――― 献策 ―――
献策の内容は既に考えていた。 頭の中に『絵』が浮かび上がっているのだ。 何をどうすれば良いか、その必要条件と、それに対する大叔父の行動、そしてその行動を阻止する思惑。 様々な事柄を、統合して『策』と成した。
「大叔父の家門に対し、当家よりの『絶縁状』の回状を回します。 騎士爵家の支配権に対する『大逆』を成したと。 大叔父の配下の者達に対しては、その過去の栄誉と献身を考慮に入れた処分とします。 残るもよし、大叔父に付き従うも良し」
「馬鹿な。 騎士爵家の戦力の三割を占める守備隊が丸ごと失われるぞ。 主力は此度の擾乱で三割は損耗しているのだ。 そんな事を成さば、ほぼ五割に近い精兵が喪失してしまうのだ、判っておらんのかッ!」
判っているさ。 そんな簡単な算術は、幼子だってわかる。 しかし、そういう問題では無いという事なのだ。 父上は、それすらも判っておられる筈なのだが…… 如何せん、父上を教導してくれた身内という事で、思考停止されているかのように見受けられる……
多分、その事を殊更に言葉にされるだろうとは思っていた。 対処方法は既に『策』の内にある。 ここで怯んでは、この先 我ら騎士爵家の未来に光など見えない。 ゆるゆると潰えて行き…… 大切な者達を守る力は失われる。 御し難い。 誠に遺憾である。 よって、父上の反論は粉砕させて頂く。
「守備隊については、各人の心根に従い、行動するでしょう。 大叔父上に反感を持つ者も居りますので、三割 全てが喪失するわけでは御座いません。 長兄様は重傷を負われた。 それは、紛れも無い事実でしょう。 武人としての能力は、相当に失われたとみて良いかと思われます。 主力を率いる事は出来ますまい。 が、しかし、わたくしが故郷に戻って来た事で、騎士爵家としての新たな軍組織を編成する事が出来ましょう」
「判った様な口を利く。 ならば、申して見よ」
「第一に、守備隊の指揮権を長兄様に。 ええ、大叔父の『役割』を兄上に継いでもらうのです。 守備隊の主な任務は、街の治安維持と避難誘導、そして、最終総予備戦力。 指揮官に要求される能力は、後背地に於いて主力と遊撃隊の援護を遂行できる力。 武辺一辺倒の大叔父殿には荷が重すぎたのです。 役割を理解出来なかったとも言えましょう。 その点、長兄様の技巧は『算術』と『剣術師』と『頑健』でした。 勿論、武人として脅威から人々を守る直接的な戦闘力を有しておられましたし、その為の能力も保持されておられましたので、今までは主力の指揮官に任じられておられました。 ……が、残念な事に、此度の事で個人的な戦闘能力は格段に減衰されてしまいました。 しかし、其処が『良い意味』での変化点と成り得る事に気が付いたのです」
一旦、口を閉じ、長兄様に視線を送る。 私がこれから言う事は、今までの騎士爵家では異端な考え方とも言える。 が、王都で見聞した事で、私の中に新たな『価値観』が生まれ、それが『前世の記憶』と結びついたのだ。 わたしは、静かに続ける。
「長兄様には類まれな調整能力が御座います。 それは、軍務的に展開出来れば、類稀なる才気と成りましょう。 王都中央の国軍には『参謀職』と云うモノが御座います事は御承知の通り。 参謀の方々は直接的な戦闘力は勿論、剣すら握れぬ方すらも居られるのです。 しかし、参謀職の方々が担うは王国軍の根幹でも有る。 作戦立案、兵站、巡邏、軍執政、情報収集と多岐にわたります。 多くの俊英たちが目指す職位でも御座います。 長兄様に於かれては、騎士爵家の参謀本部長を担って頂きたい」
「……つまりは、騎士爵家の『本分』と変わりない と云いたいのか?」
「父上の御継嗣に当たります故 『その責務』を研鑽する事は『継爵』に必要な事かと。 さらに、次兄様には主力を率いて頂きたく存じます。 次兄様の技巧は、『戦人』で有ったと覚えております。 最前線で物見し、偵察する遊撃部隊には勿体なく存じます。 戦技、戦闘級は勿論の事、戦術級の思考も又、次兄様は得意に御座います。 此度の仕儀に関しましても、いち早く御自身が担当された場所の状況を確認し、長兄様の困難を察知され、救援に向かわれるだけでなく、魔物の側背を突き撃退された事からも明らか。 人員は長兄様が率いられた主力残余と、ご自身の率いられた遊撃隊を合わせれば、十分に精強なる主力となり得ましょう」
「継嗣が率いる兵はどうする」
