――― 擾乱収束 ――――
――― 父上は決断を下した。
大叔父へは騎士爵家からの『絶縁』と街からの『退去』。 大叔父の配下の者達へは『御身勝手』を言い渡された。 御家人筆頭であった大叔父の配下ともなれば、かつては歴戦の勇士として名を高めた者達も多数いた。 彼等の街中での非道に関しては、今後は認めないと…… 懐柔策の一つだった。 ” 過去の罪は、過去の功績を以て不問とする。 ” 言外にそう云ったも同義。
” これからは違うからな ” と言う、警告的意味合いも含まれていたのだ。
その事を理解した者は、想像よりも多かった。 次兄の調略を受けた者は勿論の事、心の中に郷土愛を抱える者、大叔父の配下である事に疑問を持つ者。 そう云った者達が、大叔父とは袂を分かち、改めて我が騎士爵家と友誼を結び直したいと申し出た。
――― 大いに慌てたのが大叔父本人だった。
今まで、自分の言いなりに成っていた『配下の者達』が、雪崩を打って寝返っているのだから。 そんな中にも、甘い蜜を啜って生きてきた者達、戦場から遠く離れ安穏と騎士爵家の誇りを忘れ、我利我利と生きてきた者達は、それまでの生活が忘れられずに大叔父に従い街から退去する事になった。
その数、守備隊の三分の一。
『多い』と捉えるか、『そこまで削れた』と喜ぶべきなのかは、立つ位置によって異なる。 わたしは…… 喜ばしい事だと思う。 騎士爵家連枝の誇りと矜持を忘れた者は、『郷土の安寧』を背負えるはずも無く、反対に郷土に『禍を導く者』と成り果てたであろう。
父上の絶縁状を受け取った大叔父は、武装蜂起は無駄と断じたのか、またもや何時もの大言壮語を吐き散らしつつ、付き従う配下の者達を引き連れ郷土の街から退去して行った。 市井の者達から、手助けする者、父上に寛恕を求める者は皆無で、彼の求心力が泡と消えてしまっている事に、騎士爵家の面々は驚きを隠せなかった。 騎士爵家としては、恙なく大きな混乱も無く、問題が自分から遠ざかってくれた事に安堵した。
下手を打てば、郷土の街を戦場とした内乱が起こる可能性も有った。
勝負所でも有ったのだ。 しかし、戦力的に不利を感じられた大叔父殿は手勢を纏め街を出る事を決断されたのだ。 街中での戦闘。 想像するだに悪夢である。 大叔父の配下の者達は、古兵が多く王国の対外戦争に狩り出された経験を持つ者すら居る。 市街地での戦闘がどんなに悲惨かを肌身を以て理解している事も、その決断の後押しをしている。
かろうじて…… 人の心は持っておられたのだ。
彼等が今後、何処に行くのかは不明だ。 だがしかし、相応の戦闘力を保持しているのならば、行きつく先には、幾つかの選択肢はある。 冒険者ギルドの構成員に成るか、傭兵と成るか、どこかの貴族家の飼い犬に成るか。 どれをとっても、早く決断しなくては、最悪、夜盗、山賊の類に堕ちかねない。 そこまで、人を捨てていないと思いたい。
――― 辺境騎士爵家 最大の危機は此処に回避された。
―――― § ――――
ある日、巡察前の次兄に、訓練前に呼び止められた。 出撃前の一時、わたしと話したいとの思召しだった。 兵舎の有る訓練場の一角。 休憩所として使用されている、武骨なテーブルとベンチに差し向いで座った。
なにやら、吹っ切れた様な御顔をされて居る。 色々と思う所も多かったのだろう。 言葉にして心を整理される機会なのかもしれない。 口元に爽やかざる笑みを乗せ、ゆったりと言葉を紡がれた。
「大叔父上は、気ままにやり過ぎたのだな。 街の者達は、良く我らの事を見ているという事だ。 普段は黙って唯々諾々と従っているが、それは、力を背景とした強制でしか無かった。 貴様の言葉通り、『理を説き、合力に賛同して貰ってからの徴用』と、『問答無用の徴用』では、受ける印象が全く違う。 民草も又、人なのだと、此度の事で肝に銘じた。 狙っていたな、貴様」
