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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【重々版決定!感謝!】  作者: 龍槍 椀
幕間 上級女伯家の輪舞曲、王都の狂騒曲、 蒼狼の間奏曲
201/202

幕間 女婿と上級女伯 ④

 

 北方国軍の戎衣(じゅうい)を着た漢の紡ぐ言葉に、国王陛下は沈黙を以て応える。 予想はしていた。 迷惑千万と、自身の境遇を語る口調に嘘偽りはない。 王国の貴種貴顕…… 低位の貴族ならば、夢想すら出来ぬ程の条件にて、貴種貴顕の中でも数少ない侯爵家と縁を結ぶ事を許された者の言葉では無いのだ。 宰相はその言葉を予想していたかのように平然としており、暗部棟梁侯爵家の当主すらも当然だと顔色一つ変えない。 訝し気に国王陛下は問い質す。



「貴様の忠誠は常に北辺にあるのか?」


「私はその栄誉を捨てざるを得なかった。死んだも同然の私にあの方は『生きて王国の倖薄き者達の為に、中央にて働け』と、そう申された。 我が故郷への帰還の道は、自身が断ち切った。あの方の前に伺候する『資格』をも、私自身が投擲したのだ。 北部辺境騎士爵家の漢達は皆、人を大切にする。倖薄き土地柄故に、人との繋がりを殊の外重要視する。そして、ひたすらに『人』を『生かそう』とする。 こんな私にさえ、その様に思い遣りと慈愛を示して下さるのだ。自身で投げ捨てた忠誠の在処を、あの方々は拾い上げ、汚濁を払い、大切にせよと真心を込めて私に還されたのだ。 ならば、彼の方の命に従うしかないではないでしょうか。 国王陛下、あの方の命により、私は王国の藩屏たるを矜持と成します」


「……宰相、こ奴の心根で、宰相府に於いて職務を与える事は出来るか?」


「能力は折り紙付き。 更に言えば、コイツは北部辺境筆頭騎士爵家の傭兵軍の中でも特筆すべき有能なる将であったらしい。 使わん手は無いな。宰相府としては是非とも手に入れたい人材でも有る。あの地で索敵に特化した兵ともなれば…… その上、北部国軍の諜報参謀相当となれば、宰相府にとっては喉から手が出る程だぞ。 陛下、心根の在処はコイツが言った通り。曲がりなりにも国への忠誠を誓うと云うのだ、陛下や王太子殿下個人では無く…… 国にだ。 貴様が思い描いた、王国の藩屏たる得難い人物となるだろうし、阿諛追従(あゆついしょう)から遠く離れた王太子殿下の側近ともなろうな」


「語るでは無いか、宰相。 ……そうだな、そうだ。 確かにそうだ。 理解した。 王妃よ、我が佳き人よ、貴女もそれで良いか」


「王太子殿下の周囲に侍る人材の薄さは予てより危惧しておりました。 ここに居る王太子妃もまたその事を気に病んでおりますわ。宰相閣下のお見立ては、いつも正しいのですから、私には異存など御座いませんわ」


「そうか。 王太子妃よ、貴女の考えはどうか。 この先、この者を王太子の側に置く事に何か思う所は有るか」



 問われる王太子妃。 懸命に考えを巡らせる。 その瞳には、北の蒼狼に対する若干の隔意も浮かんでいる。宰相が云う、個人では無く国に対しての忠誠。 国王の藩屏たるを自認する事とは大きな隔たりが有るのだ。 大切な自らの片羽根に対し、忠誠を誓わぬ者を、側に置く事に若干の不安を覚える。


 考えを纏めるかのように口にするのは、少々憚りのある言葉ではあった。



其方(そなた)は、国王陛下、王太子殿下には忠誠を示さず、国に対し忠誠を示すと明言されました。其方の判断により、王太子殿下が国の為に成らぬ行動や勅を下さば、如何なさる御積りか」



 国王陛下、王妃陛下は強い言葉を紡ぐ王太子妃を少々冷ややかな視線で見遣る。言わずもがなの言葉。 小さく溜息を吐く王妃陛下。 人心掌握と云う面では、悪手とも云える。 面白気に見詰めていた宰相は、背後に立つ「北の漢」に言葉を掛けた。



