帰還後の”納得のいかない”叱責
「貴様は…… 馬鹿だ。 大馬鹿者だ」
「何を云う、『魔の森』の中層域浅層の探索結果は貴様の知的好奇心を満たすモノでもあっただろう?」
「それが、貴様の頭髪と眉を焼き切った代償と云うならば、そんなモノは要らんわっ!状況を考えると、重傷を負うか、最悪死んでいてもおかしくは無いのだぞッ!! 鏡を見たのか、貴様…… ほッん当に『魔の森』馬鹿としか言いようがない。 もう少し自重と云うか、貴様自身の行動に対し、慎重さを北部辺境伯として私は求める」
怒鳴り声とも、嘆きとも取れる声が、参謀本部執務室に広がっていた。 胸倉を掴まれ、がくがくと前後に揺すぶられながら、その様な言葉を吐かれている私は、当惑に包まれている。 重傷? 死亡? 良く判らんぞ?
多少の危険は有ったが、探索隊の生命を預かる隊長となれば、当然先頭にて対処すべき事柄であるし、私が命じた討伐を確認するのは、命令権者としての責務でも有るのだ。 ただ、ちょっとばかり位置取りに問題があっただけである。
――― 誠に遺憾である。
―――― ※ ――――
北部辺境伯の居城は着々と建設が進んでいる。まずは北部国軍が衛戍地(国軍駐屯地)と定めた事により、北部国軍施設群の建設が優先された。 決定により、北側の城壁の連なりが立ち上がった。それに付随し、北部国軍司令部が入る建物が城壁に沿うように建設された。北部国軍司令部が全ての機能を移管するのもそう遠くは無い。
騎士爵家の戦闘執務室は返還したが、一部人員はまだ『砦』に詰めている。 王宮魔導院 民生局分局局長という『二足の草鞋を履く』北部辺境伯閣下の護衛の任に就いている事と、輜重参謀が筆頭騎士爵家との窓口業務を遂行する為だ。主要な者達は既に領都に入っている。
重要施設でもある通信室もまた、領都への移設を始めている。 通信室の主要部分は、北部筆頭騎士爵家の街に在する魔道具師…… 私の友人が領都に住居と店を移し、店主として初めての大規模事業として参謀本部より仕事を受け、新たに作り上げてくれている。 問題となっていた部分も、朋と一緒になって色々と手を入れてくれて、使いやすく改変したそうだ。
施設の拡充は急務であったが、この際だからと、魔道具師の友人は大層気張ってくれた様だ。まだ、全容は見せて貰ってはいないが、副官も一緒になって色々と意見を出し合い、より広範囲により精度の高い情報を、より早く、視覚情報に落とし込むと、そう意気込んでいた。
総司令官閣下も、其の馬力には驚いてはいたが、好々爺風の笑みを湛え、皆の努力を受け入れ下さっていたのは、ちょっとした驚きでも有る。北部国軍の訓練体制も整いつつある。 それに伴い、生家の作戦執務室から司令部は領都に移動した。 間借から、本宅にようやく腰を落ち着けられたと、総司令官閣下も喜ばれていたのは、私も素直に嬉しい。
―――
探索から帰還し、帰還の報告を総司令官閣下に上奏した。帰還した私を見て、絶句された総指揮官では有るが、軍事の専門家でも有る方であり、国王陛下と共に王国の安寧の為に戦場を駆けまわれた武人であるから、この様な無様を晒す事も有ると、そう思って頂いたようだ。 軽傷で生還した事を言祝いでも下さった。叱責は一言だけ。
「作戦参謀が亡失したら、北部国軍は瓦解する。 肝に銘じろ」
「失態、誠に申し訳ございませんでした」
「今後も、指揮官先頭を守るつもりか?」
「それが、辺境騎士爵家が矜持にございますれば」
「はぁ…… 頑固にして矜持高きモノよな。 中央の高級軍人に聞かせてやりたい。 気を付けろ、貴様の双肩には北部王国軍の未来が掛かっているのだ。不注意は許さん」
「御言葉有難く。任務に精励します」
「ふむ…… では、報告を貰おうか」
「承知いたしました。 では……」