「はて? 辺境に棲む者達は、皆、『自然の脅威』を身近に感じておりますが故、色々な『合力』に関しては、必要不可欠だと理解しては居りましょう。 あとは…… そうですね、気分の問題かと」
「その肌感覚は、驚嘆に値するな。 幼き頃から市井の者達と混じり生きて来たが故の考えか。 王都で学んだ者としては、異常に過ぎる考え方と思うのだが?」
「王都でも、貴種貴顕の方々は、大叔父上と同じように『選民意識』が強くあります。 若き方の方がより強く。 しかし、決定的に違うのは、それを上手く韜晦できる『度量』に在りましょう。 それが、『貴族の在り方』と認識されております。 それに貴種貴顕の方々の暴走を抑制する為に、王国法がございます。 さらに、国王陛下を始め高位貴族の方々である『支配する者の心内』は、我が国の安寧と、それに伴う国富の増大が基本。 故に、あからさまな驕慢と我欲は、貴族社会の中でも特に嫌われます。 勿論、『清廉潔白』は望みようは御座いませんが、『清濁併せ呑む者』が、陛下の御心に適う者と」
「成程…… 成程な。 貴様が王都で手に入れた、そう云った知識は辺境では薄い考え方だ。 大いに役立てて、御継嗣様の力になって欲しい」
「ちい兄様の御役にも立ちましょう? これから、辺境騎士爵家の精鋭達を率いる立場に成られます。 遊撃部隊とは、少々趣も異なるでしょうし、わたしが会得したモノをお役立てになれば、多少は楽に主力部隊を統率出来ると思われます」
「貴様の『調略せよ』と言う進言は、実に見事だった。 あれだけの者達が、再び騎士爵家に忠誠を誓うとはな。 御継嗣様の守備隊の人員が厚くなる。 元主力の負傷兵、遊撃部隊の輜重兵、衛生兵、そして、残ってくれた者達…… 街の安全を護るには、十分な人員を確保できたと云え様な。 その統率には、困難が予想はされるが……」
「出来ぬ事では御座いません。 なにせ長兄様が自ら鍛え上げた者達が根幹に居るのですから」
「負傷はすれど、その心意気は本物…… か。 善き先達と云え様な。 残ってくれた者達も、古参とは言え既に前線から離れた者達。 前線の残り香を嗅ぎ、矜持を思い出す者も多かろう。 兄上が手で、もう一度鍛え直したら…… 守備隊は精鋭と成るかも知れんな」
「街を護る為の、最後の『人の砦』ですから、長兄様も手を抜く事は無いでしょうね。 そう確信して居ります」
「……ところで、貴様が指揮下に置く遊撃部隊の編成に関して問題は無いか?」
「今の所、新編の部隊として基礎訓練に励んでおります。 実戦を経験するには時期尚早では御座いますが、御命令とあれば現有戦力にて任務をこなせるとは思います。 十全な働きは難しくは御座いますが」
「そうか…… 遊撃部隊に残した面々は、どうか」
「良くして貰っておりますよ、兄上。 選んで下さったのでしょ?」
「まぁ…… な。 では、定時巡察に行ってくる」
「はい。 御武運を」
互いに胸の前に拳を掲げ、武運長久を祈り合う。 辺境式の敬礼を交わす。 今生の別れと成りかねないのが現状である。 故に、禍根も蟠りも心に残る事を無くす為の『会話』は、必要なのだ。 当然、直截的な言葉の応酬は、殴り合いに発展する事も有るが、それも又、辺境ならではの事柄。
コミュ障だった前世とは、比べる事は出来ぬ。 状況が、そうわたしに強いたのだ。 やらねば、心が死ぬ。 前世と比べ、精神的に引き籠ろうものならば、何も成せず誰も助けられず、家族からの愛に報いる事も出来ず…… また、無為に死ぬだけなのだ。
それは、ダメだ。 せっかく、この世界に産まれ、そして、愛して貰っているのだ。
全力を以て、状況を改善して行く事は、わたしに課された『天命』でもあるのだ。
訓練場から立ち去る、次兄の後姿を一度確認してから、わたしに与えられた場所に目を移す。 遊撃部隊の皆が訓練している場所に。 わたしの居場所に……
――― 視線を向けた。