「王太子妃殿下が御心配になっておられる。 王太子殿下が過ちを犯した場合、貴様はどうするのかと。 そう問われておるぞ?」


「さても、さても、王国中央とはなんと平和な場所。国の頂に座る御方が間違いを犯す? 義父上に問いたい。 王国次代継ぐ者は、それ程までに柔弱で無知蒙昧なる者でもなり得るのか? 国王陛下の無謬性とはそれ程にまで、脆弱な精神の上に立脚するものなのか?国の為にならない行いを成す? つまりは市井のもの、この国に暮らす者達の安定と倖せを犯す判断を下す可能性が有ると? 話に成りませんな。 悪い事は言わない、今から王太子殿下となるべき方を挿げ替えるべきでしょう、もし、王太子妃殿下が言葉が真なれば」



 ニヤリと宰相は黒く嗤う。 そうなのだ。 国王の座に座る者は、英才、俊才の者達を束ね、その意見を聴き判断し、国の舵取りを成し、責任を一身に背負う者。間違いなど有ってはならない。 その為に宰相が居るし、各国務大臣職に就く高位の誇り高き貴族が侍るのだ。誰しもが納得する事は無いが、心の奥底に在るべき魂は、この国を豊かに民に幸せを齎す事を第一義と成さねばならない。


 それが、国政と云うものなのだ。 心根の中心となる部分に疑義を差し挟むならば、断固として排除せねばならない。 国王陛下にすら、決断を迫る言葉でもあった。



「言わせて貰えば、王太子妃殿下。 妃殿下の言葉は、王太子殿下を侮ったも同じ。 ご自身がその過ちとやらを正すと御考えか? 何の為の重臣ぞ、何の為の藩屏ぞ。 この国を動かしておられる方々を(ことごと)く侮辱されているも同義と、分からぬか。 ……王太子妃殿下は、英邁なる淑女であると『あの方』にはお聞きしていたが、なんだ、ただ綺麗な御顔をした人形殿下か。 つまらん」


「い、言わせておけばッ! ふ、不敬ですッ!!」



 唖然とした王太子妃の代わりに、声を荒げたのは背後に侍っていた上級女伯。 そんな彼女に冷たい視線を投げかけた「北の蒼狼」は、更なる言葉の牙を振るう。 それは、容赦も無い真正面からの正論とも云う。



「お綺麗な人形殿下の側には、モノの道理の分からぬ才媛と呼ばれる、阿諛追従の輩が付かれていたのか…… 国王陛下より普段の口調で構わぬと、思う所を語れとの思召し。 ならば、直言を以て箴言を成すのが、王国に忠誠を誓う者の道理。 さても、さても、王妃陛下に於かれては頭の痛き事でしょうな」


「な、な、な……」



 顔色を無くし激高しそうになる上級女伯。 あまりの事の推移に、まだ貴人達は戸惑ったまま。 宰相は更に黒き嗤いを深め、暗部棟梁侯爵は、愛娘の面目を失わせしめた王太子妃の呆然とした(かんばせ)に、内懐深くに有った怒りが嗤いに昇華した。面罵(めんば)と云う他無かった。


 怒りの為か、それとも体調が最初からすぐれなかったのか、上級女伯が顔色は急速に悪くなる。 そんな上級女伯を見詰めていた『北の蒼狼』は、今思い出したかのように、言葉を紡ぐ。 重い…… ひたすらに、重い言葉であった。



「良く見れば、北部上級女伯閣下では無いですか。 何故に、王宮にて王太子妃殿下の御側に付かれているのか。 ブライドメイドは御婚姻時の時のみ、御側に侍る者。 その身に課せられし、重き責務よりも王太子妃殿下の御側に侍る事を優先されるか。 あぁ、あの方の兄上は…… 私の元の上官はさぞかし落胆されている事でしょうな。 あれほど、情深き方が側に居られると云うのに、御自身は王都の栄耀栄華に心惹かれるか…… ご領地の倖薄き領民達は、これからも厳しい事に成るやもな」


