第109話 デタラメな剣術師匠
さて。ここで一度、話を整理しておこう。
邪神テスカポリカに決定的な一撃を食らわせたのは、もちろん妹のレイラだ。だが――実体のない神は、それしきのことでは消滅しない。俺もそれでどれだけ苦しめられたことか。
では、どうやって倒したのかと言うと……邪神を再びドーマの身体に封印したのである。
では、それをやったのはいったい誰か。
稀代の魔術師エイドリアン……? いや、彼女も手伝いはしたが、もう一つあっただろう。
ほら。
神龍ククルカンだ。
エイドリアンが邪神と一緒に復活させて、空の上からずっと邪神の力を押さえつけてくれていた“良い方の神様”である。ところで、この“神龍”という言葉で、何か思い出したりしないだろうか。
まぁ俺が意識を失っている間に、どこかの誰かが7つの不思議な玉を集めてその神龍に願い事をしてくれた――なんてことは多分無いとは思うけど。
一度死んだかと思った俺は、どういうわけか神龍の力によって再びこの世界に連れ戻されたらしい。
そして俺は――絶世の美女3人に囲まれながら目を覚ましたのだ。
目を開けた瞬間、いきなり3人の顔が視界に飛び込んできたものだから……俺は一瞬、「今度の異世界はハーレムモードか?」などとしょうもないことを考えてしまった。
だが、この3人じゃあ、そうもいかないだろう。
一人はもちろん俺の妹レイラ。俺が目を開けた途端、大声で泣き出してしまった。もしかして……俺が死んだと思ったのか? 涙で顔がぐちゃぐちゃじゃないか。ちょっと気を失ってただけなのに……大げさなんだよな。
もう一人は……あまり顔に見覚えはないが、この特徴的すぎる容姿なら嫌でも分かる。褐色の肌に尖った耳――ダークエルフのドーマだ。初めてまともに顔を見たが、さすがエルフ族、なかなかの美女である……が、腹の中に邪神を飼っていた、とんでもなくヤバい女でもある。
そして最後は、泣く子も黙る稀代の魔術師エイドリアン。こいつは本当に見た目とスタイルだけはバツグンなのだが……まぁ、喋らなければねぇ……充分メインヒロイン張れたかもしれないのに、改めて残念なメイドである。
そんな3人に囲まれていたわけだが……正直、俺はついさっきまでの記憶がぽっかり飛んでいて、何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。
「お前たち……3人揃って俺を覗き込んで、いったいどうしたんだ?」
目を覚ましてすぐにそう言ったのだが――
妹はワンワン泣くばかりで話にならない。ダークエルフは、邪神の時ならよく目は合ったが、まともな姿ではほぼ初対面。結局、エイドリアンが答えてくれた。
ちょっと上から目線の呆れ顔で。
「何を言ってるんです。あなたはさっきまで死んでたんですよ」
まぁ、俺もなんとなくそうなんじゃないかとは思っていた。あの時、全ての気を妹に託したあと、俺の頭は真っ白になっていたからだ。そういえば、「もう俺には思い残すことは無い……」なんて格好つけたことも思っていた気がする。
だが――まさか本当に生き返るとは思わなかった。たとえあいつが神龍だったとしても、俺達はまだ《7つの不思議な玉》を揃えていないのだ。
「ほら。早く剣聖ちゃんに、ただいまって言ってあげなさい」
いまいち頭の整理が追いつかない俺ではあったけれど、エイドリアンにそう言われて、俺はやっとその事に気が付いた。
そして俺は、改めて成長した妹の顔を覗き込む。
幼かった頃の面影はある。泣きじゃくる姿も昔のままだ。だが、その眼差しは、あの頃と同じように真っ直ぐで――そして、俺の知らない強さを宿していた。
背丈も伸び、剣技は極限まで研ぎ澄まされ、騎士団長としての貫禄もある。それらはすべて、俺と離れていた六年間、レイラ自身が選び、掴み取ってきたものだ。
はたして俺はこれからも妹の師匠であることができるのだろうか……。頭の中には、夢の中で思い出した至高の剣技が数多あれど、彼女が今もその技術を必要としてくれているかどうかは分からない。
だが、それは妹自身が決めればいい事だ。妹はあの幼かった妹ではなく、今ではもう一人前の大人なのだ
そろそろ俺も妹離れといこうではないか。
一度死んで、生き返った者は、その後の世界が変わって見えるらしい。まぁ俺もそういう事なのだろう。
ひょっとしたら明日には戻っているかも知れないが……妹が変わったように、俺も変わったのだ。
もう、デタラメの剣術師匠を演じてオドオドしていた俺ではない。だからこそ――心の底から、この言葉を言えるようになった。
「ただいまレイラ。」
「うん、おかえりお兄ちゃん……。」
レイラは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも嬉しそうに俺を見つめていた。その姿を見た瞬間、胸の奥にあった不安がすっと消えていく。
「ごめんよレイラ。色々と心配をかけた――」
言いながら、俺はようやく“本当の自分”を思い出せた気がした。




