脅威を前に
考えてみれば、此処は『魔の森』中層域。
膨大な空間魔力が滞留しているのだ。身体大変容をしていても不思議ではない。現に多大な魔力を喰らった、魔蝮が魔毒蛇に変容した例も有るのだ。 魔岩喰い蟲の形質を受け継ぐ魔物ならば、細心の注意が必要だ。なにせ、あの魔獣の地中移動速度は異様に速いのだ。
「地中を移動する巨大魔蟲か」
「状況を考えると、そうなります」
「どのくらいの速度か」
「我等の行軍強速よりも早いと思います」
「10クーロンヤルド向こうから、此方に勘づく可能性は?」
「魔岩喰い蟲系の魔物魔獣ならば、地中の…… 岩を伝う音にとても敏感です。更に言えば、既に喰い終わった場所は奴等にとって『街道』に等しくあります。アノ輝点の反応であれば、身の丈20ヤルドを超えるやもしれません。それだけの巨体であれば、それに準じた聴音感覚器も相当に…… 感づかれている可能性も捨てきれません」
「身体大変容が引き起こされている個体であると?」
「……というよりも既に『種』として固定し『繁殖』している可能性すら有ると思います。 地中蟲系の繁殖力は旺盛ですので」
「数も居るか…… 厄介だな」
「この先、数区画は、特に慎重に進む事を進言いたします」
「索敵兵や観測兵を前に。 索敵を正面に集中させる」
「善きかと。 全周囲索敵を一時的に前方に集中せしむ。 そう、皆に通達いたします」
「土魔法系の保持者も先頭に集める。脅威に備える。魔岩喰い蟲系の魔物と推定。 対地中蟲系の魔物戦の準備をせねばな」
「はい。 工兵隊、輜重隊、猟兵隊各隊に通達いたします」
「いや、それには及ばない。各隊の長を私の元に。 通達は私がする」
「御意に」
我が佳き人は射手長ではあるが、副官では無い。 今の『探索隊』に副官は置いていないのだ。よって、通達は私から直接を行う。私が全ての責任を負う事が必須なのだ。射手長である我が佳き人の耳と目は皆が信ずるに値する情報だ。故に、通達を聴いた兵達は、皆首肯する。
—— 総意として、警戒行軍行動に移行する。 ——
部隊前面に索敵関連の兵を集中させ、遠距離、中距離、近距離の索敵を輻輳させ、盲点が出来ぬ様に配備する。地中探索と云う常ならぬ行動では有るが、魔力探知に特化している索敵で在るながら、目視とは違いそれなりの精度を叩き出せるように訓練もした。
隔壁に到達する度、隔壁前で前方の空間を走査する。 隧道内は言うに及ばず、周辺の空間を走査する。
隧道上部に当たるこの場所の下には、下水を通す大きな空間が有る。 其処には隔壁も無く滔々と水が流れているのだが、その中に水棲魔物の影が映り込んではいた。しかしそれは、通常の事だと理解している。水棲の魔物魔獣は、水面の下を悠々と移動するのだ。これを止める術はなく、水面の下は、我ら人族の可動範囲では無い。互いに無視するか、いざと云う時にしか干渉することは無い。
更にその下には、魔力を漉し取る膨大な数の魔道具が設置されている下部隧道も有るが、其方には魔物魔獣の影は薄い。溶け込んでいる魔力濃度の薄さが原因なのか、魔物魔獣が生息する環境に適さないと推察は出来る。中層域で観測できた構図は、隧道下部の空間に於いて顕著でもある。
そして、隧道上層の『この空間』。
隧道の保守点検を担う為に準備されているこの空間には、魔物魔獣の影は無い。よしんば何者かが侵入しても、対抗措置があるのだろう。排除の為の機構や機能が有るようなのだ。 だが、その機構が壊れていたら?機構自体の発動が制限されて居たら?
