昨年限りでモンテーロは退団。代わりとなるセンターバックの外国人は獲得しなかったため高さに関しては例年以下と言える。あるいは長身グリーンをセンターバックに置くべきなのかといった部分は今後の研究課題となるだろうが、少なくともこの試合この状況においては橋本と布施という身長は180cm前後で決して大柄とは言えない二人を中心に守らざるを得ないという現状があった。GK宇佐野の高さに自信というタイプではない。


「今は完全に富山の時間だな。尾道とすればここで失点するようだとちょっとまずいな」

「嫌な予感はしないでもないが、何とかしのいでくれ」


 何とも言い難い不穏で不愉快な沈黙と、それを押しのけようとするあまり多少やけっぱちになりつつある応援団の歌がこだまする中、三本目は内側を狙いすぎた結果ラインを割り、ゴールキックとなった。


「ふうっ、命拾いした」

「しかしこのペースが続くといつ失点となるか分からないな。どうにかまた尾道の流れに戻さないと」


 尾道を応援する誰もがこのようなフラストレーションを貯めていた頃合を見計らったかのように、正岡監督はおもむろに立ち上がり、ひとりの男の名を呼んだ。その男がビブスを脱いでピッチの手前に登場した瞬間、観客席は大いに沸いた。


「やっと出してくれたか! 待ってたぞ!」

「お前なら今の雰囲気を変えることができるはずだ!」


 後半20分、フィールドを縦横無尽に駆け抜けて先制ゴールを挙げた竹田と交代で荒川秀吉がピッチに送られた。


「はあっ、はあっ。ヒデさん、後は頼みます」

「ナイスシュートだったぞ、ヤマト! よくやった」


 殊勲の若武者竹田の肩をポンポンを叩いてねぎらうと、「俺も続かなければ」とばかりに血を走らせた目つきでピッチを睨んだ。残り25分で一点をリード。まだ守りきるには遠すぎる時間帯だ。ここで秀吉を投入した正岡監督の意図もまた明確、つまり「攻め勝て」というメッセージである。さらに数分後、御野に代えて谷本を投入したのも同様の意図によるものであった。しかしその考えは秀吉と違ってすぐ周辺に伝わらなかった。


 もっとも考えてみるとそれも当然の話である。秀吉は尾道に加入した一昨年スーパーサブメインながら二桁得点を達成して去年はチームで二番目の得点を挙げて最終節にはハットトリックも達成した男。そもそも今日も先発じゃない事が物議を醸したほどなのだから登場に対して「むしろ遅すぎた」という声はあれど基本的なベクトルとしては歓迎一色であった。


 対して谷本は昨年、加入と同時にいきなり背番号10を背負ったもののフィールドで躍動する姿を見た者は極めて限られていた。それも当然、2013年における彼の出場時間は3分でしかないのだから。昨シーズンの前半はリハビリ、後半はトップモードに戻るための調整に費やされていたのだから、むしろ出場機会が1試合とはいえあった事のほうが立派とも言える状況であった。


 しかしサポーターにとってそんな話はそれほど重要ではなかった。結局残ったのは「背番号の割に全然出番がなかった選手」という印象ばかり。そしてシーズンの終わりには契約終了が発表され、尾道から退場するものと思われた。しかし捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、正岡監督の「ようやく再生の道筋が見えてきたのに手放すのはもったいない」という鶴の一声で再契約が決定。谷本も「拾ってもらった尾道に対して何も出来ず去るのは悔しい」と思っていたので話はすんなりと決まった。


 観客な素直なもので「何で去年全然駄目だった谷本をここで出すんだ?」「御野ならドリブル突破もあるのに、その長所を捨ててまで起用するべき選手なのか?」という戸惑いがありありと見られた。秀吉と比べても歓声が明らかに小さい。しかし谷本にとって、そんな事に構っていられる暇はない。


「もはや言い訳は何もない。ピッチ上で結果を残す以外に俺が生き残る術はない」


 悲壮なまでの決意を秘めて、谷本はピッチに向かった。そしてその成果を試す時間が後半30分、早速訪れた。右サイドを突破した結木がニアポスト付近に位置する河口へクロスを上げたところ相手ディフェンダーにクリアされ、それを拾ったのが谷本だった。谷本は一瞬で場の状況を見極め、深く静かに秀吉がディフェンスラインの裏側に抜ける瞬間を見抜いた。


「よし、ここだ」


 すかさず秀吉の走る方向へふわりと浮いたパスを繰り出した。その時点で秀吉は完全にディフェンスラインを振り切っており、これが通ればGKとの一対一は不可避。しかもそういった場での駆け引きは抜群な秀吉である。確実にゴールをもぎ取ってくるだろうと思われたがボールは秀吉に届かなかった。もはやこれまでと覚悟した相手DFが手を伸ばしてボールの勢いを強制的にストップさせたからだ。明らかに意図的なハンド。ホイッスルが吹き鳴らされ、レッドカードが提示された。


