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探索行に向けての新たな考察

 

 バルコニーには私一人。


 朝の光を受けた、領都の街は動き出している。 民の朝は早いのだ。 着衣を改め、黒茶を喫しながら自身の考えを纏めていた。 懲罰的な参謀本部勤務ももうすぐ終わる。故に心は探索に向かい始めている。


 『魔の森』中層深部への橋頭堡(足掛かり)は、隧道破断部に確保した。


 【隠蔽】と【保存】の魔法術式は、古代魔導術式による魔力抽出回収により、潤沢な魔力量を以て継続的に発動し続けている筈。 ならば、行動開始点は崖向こうとなるのは確かである。 既に、あちらの隔壁は開く事は確認した。 その先の探索に必要な装備装具を考え始めてもいた。


 「魔の森」への探索は、私の使命でも有る。


 この世界の『理』が何処に有るのか。この厳しい世界が、何故このような場所となってしまったのか、それを紐解かねばならない。 この世界を司る神様が、この探察を必要としているのかも知れない。 などと考えてしまう。 遅々として進まない人の生活領域の拡大は、人を見守っている『神』としては、歯がゆいモノなのかもしれない。


 私のこの考えは間違っているかもしれない。けれど、私の前世における世界の神が私をこの世界に『罰』として産み落とした、理由なのかもしれない。 無為に生きた私が、生まれた意味を見出す為に足掻く事が、この世界に安寧に繋がると考えられたため、『この世界』が選ばれたのかも知れない。 そこに、この世界の『神』の御意思が介在していたのかも知れない。


 私の生まれに対する考察は、現在の状況から度外視しても良いのかも知れない。


 私が成すべきを成すと云う事が、この世界にとって善き事であれば、皆が幸せに生きていけると信じている。 私を愛してくれた方々に報いるために、私の『想い』を『愛』を注ぐ対象が拡大していく。 最初は家族に報いたかった。 次に家族が愛する郷土に報いたかった。 さらに広がって北辺の「魔の森」との共存を模索する様になり…… この世界の『理』が歪められているとの思いに至った。


 その歪みがこそが、この世界に災厄を齎しているのかも知れないと考えるに至った。


 それを紐解くのが今の使命でも有る。 その手段として、「魔の森」の奥地へ奥地へと歩みを進める事が必要なのだと確信している。 中層域の奥地には未知の遺跡が横たわっている。 それだけは確信をもって云える。 滝上の崖上から遠目に見えた複合高層建築物。 アレは、間違いなく人工の『建物』と云えるし、現在の王国や周辺国の技術力では実現不可能な建築物でも有るのだ。


『古代エスタル』


 思い浮かぶは、古代文明。 現在主流となっている魔法術式とは理論の組み方の違う古代魔導術式。 その差異を見て、思いは確信に近くなる。 あれ程高度な術式を日常的に使う文明とは何なのだろう。  もし、その成立過程もとても気に成るのだ。


 元より、『魔法の術式』の体系は単純なモノから複雑なモノへと流れるのは当然の事でもある。 その原点と云うべき物は何なのだろうと云う思いもある。 それを発見するのも、きっと私に課された『使命』でもあると確信している。


 ならば、その『使命』を遂行するために必要な装備装具とは何か。


 それを追求せねばならない。攻撃力は勿論必要である。だが、それだけでは足りない。身を護る事、周辺から情報を収集する事、兵を生きて帰還させる為の方策。 大切な事だと思う。 「冒険者組合(アドベンギルド)」の冒険者の突破力では達成できない、組織的な探索が必要となるのだ。 一軍を以て運用する『探索隊』の意義はそこに有る。 だから、帰還する事は大前提となる。


『探索隊』の指揮官たる私の使命は、その大前提を死守する事に尽きるのだ。 そうで無くては、私の本懐には届かない。 部下を失う悲しみや、傷を負わせ除隊を余儀なくされた者達への悔恨は味わいたくも無い。 皆が朗らかに笑って生きていける世界を目指して行くのだ。 朋の言葉に従えば、その皆の中に私自身も含まれる。 当然、『我が佳き人』と行動を共にするとなれば、護りきり無傷での帰還を果たさねばならない。


