01 飯テロ娘とメシウマ案件
月のない夜、巨大な館の一室にて──
「悪魔め! こ、この僕に。いったい、何を食わせてくれやがった!?」
さしたる特徴もない成人男性が、黒髪の少女を糾弾する。眉間に皺を寄せ、額からは大粒の汗を吹き出し、メイド服姿の少女を悪魔と罵る。だがそんな半狂乱の男に対し、小柄な少女は気後れする様子もなく。
「ヨモツヘグ焼きそばですけど?」
まず料理名を答え、続けて少女──静虎は淡々と詳細を語り出す。
〜 ヨモツヘグ焼きそば 〜
材料
・カップ焼きそば……1個
・鶏ササミの燻製……1個
・お湯 ……約530 ml
調味料
・塩 ……適量
・コショウ ……適量
・味◯素 ……1振り
作り方
・カップ焼きそばの容器をあけ、乾麺の上へササミの燻製をのせる。
・お湯を注ぐ。[ポイント]
現地の水を、現地の窯で沸かすことでヨモツヘグイの条件を満たします。
また規定量より50 ml多めにすることで、ササミがより柔らかくほぐれます。
・3分後に、スープ用の器へと湯切りする。
その鶏出汁のきいたスープを、塩コショウで味付ける。
・ササミをほぐし、焼きそばのソースを麺へ絡め、最後に味◯素を1振りで──
「完成。ヨモツヘグ焼きそば、あっさり鶏ガラ風スープ付き……ですけど?」
「なんだよそのチープ飯は!? 皿と器だけ豪華にしやがって! サギだ!」
男の不満は止まることを知らない。
そして静虎もまた、相手のペースに合わせるという事を知らない。掴みかかってきた男の手を振り払い、ヘッドドレスの位置を丁寧に直し。そして一言。
「でも、おいしかったでしょう?」
「そりゃ深夜だからな! さらに懐かしい味とくれば、ウマくも感じるさァ!!」
涙ながらに男が叫ぶ。静虎はニッコリと微笑み、スカートをつまんでカーテシーをした。無事に任務を完了した上で、美味しいという感想まで貰えたのだ。普段は『転生者』に情を見せない静虎だが、礼には礼で応えるものと心得ている。
「それでは、この世界に根をおろし。その命果てるまで、節度ある異世界生活を堪能なさいませ──」
「ま……!」
待て。という男の言葉を聞かず、少女の姿は虚空へと消えた。
残されたのは一人の男。豪華な館の主人である20代前半の、元・日本人。
深夜の寝室で独り、失ったモノの大きさを考え。男は静かに絶望した──
◆◆◆
「お帰りなさい、先輩! 無事、対象のチート剥奪を確認しました」
異世界から地獄への移動は、一瞬。
静虎が目を開くと、先程までの涙ぐんだ男の代わりに、満面の笑みを見せる赤毛の女がいた。
「ありがとうございます、クハナ。わたしの着替えはありますか?」
「はい!」
クハナと呼ばれた女が、当然だとばかりに黒い着物を差し出す。喪服を想起させる光沢のない生地。それを受け取り、おもむろに静虎がメイド服を脱ぎ始める。女が二人しかいない密室。この場での着替えを、はしたないと咎める者はいない。
あえて『はしたない者』を挙げるとすれば。先輩の着替えに、鼻息を荒くしている赤毛女なのだが──静虎は童顔といえど、享年22。クハナは少し大人びた外見だが、享年18。獄卒としても先輩である静虎は、たとえ後輩が自身の裸体に興奮しても目をつぶれる大人なのだ。
「仕方のない子ですね、アナタは……他の獄卒には、変質的な目を向けたらダメですよ?」
「はぅ!? こ、告白ですか!? 自分だけを見ろって解釈でいいんですよね!? 黒髪ぱっつん三白眼のロリっ子先輩に、むっ無制限ハスハスして良いと!?」
普段の静虎ならば『そういうお年頃なんだろう』と、クハナの妄言を聞き流している。だが今は、共に任務を達成した直後。相棒を、そう無下にもできない。
少し考え。クハナの趣味に軽く付き合い、その上で先輩としての威厳も保つ事にした。それを両立させることは、幾度となくチート能力者を相手取った静虎にとって容易いことなのだ。
「ふふっ、クハナ? 手すきなら、わたしの帯を締めてくださいな」
「あ、ごめんなさい先輩。とても魅力的なお誘いなんですけど! モニターの向こうに、もっと魅力的な展開がっ……! はぁ、はぁ、イイ! 最ッ高に、ドロッドロだよー!!」
異世界の様子を映し出すモニターに、かじり付く赤毛の後輩。
もう彼女の中では、優先度が切り替わっている。ロリっ子先輩よりも、ハーレム崩壊という人間ドラマ。修羅場の観測こそ、クハナの悦び。
「あっはー、これぞ獄卒のエンタメ! これが観たくてやってんのよ、コッチはー!」
「……」
静虎は、独り静かに帯を締める。
画面の向こうでは逆に、チート能力『モテ遊び』を失った男が複数人の女に服を剥ぎ取られていた──
そのチート能力の効果は、好意の増幅。
自身に対し、わずかでも好意を抱いた異性にのみ発動できる。
男はこの能力を巧みに扱い、ハーレムを築いていた。最初は、冒険者仲間の3人から。次は、冒険者ギルドの職員、教会のシスター、女医、教師、未亡人、獣人娘、サキュバスと次第にエスカレートしていった。
そして現在、男は貴族令嬢に頭を踏まれている。全裸で土下座させられ、大理石の床へ口付けを強いられる男。その惨めな姿を取り囲むのは、30人の女。
「残当! インガオホー! あはは、見て見て先輩。あの令嬢、25人目の被害者で、館の所有権をアイツにあげちゃった娘ですよー!?」
「はい。メイドとして潜入してたんですから、とうぜん知ってますよ」
元々、アナタが調べてきた情報でしょうに。と、静虎が続けるも、クハナの耳には届かない。奇声をあげ「チーレム崩壊! メシウマ案件!」と踊り出してしまったからだ。
「……はしゃぎすぎて、『奈落の底』へ落ちないでくださいね」
それだけ告げて、静虎は6畳ほどの薄暗い部屋を出て行った。狂喜乱舞する女だけが、部屋に残される。ヨモツヒラサカ特別対策係弐号室。そこは、ふたつの役割を担う特別な空間。
ひとつは観測。壁一面に散らばり光を放つモニター群が、それを可能とする。
ひとつは転移。部屋の中央にぽかりとあいた黒い穴。光を吸い込むそれは、異世界へと繋がる奈落の底。この穴を通り、チート能力を乱用する異世界転生者を取り締まる。
それが地獄の役人──日比野 静虎の仕事である。