「此度の仕儀で怪我を負われた方々を基幹要員と成します。 さらに、次兄が率いられた『遊撃部隊』の内、輜重、兵站に関わる人材と、医療医務に関わる衛生兵をそちらに。 主力との帯同が必要ならば、長兄様の御命令にて行えば良きかと。 兵站、および医療関係の兵は、守備隊にこそ必要な人員と勘案致します」
「むむッ…… で、では、遊撃隊は如何する」
「身軽で、物見に特化し、状況を見極め報告する。 元来、遊撃部隊と云う組織は、軽度の戦闘はこなしますが、あくまで威力偵察であり、本格的に戦闘はしない部隊にございます。 身の軽き者が、その任に当たるのは当然の事。 若輩ながら わたくしが、その『責務』を背負う事が、理に適っているかと思います。 編成は、遊撃隊内で自由に組む事をお許しいただければ、新兵のみでの人員編成でも構いません。 王国 魔法学院騎士科で、王国軍式の訓練方法は学んでまいりました。 元から、兵としては一級品と云える『辺境の新兵』です。 短い間に錬成出来るかと」
「なっ! よもや、そこまで考えておったのか………」
父上が浮かべる疑問や問題点は、頭の中に浮かび上がっていた。 一見無茶な献策ではあるが、ある程度の勝算の目途も立っている。 よって、父上の反論の対応も又、『絵』として浮かび上がっているのだ。 ただ、苦しいのは『献策』を、取り上げた直後のみ。 流石に騎士爵家の抱える戦闘人員の四割近くが一気に減るのは、少々頂けない。 しかし、秘策は『我が胸中に在り』だ。 上手く実働できれば、兵員の魔物魔獣に対するキルレートは上がる。 人員四割減の実態を覆す事も可能だと、推察が出来た。
騎士科の級友たちには “道楽だ” と、切り捨てられた錬金塔での思索と研鑽の数々は、今後、辺境の地に於いて生命線となり得るのだ。 だから、父上には決断を強いたい。 その時、黙って聴いていた長兄様が重い口を開かれる。 言葉には重みがあり、威圧感すら感じる程であった。
「……父上。 弟の大胆な『献策』は、この先暫くは『騎士爵家』にとって、かなりの重荷を背負う事と成りましょう。 確かに大叔父の言動を許せば、現状維持は可能でしょうが…… が、私は寛恕し得ない。 わたくしに対する罵詈雑言の事ではありません。 “騎士爵家” を、何と心得るのかッ!! 郷土に対し、あの方の想いは奈辺に有るかッ!! 自身の栄誉と無限の自負心が何処まで増長するかッ!! 騎士爵家の簒奪の意思は『疑い』が無いでしょう。 よって、わたくしは…… 弟の献策に賛意を表明致します」
続けたのは次兄様。 その御声には、確固たる覚悟の色が含まれていた。 強面で、泣く子も黙る魔鬼の迫力そのままに、父上に食って掛かる様に言葉を紡がれたのだ。
「兄上の言う事は、『真』ではあります。 そして弟が看破した私の在り方もまた『真』であると云えましょう。 弟を待つ間に、わたくしが継嗣と成るかも知れぬと、先程父上は仰いました。 が、わたしには『継嗣たる能力』はありません。 断じて無いのですッ! その為の教育は受けましたが、どうにも…… 母上もお判りでしょう。 私は兄上の補佐として『武人共の取り纏め』が精々な処……。 郷土を守り切る為の『頭』は、残念ながら弟にも及びませぬ。 ならば、最善を愚考するに、過酷な未来を含め『弟が献策』に賭けてみたくあります」
兄上達の言葉は、わたしの心に重く響く。 お二人とも、郷土への愛情は人一倍持っておられるのだ。 我らが『郷土の未来』に光を置く為には、苦しき闇を乗り越えねば成らない事を実感として理解しておられる。 そう、光溢れる朝が来る前には、ひたすらに昏い夜を越えねば成らないのだ。 前世のわたしには、持てぬ勇気の発露。 ならば、『今を生きるわたし』 なれば、勇気を持って『事』に当たらねば成らない。 それが、家族に愛され育てられた “わたし” が、唯一可能な恩返しと成るのだから。
――― 父上の重い口が開かない。
様々な思いが内心に交差しているのだろう。 苦しい時も楽しい時も家族として遇していた大叔父を切るのだ。 そう在って、然るべきなのだ。
だが……
――― 『騎士爵家の当主』ならば、此処は『決断の時』なのだ。
120萬PV 有難う御座います。 拙作にこれ程の読者様がいらっしゃるのは快挙です。
今後も、何卒よろしくお願い申し上げます。
物語を楽しんで頂ければ幸いです。
龍槍 椀 拝