幕間 家族の刻 暖かな時間(1)
――― 北部辺境伯家、領都
北部擁壁城塞が一室。 閲兵式前日に、三つの家族が新編の部隊が指揮官の部屋に招かれていた。 まだ、陽は高く、陽光は城塞を温かく包み込んでいた。 施設の実態は、高級将兵の私室ではあった。 間違っても、貴族の要人が来るような場所では無かったが、敢えてその場所を新編の特任旅団指揮官が望んだからだとも云える。 事実、その場所でなくては、指揮官の妻が同席する事は叶わなかったのだ。
招かれたのは、高位貴族を含む貴種貴顕の方々なのだ。
この部屋の主たる、騎士爵家が三男は未だその姿を見せない。 そして、その妻たる者も。 爵位も無く、出自もあやふやな者が同席するなどと言う事は認められよう筈も無い。 しかし、この場所は軍務系の施設。ならば、探索隊 射手長がその場に居ても何ら不思議では無いのだ。 事実、周囲に侍る者達もまた皆、軍属である。北部王国軍の戎衣を纏い、鋭い視線を周囲に投げるその姿は、常在戦場を旨とする北部王国軍兵が在り方とも言える。
各家族が帯同して来た護衛達も、北部王国軍兵には一目も二目も置く。影響されたが如く、何時にも増して力が入っても居た。その様子を目を細めて頷き、満足気な表情を浮かべつつ睥睨するのは騎士爵家が当主と前当主。 少々、眉を寄せたのはその妻女たち。
「あなた…… 物々しすぎるのでは?」
「そうかぁ? まぁ、そういう感覚も分からんでは無いが、此処は最前線の砦でも有るのだ。 まして、街を背後にしているのだ、厳しい事には違いあるまい?」
「なぜ、このように森近くに領都を置かれたのか、それが解せません」
「浅層の森全域が領土の北部辺境伯家。 ならば、その最前線に身を置く事が、太夫としての在り方だと、そう思われたのではないかな?北部王国軍と領都。不可分ならば、こうも成ろう。騎士爵家とは存在の在り方が違うのだ」
「そうですか…… 商いを生業とする我が騎士爵家とは趣が異なりますね」
「あぁ。 騎士爵、貴様はどう思う」
「……あの北部辺境伯閣下ですからね。此方に到着してから昨日までは、各辺境の騎士爵達の会合には顔を見せられておられたのですが、今日は此方に顔を出されませんし、色々と慮って下さるのでしょう。 常に危険に身を晒す事により、腐敗や悪徳を遠ざけられる御所存かと。 生きる事に精一杯なれば、要らぬ事を考える暇など無いと、合理的な御考えの結果と」
「だろうな。 難しい王領の差配を任される事だけは有るのだ。 末息子と同じ年とは思えぬ程、政治的にも政務的にも長けていらっしゃる。さらに、市井の民の心情すら汲み出される。 誠、『漢』でいらっしゃる」
クククと黒い笑みが零れ落ちる前騎士爵家が当主。 あの姿を侮ると、本当に痛い目に合う。 それを楽しんでおられる節も有る。喰えない御仁だと、彼は心の中で呟いていた。
――― 上級女伯夫妻は、未だ現れぬ指揮官に少々気を揉んでいた。
爵位から云うと、集った面々の内、最上位の夫妻。 片や上級女伯。 片や法衣伯爵を叙爵予定の女婿。 しかし、この場に於いては、女婿が生家である騎士爵家が次男。 何とも言えない、居心地の悪さを二人は感じていた。 その二人に対し、前騎士爵家が当主の妻が語り掛ける。
「上級女伯様に於かれては、ご懐妊のお知らせ。 誠に喜ばしい事。 何かお困りの事あれば、わたくし共にお知らせくださいね」
「ありがとう…… 心強き言葉です」
「上級女伯様が辺境に御心砕いて下さると、そうアレから聴いております。 こちらこそ、嬉しく有難く思いますのよ。 辺境での出産は命がけとも云える事柄です。 まして初産ともなれば。 御身の御身内に母御がいらっしゃらないのもまた事実。 わたくしは三人の子を産みました。 継嗣が妻の子も三人見届けましたので、都合六人。 産婆には成らぬとも、経験は踏まえておりますのよ」
「本当に心強き事です。 是非ともお願いしたく」
「まずは、此方にお座りください。腹は冷えぬ様に、膝掛などを。 身体を冷やしては何も善い事は有りませんから」
「ありがとう」
現騎士爵家当主が妻、前騎士爵家当主が妻、二人して上級女伯を甲斐甲斐しく世話をする。上級女伯が侍女など手を出す暇もないほどに。その様子に女婿たる次男は目を細める。 漢の自分では妊婦への気働きなど出来ないのだと強く想い、母と義姉の心遣いに感謝の視線を送る。
歓談は恙なく進み、入れられた呈茶も2杯目に入った頃、慌ただしく一人の漢が入って来た。その姿を認め現騎士爵家が当主が言葉を紡ぐ。
「すみません、遅れました。 少々、閲兵式に関しての打ち合わせが遅れまして……」
「何時もバタバタしているな。 甥たちにはあったのか?」
「はい、練兵場にて。 我が部隊の者達を物珍し気に見ておりましたよ」
「困らせては無かろうか?」
「いえいえ。皆心優しき者達で御座いますれば」
「そうかぁ?」
現騎士爵と女婿は訝し気に入室して来た末弟を見る。厳ついばかりの兵達の間で、子供が大人しくしているとは思えないが、末弟がそういうならばそうなのだろうと…… 飲み込んだ。 見た目がとても厳つく育った…… と云うよりも、やっと生え揃えた頭髪が、辛うじて頭部を覆うようになった末弟を見つつ、嘆息を零す。
「頭を雷撃で焼かれたと聞くが?」
「はい、まぁ、命に別状は御座いません。 甥たちには泣かれましたが……」
「そうだろうな。孫たちには刺激が強い。生き残ってくれて、嬉しくは有るが、もう少し……」
「すみません。気を付けます」
「当てに成らんからな、貴様の言葉は」
前騎士爵家の言葉は重い。 無茶ばかりをする末息子に対して、常に心配し続ける、父親の顔がそこに有った。 まして今回、末息子が赴任するのは、喩え兵站が整っていようが、「魔の森」の中層域直前の拠点。 自身の感覚では『死地』と同義なのだ。
――― 故に、前騎士爵の表情は冴えない。
せーの!
一日前!!
ワクワクが止まりません!!




