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効率と、能率。 支えるのは確かな愛情


 執務室に於いて、互いの意見を交換する。 目的は、古代魔導術式の理解の為。 自身が至った、ある意味、古代人の思想と考え方を紐解いていく。 確かに難解な言語でも有った。 が、しかし…… 思想的根幹を掴みさえすれば、古代魔導術式の成立原理原則も見えてくるのだ。


 借物では無く、血肉にする為の辛い時間ではあった。


 既に三十六席は古代魔導術式の大系を掴みつつあった。各種の断片的な術式に関係性を見出し、記述原理と法則を見出しても居る。つまり、より深く古代魔法術式の本質に迫っていると云う事だった。 稀有の才能と云える。 私も微力ながら、その手伝いをしなくてはと思い、辛く厳しい時間を研究室で過ごした。 そして、大系の大枠を掴み、執務室に戻る。 執務室では、三十六席が古代魔導術式の解析をしつつ待っていた。



「大枠は何となくだが掴んだ。 三十六席、君の知見と擦り合わせたい」


「なんと、これ程短期間で大枠を掴まれたか。 それは凄まじいな。 第五席が朋と誇るのも頷ける。 私もまた貴君に感謝しているのだ。 此れだけの未知の術式を考察する機会を与えて頂いた幸運に感謝申し上げる。 魔法を志す者にとって、この資料や術式群は、正に宝の山。寝食を忘れ、研鑽に時間を取る事は当然でしょう。 さて、作戦参謀殿。 第五席も気を揉んでおります。 この古代魔導術式を以て、何を成そうとされておられるのか、存念を聴かせて頂きたい」


「朋は此れを攻撃魔法に特化する事は良しとしない。 大規模な魔導術式を構築すれば、広域殲滅魔法を構築する事すら視野に入る。が、それでは『魔の森』の中でと云う制約ですら、不十分となる。 余りに術式行使後の被害が大きすぎる。君や私が見出した古代魔導術式の系譜を辿ると、その攻撃力の高さと効果範囲の広さから容易に想像できる。 更に言えば、『力』そのものと云える魔力が、その術式と相乗効果を齎し、濃密な空間魔力を取り込み被害が拡大する事が予測される。 広域魔法術式よりも広大な範囲で深刻な被害が出現すると思われる。 これに付いては?」


「理解しております。 攻撃魔法的なモノで、古代魔法術式を使用するのは…… 第五席はお許し下さらないでしょうね」


「許されないモノを構築する時間も手間も惜しい。 ならば、最初から手を付けねば良い」


「攻撃では無いと。 ならば、防御と索敵に?」


「その方向で考えて行きたい。 目下、中層域、中域、深域に於いて、相当濃密な魔力を観測している。アノ中で只人が生きて行けるとは思えない。 活動限界がとても短く、周辺探索する時間を稼ぐ事が出来ない。 幸いにして魔物魔獣の居ない『隧道』を利用すれば、中域の入口迄は問題無く行軍できるが、その先は未知の世界が広がっている。 空間魔力濃度も徐々に上がっている為、従来の探索用の魔道具では、視界が紅く染まる。問題点はもう一つ有る。 濃密に過ぎる空間魔力に晒され続けると、朋が作成した下着でも『魔力透過制限』が追いつかず、『魔力酔い』が発生する程となる。極めて危険な状態だ。【魔力放出(マジックドレイン)】にて、体内に溜まった魔力を除去しようにも、周辺の魔力 濃度が高すぎ、うまく排出する事が出来なくなる。 抑えられた状態だ。 これら二点をどうにかしたいのだが、なにか思う所があるか」


「そうですね…… それだけの空間魔力と云うのが、想像する事が難しいのです。 遮断してしまえば良いとも思うのですが……」



 脳裏に浮かぶのは、あの日、中層域の森の中で昏倒した出来事。 我が佳き人が傍に居なかったら、私は、今ここには居なかっただろう。 危険度の判断を見誤った、私の痛恨事でも有る。 それを思えば、兵達にその様な危険を犯させる事は、私の本意ではない。 



「一度、それを試験的に実施した。 中層域浅域でな。 結果は惨憺たるものだった。 『魔力欠乏』からの、いきなりの『魔力酔い』。鍛えていたとしても、アレの制御を考えると難しいと言わざるを得ない。探索中に着替えの時間を取るとなれば、相応に安全地帯を準備せねばならないし、それだけの資材や資源を携帯していくのは無理がある。 輜重隊の面々の輜重能力は疑いを挟む余地は無いが、過大な物資を運ばせるとなると、人員が足りない。 輜重隊を全て『探索』に投入する事は出来ないからな』


「その為の拠点ですか。 物資の集積所として役割としての整備。 探索に必要と思われる物資を移送した後は、北部王国軍輜重隊は、各管区への補給任務に就くと」


「作戦参謀として、妥当な判断だと思う。 それが故に、今は無理をして貰っている。『橋頭堡(ポンティス)』として定礎し、現在では最前線の『拠点』としている場所は、そういった場所とした。 だからこそ、あそこ以遠の兵站線は細く頼りないと云える。探索隊のみが使用するからな。 まぁ、北部王国軍、作戦参謀の立場から云えば、これ以上『探索行』に資材や資源を割く訳には行かない。 今でも過大と感じている。 今後は常態に復し、拠点の物資は定量管理とした。 故に、我等探索隊は、自身の運ぶ荷だけが、探索を支える物資となる。 困難を伴うのは目に見えている。 故に、困難を乗り越える為の装具が必要となっている」