「お、お前に何が解るッ!」


「分かるさ。 あの方の兄上は、さっきも言ったが私の元上官だ。苦楽を共にし、慈愛と共に兵を慈しみ、常に損害を最小限にする為に様々な方策を行ってこられた方だ。 その人となりは善にして、表裏の無い道理を重んじる方だ。 貴女の様に、阿諛追従をもって、安きに流れるような方では無い。 騎士爵家次男が上級女伯家に婿入りしたのだ、どんなに大変だったかは容易に想像がつくと云うもの。 モノ言わぬ蔑みに、非協力が渦巻く上級女伯領にて、民の為に心を砕かれていたかは、騎士爵家領域のモノならば知らぬ者は居ない。慣れぬ環境に、戸惑う者が多いのは当たり前だ。苛立ちもしようし、何処かに八つ当たりしたくもなるだろう。 その心情を汲んで、敢えて矢面に立たれておられるのが、騎士爵家の漢の生き様なのですよ」


「し、信頼深き優秀なる家宰も付いているし、領地は平穏を保っていると……」


「当たり前です。 御次男ならば、容易い事。 まぁ、忖度と上級女伯の立場を慮って、トンデモナイ重荷を騎士爵家に背負わせたのは、その優秀と貴方が呼ばれた家宰なのですよ? 何処を見ているのかッ! 貴女の責務は王宮に居る事では無いのだ。 道理も理も、王国北部の貴族の在り方すらも分からぬのですな。もう一つ。想像するに、騎士爵家の御次男は、離縁の準備をされておられる事でしょう。王太子妃殿下との密約を反故にした北部辺境筆頭騎士爵家は潰えましたからな。 ご自身も、進退を伺っておられる筈。 そういう方なのは…… 分かっておられませんでしたか。 嘆かわしい」



『北の蒼狼』の言葉は激しく上級女伯の心を揺さぶっていた。 自身の配たる、女婿には全幅の信頼を置いていた。 自身が王都に居ても彼が領地に居るからには、領地の安寧は護られていると確信していた。 なにより、自分たち二人の間には深い愛情が有るのだと、そう信じ込んでいた。体に大きな傷を持つ自身を、何の蟠りも無く受け入れ、その半身に渡る傷を見ても怯まず、初夜の(しとね)に於いて、優しく…… 本当に優しく紡がれた言葉は……



 “ ご両親が命を掛けられた証なのです、誇りに思われるが良いと思う。 貴女の存在こそが、ご両親が深き愛情の証なのです。 恐れる事も、厭う事も私には出来ません。 そんな貴女の女婿となる事は、我が身の誉れでも有るのですよ。 ”



 思い浮かぶは、その時の笑顔。 爽やかに、慈しむ、(てら)いも、邪さも何もない…… 純粋に自身を思う言葉の数々。 心の深い場所で、大きな傷となっていた幼少の頃の悪夢のような出来事が…… 自身が愛された、証左として有るのだと云う、心の底から溢れる暖かい思いと刻まれる愛情。 そんな自身の半身とも云える配が、離縁を考えている? 馬鹿な…… そんなバカな事が有るものか! 


 心が揺すぶられる上級女伯を前に、蒼狼は小さく鼻を鳴らし、透ける様な蒼色の瞳に赤輪を浮かばせる。 紡がれる言葉は、重く…… そして、当人を含め誰も未だ知らぬ事実。


 ――― クンッ



「 ……成程、御加減が悪いように見えるが、さもありなん。 未だ萌芽なれど、御身内に御子様が居られるな。 そうなれば…… まぁ、王都でお産みに成るも良しか。 いや、お産みに成った後、御次男様に託された方が良いか。 血の半分は、北辺が武人が血。 生まれし赤子は、野蛮と云われよう、田舎者と蔑まれよう、ならば、北辺の騎士爵卿の下で、一緒に育てられた方がましだな。 幸いにして、あの方の兄上様の所には、生まれたばかりの女児が居られる。良き『従妹か従弟(いとこ)』となるだろうな」


「い、嫌です!! その様な事は仰らないでッ!! わ、わたくしは、あの方と共に在るのです!!」


「なんだ、心の在り処は有るのか…… ふむ…… ならば、貴女は成すべきを成し、生ける場所に戻られるが宜しかろう」



 絶叫と共に、蹲る上級女伯。 騒然とした中に、静かに佇む『北の蒼狼』。 表情はひたすらに冷徹で透徹し、騒ぎに包まれる後宮応接室に超然と佇むその漢を、宰相はいよいよ暗く黒い嗤いを以て見詰めていた。



