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最弱職の召喚士ですが、初召喚で太古の神獣と契約したら現実に戻れなくなりました  作者: あげまんじゅう


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第1話「彼女は、僕だけを見てくれた」

結城陽翔の存在は、教室の中でいつも薄い。


 誰かに嫌われているわけではない。ただ、誰の記憶にも残らない。休み時間になれば机の島がいくつもできて、笑い声が波のように広がっていくけれど、陽翔の周りだけはいつも静かだった。話しかけられることもなければ、話しかけることもない。それが当たり前になりすぎて、もう寂しいとすら思わなくなっていた。


 家に帰っても、それは変わらない。


「ただいま」


 声をかけても、返事はほとんどない。リビングのソファには母と、母の恋人だという男が並んで座り、テレビを見ながら笑い合っている。陽翔が帰ってきたことには気づいているはずなのに、視線がこちらに向くことはない。


「……」

 陽翔は自分の部屋に向かいながら、小さく息を吐いた。責めているわけじゃない。母がずっと一人で自分を育ててきたことも、寂しさを埋めたいと思う気持ちも、頭ではわかっているつもりだった。


 ただ、わかっていることと、傷つかないことは、別だ。


 物心ついたときから、陽翔は知っていた。自分は誰かに愛される価値のある人間じゃない。母にとっても、クラスメイトにとっても、自分は「いてもいなくても変わらない」存在なのだと。


 だから、部屋の隅に置かれたフルダイブ用の機材だけが、陽翔にとっての唯一の逃げ場だった。



 最新鋭のVR機器──通称「ダイブギア」を頭にかぶれば、意識は現実とは全く別の世界に飛ぶ。そこでは誰も、陽翔がどんな家庭で、どんな学校生活を送っているかなんて知らない。ただの新規プレイヤーとして、まっさらな自分から始められる。


 ベッドに横たわり、ギアを装着する。


「ログイン……『エンドロア・オンライン』」

 視界が白く染まり、次の瞬間には見知らぬ広場に立っていた。石畳の道、遠くにそびえる塔、行き交う色とりどりのアバターたち。何度経験しても、この瞬間だけは胸が高鳴った。

 

今日は、初めての「職業選定」の日だ。


 案内役のNPCに促されるまま、陽翔は職業リストに目を通す。剣士、魔導士、弓使い、盾役……どれも人気が高く、すでに多くのプレイヤーが選んでいる花形職ばかりだ。

 

その中で、ひときわ人気のない項目があった。

「召喚士……」

 説明文には、こうある。『契約した召喚獣と共に戦う職業。契約獣の質と相性が全てを左右するため、上級者向け。低ランクの召喚獣しか引けなかった場合、育成が困難』


 攻略掲示板でも「絶対に選ぶな」「運ゲーすぎる」と散々な評判の、事実上の最弱職。

 

だが、陽翔の目を引いたのは強さのことじゃなかった。

 

――契約。

 

その言葉に、陽翔は妙に惹かれた。誰かと契約で結ばれる。自分だけを見てくれて、自分のことを一番に考えてくれる相棒ができる。そんな存在が、この世界になら、いるかもしれない。

 現実では手に入らなかったものが、ここでなら。

「……これにする」

 迷いは一瞬だった。周りにどう思われようと構わない。陽翔が欲しかったのは強さじゃない。誰かに、自分だけを見てもらうことだった。


 選定が完了すると、視界が切り替わり、白い儀式の間のような空間に立たされる。中央には淡く光る魔法陣。案内役の声が響く。

「それでは、初めての召喚を行います。契約する存在は選べません。この魔法陣が、あなたに最も相応しい存在を呼び出します」

 陽翔は小さく息を吸い込み、魔法陣に手をかざした。

「――お願いします」

 光が弾け、空間全体が眩く輝く。


 その瞬間、周囲にいた他のプレイヤーたちが、一斉にどよめいた。

「なんだよ、あの光……」

「エラーか? こんな演出、見たことない」

「運営、なんか仕込んでる……?」

 誰もが陽翔の方を振り返り、驚きと戸惑いの視線を向けている。だが陽翔自身は、目の前で起きていることに気を取られていて、周りの反応どころではなかった。


光の中心から、小さな影がふわりと舞い降りる。

 ――猫だった。

 

