正岡監督初陣前半
ここ数日急激に暖かくなってきたので春の訪れも肉体的に理解できるものだが今日はあいにくの曇天。そんな3月2日に2014年のJ2は開幕となる。今日この時より長きに渡る戦いの幕は開く。
そして尾道、備後運動公園陸上競技場には広報部の努力も実って一万人近くの観客が集結した。スタジアムには地元出身の森井三兄弟というグループが歌うクラブ応援歌が延々とリピートされる中、常連も初お目見えの客も一緒に独特の一体感に包まれつつあった。
「よし、そろそろ時間だな。さあ行こう。誰よりも情熱を持ってこの一年を戦い抜こうじゃないか! ピッチに出れば後はお前たちの時間だ。十分に練習は積んできたんだから、後はここでその成果を試すだけだ。しっかりやろう!」
「はい監督! 任せてください!」
「何としても昇格を目指すシーズン、今日も必ず勝利でスタートして見せますよ!」
試合前はいつも緊張感が漂うものであるがこと開幕戦、しかも長期政権を築いた監督から新監督に交代して最初の試合ともなればそれ以上のプレッシャーに支配されるのは当然のロッカールームであるが、正岡監督と尾道のイレブンはそういった不要な堅苦しさとは無縁の中、出陣した。
前日に行われたインタビューでは「色々と考えましたが、どうにか決まりましたよ。緊急の怪我人が出ない限りこれで行く」と言った正岡監督初陣のスタメンは以下の通り。
スタメン
GK 20 宇佐野竜
DF 17 結木千裕
DF 3 橋本俊二
DF 4 布施健吾
DF 2 マルコス・イデ
MF 10 亀井智広
MF 6 山田哲三
MF 16 竹田大和
MF 7 桂城矢太郎
MF 8 御野輝
FW 11 河口安世
ベンチ
GK 1 蔵侍郎
DF 21 仲真勝大
MF 15 川崎圭二
MF 25 グリーン
MF 30 谷本将
FW 9 荒川秀吉
FW 29 春野甲次
蔵か宇佐野かと注目されていたGKは昨年の守護神だった宇佐野が今シーズンの開幕も引き続きゴールマウスを死守する事となった。センターバックは橋本とルーキー布施のコンビ。布施はサイドバックでも通用するほどのスピードと鍛え抜かれた肉体から繰り出されるパワーを兼ね備えた男である。橋本もセンターバックとしてはスピードのあるタイプであり、スペースを消す動きやラインの上げ下げにおいて利点となる可能性を秘めている。
サイドバックは、左は当然の如くマルコスが君臨。そして右は新加入の結木が入った。移籍加入とは言ってもつい最近二十歳になったばかりの若者。ゆえに肉体はまだまだ未完成で守備にはやや不安を残すが、スピードとテクニックを駆使した攻め上がりにおいては大きなメリットをもたらすはずである。
ボランチはやはり亀井と山田の堅実コンビ。サイドハーフの右には竹田、左には御野が選ばれた。ともに豊富なスピードから繰り出されるドリブル突破が武器だが、鋭さが特徴の御野と荒削りながらもタフで力強い突破が持ち味の竹田ではややタイプが異なり、しかしいずれにせよ相手ディフェンス陣にとっては対峙したくない選手であるとは言える。中央には桂城で、彼もまた個人技に優れた選手である。
そしてワントップにはルーキーの河口が抜擢された。この大卒ルーキーは身長186cmと大柄だが、それ以上に柔らかなボールタッチと堅実なポストプレーが魅力という選手である。彼個人の得点能力は未知数だが、チームの調和を考えた時に彼ほどの適任者はいないのではないかというほどの選手である。
控えにはGKの蔵、センターバックをこなす仲真、基本的には攻撃的MFだが場合によってはサイドバックの控えにもなるであろう川崎、ボランチに加えてセンターバックからFWまでこなすと言う新加入のオーストラリア人グリーン、流れを変えるテクニックを持つ谷本、得点感覚抜群でスーパーサブとして期待されている秀吉、荒削りな選手が多い中では比較的洗練されたプレーをこなせる春野が入った。
結果的にスタメンの11人には入れなかったものの、どの選手も今のスタメンに割り込んでも不思議ではない実力者。他のチームと戦うにはまず内側の争いに勝たねばならない。全治一ヶ月の森本や全治二週間の茅野などシーズン前に故障離脱した選手たちも加われば、さらに激しい争いとなるだろう。
「おっ、随分余裕じゃねえか安世よ。初めてだってのに笑顔を浮かべるとは」