もしそうなら……
保守点検の為の空間そのものが、迷宮の洞窟の様になってしまう可能性が大いにあるのだ。そして、その想像は、大きくは外れてはいないだろう。 なぜならば、この空間に於いて、空間魔力量は徐々にだが上がっている。 魔力を多く含む空気が何処からか流入しているのだ。
もし、地上と何らかの形で繋がって居れば、空間魔力は当然の事ながら跳ね上がる。 索敵の他に我々はもう一つの観測手段を持っている。朋が託してくれた、『空間魔力測定器』とも云える魔道具だ。 下着が濃し取る空間魔力が限界値を越えぬ様に、常時観測する為の魔道具。だが、此れが危険を察知する為の一手となっている事は、幸運と呼べよう。
そして、この魔道具は徐々に空間魔力濃度が上昇している事を示している。
「指揮官殿、意見具申!」
「射手長、なんだ」
「この先、2クーロンヤルドに、魔物魔獣の輝点あり。 その数、20以上」
「脅威度は?」
「中の下。 大きさと輝点の輝き、動きから洞窟魔蝙蝠相当と考えられます」
「巨大魔物の気配は」
「未だ観測できず。 ですが、喰い跡とおぼしき形跡を地中に確認」
「この区画で大休止を命じる。 作戦を立てる。各長をここへ」
「了解」
集められた各隊の長は、報告された索敵結果を聞き入っている。彼等の頭の中には、既に幾通りかの作戦案が作成されているのだろう。それは私も変わりない。手持ちの手札を出し、この状況に対応するしか無いのだからな。 最初に状況を確認、既知の現場状況を出し合う。主に輜重長の役目でも有る。配下に工兵、輜重兵を納めている部隊長で在り、隧道に関しての知識は誰よりも深い。
「隧道内が迷宮や洞穴相当となっていると云うのか射手長」
「はい。索敵班も同意見です。隧道内の空間も土砂で埋まっている可能性が大いにあります。 先程仕掛けました鳴子残響器でも、二つ先の隔壁区画の反響がこちら側とは異なっている事が判明しております」
「ふむ…… 空間自体は有るのか?」
「隧道が崩落している気配は有りません」
「……ならば、考えられる事は支線からの流入口か…… 指揮官殿、少々問題が御座います」
「何だろうか」
「この隧道を魔道具と考えるならば、魔道具の意思として隧道全体を保全する義務が備わっていると考えざるを得ません」
「だろうな。 それで、何が問題なのか」
「王都の下水を例に例えると、現在私達が進んでいるのは基幹線。 当然、基幹線には支線が張り巡らされ、大きな区域の下水を集める網を形成します」
「それは理解できる」
「王都でも路肩の小さな溝から、小規模の集合管、それを集約する中規模の集合管、そして、最終的に流れ込むのが基幹となります」
「想像に難くない。辺境伯領の街の縄張りを策定する時点で、大勢の土魔法保持者がその能力を使い、王都より来訪された技官殿達の指揮の元、下水網を最初に構築していた。朋にその壮大とも云える原図を見せて貰った事も有る。緻密な勾配計算を基に、本管をどれ程の深さに埋設するかを知り、驚きを隠せなかった」
「この隧道は、本管に相当します。 勿論これ一本では無いでしょうが、この規模の本管が何本も…… ですが、この本管が網羅する地表面は相当に広いと考えられます」
「成程、流量から想定したか?」
「はい。 この隧道を本管としますと、下水流量からおおよそ支えられる地表面積は、王都の数倍はある……かと。 それを踏まえますと、今まで保守点検を目的とした枝管が無かった事から、二区画先が地表に広がる『古代遺跡都市』の最外殻…… 王都と同様に考えますと、そうなります。 本管に準じる枝管が敷設されている可能性が高くあります」
「……保守点検を目的とするならば、本管に準じる枝管にも施設が備えられている筈で、それを区画する隔壁が開いているか、それとも壊れている……か」
「枝管は、本管に水を灌ぐ用途に用いられますので、より地表に近い場所に埋設されます」
「途中崩落が起こったか、何らかの想定外の災害により破断した……か」
「……その保守の為に、隧道が保守点検口である隔壁を開けた可能性があります」
「そこから土砂が流れ込み、再度閉鎖できなくなった……か。 年月が経ち、魔物魔獣の棲む洞穴の様になった可能性が高いと考察できるのか。 相判った。暫し考えさせてくれ」
沈黙が我等『探索隊』の長達の間に広がった。 各人が状況を考え、そして、その状況の悪さに胸が悪くなったようだ。指揮官としては何らかの指針を出さねば成らない。 しかし、私もまた、言葉を発するだけの思案が付かなかった。
沈黙は、静かに『恐怖』と『困惑』を我等の心に植え付けていったのだ。