白銀の毛並みに、背中には小さな羽。ぱちり、と開いた瞳は宝石のように澄んだ紫色をしている。手のひらに乗るほど小さなその生き物は、陽翔をじっと見つめると、人間の言葉で喋った。

「……ふん。私を呼び出したのが、こんなに冴えない人間とはね」

 声は凛としていて、どこか高慢な響きを持っていた。陽翔は驚いて何も言えない。


 猫はしばらく陽翔を値踏みするように見つめていたが、やがてその紫の瞳が、すっと細められた。何かを見透かすような、探るような目つきだった。

「……へえ。見た目は冴えないくせに、中身はずいぶんと面白いものを抱えているじゃないか」

「え……?」

「お前自身は気づいていないようだが――どうでもいい。私にとって都合がいいことに変わりはない」


 猫は小さく前脚を舐め、独り言のようにつぶやいた。

「腐ってもこの私が、こんな器の小さな契約で終わるつもりはなかったのでね。お前の中にあるものを、私が育ててやろう。……まあ、これは契約だ。対価をよこせという話にすぎない」


 高慢な口ぶりのまま、猫は静かに告げた。

「いいだろう。契約してやる。お前が私の主というわけだ」

 小さな猫がそう言った瞬間、周囲の光景が一変した。

 空間そのものが軋むような音を立て、猫の周りに渦巻く魔力が可視化されるほどに膨れ上がる。他のプレイヤーたちの悲鳴のような声が遠くに聞こえる。


「――え……?」


 陽翔が戸惑う間もなく、小さな猫の姿が淡い光に包まれた。光が収まったとき、そこに立っていたのは、羽の生えた美しい女性の姿。メイド服を纏い、背には猫の時と同じ白銀の羽を持つ、人間離れした美貌の存在だった。

「これで契約成立、ということだ」


 女性は腕を組み、値踏みするような目で陽翔を見下ろした。先ほどの猫の姿の時と変わらず、口調にはどこか尊大さが残っている。


「ぼ、僕……」


「アシュルだ。お前が育つまでの間、面倒を見てやる。……勘違いするなよ、これはあくまで契約上の義務だ。お前の中にあるものが花開くまで、私が損をするわけにはいかないだけの話だからな」


 そう言いながらも、アシュルは陽翔の全身にざっと視線を走らせ、小さくため息をついた。


「とはいえ――お前を害するものがいれば、それは私にとっての『損失』にも直結する。だから、守ってやる。感謝はいらない」


 突き放したような言い方だったが、陽翔はなぜかその言葉に、かすかな温かさを感じた。誰かに「守る」とはっきり言われたのは、生まれて初めてのことだったから。


 だが、感傷に浸る間もなく、視界の端に赤い警告表示が瞬いた。

【エラー:契約対象が規定データベースに存在しません】

【システム再照合中……】

【異常個体を検知】


 陽翔の視界がノイズに満ちる。慌ててログアウトのコマンドを叫ぶが、反応がない。


「ログアウト!!!!できない!!! ログアウトしろ……!」


 何度呼びかけても、システムは沈黙したままだった。焦る陽翔の肩に、アシュルがそっと手を置く。その表情は、静かで、どこか申し訳なさそうだった。


「ご主人様。落ち着いて聞いてください」

「アシュル……何が、どうなって……」

 アシュルは一瞬、忌々しそうに視線を逸らしたが、すぐに陽翔の顔を正面から見据えた。

「――もう、あちらの世界には戻れない」

 その一言が、陽翔の中の何かを静かに、決定的に塗り替えた。

初めての作品です!応援してくれたら凄く嬉しいです

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