「いえいえ、違うんですよ矢太郎さん。あまりに緊張すると逆に笑うタチなんですよね」
「へえ。まあお前の実力を十分に発揮すれば絶対いけるから、しっかり頼むぜ!」
「はい!」
ピッチ上では今シーズンからキャプテンマークを巻く事になった桂城がルーキーの河口に声をかけた。最初は少し声が震えていた河口も最後の返事ははっきりとした口調になっていた。その直後、アウェー富山のキックオフで2014年、昇格シーズンの火蓋は切って落とされた。
先行は富山。ホイッスルが吹き鳴らされると同時に中盤から最終ラインへとボールを回し、じっくり組み立てることでペースを作ろうとしたが、いきなり河口や竹田がアグレッシブにプレスをかけてきた。水沢監督時代と比べても明らかにその積極性は増している。
前半7分、攻めあぐねる富山から中盤、亀井が無為な横パスを奪った。一瞬観客が沸いたが、尾道のイレブンは冷徹にキャンプから繰り返してきた動きを本番のピッチ上でも再現してみせた。
「さあ、行きますよ矢太郎さん!」
「よしきた! 一気に度肝を抜いてやろうぜ!」
亀井は素早く敵陣の中央からやや左寄りのポジションに陣取っていた桂城にパスを入れた。素早く反転した桂城に対してその動きを潰さんとする富山の選手がチェックに走ったが、それが到達する前に最前線の河口へボールを繋いだ。河口はゴールに背を向けながら右へ流す。それをいつの間にか上がってきていた山田が受け取った。
そろそろペナルティーエリアに到達しようかというところで山田は左足のかかとを使い。ノールックで右斜め後ろへパスした。そこにタイミングよく走り込んできた竹田がスピードだけで強引にシュートレンジへ走り、相手ディフェンダーがスライディングするより早く右足でシュートを叩き込んだ。
「いけえ!」
尾道を愛する選手やスタッフ、そして数多くスタジアムに足を運んでくれたサポーターの願いはいきなり結実した。角度はほとんどなかったにも関わらず武田の放ったシュートは一直線にゴールの左隅を捉え、ポストに跳ね返りながらも最終的にはゴールネットを力強く揺らした。昇格を狙うシーズン、ファーストシュートが初得点という幸先の良いスタートを切った。
「おおおおっ、すげえじゃねえか大和! 練習でもあんなスーパーゴール見たことなかったぞ!」
「本当に、どこにそんな実力を隠してたんだ?」
「いやあテツさん、内心自分でもちょっとびっくりしてるぐらいっすよ! でもまあ、俺はやる時はやる男だからこれぐらいはやって当然でしょってなもんで」
「言うじゃねえか。まあ、ナイスシュートだったぞ! そしてこれを何度も積み重ねようじゃないか。この試合はもちろん、シーズンずっとな!」
「おう!」
自然に形成された歓喜の輪の中で、先輩の山田や桂城にもみくちゃにされながら殊勲の竹田は驚きと誇りに満ちた表情で笑みを浮かべていた。ルーキーイヤーであった去年はわずか9試合の出場にとどまり、しかもその大半は本来のポジションとは異なる右サイドバックという有様であった。
サッカーを始めた頃からその俊足は際立っていた竹田は常に攻撃的なポジションを担い続けてここまで来た。それだけにサイドバックというポジションを受け入れがたい部分があった。しかし不満を漏らさず、自分に与えられた仕事をこなし続けることによって見えてくる景色は多少変わってきたのだろう。それと同時に「攻撃的なポジションで自分を試してみたい」という願望がより強く、より明確に浮かび上がってきた。
自分に足りないのは何か、それは明白であった。技術。パストラップシュートヘディングなど、身体能力に任せたプレーだけでは通用しない世界に初めて足を踏み入れた事によって、竹田自身もそういった部分を本格的に鍛え抜かねばと悟ったのだ。やるべきことが決まればオフなどはないも同じ。己の弱点を徹底的に鍛え上げた結果、正岡監督の目にも止まったのだ。
後は結果を残すだけ。そこで「一発回答」の竹田は確かに持っている人間なのかも知れなかった。思えばサイドバック起用された時期も、その動きはアグレッシブではあったものの明らかに付け焼刃と分かる代物であった。それにも関わらず起用された試合はまったく負ける事がなかった。とにかくこの竹田大和という男は何かが違うのだ。そしてその特性は今年の尾道の象徴でもあった。