「理解しました。 防御と索敵ですな。 ……試案は幾つかありますので、順次それを試して行くとしましょう」


「了解した。 では……」



 先を進めようとした時に、執務室に来訪者の存在を示す警報が小さく鳴る。 ふと、時計を見るとかなりの時間が経過していた。 外から掛かる声の主は、我が佳き人。 かなりの熱中具合に、きっと心配していてくれたのだろう。 丁度、一段落した事で、こちらも対応しやすい。



「お食事を用意しました。 浴室の準備も整えております。 寝室も準備いたしました。 そろそろ、一息つかれるべき時間と愚考します」



 柔らかな声と、彼女特有の魔力の流れ。 緊張と集中が途切れた。 それもまた良し。 連続した緊張と集中は、効率を落とすと云う。私には分からないが、朋は言うのだ。 考えが堂々巡りし、出口が見えなくなると。 ならば、朋の進言を真摯に受けるべきだろう。


 三十六席も誘い、執務室の結界を結び直し、食堂に向かう。 回廊が来た時よりも綺麗になっている上、澱んでいた空気すらも清々しく感じる。 呼びに来てくれた我が佳き人は、常とは違う装いを纏っていた。 軽装鎧では無く、騎士爵家の侍女服に身を包んでいるのだ。 見慣れぬその姿。 女性らしい丸みを帯びた体躯に、少々心が騒めいた。



「奥様自ら食事の支度をされたのですか? それに、『砦』の清掃や、浴室の準備まで……」


「別段おかしい事は御座いません。 私の役割を成した迄です。 私には魔法の才能は有りませんので、指揮官殿の生活面を司る事しかできませんので」


「いや、それにしても…… 色々と手を煩わせましたな」


「ついで…… と云っては何ですが…… 『砦』の惨状を通信室のおば様方が見たら嘆き哀しむと思いまして、手を出させて頂きました。 騎士爵家に於いて、下女として暮らした日々と、おば様方のご指導、ご鞭撻のお陰かと。 指揮官殿の つ、つ、妻ならば…… と、当然の事かと」



 三十六席にそう言葉を紡ぐ我が佳き人。 自身を妻と呼称する事に、かなりの羞恥を感じるらしく、顔が赤くなっている。いや、此方迄、気恥ずかしくなる。 貴族家の奥向きの夫人は、家事などしない。 家人を差配する事が、その役目なのだが、私は三男なのだ。 事態がこのように変化しなければ、民草と変わらぬ漢でも有った。 末端貴族家の三男となれば、市井の者とさして差はない。 夫婦で一つ屋根の元、家庭を築くのが辺境では常識ともなっている。


 きっと、通信室の寡婦達は、射手だった我が佳き人に、その様な事を指導していたのだろう。 北辺辺境の常識を以て、わたしの傍に居る事ができる、ある種の『資格』の様に教え込んだのであろうな。 突然理解する。 そうか、『砦』の女性陣は、彼女をして私の妻女と最初から認めており、花嫁修業として市井の娘達に仕込む様に、彼女を仕込んでいたのだと。


 そうか…… そうだったか。


 故に彼女の覚悟は硬く、何処まで矜持に満ちている訳だ。 この広い『砦』を清掃し、気持ちよく過ごせる様にと心砕き、食事の準備まで終えている。有能さに於いては遊撃部隊随一と思っていたが、そちらの方でも有能だったのか。 気恥ずかしさは有るものの、私は満面の笑みを浮かべ、大きく頷く。 凶相とも取れる私の表情に、彼女は更に顔を赤らめ、踵を返し食堂に向かって、先導を開始した。



「愛されておられますな、作戦参謀殿は」


「私も愛しているのだよ、三十六席。不甲斐ない私に寄添い、常に気を配って居てくれる。 我が佳き人は、余人を以て替え難い、()()()()()()なのだ」


「ハッハッハッ! これはこれは。 先ずは、奥方様の手料理を頂きましょうか。 あぁ、第五席も美味そうな香りにつられて研究室から出て参られましょう。 そうだ、奥方様も同席を。 それがいい」


「勿論だな。 さぁ、行こう」



 我が佳き人の後を追い、食堂に入ると……


 にこやかな笑顔を浮かべた『朋』が……

        既にダイニングテーブルに座って待っていた。






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― 新着の感想 ―
>「私も愛しているのだよ、三十六席。不甲斐ない私に寄添い、常に気を配って居てくれる。 我が佳き人は、余人を以て替え難い、私の愛する人なのだ」 ハッハッハ、惚気おる。
誤字報告 【魔力放出マジックドレイン】にて、体内に溜まった魔力を除去しようにも、周辺の魔力 濃度が高すぎ、うまく輩出する事が出来なくなる。
つ つ 妻 で顔真っ赤。良いっすな。
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