「ナイス裏抜けですヒデさん!」

「それよりよく見えてたなタニよ。それで、PKか? それともFK?」

「ああ、ギリギリペナルティーエリアの外ですね」

「となると、お前たちの出番だな。誰が蹴るから知らんが頼むぞタニ、もしくはヤタロー」

「ふふっ、任せてください。早速例の奴を仕掛ける所存だし、頼みますよ」


 ゴール前にぎっしりと密集した人の壁を目の前にして、去年セットプレーを司った桂城が慎重にボールをセットする。試合再開の笛が吹かれると同時に桂城が加速を始めたがセットされたボールの直前で急激に失速。その影から小さな助走をとっていた谷本が右足で軽くボールを蹴り上げた。壁たちはこのボールを叩き落とそうとジャンプするが、その中で一人まったく反対の動きをする男がいた。秀吉だ。


 秀吉は多くの選手と逆にその身をかがめた。そしてかがめた頭の上空1cmをボールは通り過ぎていった。壁に視界を遮られたGKが反応できずにいるのを「読みが足りなかったな」とでもあざ笑うかのように、ボールは小さくバウンドしながらゆっくりとゴールマウスに吸い込まれていった。尾道にとって決定的な二点目は雪辱を期す男の右足から生まれたのだ。


「よっし作戦成功! やったやった!」

「さすがタニさん! 完璧なコース!!」

「ふふっ、悪いですね。ヒデさんのゴール奪っちゃって」

「ふっ、よくもまあ言ってくれる。ただ俺だって外してたかも知れなかったし、文句なしにお前のゴールだろう」

「それにしても、何年ぶりの得点でしたっけね。そんな事さえ分からなくなるほどここ数年さっぱりでしたから、本当に酷い話ですよね」

「それでも過去は今この瞬間限りで終わりだろう。これからは今までチャージしてきた分をこれから晴らせばいいんだ。今日みたいにな!」

「そうですね」


 桂城と、すぐさま駆け寄っていった秀吉に叩かれながら谷本は照れくさそうな笑みを浮かべていた。去年も一昨年も怪我のためほとんど出番がなく、当然ゴールなど望める状況ではなかった。その前も今ひとつな働きだったし、などと考えていると正解は2010年以来だと思い出した。ピッチ上で彼が笑みを浮かべたのもまた、その時以来。前のワールドカップの年からずっとかけられていた呪縛は今、解かれた。


 後半38分には亀井と交代で初出場のグリーンを投入した。富山はまだ攻撃の連動性においてやや噛み合っていない部分もあり彼特有の高い身体能力を披露する場面はほとんどなかったが、グリーンにとっては無難なデビューを飾ることができたとは言える。スコアは変わらず2対0のまま、試合終了のホイッスルが曇天に鳴り響いた。


「まずは開幕戦で幸先のいい結果を残せたのはチームにとっても自信になるし、その事に関してはまず一安心といったところですかね。選手たちはこれまでのトレーニングで準備してきた部分をうまく発揮できたからこその結果ですし、まずは狙い通りの試合が出来たかなと思っています」


 尾道に置ける初陣を勝利で飾った正岡監督はそれでもあくまで冷静であれという自制心をよく働かせていたが、内心の興奮は明らかに読み取れた。選手交代に関しての質問でも、こう事もなげに答えた。


「ヒデに関しては皆さんご存知の通りの決定力と駆け引きの上手さ、タニは怪我も癒えたし独自の感覚を持っている選手なので試合のリズムを大きく変えることが出来る。当然どちらもスタメンの実力はあるし、今日試合に出られなかった選手も同様にそれぞれ特徴を持った選手が揃っているしアピールしていけば必ず出番は来るもの。シーズンはまだまだ長いですからね、当然チーム内でのせめぎ合いは生まれるし、そういった切磋琢磨によって生じるエネルギーのようなものがないと目標である昇格も絵に描いた餅で終わるものですから」


 マンオブザマッチに選ばれた先制点の竹田は「絶対にゴールを奪ってやるぞと思って臨んだので、とにかく嬉しいです。今シーズンはこういうシーンを何度も作りたいですね」とまくし立てた。


 シーズンはまだ始まったばかりで今後の道筋はまったく見えない。しかし今はそれでいいのだ。それに彼らならいかなる苦難の道をも乗り切ることができる、それだけの力を持っていると示す事が出来た開幕戦であったと言える。実際、尾道はここから二度の引き分けを挟んで6連勝という昇格に向けて見事なスタートを切った。

100文字コラム


新人河口の美貌に女性ファンの熱視線集まる。母親がアルジェリア出身のベルベル人なのでエキゾチックでどこか憂いある表情が人気の秘訣。スタイルもモデル顔負け。本業でも技術力を評価され早速スタメン抜擢された。

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