考察の順序
これ以上考察を進める必要はないと判断し、意を決し『工人の技巧』を振るう。古代魔導術式を転写し魔石に複製する。 基盤となっている金属板の破損した部分を引き延ばし、ひび割れた部分を埋め、一部魔導術式を昇華させ消した。
一部魔導術式を失った『基盤』と成った部分と、上部に接続保持される金属板の固定部分はそのまま残し成型する。 その後、魔石に転写した古代魔導術式を顕現、位置合わせをした後、基盤となる金属板に転写し焼き付ける。失われた部分に関しては、横に存在する既存の古代魔導術式を手本に、複製し上書きすれば元に戻る…… 筈だ。
私の持つ工人の『技巧』をもってすれば、それ程難しくはない。 再度転写符呪した基盤に、軽く魔力を流すと、隣接部分と同じ流れが確認できた。 これで…… 元の金属板を所定の固定具に装着すれば、機能を取り戻すと思う。 手早く、取り外した金属板を接続部に差し込む。 幾つかの起動術式が展開され、差し込んだ金属板に符呪された古代魔導術式が再起動した。
—— ブンッ
それまで薄暗かった隧道が光を取り戻した。 煌々と魔法灯火が天井部から魔法の光を投げおろして来た。 それは、正しく隧道の機能を取り戻したという事に他ならない。 良し、これで息を吹き返したと云っても良いだろう。 後は、この接続部を覆う筐体を再構築するだけだ。 いや、それでは不十分か。
「土魔法保持者に合力を頼みたい」
「なんなりと…… いや、それにしても、あの複雑な古代魔導術式を繋ぎ直すとは…… 指揮官殿は、何者ですか」
「難しい事はしていない。 破損部を除去し、隣接している生きている魔導術式を複製転写しただけだ。理解しているわけでは無い。丸ごと移しただけだからな。 記録は取った。 この術式の解析は朋に任せるよ」
「……いや、それが、どれ程の難易度を要求するのか、御自身ではお判りに成らないのか?」
「王宮魔導院の魔術師ならば…… いや、魔法学院の錬金塔の者達ですら、誰でも出来るのだろう?」
「そんな事実、在りませんよ」
「いや、朋と共に研鑽を積んでいた頃、朋も出来ていたし…… 周りの上級学生も、やっていた? かな?」
「誤認でしょうな。 …………指揮官殿、土魔法保持者に何をさせようと思召しか?」
「いやなに、筐体の金属函を修繕した後、周辺の土を固めて貰いたいのだ。 私は基礎的な魔法しか扱えないが、土魔法属性を持っている者達が固めると、強固な装甲とも云える土壁になるだろう?」
「アレですか…… 良いでしょう。 それは、工兵とも連携せねば成りません。 お任せを」
「頼んだ、輜重長」
背嚢の中に忍ばせていた、『人工魔鉱』の鉱塊を取り出す。兵達の装備装具に問題が出た場合、現地で補修できる様にと持ってきた物だ。 期せずして、この様な事になるとはな。 鉱塊を薄く引き伸ばし、大きく切り離した金属函の底面と側面の一部に沿うように成型する。 その後、元の金属函との融合を行い、完全に覆った。 上部の蓋の部分には、何も手を入れず、そのまま被せ封じる。これで、金属函に対する補修は終了だ。
「穴をあけた場所を封じて欲しい」
「承知しました。 かなり圧縮しますから、相応に土砂を使用します。 隧道外側、天井部から上の土砂を使用し、圧縮圧接致します。 隧道から上の部分に空隙が発生しますが、如何しましょう?」
「……外は『魔の森』中層域深域。 たとえ、陥没してもあまり問題は起こらないと思う。この隧道の保全を考えると致し方あるまい」
「御意に。 おい、貴様等。 始めるぞ」
「「応」」
見事な連携を見せてくれた輜重隊、工兵隊、一部猟兵の諸君等。 金属函が収められていた穴は、点検口となる部分を除き、堅く締められた。その硬度は鋼鉄も凌ぐ程であった。 限界以上に圧縮され固化された土砂は、変性し鋼鉄を上回る状態となったのだ。いやはや、土魔法で可能とはいえ、こうも間近で見せ付けられると、初級ほどにしか魔法を使えない私にとっては何とも羨ましい限り。
