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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【重々版決定!感謝!】  作者: 龍槍 椀
幕間 上級女伯家の輪舞曲、王都の狂騒曲、 蒼狼の間奏曲
202/202

幕間 往復書簡

 

 宛:宰相閣下

 発:暗部棟梁侯爵家 当主


 豊かなる大地の豊穣を受けし季節に、ご挨拶申し上げる。 善き王国への道を模索する、我等が王国の国王陛下の廷臣にして、御宸襟に最も近い藩屏たる宰相閣下に、我が娘の善き日を伝える事が出来る事を、神に感謝申し上げる。


 我が愚娘(はぐな)の配となるべき者に対する御心尽くし、万感の思いを込めて御礼申し上げる。己が信念を枉げて、彼の者を御養子と成した事、賞賛に値するに至る。あの者に関して言えば、あの場に於いて王族に対し痛烈なる面罵を成したる豪胆さは、北域の土地柄が如何に厳しいものかをこの国の若き者達に知らしめる事と成り申した。さらに、あの者は宰相府に於いて役職を得、貴殿の側に付くと仄聞した。家門の者達はその事に危惧を覚える者も居ったが、彼の者の実力の片鱗を知り、主家に反駁するような者も淘汰(・・)され申した。


 私は気付きました。


 我が侯爵家は連綿と国王陛下に藩屏たるを誓いし家門であったと。 しかし、建国当初はそうでは無かったと。 小国として建国された我が国が、周辺の豪族を取り込みつつ礎を築き上げていた頃の事を家書は謳うのです。そこに有るのは、国王陛下への藩屏たるを誇りに思うモノでは無く、国の安寧に命を懸ける者達の記憶が記されておったのです。いつしか変質した忠誠の対象、心根の在処。立場と権能を護るために汲々とした毎日。


 アレは、そんな狭隘な矜持を吹き飛ばしたのです。 暗部棟梁として、それは紛れも無く、重要で原初の資質。持って生まれたモノを研鑽により研ぎ澄ました『為人』と看破いたしました。変質した我が侯爵家に、原初の魂が戻ったも同じ。神が我等の行く末に哀れを感じ遣わされたと、そう感じても可笑しくは有りませんな。


 宰相閣下も、アレにその資質を見られたのでしょう。 そう信じるに、十分なご尽力の数々。 王妃陛下の御宸襟と御言葉を、表出する為とそう仰ったが、私にはそれだけとは思えぬのですよ。 変質してしまった我が侯爵家の役割を、原初の気質に立ち戻る様にとの思召しと受け取りました。


 宰相閣下のご高配、その厚き信任を以て我が家に夫婿(ふせき)とするならば、我が侯爵家も最大の敬意を以て彼の者を受け入れねば成りますまい。よって、此処に宣します。制度上の彼是(あれこれ)は、宰相府と貴族院にてお諮りください。


 私、暗部棟梁侯爵家が当主は、我が爵位を娘では無く、あの者に継爵致します。


 横紙破りがお上手な宰相閣下であれば、その無茶も叶えて下さるでしょう。 王家の視線に汲々としてきた我が侯爵家。その首魁たる私からの、かつての自身の昏き思いへの意趣返しと思って頂ければ幸いに存じます。暗部は蒼狼と共に。

 良しなに。



 ―――



 宛:暗部棟梁侯爵家が当主

 発:宰相


 おめぇ、本気か? 



 ―――



 発: 北部上級女伯 配

 宛: 北部辺境筆頭騎士爵家 御当主様


 霜降の季となり、肌寒さを感じる季節となりました。豊穣の神による御加護の元、我等が領も恙なく冬を乗り切れるだけのモノを得る事が出来ました。秋冷の折、敬愛する兄上とご家族の皆様の増々のご健勝と、御家のご繁栄を心よりお祈り申し上げます。


 さて、我が出処進退(しゅっしょしんたい)に付きましては、(かね)てより御心配をお掛け致しました。全てわたくしの不徳の致す処。 陳謝致します。


 この度、王都より上級女伯様が御帰りに成りました。 言葉足らずであったと、そう痛感させられました。 王都での出来事は、耳にしましたが、未だに信ずることが出来ぬ事柄。 何分と秘匿事項と云う事もあり、詳細はお伝え出来ませんが、我が佳き人が心の在処を自認する出来事であったと、そう云えましょう。 彼女の心を覆う硬い殻を打ち壊したのは、私が弟に残した一人の兵であった事。 その事に、驚きと喜びが湧きあがった事は言うまでも有りません。 あれ程までに、弟に心からの衷心(ちゅうしん)を捧げているとは、アレの兄として誇らしく有り、嫉心(しっしん)すらも抑えかねます。今一度、夫婦の在り方を見詰め直す事になった事は、喜ばしい限り。善き事だと思うに至ります。