「今までとは何かが違う。歴史さえ塗り替えてしまうのではないか」
期待感。非常に漠然としたものではあるが、監督も変わっていきなりルーキー二人が開幕戦スタメン出場して、そして謎のオーラを持つ竹田がいきなり躍動した。今までの尾道はJ2にいるのが当然で、水沢監督や選手たちがどれだけ勇ましく抗っても二年連続でプレーオフを逃すという運命からは逃れられなかった。しかし今年は違う。手応えのない感覚が次第に重みを増してくるのを、尾道を愛するすべての人が感じていた。
「タケダ!!」
「ヤマト!!」
「タケダ!!」
「ヤマト!!」
観客席から巻き起こるコールに握りこぶしを掲げて応えた若武者の表情は充実感に満ち溢れていた。しかしまだ試合は始まったばかり。竹田は、そして尾道はその後もアグレッシブに攻めて前半を終えた。
「皆、前半はよくやってくれた。しかし富山とてこのまま終わるような相手ではない。まさかとは思うが、たかが一点をこのまま守りきろうなどと思っている者はここにいないだろうな」
「当然ですよ監督。正直まだ一点しか取ってないって感じですから!」
「後半はもっと観客を沸かせるようなシーンを連発しますよ!」
前半終了後のロッカールームは充実感ゆえの熱気に包まれていた。
「うむ、よくぞ言ってくれた。前半はうまく中央を突破して大和のゴールを生んだがすでに対策されつつある。後半は左右をワイドに使っていこう! 頼むぞ千裕、マルコス!」
「はい!」
「任せてください」
結木は脳より先に反射神経で言葉を繰り出したかのように熱く、オフに結婚した成果だろうかなり日本語がうまくなっているマルコスはクールに返事をした。確かに前半は竹田や御野の果敢なドリブル突破や河口の新人離れしたポストプレーの技術、テクニックを向上させている山田の意外性あふれるプレーなどは披露出来たもののサイドバックの攻め上がりはそれほどでもなかった。
山吉の抜けた昨年は右サイドに苦労した尾道。本来は左サイドで、しかも大怪我から復帰したばかりの小原をいきなり起用する必要があるほどの窮乏であったがそれでもまだ定まらず、気付けば岡だの茅野だのDF登録ですらない選手を繰り出して挙げ句の果てにはFW竹田起用となった。なぜか成績は良かった竹田サイドバックだがこれが今後も正解であり続けるはずがない。不動の左サイドマルコスからしても不安定な対岸事情により、バランスを考えて本来の豪快な攻め上がりを自重する部分があったりと色々不都合があったので、何としても補強は必要だった。
一方、結木は昨年驚異的な爆発力を見せてJ1昇格した和歌山の中で悶え苦しんでいた。持ち味であるテクニックはある程度発揮できたものの、監督の評価はなかなか高まらなかった。表層的な結果ではなくもっと奥の部分で大切なものをアピール出来ず、次第にポジションを失っていったのだ。しかし今年で弱冠二十歳という年齢からも和歌山は来季も契約の方針を内心で固めていた。
「今のままクラブとともにJ1に昇格しても出番がないまま終わるのは目に見えている。もちろん将来的にはJ1で活躍出来る選手になりたいとは思うが今の自分はまだまだ未熟でその資格はない。J1挑戦はJ2で確固たる実績を残してからでも決して遅くはないはずだ」
このような考えのもとに結木は移籍を志願した。いくつか届いていたオファーの中でも尾道は「右サイドのレギュラーとして考えている」という明確な提示がなされており、最終的に決断したのは今年の元旦であったと言う。幸いキャンプやプレシーズンマッチでのアピール、得意のテクニックやスピードを惜しみなく披露して開幕戦のスタメンにつながった。
しかしこれはゴールなどではなくスタートでしかない。もっとアピールしたい。右サイドのポジションを完全に掴みたいと常に思い続けており、それゆえにチームの中で一番目をぎらつかせているのがこの結木である。
「さあ、残り45分だ! しっかりと勝ちに行こうじゃないか!」
「おう!」
かくして前半とはメンバー交代なく、11人の選手たちが再びピッチに散った。
100文字コラム
尾道で一番ファンサービス熱心なのが岡だ。高卒で一度プロ入りも引退し大学進学した経験から「今の地位でいる幸福を前に謙虚でありたい」と言う。特に子供ファンへ丁寧な対応をするのは大学で教育学を学んだ成果か。