「なんと高度な魔法なのだろう……」
「はぁ? 何を仰っておいでか。 皆、初級の魔法しか使えぬのですよ? 体内魔力の増大は原因に在りましょうが、魔法強度が上がっているだけに御座いますよ、指揮官殿」
「いや、私には無理だから。上手く魔法を顕現出来ぬ私には、なんとも羨ましい事なのだよ、輜重長」
「それは…… どういう事なんでしょうか?」
「事実を述べたまでだ。 魔法学院在籍時から、そうだったのだよ。 しかし、私は諦めてはいない。 君達が居るからな。」
「有難く」
「此方こそだ。 さぁ、行くか。 隧道も我等を保安要員として認めたようだ。 先程より、余程魔力の通りが良いのだからな」
隔壁開閉機構が収められている金属板に手を乗せて、練った魔力を送った私に還って来る反響は、ひとつ前の隔壁の時よりも深く私に響く。仮説として、この隧道全体が魔道具ならばと云う考えを、まるで『正解だ』とでもいうように。目的は違えど、必要な行動は同じなのだ。 そして、それをこの隧道は理解した様なのだ。 有難くも有る。 が、それはこの先に有る不確かな探索行に、暗雲を齎す事にも通じる。
何故ならば、この隧道が何かしらの危機を覚え、出自の明らかでない保安員を受け入れざるを得ないという事情なのかもしれない。こうやって、我等が能力を示した結果、その問題とやらに対処できるかもしれないと希望を持ったのではないかと、そう推察する事さえも出来るのだ。 つまり、探索行の危険度は跳ね上がっている。 この先に未知の危険が待ち受けていると云っても過言ではない。 この隧道の反応を視る限り、そう感じてしまう。 先へ先へと誘っていると、見ても良いのだ。 逆に考えるならば、隧道の抱える問題と解決しなければ、帰路の安全も保障できなくなっているのではないか?
ふむ……
行くも帰るも、『隧道の意思』が探索行の難易度に直結していると考えざるを得ない。 つまりは、『生殺与奪の権』を隧道に握られているという事なのか。ならば、気を引き締めねば成らない。 安易な道行など無いのだ。しかし、少しでも安全に深域に到達する為には、この隧道の意思を尊重せねば成らないのだ。故に我等は進む。 この先の未知の世界に対し、全身全霊を以って対処せねば成らなくなったのだ。
———
幾つかの隔壁の抜けた後、前方に広がる異変に気が付いたのは、我が佳き人。 先頭を進む集団の中で、一番探知距離の長い彼女が、最初に異変に気が付いた。隔壁の向こう側。 それも、何やら不穏な気配が有るという、曖昧な報告。 しかし、それは部隊の安全を第一とする私にとっては、無視できない報告だった。
「射手長、どういうことか」
足を止め、部隊に小休止を命じた後、我が佳き人に問いかける。 彼女が何を視、何を感じたのかが知りたかった。彼女は我等が目で在り耳である。その彼女が警告を発したのだ。指揮官として、無視し得る者では無い。特にこのような場所では猶更だ。瞳は揺れず、真っ直ぐに彼女を見詰めながら、報告を聴く。
「はい。 視界の端に…… 遠距離索敵範囲内に『大型の魔物』の影が、チラリと映り込みました。脅威度限界の近くの『深紅の輝点』で移動中でした」
「長距離索敵範囲の限界域にか? ……つまりは、10クーロンヤルド向こう側か」
「はい。かなりの速度で移動しておりました。 水平距離で10クーロンヤルドです」
「水平距離だと? ここは隧道の中だが?」
つまりは地中を進む魔物魔獣が存在するという事に成るのだが? ふと思い浮かんだのが、魔岩喰い蟲の姿。 しかし、アレの脅威度はそれほど高くない。 地表に出る事も無く、迷宮などの洞窟で良く見られる類の魔獣でもある。
対処方法も確立している程、頻繁に出現する魔獣でもある。 それに、大きさは人の身の丈程の大きさしでしかない。最大脅威度と判定できるような魔力を内包するような魔獣でも無い。
小休止がてら思索を深める。