 ――― さらにもう一つ、兄上にはご報告したく存じます。


 わたくし、この度 「父」となります。 父上、母上を見習い、子を慈しむ事をここに誓います。勿論、妻を敬愛する事を『我が名』にかけて誓うものでもあります。 兄上の娘児と近しくさせて頂ければ、此れに勝る慶びは有りません。 妻も、その意向を強く持っております。 


 “ 私達の子は、辺境の子なのですから ”


 と、嬉しくも強き言葉が耳朶を打ちました。上級女伯家の内情も少々変革が有りました。王都別邸に住まう妻の親族は、妻の意向により、領兵団が叩き出し、その爵位を剥奪しました。なんでも、妻とは根深い確執があり、上級女伯家にかなりの瑕疵を与えていたらしいのです。 あちらには、上級女伯家が家宰を差し向け、多くの王都出身の家臣団に別邸守護を命じられました。 今、北部上級女伯家の家内の多くは、先々代からの臣下を主とした者達で固められ、良く御当主である、上級女伯様の御意向のもと、辺境の安寧に邁進しております。御心配無き様。


 そして、我が身に爵位をとの思召し。


 来春、私に上級女伯家が持つ、法衣伯爵位を叙爵するとの事。 勿体なくも、有難くあります。 爵位に伴う、様々な権能を以て、今までよりもより民に則した施政を実施できる事と成りました。この地に恵みと豊穣を。 今の私の望みと本懐と成りました。


 今までよりも、より良い暮らしを民に供せられます。偏に、我妻の決断と思います。 どうか、安心してください。 私達も、父上、母上の様な『善き夫婦』となれる兆しが見えて参りました。



――― 神に感謝を。 倖薄きこの北方に光あらん事を。



 これから、本格的に寒くなっていく北部辺境筆頭騎士爵家支配領域。 ご家族ともども、体調を崩されないよう温かくして、お過ごしく下さい。


 敬白




 ――――




 発: 北部辺境筆頭騎士爵卿

 宛: 北部上級女伯 配殿


 目出度い話、有難う弟よ。 いや、法衣伯爵殿と呼べばよいか? いや、幼き頃より私と共に在った北の漢なのだから、やはり弟と呼びたい。許してくれるだろうか。


 末の弟の天衣無縫ぶりと、騎士爵卿として支配領域を差配する事に少々疲れを覚える毎日であったが、善き知らせを知らせてくれた事で心に羽根が生えたようだ。 貴様の心遣いには、常に感謝を覚える。 なにより、貴様が「父」となる事、慶びを共にしたい。 我が娘と誼を結びたいとの事、感謝の極みだ。北辺の武骨な者達の間で育って行くのに少々不安を覚えていたからな。


 貴様の子と交流を持たば、王国中央の貴族の在り方も多少は覚えよう。何処に嫁に行くは判らぬが、万が一を考えれば、貴族令嬢としての嗜みは、身に付けて然るべきモノだと思うのだ。 教授願えれば、此れに勝る慶びは無い。


 貴様が鬱々としている事は、此方に戻った貴様の配下から聞き及んでいたが、上級女伯様との蟠りが解けた今、心配する事は無いだろう。貴様の優しさは誰よりも私が知っている。事情が事情だけに、おいそれとは介入できぬ不甲斐ない兄で済まなかった。今後は、大手を振って、貴様に会いに行こう。様々な深き事情については、貴様には聴かぬ。 直接、上級女伯様に問い質したき儀もあるのだ。 近々にそちらに向かいたいとお伝え願えれば幸いである。 宜しく頼む。


 上級女伯様に於かれては、体調にくれぐれも気を付ける事。 体調に不安有れば、此方から医務衛生兵長を派遣する。なんなら、辺境女伯家が医務官殿の派遣も願おう。二人の間の子は、上級女伯家の光となるのだから、くれぐれも、くれぐれも、優しく大切にしろ。兄からの願いだ。


 貴様からの手紙は、父上、母上、末の弟にも見せた。 皆、慶び、産れ来る新たな北部辺境の子に幸あれと祈願している。 あぁ、勿論、末の弟の嫁もその中に居る。 アレは…… 豪の者だぞ。 その内、会わせてやる。 楽しみに待て。


 時候の挨拶も、手紙の体裁もなにも有ったモノでは無いが、曝け出した私の心だと思って欲しい。




 ――― 北部上級女伯家に光あらん事を。




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― 新着の感想 ―
更新お疲れさまです >王都別邸に住まう妻の親族は、妻の意向により、領兵団が叩き出し、その爵位を剥奪しました。 >なんでも、妻とは根深い確執があり、上級女伯家にかなりの瑕疵を与えていたらしいのです。 …
ちぃ兄様報われて善かったぁ。 王都方面も新しい風が吹いて痛快ですが、 暗部棟梁侯爵家令嬢ちゃんの闇堕ちだけ心配。 どうか蒼狼さんと上手くいきますように!
宰相閣下の返事がね、お人柄が出てますね!
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