 ―――



 国王執務室に於いて、国王陛下は宰相と相対した。 人払いを済ませ、二人きりとなった執務室で、大きな溜息と共に国王陛下は宰相に言葉を紡ぐ。



「アレは…… 無いな。 ひどすぎる」


「それが、北の漢と云うものだぜ。 アレは特異点だ。 あんなものだ。 お前だって、忌憚のない心内を晒せと云ったじゃないか」


「そうだが…… そうなのだが…… アレはひどすぎる」


「王妃陛下は御怒りに成られたのか?」


「…………いや、嗤って居った。 まだまだだと、言いながらな」


「王太子殿下も、あちこちで、アイツに凹まされているらしいからな。 似た者同士だ」


「……外で云うなよ、お前でも不敬と取られる」


「貴様の前で忌憚のない意見を言ったまでだ。 そのくらいの分別はあるさ。 まぁ、いずれにしても、王太子の善き藩屏が出来たな」


「よき藩屏? かぁ? ……まぁ、そうか。 アレが言うのも理解はできる。 まさしくアレの言う通りだ。 宰相府に置いてどのように扱うのか?」


「俺の左腕となる」


「右に宰相補、左に暗部か…… いよいよ、お前が国王に成り代わろうとしていると、そう噂されるぞ?」


「言いたい奴には言わせておけ。 貴様が信を置いてくれていれば、俺は何処までもその信に応える積りだからな。 王国の未来に光あれだ」



 おもむろに国王陛下は立ち上がり、飾り戸棚に入っている唯一の嗜好品に手を伸ばした。 琥珀の液体の入ったガラス瓶と、細かな装飾が付いたグラスが二つ。 琥珀の液体を、自ら二つのグラスに注ぎこみ、片方を宰相に差し出す。 宰相もまた、何も言わずにそのグラスを受け取り、微かにグラスが重なり合う音がする。


 ――― チン


 芳醇なる香りを鼻孔に感じつつ、国王陛下は言葉を紡ぐ。 感慨深げに、何かを見詰めるように、グラスの中に視線を落とす。



「確かに、その通りだな。 若き頃を思い出す。 先鋭さは未だ衰えずか」


「死ぬまで変わらんよ。 死ぬまでな。 貴様も、そうだろう?」


「あぁ…… そのつもりだ。 王国の屋台骨を背負い、重責に喘ぎ、無謬性を体現する。 疲れる事すら許されぬのが王と云うものだからな。 国を率いる気概は、変わらんよ」


「ならば、安心だ。 しかし、若者とは良いものだな。 久しぶりに嗤わせて貰った。 で、上級女伯は?」


「転がり出るように王宮を後にした。 今頃、一路北辺に向かって馬車を急がせているだろうな。 善き知らせを、佳き人に知らせる為に…… な」


「ちっとは、落ち着いてくれたらいいんだが……」


「頭は良いんだ。 判ってくれるさ。 そうだろ、宰相。 貴様の荒療治か。 何処まで、画策していた?」


「別に…… まぁ、善き方向に向かって呉れたら、俺の考えなんざどうだっていいんだよ。フフフフ」


「そうか。 フフフフ」




 国を率いる二人の漢に浮かぶ笑みは……

    二人以外分かち得ぬ感情の発露であった。





深刻な嫁成分不足の ちい兄様。

深刻なすれ違いを感じた 上級女伯。


北方へと爆走する馬車の中で、上級女伯の口から漏れるのは……


自身の配に対する謝罪と、一人にしないでと…… 


祈りにも似た、心の吐露。



上級女伯家に幸あらん事を!

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― 新着の感想 ―
なんか王太子妃ガチで可哀想だわ... 未来を危惧してただでさえ貧弱な基盤を固めるべく動いてたら自分の常識の埒外で物事が進む。現国王夫妻はその埒外の重要性を知りながら後継者に伝えることもせずに頭ごなしに…
上級女伯様とちい兄様の夫妻に幸あれ…… 女性キャラクターに厳しい(全体的に甘い女性キャラクターが多い)作品と個人的に感じておりますが、それ故の彼女たちの愚かしさや、成長、彼らの気高さ、強さを好ましく思…
いつも楽しく拝読しています 少数意見なのでしょうが、王妃や宰相は王太子妃や上級女伯に対して点数が辛すぎるように思います 先の戦争における北方騎士爵家の貢献や宰相から騎士爵家への秘匿任務を王太子妃は知ら…
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