 そう、私が帰る場所は私自身が護らねばならない事なのだからな。


 装備と装具の再点検を開始した。 皆の得物(武器)は研ぎ澄まされ、探索隊の個人個人に対応する様に改変を重ねる。 これには三十六席の協力が不可欠では有ったが、古代魔導術式の解読方法と引き換えに、極めて協力的な態度を示してくれた。 朋にも頼み込む。 中層域深域に於いては、従来の魔力制限下着では不十分なほど、魔力濃度は上がる。 それをどうにかして漉し取る様に出来ないかと相談した。 今まで通りの柔軟性や簡便性を維持しつつなのだが、朋の眉間に深い皺が寄ったのは意外だった。



「それは…… 正式な願いか?」


「崖向こうの遺跡にあった隔壁を予備調査として開放した時に感じた。 向こう側は、崖のこちら側の二割増し以上の魔力濃度が観測されている。 予測だが、奥地に行けば行くほど、濃度は上がり続けていくと思われる」


「それ程か…… 割合減では足りないか」


「既に、魔力酔いの症状が出ている者も居る」


「そうか…… 少し、考えさせてくれないか?」


「貴様でも限界か?」


「従来の方式ではな。 しかし、なにか考える。 なにせ私は……」


「「天才なのだからな」」



 ニヤリと嗤う朋。 そうなのだ、我が良き朋は困難さが増せば増す程、闘志を燃やす御仁なのだ。私が何かを強く求めるのは、それが必要だからと理解しているのだ。 そして、朋は彼の目で中層域を見ている。 森の現実を知る、稀有な高位貴族、その人なのだからな。 期待する。 あぁ、期待するぞ、朋よ。 私も何か閃いたならば、貴様に伝えよう。 出来る限りを出来るだけ…… な。


 装備に関しては、色々と考える事も有るが、装具に関してもまた悩みは深い。魔鉱製の獲物は、中層域の魔物魔獣に対して十分な殺傷能力を保持している。が、相手は中層域の魔物魔獣。 浅層域とは違い気配察知範囲がかなり広いのだ。当然近接戦闘に至る前に、此方の気配を察知される事も稀では無い。


 対処方法としては、索敵距離の延伸が相当なのだが、此方から鳴子残響器(エコー)などを用いて索敵しようとしたら、それこそ先に感知されてしまう。アレは、定点に於いて何がどのくらい何方の方向に向かって移動しているかを、遠距離で判別する為の魔道具であり、決して機動索敵に用いる様な物では無いのだ。


 例えるなら闇夜に灯火を掲げる様な物。魔物魔獣は情動に任せて動くだけで、愚かでは無いのだ。危険を察知するとその場所から身を躱す知恵くらいは備えている。鳴子残響器(エコー)は、ある意味『魔物魔獣除け』の役割を果たしているとも云えるのだ。


 探索行に関して言えば、それは甚だ作戦の骨子を阻害する要因となりかねない。私達は観察し、記録し、その結果を持ち帰る事を求められている。 探索行とは、中層域の深域に於いて、徒に戦闘を開始する、魔物魔獣の討伐が目的ではないのだ。 あの場所を知る事。 歪みの原因を探る事。 それが私達に課された任務でも有るのだ。 ……それに、私達の方があの場所では『異物』なのだからな。


 なにか…… 無いだろうか?


 勿論、その考えに合致する前世の記憶らしい事柄は、脳裏にはある。 戦記物の小説、特に大海原に於ける海軍の戦記物で、散見される意見があった。 完全な受け売りにして、詳細はほぼ打ち捨てられた同僚の小説からの物であるから、それがどれほど真実に近いかは、今の私では検証は不可能では有る。 だが、考え方はなるほどと頷かざるを得ない。


 鳴子残響器はいわばアクティブソナーの様な物。 若しくは精測レーダー波と同義。


 つまりは、此方の位置を『露呈』してしまうと云う事。 今まではそれでよかった。 露呈したとしても、其処に兵は居らずただ一定の魔法の波を出し、それに反応する魔物魔獣を検出して自動的にその位置、動く方向、脅威度を通信室に送っていた。


 万が一、好戦的な中型魔物魔獣が波を嫌い、その場所を破壊しても、人員的損失は生まれないし、再設置すれば事足りる。


 しかし、探索行は『目的』が違うのだ。 




 密かに動き、情報を収集し……


  世界の理を知るべく、『探索』する為の行動なのだからな。





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