と、報告を開始しようとしていた時に、朋が私の帰還を知ったのか、参謀本部に乗り込んで来た。 そして、私の姿を見て絶句した。 まぁ、頭髪と眉が飛翔型の魔物から繰り出された【電撃】で無くなっていたのだ、当然だろう。 私の山賊の様な相貌を見て怒るやら笑うやら、忙しかったな。 一連の報告は、朋も総司令官閣下と共に聞いてくれたのだ。実状を報告しその時の状況を知らせていた間は、美しいとも云える顔の眉に深く皺を刻み、聞き入っていた。
内容は記録魔道具により証明される探索行のすべて。後程、再生魔道具で確認検証するそうだ。私では見落とした部分が有るやも知れない。古代魔導術式に関しては、朋の領分でも有る。発見したモノや、あちらで改変した物については、全て提出する義務も有る。 前回の探索行とは比べ物にならない程の、生の情報を朋に手渡すと、その量と質に目を剥いた。
知見を多く持つ、三十六席、二十五席も同席して、確認するとの事。 先ずは、安心ではある。 あの雄大な自然と、古エスタルの遺構。 彼等にとっては、興味深く知的好奇心を刺激して止まないだろう。それを糧に、新たな魔道具や、知見を手に入れて呉れれば、この探索行に別の意味も持たせる事が出来るのだ。 喜ばしい事なのだ。
まあ、魔法馬鹿である朋ならばそうなるであろう事は、事前に予想はしていた。だが、朋から出た言葉には遺憾の意を表したい。
――― ある意味、懲罰と等しい命令が下った。
発令者は北部王国軍最高司令官殿。 命令は、暫く間の参謀本部勤務。 期間は未定とし、『探索行』の再開は状況を見つつ判断するとの事だった。 そんな私に、『任務』として与えられたのは、 溜まった作戦参謀としての書類仕事を重点的に決裁する事。
北部辺境伯領である『魔の森』浅層域に安寧を齎す為の作戦を立案する事。
輜重参謀や他の参謀達と諮り、北部国軍の強化に努める事。
北部辺境伯領の勃興の礎となる施策を献策する事。
その間は、『探索隊』の面々は、各方面隊、北部筆頭騎士爵家が所管する王国軍志願兵の基礎訓練部隊の補助と休養に当てられる。
中々に重き御役目でも有る。 探索は王命でも有るが、皆が『暴走』と評する事態に対し、直接的な懲罰ではなく、私の頭を冷やす為に、北部王国軍での仕事を全うするよう求められたと云う事だった。事は二面性を持つ。
ある意味『懲罰』とも云えるが、重営倉に拘禁という贅沢を作戦参謀にして実戦指揮官、『探索隊』指揮官へ課すほど、北部王国軍に余裕はない。人材的、人員的にはまだまだ厳しい故に、能力が認められた者を使い潰す勢いで使役すると云うのが根底にあるのだ。
それに、北部王国軍が展開する北方辺境伯家が領土の大部分は『魔の森』浅層域。騎士爵家遊撃部隊指揮官であった私ならば、この地を理解し何が必要か、焦眉の急かを理解して手を打たねばならないかを熟知していると判断されたのだろう。この信頼とご期待に応える事が、この倖薄き地に安寧を齎す事に通ずるのだと、私は理解している。
――― ならば、粛々と命令を実行するまで。
探索の一時休止命令は、此度の探索行に於いて、我が身を顧みない行動と云う事で、叱責を受けたともとれる。 多少の危険は付き物の「探索行」 あの状況は、指揮官先頭を旨とする騎士爵家が矜持でも有るのだ。兵を盾に後ろで命令するなど出来よう筈も無い。
よしんば、前に出すとしても、それを管理監督するのは私の役目でも有るのだ。事、『魔の森』の中では、そうする事が兵達全員の安全を保障する一手でも有る。譲れないものを感じながらも、命令権者からの指令は軍に於いて『絶対』でもあるので、大人しく頭働きを熟していた。自身の行いを今一度見直し、今後このような事態に陥らない様に心する事が求められた。その事だけは……
――― 遺憾である。 誠に遺憾である。




